風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第10話 肉欲

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 初めての買い物が終わった。

 男性用の下着が8万円。
 長良さんの下着が、上下あわせて35万円。
 サンダルは二人分で16万円。
 そして、解体用ナイフが1万円。

 合計60万円。


 昨日の儲けが62万円だったから、差し引き2万円が残る計算だ。けれど、長良さんはそれを不公平だと思ったらしい。


「……伊吹くん、あの、大丈夫なんですか?」

 チラリとこちらを見る長良さんの視線が、少しだけ申し訳なさそうだ。

 俺はブラジャーを必要としていない。しかし、その代金まで“共通費”として処理されているのが気になるそうだ。これは戦士の槍であったり、狩人の弓矢のようなものだ。ダンジョン探索に不可欠なものであるなら、共通費で処理すべきものだ。


「そうですね、なら、たまには僕もブラジャーを使わせてもらいますね」

 冗談めかして言えば、彼女はすぐにクスっと笑ってくれた。

「ふふっ、どうぞどうぞ。必要になったら遠慮なく」

 ──それにしても、ブラジャーって高いんだな。


 聞けば、長良さんが選んだのはスポーツタイプの、胸が揺れないようしっかりとホールドする構造のものらしい。布の面積が広いから、素材代がかかるうえ、作りもかなり丈夫なんだとか。デザインは極めて地味。だからこそ、サイズだけをみてすぐに選んでいた。

 長良さんは本当に、そういうところで迷いがない。


 逆に、革のサンダルが8万円で買えたのは意外だった。もっと高いと思っていた。

 しかし、理由を聞いて納得。


 サンダルに使われている革は、魔物の素材を利用しているらしく、鞣しに多少の手間はかかるけど、素材自体は流通していて仕入れやすい。しかも、頑丈。

 ──とはいえ、サンダルに8万円って冷静に考えたら高いよな。


 そして、最後の解体用ナイフ。

 小さい。

 ほんとに小さい。

 刃渡りは3センチ。握りだけはやたらとしっかりしている。なのに、これで1万円。

 どこかの百均で売ってそうな外見なのに、素材に金属が使われているというだけで、このような価格になっているらしい。

 納得がいかない。


◻︎◻︎◻︎


 ひとまずの買い物を終えた二人は、ショッピングモール内にある和食レストランへと足を運んでいた。


「……昨日の稼ぎが消えてしまいましたね」

「仕方ない支出とは言え、あのナイフだけは納得がいかない……」

「尖った石を探しにいく手間を考えれば、すぐに元は取れますよ」

「……まあ、それは確かに」


 注文した料理が、間もなくして運ばれてきた。自分はヒレカツ定食。長良さんはカレイの煮付け定食だった。

 こうして並んでみると、日々「肉だ!肉だ!」と思っている自分が、やけに子供っぽく見えてくる。いや、実際その通りなのかもしれないが。


「しばらくは地下二階の亀に通い、全身の装備を整えていこうか」

「今日は結構な額を投資しましたが、全然揃っていませんものね」

 どうにか紙製の下着と、裸足というスタイルは卒業できた。


「この後、どんな順番で整えていく?」

「私たちには魔法という攻撃手段がありますので、武器は後回しにしましょうか」

「そうだね。武器は高かったしね」

 確かに、先ほどダンジョン用品店で武器を見てまわったときも、基本的に売られていたのは『槍』ばかりで、それも一本50万円を超える高額な商品がずらりと並んでいた。

 壁にかけられていた『槍の穂先』たちは、金属素材が希少な武器界隈において圧倒的なシェアを誇っており、好みの穂先を選んでから、それに合う木の柄を別途購入するというシステムらしい。


 長さや太さにこだわる流派もあるようで、壁に掲げられていた説明文を読んでも、内容がマニアックすぎて正直よくわからなかった。


 未知の魔物と戦うには、やはり長柄の武器が好まれるらしい。

 ナイフ二刀流で戦うような酔狂な冒険者など、まず存在しないのだろう。

 誰だって命は惜しい。格好良さなんかじゃ命は守れない。



「……そうですね、ボトムスからでしょうか?」

「ボトムス……って、ズボンのことだよね?」

「はい、そうですね。革製のものが20万円で売られていたので、次に目指すはあれでしょうか」

 さすが長良さん。先ほどの買い物中に、今後必要になる装備の価格も一通りチェックしていたらしい。

・革のジャケット:30万円  
・インナー   :15万円  
・革のズボン  :20万円  
・革のベルト  :5万円  
・革の手袋   :8万円  
・革のブーツ  :25万円  
・革の帽子   :6万円

 ──だったそうだ。

 ……自分はといえば、下着選びの余韻でそれどころじゃなかった。……なんだか情けない。


 食事を終えて、お茶を啜りながら。

「……昨日の収入ならば、伊吹くんのいう『お金稼ぎ』としては十分ではないのですか?」

 たしかに、週末の6時間で30万円以上稼げるのであれば、月に換算して240万円。年にすれば3千万円近くにまで届く計算だ。十分に豪華な生活ができるだろう。

 けれど、それはあくまでも長良さんが一緒に戦ってくれてこその結果なので、これからも長良さんの目的のために、協力していきたい──そう伝えると、

「あらあらあら。それはとても頼もしいですね。今後ともよろしくお願いします」

 と、長良さんは柔らかく微笑んだ。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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