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第66話 ロイヤルエントリー
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「行く行く! 絶対に行く!」
「南駿大学かー!」
皆と一緒にクランハウスで夕飯を食べている最中、夏休み中に南駿大学のオープンキャンパスと静岡ダンジョンへ行くことを伝えた。
クラスメイトの多くは、既に夏期講習をはじめとした予定が詰まっており、今回の同行を見送ることになったが、深谷さんと浅井の二人は前向きな姿勢を見せた。
「え、それって……私たちも一緒に行って大丈夫なんですか?」
マキマキさんたちはまだ高校一年生だ。大学のオープンキャンパスに顔を出すには少し早い。
「問題ありません。あちらの教授からは『何人で来ても構わない』と返事をいただいています。もし行かれるのでしたら……あとは宿の手配くらいですね」
即座に長良さんがそう答えた。
「その宿代って……」
チカチカさんから現実的な質問が飛ぶ。
「もちろん費用は会社から出ますよ。宿泊費だけではなく、交通費や滞在費も会社持ちです。えー、お土産は……どうでしょうか。ダンジョンに関係するものなら問題ありませんが」
「やったー! なら私も連れてって下さい! 静岡ダンジョンではどんな服が流行ってるか見たかったんです!」
「ええ、一緒に参りましょう」
それから大中小の三人衆や、柏原さんの参加も決まり、今回の静岡行きは、仕事と遊びの両方を兼ねた小さな旅として形を整えていった。
◻︎◻︎◻︎
名古屋駅で新幹線に乗り換え、窓の外に流れる景色を眺めながら、快適なこだまの旅を楽しむ。
ガラス越しに差し込む光は明るく、真夏の陽射しの熱気をほんのり感じさせた。
静岡駅に降り立つと、照りつける太陽から逃げるようにバスへと駆け込み、浅井と二人、冷房の送風口を奪い合う。
やがて、目的地である『南駿大学』の門が視界に入り、胸の奥に小さな昂ぶりが広がった。
「広っ!」
「デーッカ!」
「大学って、もっと古めかしい建物かと思っていました……」
「この大学は、日本のダンジョン研究の最前線ですからね。数々の発見や功績によって、今とっても儲かっているそうです」
自分も、皆と同じようにそう感じたが、長良さんの説明を聞いて腑に落ちる。
建物の細部や設備の随所に、潤沢な資金が行き渡っていることが見てとれた。
門をくぐると、整然としたキャンパスが眼前に広がった。
舗装された通路の両脇には、静岡らしさを強調する茶の木の生垣が植えられており、濃い緑が真夏の光を受けて艶やかに輝いている。
学生たちが通路を行き交い、中には革鎧に身を包み、これからダンジョンへ向かうのであろう者の姿もあった。整ったキャンパスの風景の中に、どこか冒険の予感が漂っていた。
──ここが、日本のダンジョン研究の最前線。
まだ入学できてもいないのに、なぜだか誇らしい気持ちが込み上げてきた。
「では受付を済ませましょうか。えー、事前の連絡では……」
「あーっ! もしかして八宮高校の皆さんですかーっ!?」
突然、弾むような大声が背後から飛んできて、思わず振り返る。そこには全力笑顔で駆け寄ってくる女性の姿があった。
「えーと、はい。そうですが、貴女は……」
「あれあれ? でも高校生にしては随分とオジ……あ、いえ。そうですよね。何歳であっても、学びとは尊く……」
「あっ、いえ俺たちは高校生じゃなく、彼らと一緒にダンジョンへ潜っている仲間でして」
高校生と勘違いされた中村さんは、素早く否定の言葉を返した。
「そうでしたかそうでしたか! 私は鉢屋教授から皆さんを案内するように仰せつかった、富倉美久と申します。……私のことは気軽にミクm──」
「ありがとうございます! 伊吹勇也と申します。案内助かります!」
「あ? えっ、はい! じゃ、じゃあ案内しますねっ! 私についてきて下さい!」
一行の少し前を歩く富倉さんは、要所要所でこちらを振り返りながら、学内の目ぼしい建物や、独自のルールなどを説明してくれた。
あの建物では、ダンジョン内で見つかった新物質の研究がなされているとか、校内で武器類を持ち歩くには、特別な許可を得なくてはならないといった話を、少し大袈裟に思える身振りを交えて説明してくれている。
時折、静岡ダンジョン内での出来事も語ってくれたことから、彼女もまた冒険者だということが窺えた。
──その途中、通りすがる学生たちの視線が、ちらほらとこちらへ向けられる。
「ねえ、あれが例の八宮高校の子たちじゃない?」
「おー、彼らが食べ物バフを見つけたっていう噂の?」
「暴食の浅井って、どの人なの?」
囁きが背中にまとわりつく。どうやら、思っていた以上に名前が広まっているらしい。
「……噂されてるぞ、グラトニー」
「ちょっ、何で俺だけ変な名前付けられてるの!?」
「勇気ある拾い食いをしたからじゃない?」
「確かに拾い食いはしたけど、大罪は犯してないだろ……」
冒険者が二つ名で呼ばれることは大変な名誉ではある。だが浅井のそれは、大仰すぎて、もはや笑うしかなかった。
そして、まだ真新しい鉄筋コンクリートの建物が何棟も建ち並ぶエリアへと案内され、富倉さんから簡単な注意を受ける。
「そこで一応消毒をしてもらいますが、それほどデリケートなものは扱っていないので安心して下さい」
入り口の前で、足元の消毒槽を軽く踏み、靴の底をさっと清める。
廊下を進むたび、コンクリートと研磨された床の冷たく硬い匂いが鼻をかすめ、胸の高鳴りと微かな緊張感が広がった。
突き当たりの扉を開けると、室内にやわらかな蛍光灯の光が満ち、ガラス張りの壁の向こうには、静かに横たわるゴブリンの姿が。
「うおっゴブリンじゃん!」
浅井が、見たままを口にする。
「ゴブリンってあんな顔してたんだね……」
そうボソリと呟いたのは深谷さんだ。
彼女たちがゴブリンを見る時には、頭部を爆散させた状態ばかりなので、ゆっくりとその顔を見たのは初めてだったのかもしれない。
壁際では数人の学生が、微かに薬品の匂いを漂わせながら熱心に作業をしていた。ビーカーの中で液体が小さく揺れ、紙の擦れる音や低く交わされる議論が、室内に静かな高揚感を漂わせている。
その奥に、白衣を着た小柄な老人が立っていた。目の奥に知性の光を宿しつつも、どこか風変わりな気配をまとっている。
ふと視線がこちらに向いた瞬間、空気が一変した。
──これが、鉢屋教授。
老人が口を開く。
「おーおー、暑い中よぅ来てくれた。わしが鉢屋じゃ。君たちがあの論文を書いてくれた、ええと……君が長良くん、君が伊吹くん、そして君が浅井くんだね?」
いやそれはチカチカさんと中村さんだ。
あと何故か、浅井だけは正解。
「教授。私が長良茜です。以後お見知り置きを」
「同じく伊吹です。よろしくお願いします」
「なんで俺だけ分かったんすか? 浅井です」
改めて、順番に挨拶をする。
「それは、ほれ。……一番拾い食いしてそうな顔をしておったからじゃよ」
なるほど。
さすがは教授。人を見る目は確かなようだ。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
「南駿大学かー!」
皆と一緒にクランハウスで夕飯を食べている最中、夏休み中に南駿大学のオープンキャンパスと静岡ダンジョンへ行くことを伝えた。
クラスメイトの多くは、既に夏期講習をはじめとした予定が詰まっており、今回の同行を見送ることになったが、深谷さんと浅井の二人は前向きな姿勢を見せた。
「え、それって……私たちも一緒に行って大丈夫なんですか?」
マキマキさんたちはまだ高校一年生だ。大学のオープンキャンパスに顔を出すには少し早い。
「問題ありません。あちらの教授からは『何人で来ても構わない』と返事をいただいています。もし行かれるのでしたら……あとは宿の手配くらいですね」
即座に長良さんがそう答えた。
「その宿代って……」
チカチカさんから現実的な質問が飛ぶ。
「もちろん費用は会社から出ますよ。宿泊費だけではなく、交通費や滞在費も会社持ちです。えー、お土産は……どうでしょうか。ダンジョンに関係するものなら問題ありませんが」
「やったー! なら私も連れてって下さい! 静岡ダンジョンではどんな服が流行ってるか見たかったんです!」
「ええ、一緒に参りましょう」
それから大中小の三人衆や、柏原さんの参加も決まり、今回の静岡行きは、仕事と遊びの両方を兼ねた小さな旅として形を整えていった。
◻︎◻︎◻︎
名古屋駅で新幹線に乗り換え、窓の外に流れる景色を眺めながら、快適なこだまの旅を楽しむ。
ガラス越しに差し込む光は明るく、真夏の陽射しの熱気をほんのり感じさせた。
静岡駅に降り立つと、照りつける太陽から逃げるようにバスへと駆け込み、浅井と二人、冷房の送風口を奪い合う。
やがて、目的地である『南駿大学』の門が視界に入り、胸の奥に小さな昂ぶりが広がった。
「広っ!」
「デーッカ!」
「大学って、もっと古めかしい建物かと思っていました……」
「この大学は、日本のダンジョン研究の最前線ですからね。数々の発見や功績によって、今とっても儲かっているそうです」
自分も、皆と同じようにそう感じたが、長良さんの説明を聞いて腑に落ちる。
建物の細部や設備の随所に、潤沢な資金が行き渡っていることが見てとれた。
門をくぐると、整然としたキャンパスが眼前に広がった。
舗装された通路の両脇には、静岡らしさを強調する茶の木の生垣が植えられており、濃い緑が真夏の光を受けて艶やかに輝いている。
学生たちが通路を行き交い、中には革鎧に身を包み、これからダンジョンへ向かうのであろう者の姿もあった。整ったキャンパスの風景の中に、どこか冒険の予感が漂っていた。
──ここが、日本のダンジョン研究の最前線。
まだ入学できてもいないのに、なぜだか誇らしい気持ちが込み上げてきた。
「では受付を済ませましょうか。えー、事前の連絡では……」
「あーっ! もしかして八宮高校の皆さんですかーっ!?」
突然、弾むような大声が背後から飛んできて、思わず振り返る。そこには全力笑顔で駆け寄ってくる女性の姿があった。
「えーと、はい。そうですが、貴女は……」
「あれあれ? でも高校生にしては随分とオジ……あ、いえ。そうですよね。何歳であっても、学びとは尊く……」
「あっ、いえ俺たちは高校生じゃなく、彼らと一緒にダンジョンへ潜っている仲間でして」
高校生と勘違いされた中村さんは、素早く否定の言葉を返した。
「そうでしたかそうでしたか! 私は鉢屋教授から皆さんを案内するように仰せつかった、富倉美久と申します。……私のことは気軽にミクm──」
「ありがとうございます! 伊吹勇也と申します。案内助かります!」
「あ? えっ、はい! じゃ、じゃあ案内しますねっ! 私についてきて下さい!」
一行の少し前を歩く富倉さんは、要所要所でこちらを振り返りながら、学内の目ぼしい建物や、独自のルールなどを説明してくれた。
あの建物では、ダンジョン内で見つかった新物質の研究がなされているとか、校内で武器類を持ち歩くには、特別な許可を得なくてはならないといった話を、少し大袈裟に思える身振りを交えて説明してくれている。
時折、静岡ダンジョン内での出来事も語ってくれたことから、彼女もまた冒険者だということが窺えた。
──その途中、通りすがる学生たちの視線が、ちらほらとこちらへ向けられる。
「ねえ、あれが例の八宮高校の子たちじゃない?」
「おー、彼らが食べ物バフを見つけたっていう噂の?」
「暴食の浅井って、どの人なの?」
囁きが背中にまとわりつく。どうやら、思っていた以上に名前が広まっているらしい。
「……噂されてるぞ、グラトニー」
「ちょっ、何で俺だけ変な名前付けられてるの!?」
「勇気ある拾い食いをしたからじゃない?」
「確かに拾い食いはしたけど、大罪は犯してないだろ……」
冒険者が二つ名で呼ばれることは大変な名誉ではある。だが浅井のそれは、大仰すぎて、もはや笑うしかなかった。
そして、まだ真新しい鉄筋コンクリートの建物が何棟も建ち並ぶエリアへと案内され、富倉さんから簡単な注意を受ける。
「そこで一応消毒をしてもらいますが、それほどデリケートなものは扱っていないので安心して下さい」
入り口の前で、足元の消毒槽を軽く踏み、靴の底をさっと清める。
廊下を進むたび、コンクリートと研磨された床の冷たく硬い匂いが鼻をかすめ、胸の高鳴りと微かな緊張感が広がった。
突き当たりの扉を開けると、室内にやわらかな蛍光灯の光が満ち、ガラス張りの壁の向こうには、静かに横たわるゴブリンの姿が。
「うおっゴブリンじゃん!」
浅井が、見たままを口にする。
「ゴブリンってあんな顔してたんだね……」
そうボソリと呟いたのは深谷さんだ。
彼女たちがゴブリンを見る時には、頭部を爆散させた状態ばかりなので、ゆっくりとその顔を見たのは初めてだったのかもしれない。
壁際では数人の学生が、微かに薬品の匂いを漂わせながら熱心に作業をしていた。ビーカーの中で液体が小さく揺れ、紙の擦れる音や低く交わされる議論が、室内に静かな高揚感を漂わせている。
その奥に、白衣を着た小柄な老人が立っていた。目の奥に知性の光を宿しつつも、どこか風変わりな気配をまとっている。
ふと視線がこちらに向いた瞬間、空気が一変した。
──これが、鉢屋教授。
老人が口を開く。
「おーおー、暑い中よぅ来てくれた。わしが鉢屋じゃ。君たちがあの論文を書いてくれた、ええと……君が長良くん、君が伊吹くん、そして君が浅井くんだね?」
いやそれはチカチカさんと中村さんだ。
あと何故か、浅井だけは正解。
「教授。私が長良茜です。以後お見知り置きを」
「同じく伊吹です。よろしくお願いします」
「なんで俺だけ分かったんすか? 浅井です」
改めて、順番に挨拶をする。
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