風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第3話 新技検証

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 放課後。

 教室を出ると、ぼろぼろの自転車にまたがった。

 長年ろくにメンテナンスされていないためか、ペダルを踏むたびにギシギシと嫌な音が響く。そんな自転車を必死に漕ぎながら、いつものダンジョンへと向かう。

 進行方向は駅とは反対。下校する生徒たちが流れていくのと逆側に、一人だけで向かうこの感覚にも、だいぶ慣れてきた。


 街の風景は特別なものじゃない。

 大型のショッピングモールがある以外は、ぱっとしない中途半端な田舎町だ。古い住宅街に、背伸びした高層マンションが混ざっていて、全体として統一感はない。でも、暮らすには悪くない。


 ダンジョンへ到着する直前、ふと視線の先に制服姿の女子生徒が自転車を漕いでいるのが見えた。間違いなく、うちの高校の制服だ。


……珍しいな。


 このダンジョンを利用する生徒はそこまで多くない。隣県・静岡にある“第一ダンジョン”のほうが施設も整っていて便利だから、大抵はそちらに行く。

 ここのダンジョンは後発で、拠点も小さく、トイレの数ですら足りていない。だからこそ、金を稼ごうという気概のある者しか来ない。


 まさか彼女も……?


 そう考える間に、彼女は女性用の更衣室に入っていった。見られてはいないはずだが、なぜかこっちが気まずい。

 自分も更衣室へ。恒例のフルチンを経て、レンタル装備を受け取る。

 今日も受付のおじさんは、こちらの裸を無遠慮に見つめてきた。本当に大丈夫な人なのか?



 ダンジョンへと足を踏み入れる。

 湿った空気、裸足で踏みしめる地面の感触。そして鼻をくすぐる森の青臭さ。


(……やっぱ、落ち着くな)


 この異質な空間が、自分にとってはもう“日常”だった。

 入り口付近を軽く見渡してみたが、さっきの女子生徒の姿は見当たらない。


 先に潜ったのか、それとも違うルートを進んでいるのか。


 と、そこへ見知らぬ若者の声が飛んできた。

「君、ちょっといいかな?」

 振り向くと、軽装をした男が四人。大学生らしき年齢で、ガチの冒険者には見えない。

 その中の一人が話しかけてきた。

「俺たち、大学のダンジョンサークルなんだけど、今、急に後衛役が来れなくなってさ。もし君が後衛だったら、ちょっと一緒に潜らない?」

 突然の誘いに、一瞬言葉を詰まらせる。が、すぐに答えた。

「一応、風魔法が使えます。支援系のつもりでやってます」

 男の表情が、微妙に曇った。

「あー……風魔法、か……。うーん、悪い、やっぱ今回はナシで。あ、でもありがとうね!またどこかで!」

 あっさりと打ち切られて、四人組はそのまま去っていった。

 ユーヤは苦笑する。

(やっぱりな。風魔法って、そういう扱いだよな……)



 さて潜るぞ。



 茶色いローブと腰には紙のトランクス。手には木の棍棒。もう何度目になるか分からないこの装備も、すっかり馴染んできた。


 相変わらずこの紙トランクスの履き心地は最悪だ。ガサガサしていて、動くたびに微妙にズレる。


 ダンジョンの森の中は、昼でも薄暗い。ひんやりした空気の中に、ほんのり土の匂いが混じる。



 今日もここで稼がせてもらうとしよう。



 足音を忍ばせ、そっと木の影から顔を覗かせると、いた。白い毛玉のようなウサギが一匹、もそもそと地面を嗅ぎ回っている。


 ただのウサギではない。前歯は異様に発達しており、あれで噛まれると骨まで響くほど痛いらしい。見た目に反して、油断ならない相手だ。


(よし、試してみよう)


 上級風魔法使いが用いる、砂と風を織り交ぜた目潰し攻撃。


 しゃがみ込んで乾いた砂を選び、手の中で握りしめる。風の流れを軽く指先で確かめ、狙いを定める。



 ……よし、こっちを向いた。



 シュッという音とともに、小さな突風が巻き起こる。砂がウサギの顔を覆うように飛んでいく。


 が、ウサギは頭を振ってあっさりと砂を払い落とし、こちらに飛びかかってきた。


「うわっ!」


 咄嗟に棍棒でガード。

ガッ!

 と鈍い音がして、衝撃が腕に伝わる。


 思わず後ずさりしながらも、闇雲に棍棒を振るう。

 再度、目潰しの風を起こすと、一瞬だけウサギが怯んだ。


 その隙を見逃さず、棍棒を振り下ろす。


 ボスッという鈍い音とともに、白い毛玉はピクリとも動かなくなった。



 ウサギの体内から小さな魔石を回収して息をつく。



「……500円か」



◻︎◻︎◻︎



 その後もモンスターを狩り続けて合計3000円。

 昨日は7体で3500円だったから、今日は若干成績が悪い。魔石をポケットに仕舞い込むと、疲労がどっと押し寄せる。


(目潰しの採用は悪くない……けど、まだ実用的じゃない)



 もっと効率を上げないと。今のままじゃ、どれだけ通っても大した金にはならない。

 ため息をつきながら、ダンジョンの出入口に向けて歩き出すが、足取りは自然と重くなる。


 いっそ、もう少し下の階層に挑んでみようか。でも今の自分の実力と装備では、返り討ちに遭う可能性もある。


 どうしたものか……。



 そんなことを考えていたときだった。


 道沿いに生える木々の向こう側で、何か動く気配を感じた。枝を避け、少しだけ森へ立ち入ると、人影が見える。魔物ではない。女性──



 炎が小さく灯る。彼女の手元から、ぽっ、と火球が放たれた。火魔法だ。


(あれは……)


 見覚えのある後ろ姿。


 彼女は、しゃがみ込んで地面に枝で何かを書いている。

(ん? 魔法の射程を測っているのか?)


 こちらからの視線に気づいたのか、彼女と目が合った。


 反射的に、軽く頭を下げて会釈する。向こうは無表情のまま、小さく頷いたような気がした。



(……やっぱり、長良さんだ)

 隣のクラスの女生徒。長良ながらあかね


 黒髪は肩に届くかどうかの長さで、軽く揺れていた。前髪は真っすぐで、目元の鋭さを強調している。整った顔立ちだが、柔らかな印象はない。言葉をかける隙を与えないような、そんな雰囲気を纏っていた。


 この街の大病院「長良病院」の娘。間違いなく裕福な家庭のお嬢様。なのに、なんで彼女が一人でダンジョンに──?


 そんな疑問が胸に残ったまま、俺はそそくさとその場から退散した。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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