風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第2話 風魔法って……。

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 昼下がりの教室。背中に差す日差しが暖かく、ついまぶたを重くした。


 窓の外では体育の授業が行われているらしく、かすかにホイッスルの音が聞こえる。


──あと少しで放課後か。


 気だるげに頬杖をつき、教科書に目を落とすふりをしながら、思考を漂わせる。


 世界が変わったのは、たった数年前のことだった。

 アメリカの南極調査隊が氷の中から発見した、黒くて巨大な石板。

 それを研究施設へと持ち帰り調査を進めていた矢先──突如、施設ごと消失した。


 同時に、世界中で“それ”が現れた。



──ダンジョン。




 日本では静岡の山中に黒く口を開いた異空間が見つかり、後に国内最大級の攻略拠点となった。

 ダンジョン内部は異常に広く、空間のねじれ、重力の変化、生態系の異常など、まるで別世界そのものだった。

 各国の軍が調査に乗り出したものの、致命的な問題があった。


 それは『あらゆる地球産人工物をダンジョン内部に持ち込めない』という制限だ。


 ナイフ、銃器はもちろん、衣類やコンタクトレンズ、指輪すら拒まれる。

 唯一入れるのは、生身の身体──それも、何も身につけていない状態に限られていた。


 最初に全裸で潜った調査員たちは、素手で石を拾い、木を折り、土をこね、文字通りゼロから拠点を築いた。


 文明も道具も、すべてダンジョンの中で作り直すしかなかったのだ。

 さらに、ダンジョンに一度でも足を踏み入れた者には、“特別な力”が芽生えることが確認された。

 目にも留まらぬ脚力を得た者。

 刀の扱いに天才的なセンスを発揮する者。

 すべてを記憶する異能を授かった者。



 そして──魔法を扱う者が現れた。




「はい、じゃあそこ、伊吹。今の話、まとめてくれるか?」

 教壇から声が飛ぶ。

 気だるげに顔を上げ、黒板を一瞥する。


「南極の石板をきっかけに、世界中にダンジョンが出現。内部は全裸、あるいはダンジョン産の物質で作られたものじゃないと入れず、潜ると特殊能力が得られる。……以上です」


 生返事に近いが、先生はとくにとがめず「正解」とだけ告げた。


──まぁ、こればっかりは誰でも覚えている。


 今や小学生でも知っている、現代社会の常識だった。


 スキルを得た者たちは“能力者”と呼ばれ、中でも実用的な能力を持つ者は、高待遇で企業に迎え入れられ、さらには国から雇われる者まで現れた。


 彼らはダンジョンに潜り、魔物を倒して魔石を持ち帰る。それが新たなインフラと経済の柱となっていた。


 自分も一応はそのひとりだった。

 取得したスキルは「風魔法」。


──風を、起こせる。


 ただ、それだけだった。



──ショボい。風て。



 学校のスキル説明会では、事務的な口調で「戦闘向きではないですね」と告げられた。

 相談窓口でも「せめて火か水なら、色々な道もありましたが」と遠回しに落第点を突きつけられた。

 確かに、火なら攻撃できるし、水は応用が利く。土は防壁にもなる。


 でも風なんて──風なんて、スカートをめくるくらいしかできないと誰かが笑っていた。


 ……たぶん、正論だ。


 けれど、自分はそれでもダンジョンに潜り続けていた。


──なぜか? 生きていくためだ。


 両親は数年前に事故で亡くなり、今は国の補助金で生活している。

 高校を卒業すればそれも打ち切られる。バイトだけでは食っていけない。


 だから、実入りの良いダンジョンで稼ぐしかない。


 どんなに小さな力でも、生きるために使い切るしかなかった。


 風魔法は、うまく使えば視界をかく乱できる。

 敵の足元に砂を巻き上げたり、足音を消すのにも使える。一部の上級者は矢の軌道だって変えられるらしい。ほんの一握りだが……。


 そして何より──風は、何も持たない自分にとって、唯一の“武器”だった。


 放課後。静かに鞄を持って立ち上がる。

 昇降口を抜け、制服の襟を風が揺らした。



──今日もまた、潜るしかない。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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