風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第67話 30バンチ事件

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 鉢屋教授。

 御年七十に迫る大ベテランであり、日本のダンジョン研究において欠かせない人物のひとりだ。

 元々は生物学を専門とし、熊や猪といった人里へ侵入する害獣の行動や対策を研究してきた。

 教授自らがフィールドに立ち、危険を顧みずに生態を追いかける姿勢から『現場主義の学者』としても知られていた。


 だが、この世界にダンジョンが出現した時、その研究対象は大きく変わる。

 当初は自衛隊のみがダンジョンの内部調査を担っていたものの、彼らは未知の魔物との戦闘に特化した組織ではなかった。そこで白羽の矢が立ったのが、害獣の専門家である鉢屋教授である。

 教授は動物の行動パターンや駆除の知見を応用し、とりわけ静岡ダンジョン初期の探索を阻んでいたコボルド族が嫌う匂いの生成に成功した。

 この成果によって探索隊は効果的に彼らの群れを退け、地下一階の制圧に道筋をつけることができたのである。

 こうした功績を基盤に安全かつ組織的な戦術を築き上げ、日本のダンジョン攻略は一気に加速した。

 そして教授自身もまた、やがてダンジョンに潜む特異な生物たちに心を奪われ、その研究の進路を大きく変えることとなったのだが……。



「……なるほど。それは中々に幸運であったというか……何だか君らは、随分と余裕があるのぉ」

「そ、そうでしょうか?」


 鉢屋教授にお願いされて、食べ物バフの存在を発見するに至った経緯を説明したところ、思っていたリアクションとは違った反応を返された。


「何というか、冒険者の多くは利己的に行動するのが一般的なのじゃが、君らは随分と迂遠というか、のんびりとしておるなと思ってな」

「あー、それは多分…………って、スキルの詳細も関わってくるので、詳しくは話せないのですが、たまたま巡り合わせが良かったんですよ」

 爆発魔法が強力なので、長良さんと自分以外は、ほとんど戦闘に参加する必要のないことが、あまりシビアにしなくてもよい、大きな理由だろう。


「うむ。そうでなければ『雑食』スキルの冒険者を、ダンジョン探索に同行させることはないだろうからな」

 これまでの会話や論文では、浅井の『雑食』スキルについてだけは公開済みだ。

 なぜなら、他の冒険者が浅井の真似をして、ダンジョンの食べ物を安易に口にすると、重篤な疾患を引き起こしたり、死者が出る恐れがあるため、本人に許可を得てスキルの名前と効果を公開させてもらっている。

 『スタッフは特殊な訓練を受けています。良い子は真似しないでね』というやつだ。


「もし浅井君がこの大学を目指しているのであれば、入試や学費を免除して、うちへ迎え入れることも可能じゃが、その辺りはどうなんじゃ? 研究機関としても、君のような希少なスキル保持者には是非来てほしい」

「は? え!? うっそ……入試と学費が免除!? 俺が……俺が南駿大学に入れるの……?」

「……もっとも、これは特例中の特例であって、誰彼に適用できる話ではないがの」


 浅井の雑食スキルと、大学の研究者が組み合わさったら、いくらでも新しい発見をすることができるだろう。

 こんな直接的にスカウトされることもあるんだな……。


「な、なあ伊吹。もし俺が試験も受けずに南駿大学に入ったらどう思う……?」

「そりゃあもちろん、物凄く気に食わないから、会社は抜けてもらうし、学校では『あいつダンジョンで土食ってる』って言いふらすよ?」

「ちょっ、まっ! それはあまりに横暴すぎないか!?」

「……伊吹君」

 ふざけていたら、長良さんに嗜められた。


「もちろん冗談だよ。……ただ進級とか卒業のことを考えると、入ってからが大変なんじゃない?」

「え? その辺りも免除してくれるんじゃないの?」

「そのようなことはない。進級・卒業は他の学生と変わらん」

 鉢屋教授からとびきりの冷や水がぶっかけられ、喜色を浮かべていた浅井の顔が一瞬で真顔になる。


「えー、でも入試から解放されるなんて最高じゃない? 鉢屋教授、私も特別推薦入学で呼んでくださいよ」

 深谷さんも浅井ドリームを狙って、鉢屋教授に声をかけたが、彼女のスキルは……。


「大勢の前でスキルを尋ねるのはなんじゃが、君も希少なスキルを授かったのかね?」

「ええっと、私のスキルは『落下耐性』です!」

「そ……それはまた、何とも評価しづらいスキルじゃな……。すぐには使い所が思いつかないので、推薦会議に出せんのう……」

「ええー! あんなに気持ちいいスキルなのに!」

 それはスキルを持っている本人だけだろう……。


「取り敢えず俺は、帰って親に話してみるよ……。南駿大学に入れるって……マジかー……」

 浅井は先ほどまでとは雰囲気をがらり変え、非常に真面目な表情で考え事を始めた。

 思ってもみなかった新しい進路が、突然目の前に開いたんだ。大いに悩むべきだろう。



 その後も教授からの質問は続いたが、「他に新しい発見はないか?」と問われた際に、浅井が得意げにリュックから『焼きゴブ』を取り出した瞬間──研究室は強烈な腐臭に包まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。





◻︎◻︎◻︎




「し、死ぬかと思ったわぃ……」

「なんかまだ、鼻がおかしい気がします……」


 浅井のバイオテロにより、研究室は一時利用不可となった。

 今回は、単なる臭い食べ物(?)による集団パニックだったのだが、この施設では『本当のバイオハザード』に対して備えられており、防護服に身を包んだ職員が颯爽と現れた時には、心底肝を冷やした。

 今その防護服を着た人たちが、研究室の消臭に当たっており、もうしばらくの間は中に戻れそうにない。


「ほんと、ごめんなさい……」

「事前にお伝えすべきでした。申し訳ございません」

「いや、気にせんで…………とは言えぬか。まぁ、今後ああいったものを扱う時には気をつけてくれたまえ」

 自分たちからすれば、焼きゴブはめちゃくちゃ臭いだけで、毒性がないことは判断石を使って確認済みだ。

 しかし、それを知らない人にとっては、すわ毒ガスが発生したかと勘違いされるのも頷ける。それほどに熟成焼きゴブは臭い。


「にしても、あんな物を口にするとは、随分と体を張っておるのぅ……」

「焼きたてならそれほど臭くは──」「めっちゃ臭いって! 浅井の感覚がおかしいだけよっ!」

 深谷さんから高速でツッコミが繰り出される。


「……して、君たちは明日からダンジョンへ行くのじゃろ? もし良かったらうちの富倉くんを同行させてはもらえぬか?」

「浅井の素行調査ですか?」

「それも兼ねとる」

 きっと我々が、自らの実力でダンジョンを攻略できているかの確認か。

 人から掠め取った情報で論文を書いたのであれば、色々と話は変わってくるだろうし。

 ただ、今はまだ秘匿しておきたい情報をいくつか抱えているので、富倉さんの同行は悩ましいところだ。

 そう思いチラリ長良さんを見ると、こちらに向かって小さく頷いてくれた。


「……はい、構いませんよ。富倉さんには静岡ダンジョンの案内をお任せしてもいいんですよね?」

「任せてください! 私は毎日のようにダンジョンへ潜っていますからねっ!」

 天下の南駿大学に通う冒険者を間近で見れるのは、こちらにとっても有益だろう。


 かくして、思いがけない案内人を伴ってのダンジョン探索が行われることとなった。




 ただその前に──見せてもらおうか! 静岡が誇るハンバーグの実力とやらを!


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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