風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第9話 ウキウキショッピング

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 月曜日。午前の授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴る。


 鞄からコンビニのハンバーグ弁当を取り出し、箸の袋を破ろうとした──その瞬間、教室の空気が一変した。


「こんにちは」


 声がした方に顔を向けると、教室の入り口に長良さんが立っていた。クラスメイトたちがざわつく中、彼女は周囲の反応に頓着する様子もなく、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。


「この席、使ってもいいですか?」

 彼女が指差したのは、自分の斜め前の席。


「ああ、そこは大丈夫。昼はいつも中庭で食べてるから」

 そう答えると、長良さんは軽く頷いて椅子を後ろ向きにし、そのまま腰を下ろした。

 机の上に、彼女の弁当箱が置かれる。

 不思議と自然な動作だった。だが教室内の視線はさらに集まり、背後では「え、伊吹って長良さんとそんな仲いいの?」といったささやきが飛び交っている。


「放課後、一緒に下着を買いに行くって約束してたでしょう? その作戦会議をしに来たの」

「ちょっ!」


 再びざわつく教室。だが確かに、彼女は事実を述べただけだ。


 なるほど──こっちも強気でいよう。

「長良さんに似合う、最高の下着を選んでみせるよ」

 言った瞬間、自分の顔が熱くなっているのがわかった。


「ふふっ、楽しみにしてるわね」


 どこか満足そうに微笑みながら、彼女は弁当箱を開け始めた。


 食事が始まる。自分もようやく弁当のフタを開け、箸を手に取る。

 ……だが、落ち着いて食べられそうにはなかった。


「そうだ。これ、見てもらえますか?」

 長良さんが鞄から取り出したのはタブレット端末だった。画面をこちらに向けると、そこには──

 女性用下着が並んだページ。しかも、かなり際どいヤツ。

 どれもこれも布面積が少なすぎて、正視に耐えない。


「───」


 天井に顔を向けて黙っていると、こちらの負けを認めたことになりそうだったが、どう頑張っても真顔を維持できなかった。


「ホントごめんなさい。僕の負けです……」

 箸を置いて、顔を両手で覆う。


「待って。揶揄からかいたかったのは本当だけど、下着を見せて恥ずかしがらせようって意図だけではないの。……この下着の値段を見てもらえる?」

 指の隙間から恐る恐る画面を覗く。

 どれも高級感のある下着だったが、値段はせいぜい5万円程度だ。

「ん、あれ? ダンジョン用のパンツって20万円近くするって聞いてたけどな?」

「私も、伊吹くんから聞いてた相場より安いな?と思ったんです」

──もしかして、下着の大量生産が進んで価格が落ち着いたのか?


「……それで、男性向けの下着の値段も調べてみたのですが──、これを見てください」

 アカネが画面を操作すると、ズラリと並んだのは──20万円台のトランクス。


「実はですね、トランクスタイプの下着は、ダンジョン産の素材を多く使用しているため、さっきお見せしたドスケベ下着よりも値段がかさむんだそうです」

 そのワードセンスは一体……。


「ですのでこちら……」


 指で画面をスワイプすると、新たな商品群が現れる。

 そこには、だけを辛うじて包み、残りは紐で構成された、極小面積の下着が表示されていた。


「この、陰茎いんけい陰嚢いんのうのみを包むタイプであるならば、お安く購入できるので、靴までを……」

「ちょいちょいちょい! 陰茎陰嚢いんけいいんのうして!」

 慌てて長良さんの言葉をさえぎった。


「ちなみに伊吹くん、陰嚢いんのうと肘の皮膚は、組織学的に似た構造をしているのよ。つまり、皮膚の動きやすさや──」

「まってまってまって! 本当に勘弁してください!」

 机に突っ伏しそうになるのを堪えながら、必死に言葉をつなぐ。


「下着に関しては、その……他の男性冒険者がどんなの使ってるか調べてから検討したいです。正直、紐タイプは履いたことがないので、紙製のトランクスと同程度に意識を持っていかれるんじゃないかと……」

「ガサガサしていないなら、すぐ慣れると思いますよ。たとえば私の場合──」

 もうやめてくれ! これ以上はもう。



──こうして、疲労感だけが蓄積していく昼休みが過ぎていった。




◻︎◻︎◻︎




 放課後、大型ショッピングモールの中にあるダンジョン用品店へ二人でやって来た。


 こういった店は、アウトドア用品店やスポーツ用品店のように、大型モールならたいていどこにでもある。


 俺も何度か一人で訪れたことはあるが、どの品も高価で手が出ず、眺めて楽しむだけの場所だった。

 でも今日は違う。長良さんと一緒に来ていて、しかも実際に買い物をする。たったそれだけのことなのに、やけに胸の奥がざわついていた。


「下着類はあっちですね」

 天井から吊るされた案内板を見上げながら、長良さんが静かに言う。その声に、少しだけ鼓動が加速した。


 手前から並んでいるのは、太腿ふとももまで覆うスパッツタイプの下着。奥に行くほど布面積が少なく、際どいデザインになっていく。通路を挟んで、左が女性用、右が男性用らしい。

「なんで向かい合って男女の下着が並んでるんだよ……」

 思わず口をついて出た疑問に、長良さんはあくまで冷静だった。

「女性だけで冒険者パーティを組むことは、あまりないですからね。ほとんどの女性冒険者は、同じパーティ内の男性と親密な関係となり、下着程度のものなら、一緒に選ぶのが一般的なんだそうです」


 命を預け合う仲なら、それくらいの距離感になるのも理解はできる。けれど──その女性冒険者である長良本人からそう言われると、どうにも落ち着かない。


「では、私たちの目的の品は最奥部にあるようですね。行ってみましょう」

 軽やかにそう言って歩き出す彼女を追いかけながら、俺の緊張はもはや限界に達していた。


「伊吹くんは結局、どのタイプを買うのですか?」

 実は昼休みの終わり際、スマホで“冒険者のパンツ事情”をこっそり調べていた。 

『紐パンは履き慣れてないと苦痛。おすすめはブーメランパンツ。値段も安く、履き心地もマシ。まずはこれで慣れ、稼げるようになってから好きなデザインを買え』

 という、経験者の言葉を信じて、そのまま長良さんに伝えてみる。


 すると──


「では、こちらですね」

 と、彼女は自然な足取りでブーメランパンツのコーナーへ移動し、一つひとつ丁寧に手に取って吟味し始めた。


「んー、これだと少し地味でしょうか」

 そう呟きながら、彼女は手にした真っ黒なパンツを俺の方へ向けて掲げてきた。目を細めて、それを履いた姿を想像している。……ようだ。


「え? ちょっと!? なんで長良さんが僕のパンツを選んでるの?」

「相方が一番、その下着を見る機会が多いため、相方本人に選ばせると失敗が少ない──と書いてありました」


 ……マジかよ、冒険者。危険を冒しすぎだ。


 その後もいくつかを見比べた長良さんは、やがて一枚の真紅のブーメランパンツを両手で持ち上げ、凛とした声で宣言する。


「ふふ、これにします」


 お値段、約8万円。当初の予算より12万円も安いのはありがたい。でも、それ以上に──どうしても顔が熱くなった。異性に下着を選ばせるのは、これほどに恥ずかしいものなのかと。


「さて、次は私の下着を選びましょう。……こちらですね」

「え? あ、はい……」

「私はこういった紐結び式ショーツには慣れております。一番リーズナブルだったのは都合も良かったです」


 紐パン履き慣れてるのかよ……。大人だな……。


「ではこのあたりの中から、お好きなものを選んでください。性能にはほとんど差がありませんので、伊吹さんのお好みでどうぞ」


「お好みでどうぞって……」


 紐パンの並ぶ棚を見渡した瞬間、目が泳いだ。どれもこれも刺激が強すぎて、軽く目眩がする。けれど、もう彼女に自分の下着を選ばれている以上、いまさら引くのも格好がつかない。


 ならば俺も──真剣に向き合おう。



 ふと、棚の途中で値段の桁が変わっていることに気づいた。


「ねえ長良さん。ここから左の下着、ちょっと高い気がするんだけど……これって何が違うの?」

「ここから先のものは、結び目が飾りで、自分で紐を結ぶ必要がないタイプです。ゴムのような伸縮素材を使っているので、その分お高いんですよ。私は普通に紐を結ぶもので構いませんから、ここより右側の中からお願いしますね」

「な、なるほど……」


 女性用下着、奥が深い。



 再び視線を棚に戻す。色や装飾に違いはあるが、基準が分からず決め手に欠ける。とりあえず目に入った赤い紐パンを手に取ると──


「そちらの下着は、下部に穴が空いているタイプなので、使用用途が異なります。それとは別のものを選んでいただけますか?」

「ちょっ! そんなもの混ぜておくなよ!」

 思わず声が裏返ってしまった。



 それでも最終的には、心の声に従って、“長良さんに似合いそうな一枚”を選んでみた。

 彼女はそれを見ても、特に顔色を変えるでもなく、柔らかな笑みを浮かべていた。


 ──どうやら、お眼鏡には叶ったらしい。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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