風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第63話 花火大会

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 見上げるほど巨大な異形へと変貌を遂げた元ゴブリンは、自重に耐えきれず地面へと崩れ落ちた。


「爆発が効かないとは……」

「あれって性転換なんです?」

「オッパイがいっぱいぶら下がってるし、メス化したんじゃない?」

「浅井、少し飲ませてもらったら?」

「無茶苦茶言うなって……」


 皆が軽口を叩けているのには訳があった。あの巨体では、もはや動きようがないと、誰の目にも明らかだからだ。


「……このまま10分待ってれば、バフが切れて元に戻るんじゃね?」

「爆発でも倒せないし、それしかなさそうだよね……」

 刃物も弾き返すし、爆発魔法でもダメージを与えられなかった相手をどう倒せと言うのか。


「あっ、増援です!」

 このまま何事もなく10分が過ぎ去ればいいと思っていたのだが、どうやらそうも行かないようだ。

 ゴブリンの集落の中から、何体もの雑兵ゴブリンが飛び出し、巨大ゴブリンのもとへと駆け寄っていく。


「……あれ? 武器を持ってるのって、先頭の二人だけじゃないですか?」

「んー……? あ、ほんとだね」

 確かに彼女の言う通り、槍を持っているのは二体だけで、後に続く者たちはカゴや壺を抱えている。……どういうつもりだろうか?


「んー、あのデカゴブを連れて、別の場所へ逃げるつもりなのかな?」

「あの人数では運べなさそうですよ?」

 槍を持った二体が、巨大ゴブリンの前に立ち、穂先をこちらに向けて構えた。


「……邪魔するな?」

「なんかそんな雰囲気だよね」

 とはいえ、このまま何が始まるのかを見続けるのも危うく思う。あの巨大ゴブリンが移動でもしたら大変なことになりそうだ。


「気にはなるけど、周りのやつは倒しちゃおっか。取り返しのつかないことが起きたら嫌だし」

「……そうですね。地上へ戻ったら、同じ事象に遭遇した記録はないか、ネットで調べましょう」

 長良さんはそう言うと、すぐさま槍ゴブリンに対して火球を放った。

 合わせてガス玉で追撃すると、激しい爆発と共に、槍ゴブリンの頭部が一瞬にして消え失せる。


「あっ!」

 深谷さんが短く声だけを上げて、前方を指差した。


 見ると巨大ゴブリンは、集落から現れたゴブリンたちからかめや箱を手渡され、それを次々と飲み込んだ。


「あれって、浅井のお昼ご飯じゃないの!?」

「食事としては食わねえよ!」


 巨大ゴブリンの口の中から、湿り気を帯びた破砕音が響き、唾液がだらりと垂れ落ちる。


 次の瞬間、突然巨大ゴブリンの脇腹にいくつもの裂け目が浮かび、血と体液にまみれた数体のゴブリンが中から這い出してきた。


「いいいいい! き、気持ち悪いいいい!」
「繁殖……ですか?」
「増えるのはアカンでしょ!」


 裂け目から現れたゴブリンたちは、周りにいる個体よりも身体が大きな種類まで混ざっている。あれはボブゴブリンや、ゴブリンメイジといった上位種だろうか。


「デカゴブが元の大きさに戻っても、生まれてきたやつは消えないよな……?」

「だと思う。さっさと処理しちゃおう。長良さん!」

 そう声をかけると、長良さんは無言で頷き、まだ立ち上がりきれていない新生ゴブリンたちに向けて、次々と炎を灯していく。

 炎が燃え移るたび、髪が焦げた時の嫌な匂いが辺りを覆った。

 長良さんに続いてガス玉を飛ばすと、短い破裂音が何度も響く。


 爆風に巻き上げられた肉片が、泥にまみれた地面に音を立てて落ちた。


 何かを運んでいた雑兵ゴブリンたちが、こちらに気づいた時にはもう手遅れだった。


 一体ずつ、一体ずつ、確実に処理していく。


 しばらくすると爆発音は止み、シンと静まり返った血溜まりの中に、もう動くものはない。


 ただ、巨大ゴブリンだけが、そこに取り残されていた。





◻︎◻︎◻︎




「……討ち漏らしはありませんね?」

「うん、大丈夫そう。あとは珍味の効果が切れるまで待とうか」

「うううううう……。やっぱダンジョンしんどいいいい……。気持ち悪すぎたあああ」

 深谷さんは、両手で二の腕を擦り上げながら、顔を目いっぱい顰《しか》めていた。

 柏原さんに至っては、何も言わず、しゃがみ込んで静かに吐いている。


 他に気分を悪くした人はいないかと、仲間たちの顔を順に見回していた、そのときだった。


「伊吹くん!」


 背後から鋭く名を呼ばれ、慌てて振り返る。

 そこに広がっていたのは、想像もしなかったおぞましい光景だった。


 巨大ゴブリンが、寝転がった姿勢のままで、仲間であるゴブリンの死骸を──ボリボリと、貪り喰らっていた。


「うっ、マジか!」

「どうします!?」

「裂け目に──」

「了解です!」


 最後まで言い切る前に、長良さんはこちらの意図を読み取り、すでに動いていた。


 予想通り、巨大ゴブリンの胴には幾筋もの裂け目が生じている。

 その内部からは、何本もの血まみれの腕がずるりと突き出てきた。


 長良さんは間髪入れず、その裂け目に向けて火球を撃ち込むと、巨大ゴブリンの体内から炎が噴き上がる。


 それに合わせてガス玉を飛ばす。


 表面に傷はすぐに閉じてしまうのは分かっていたが、それに構わず連続して放つ。


 ガス玉は、狙い通り──巨大ゴブリンの表面に届く前に爆発し、体内から伸びていた腕を吹き飛ばした。


 そして、開いた裂け目の奥へ、次々とガス玉が吸い込まれていく。





 ……やがてそれは、爆薬の詰まった袋のように。



「……いま!」

「はい!」


 トドメとなる種火が、長良さんの指先を離れた。





 それが飲み込まれた瞬間、世界が静止する。




 巨大ゴブリンの腹部が内側から膨れ上がり、押し広げきれなくなった肉が、一気に破裂した。





 激しい爆音と共に、赤黒い塊が四方へと吹き飛ぶ。



 臓物や骨、焼け焦げた皮膚が地面に降り注ぎ、空気が焼ける臭いが鼻腔を突いた。



 爆風が地面を這い、空気の塊となってこちらへ迫る。

 その場にいた全員が咄嗟に顔を伏せ、肩をすぼめた。



 気づけば、地面には巨大な半球状の焼け痕だけが残され、肉の山は影も形もなくなっていた。




◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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