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4.お嬢様と森と犬と。
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ギャムシアに注がれた精液を一滴残らず絞り抜き、備え付けられたシャワーを浴び……としていると、あっという間に夜明けがきた。馬車の中でそれなりに昼寝出来た分、そこまで眠れなくても苦痛にはならなさそうだ。
身なりを怪しくないように完全に整え、ベッドに入る。先程零れた精液がシーツに点状に染みており、さらけ出された膝が一瞬触れた。そこで、一気に記憶がよみがえる。
……昔とは、違う。先程のギャムシアとの、あれは。紛れもなく、快感が伴っていた。
下腹部が、きりきりと痛む。子宮口が散々擦られたせいだろうか。
『孕んでもらおうか』
彼は、なにを狙っているのだろう。自分との、結婚なのか。
……あの表情を思い出す。意地悪な、男の顔。あの、淫靡な目。まるで、淫魔のような魅力を感じてしまった。腕も痛いし、首元も苦しかったはずなのに。
「顔がよかったからなのか……?」
いや、それだけで。それだけで身を許すのはさすがに軽率過ぎる。
そうだ、結局自分から許してしまっていたのだ。その気になれば、それこそ金的などで逃げる事は出来た。実際今までエヴァイアンの令嬢として誘拐された経験はあるし、その時はそうやって逃げ出せた。意地でも、体を許す事はしなかった。
……ラチカの意識を完全に奪われていた、あの時を除いては。
「寝よう」
駄目だ、これは。駄目な傾向だ。
月経の周期から計算するに、恐らく妊娠する可能性はいま一番低い時期だ。時前堕胎薬は、……どうにかして、ギャムシアに交渉出来ないだろうか。恐らく興奮してそんな事を口走っていたら、案外聞いてくれたりしないだろうか。
とりあえず、仮眠を取ろう。
「…………」
――朝日が、昇りだす。1時間くらいは眠れただろうか。
外出用のドレスを纏う。爪痕はどうにか隠れたようで、安心した。首からはあのネックレスをしっかりとかける。
扉を開き、たまたま通路を歩いていたロドハルトの使用人と挨拶を交わす。彼女いわく、ギャムシアは朝の日課で庭に出ているとの事だった。
シャイネとの合流は朝食時だ。交渉するなら、今がいいだろう。
彼女に案内をしてもらい、庭へと出る。広大な、手入れのしっかり行き届いている花壇に囲まれた……広場のような空間だった。その中心に、ギャムシアは居る。
「何をやっているんです? あれは」
未だ遠い。動いているのは分かるが、なにをしているかまでは分からない。
「ギャムシア様は、剣術の先生もされています。なので、朝は公務の前に鍛錬をされているのです」
「へえ……」
成程、あの腕力はやはり武道を嗜んでいるからか。武道に関しては疎いが、ただそれでも日課で鍛錬をしているような人間に勝てるわけがそもそも無かった。
シャイネとぶつければ、どちらが勝つだろう。そうぼんやりと考えながら、使用人を置いてギャムシアの元へと向かった。
彼はラチカに気が付くと、素振りしていた模造の刀を下した。現在上半裸になっているせいでようやく気付いたが、余分な脂肪は無い。しかし、筋肉ダルマといった訳ではない。均整のとれた肉体美といった印象だった。
「よお。早起きだな」
「……もう完全に他人行儀やめられたんですね」
ギャムシアは鼻で笑うと、模造剣を投げ捨てた。
「まあ、契りを結んだ身だしな。というより出会いたてはそりゃああいう風に礼儀正しくはすんだろ」
……心を開いてくれている、のか。しかし完全に油断が出来ない。意図が、見えない。
ギャムシアは花壇にかけていた衣服を手に取ると、着始めた。
「わざわざこっちまで出向いたってことは、何か用だろ。しかもあのクソガキ出し抜いて」
「クソガキって……確かにシャイネは、まだ二十歳だけど」
「へえ、俺と七つしか変わらねえのか。十代かと思ってたが」
そうか、兄と同じ歳なのか。しかし顔のせいか、ギャムシアの方が年上に見える。
気を利かせた使用人が、菓子と紅茶を持ってきた。簡易テーブルを用意し、花壇の前に座る。
「ほら、来いよ」
彼はどっかりと、鼻と土をよけて花壇に腰かける。おずおずと、隣に腰を下ろした。すると、彼の筋張った手がラチカの腰に回される。その感触に、昨日の事を思い出しびくっっと脈打つ。それを見、ギャムシアは声を上げて笑った。
「なんだ、感度良すぎるだろ。昨日といい」
「なっ!?」
「気付いてないと思ったか? 口元見えなくても、お前の目すごかったぜ。とろけてて、ああこれは誘ってるなって思った」
顔から火が出そうなくらい熱い。まさか、そう思われていたとは。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
「しかし、エヴァイアンの令嬢がまさか処女じゃなかったとはなぁ。少し失望だ」
その言葉が、刺さる。その表情を読み取ったのか、ギャムシアの眉根が寄った。そしてすぐにああ、と呟く。
「……成程、そういう事か。成程……まあ、それなら、うん」
「私だって」
拳が、勝手に力強く握られる。声も、震えだす。
「……自分の意志でしたことなんて、ないもの。気がつけば、すべて終わってた」
目覚めた時、すでに自室に戻っていた。覚えているのは、犯人への呪詛を吐き続ける兄と、怒りで公務に支障をしばらくきたした父母。
自分は決して悪くない。自邸に乗り込んだ……顔の見えない男達に殴られ、そこからの記憶が本当に無い。ただ、医者は悔し気にあの時告げた。
――『処女を破られている』と。しかし体液の存在が認められず、結局犯人は十五年経った今も見つかっていない。七歳にして、ラチカは処女を失ってしまった。
それ以来、警備を担当する使用人が急増した。そして……シャイネが家にやってきた。
「すみません、こんな話」
取り繕うように、笑う。しかしギャムシアの顔は、どこか厳しかった。
ぐい、と腰を寄せられ。そのまま、口づけられる。昨日の最後の時とは違う、初めての……本来の、唇同士。そっと舌で唇を割られ、拗入れられる。あくまで優しい、けれど抗えない力に体の力が抜けていく。ぢくり、と下腹部が熱をもった。
そっと、離される。ギャムシアの目は、どこか未だ熱っぽく……意地悪だった。
「お前の地は、そっちなのかもな」
「……え?」
腰元から、手が離れる。彼はクッキーを手に取り、口に運んだ。
「昨日、出会いたて緊張してたろ。ぎこちない笑顔で」
「そ、それはそっちもでしょう」
今思えば、の話だが。そうか、つまり彼の地は。
「昨日お前を犯した時に気付いたよ。お前の、本当の地」
彼の手に新たに摘ままれたクッキーが、ラチカの唇をつつく。仕方ないのでそっと開けると、クッキーがねじ込まれた。バターの濃い、芳醇な味だ。夢中になって咀嚼すると、ギャムシアは苦笑する。
「で、結局何の用だ」
はっとして、慌ててクッキーを紅茶で流し込む。少しせき込みながら、彼を見た。ああ、やはり……顔が、いい。
「時前堕胎薬、とかは……無い、ですか」
ラチカの言葉に、彼は首を傾げた。
「え、要らないだろ。お前昨日の事分かってないのか? 俺子ども作るつもりでやったんだけど」
「なんで!?」
ギャムシアは鬱陶しそうに眉根を寄せながら、紅茶をすする。
「結婚したいから」
結婚。いや、それにしては順序が色々おかしい。しかし昨日彼は去り際に『次は正規の順序で』と言っていた。
まさか。
「……子ども出来たら結婚せざるを得ないからって意味での、そこからは正規って意味?」
ギャムシアは頷く。
……なかなか、とんでもない。しかし、そうなればきっと両親は勿論兄やシャイネが黙っていないはずだ。ましてや、一応昨日の事は形式だけでいうなら強姦に等しい。そんな男と、結婚など。いや、それなら。
「もしかして兄さん達に私から口止めさせたのって」
「ああ、俺からうまく言いくるめるつもりだ。互いに一目惚れしあって、あくまで恋人としてそういう事をしたせいでこうなった、ってな」
無茶苦茶だ。何故それが通ると思ったのか。まったくもって訳が分からない。
しかしそれ以前に。
「何で私と結婚したいんですか」
そうだ、そこだ。すべてそこだ。
ギャムシアはラチカの目を見つめる。それに、どきりとするが強く見つめ返す。すると彼は、そっと告げた。
「エヴァイアンの領土が欲しい」
「……は?」
「まあお前は次子ではあるが、それでも本家の令嬢だ。それなりの……」
がしゃん、と。簡易テーブルがひっくり返る。ギャムシアの視線が、ラチカを捉えた。それでも。
「時前堕胎薬、絶対に用意してください。じゃなければ、兄さんに全部言います」
「おい」
「私は」
声が、自分でも驚く程硬い。それでも。
「……そんな、家の事でしか見ないような男の奴隷になんてなるつもりありませんから」
逃げ出した。足音荒く。
そんなラチカの背を眺めながら、ギャムシアは重い溜息を吐いた。そして、立ち上がる。
「……最後まで聞けよなぁ」
走る。とにかく、走る。
悔しかった。とにかく、悔しかった。
最初から、家の領土の分け前を貰うのが目的だったのか。確かに相手はロドハルトという新興国の国主だ。勿論そういった野望は持っているだろう。そして、兄ともそういった交渉をするのはあくまで立場的には可能だ。ラチカという架け橋を使いさえすれば。
ああ、何で。何で、それなら。
「……馬鹿みたい」
下腹部が、残っていた精液を吐き出す気配。とぷ、と音を立ててくすぐったさを感じる。それでまた、泣きそうになる。
少しでも、惹かれかけた。顔に対してだけなのかは分からないが、それでも。
「どこだろ、ここ」
恐らく、国主邸の敷地内ではあるのだろう。かなり、森深い。しかし敷地内の森であれば、来た通りに戻れば大丈夫だ。
木々の隙間から、空を見上げる。そろそろ、シャイネとの合流する時間だ。もしラチカが居ないと気付けば……きっと、彼は。
「……戻ろう」
……ここに来てしまっている以上、今はラチカという人間性よりはエヴァイアンの使者としての任務が優先される。自分の激情程度で、兄に……エヴァイアンに、迷惑をかけるわけにはいかない。
振り返り、元来た道をたどる。すると、音。
「なに?」
立ち止まる。それでも、聞こえる。足音。
ハッとして、周囲を見回す。そして現れた……影。
「……犬?」
にしては、大きい。茶色い、大きく……耳が垂れた、顔が厳めしい犬。唸り声を挙げながら、犬はラチカにとびかかってきた。
「っきゃあ!!」
間一髪でかわす。犬の力強い足が、地を叩いた。それでも諦められないように、何度も鼻を動かして……ラチカへ、駆けてくる。
「な、なに!?」
走る。とにかく、走る。ああもう、散々だ。
……つまずいた。音を立てて転ぶ。それを好機と見たのか、犬は――跳躍した。
「――ひっ、」
恐怖が、心臓を締め付ける。ああ、もう駄目だ。
そう、思った時だった。
「――がぅっ!!」
まるで、風だった。犬は地に打ち付けられ、びくびくと痙攣している。意識は失ってはいないようだ。
呆然とするラチカの隣に、彼は降り立った。……ギャムシアだ。その手には、先程使っていた模造剣が握られている。彼は、ラチカを見下ろすと溜息を吐いた。
「……無事、じゃなさそうだな」
「な、何で……」
「いやまあ普通に追うだろ」
彼は犬へと近付く。犬はギャムシアを見ると、小さな頼りない鳴き声を上げる。そのままずりずりと彼に近寄り、その足に顔を擦りつけた。
「その子は……」
「うちの番犬。レヂェマシュトルから買ったんだ、ポシャロって名前。メスな」
ポシャロの顎を撫でながら、ギャムシアはラチカを改めて見た。主に、その足元。
「足、見てみろ」
「え」
おずおずと、見下ろす。白いストッキングがズタズタに裂かれ、赤い血が滲んでいた。ぎょっとして凝視していると、ギャムシアはポシャロに額同士をくっつけながら言った。
「ここに生えてる草、どれも鋭いからすぐそうなるんだよ。ポシャロは血の匂いに反応したんだろうな。こうまでしねえといつも落ち着かねえんだ、こいつ」
「ご、ごめんなさい……」
「そこよりもっと謝るところあるだろ」
ギャムシアはポシャロから離れると、ラチカに近寄る。その顔は、笑ってはいるが……まるで昨日ラチカを犯した時のような、意地悪な。そんな笑みだった。
「何で最後まで聞かなかった」
「え」
「お前が早とちりしてすぐに逃げ出すから、こんな事になった」
それを言われてしまえば、反論が出来ない。でも確かに、その通りだ。
ギャムシアはラチカの傍に、膝をついた。その目は、熱い。
「……嘘はついていない。さっき言ったのは全部本音だ。そりゃ俺はロドハルトをもっと栄えさせたいし、そのためには新たな領土を増やすのが手っ取り早い。そしてそれが、俺の手腕次第でかなう。やっと俺の国になったんだからな」
彼の手が、ラチカの背に回る。そのまま、抱き寄せられた。
「ただ、それ以上に……惚れた。お前に」
「ほっ!?」
まさかの。唐突な言葉に目を見開くも、抱きしめられる力がどんどん強まる。
「勿論最初は打算だったさ。でも昨日初めてお前に会って、そこで……ああもう、とにかくだ」
体が、引き剥がされる。そして、どさり、と地に押し倒された。
いや、まさか。この流れは。
「欲しいものが全部詰まってるお前が、目の前に易々現れたんだ。どうにかして、絶対妻にする。そう決めたんだよ俺は」
「いや、あの、というか、あの、これは」
「さっきのお前の条件は飲んでやる。時前堕胎薬も用意してやるさ」
彼の両手が、ドレスに包まれたラチカの両乳房を下から寄せ上げる。昨日のような、それどころか昨日以上に明るいせいで丸見えになってしまい、羞恥心が半端ない。
「ひゃんっ!?」
「その代わり、約束しろ。お前は絶対俺のものになるってな」
「や、ちょっ……あ、時間、時間!」
「あと一時間はある」
これが、ある意味での地獄の始まりだった。
身なりを怪しくないように完全に整え、ベッドに入る。先程零れた精液がシーツに点状に染みており、さらけ出された膝が一瞬触れた。そこで、一気に記憶がよみがえる。
……昔とは、違う。先程のギャムシアとの、あれは。紛れもなく、快感が伴っていた。
下腹部が、きりきりと痛む。子宮口が散々擦られたせいだろうか。
『孕んでもらおうか』
彼は、なにを狙っているのだろう。自分との、結婚なのか。
……あの表情を思い出す。意地悪な、男の顔。あの、淫靡な目。まるで、淫魔のような魅力を感じてしまった。腕も痛いし、首元も苦しかったはずなのに。
「顔がよかったからなのか……?」
いや、それだけで。それだけで身を許すのはさすがに軽率過ぎる。
そうだ、結局自分から許してしまっていたのだ。その気になれば、それこそ金的などで逃げる事は出来た。実際今までエヴァイアンの令嬢として誘拐された経験はあるし、その時はそうやって逃げ出せた。意地でも、体を許す事はしなかった。
……ラチカの意識を完全に奪われていた、あの時を除いては。
「寝よう」
駄目だ、これは。駄目な傾向だ。
月経の周期から計算するに、恐らく妊娠する可能性はいま一番低い時期だ。時前堕胎薬は、……どうにかして、ギャムシアに交渉出来ないだろうか。恐らく興奮してそんな事を口走っていたら、案外聞いてくれたりしないだろうか。
とりあえず、仮眠を取ろう。
「…………」
――朝日が、昇りだす。1時間くらいは眠れただろうか。
外出用のドレスを纏う。爪痕はどうにか隠れたようで、安心した。首からはあのネックレスをしっかりとかける。
扉を開き、たまたま通路を歩いていたロドハルトの使用人と挨拶を交わす。彼女いわく、ギャムシアは朝の日課で庭に出ているとの事だった。
シャイネとの合流は朝食時だ。交渉するなら、今がいいだろう。
彼女に案内をしてもらい、庭へと出る。広大な、手入れのしっかり行き届いている花壇に囲まれた……広場のような空間だった。その中心に、ギャムシアは居る。
「何をやっているんです? あれは」
未だ遠い。動いているのは分かるが、なにをしているかまでは分からない。
「ギャムシア様は、剣術の先生もされています。なので、朝は公務の前に鍛錬をされているのです」
「へえ……」
成程、あの腕力はやはり武道を嗜んでいるからか。武道に関しては疎いが、ただそれでも日課で鍛錬をしているような人間に勝てるわけがそもそも無かった。
シャイネとぶつければ、どちらが勝つだろう。そうぼんやりと考えながら、使用人を置いてギャムシアの元へと向かった。
彼はラチカに気が付くと、素振りしていた模造の刀を下した。現在上半裸になっているせいでようやく気付いたが、余分な脂肪は無い。しかし、筋肉ダルマといった訳ではない。均整のとれた肉体美といった印象だった。
「よお。早起きだな」
「……もう完全に他人行儀やめられたんですね」
ギャムシアは鼻で笑うと、模造剣を投げ捨てた。
「まあ、契りを結んだ身だしな。というより出会いたてはそりゃああいう風に礼儀正しくはすんだろ」
……心を開いてくれている、のか。しかし完全に油断が出来ない。意図が、見えない。
ギャムシアは花壇にかけていた衣服を手に取ると、着始めた。
「わざわざこっちまで出向いたってことは、何か用だろ。しかもあのクソガキ出し抜いて」
「クソガキって……確かにシャイネは、まだ二十歳だけど」
「へえ、俺と七つしか変わらねえのか。十代かと思ってたが」
そうか、兄と同じ歳なのか。しかし顔のせいか、ギャムシアの方が年上に見える。
気を利かせた使用人が、菓子と紅茶を持ってきた。簡易テーブルを用意し、花壇の前に座る。
「ほら、来いよ」
彼はどっかりと、鼻と土をよけて花壇に腰かける。おずおずと、隣に腰を下ろした。すると、彼の筋張った手がラチカの腰に回される。その感触に、昨日の事を思い出しびくっっと脈打つ。それを見、ギャムシアは声を上げて笑った。
「なんだ、感度良すぎるだろ。昨日といい」
「なっ!?」
「気付いてないと思ったか? 口元見えなくても、お前の目すごかったぜ。とろけてて、ああこれは誘ってるなって思った」
顔から火が出そうなくらい熱い。まさか、そう思われていたとは。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
「しかし、エヴァイアンの令嬢がまさか処女じゃなかったとはなぁ。少し失望だ」
その言葉が、刺さる。その表情を読み取ったのか、ギャムシアの眉根が寄った。そしてすぐにああ、と呟く。
「……成程、そういう事か。成程……まあ、それなら、うん」
「私だって」
拳が、勝手に力強く握られる。声も、震えだす。
「……自分の意志でしたことなんて、ないもの。気がつけば、すべて終わってた」
目覚めた時、すでに自室に戻っていた。覚えているのは、犯人への呪詛を吐き続ける兄と、怒りで公務に支障をしばらくきたした父母。
自分は決して悪くない。自邸に乗り込んだ……顔の見えない男達に殴られ、そこからの記憶が本当に無い。ただ、医者は悔し気にあの時告げた。
――『処女を破られている』と。しかし体液の存在が認められず、結局犯人は十五年経った今も見つかっていない。七歳にして、ラチカは処女を失ってしまった。
それ以来、警備を担当する使用人が急増した。そして……シャイネが家にやってきた。
「すみません、こんな話」
取り繕うように、笑う。しかしギャムシアの顔は、どこか厳しかった。
ぐい、と腰を寄せられ。そのまま、口づけられる。昨日の最後の時とは違う、初めての……本来の、唇同士。そっと舌で唇を割られ、拗入れられる。あくまで優しい、けれど抗えない力に体の力が抜けていく。ぢくり、と下腹部が熱をもった。
そっと、離される。ギャムシアの目は、どこか未だ熱っぽく……意地悪だった。
「お前の地は、そっちなのかもな」
「……え?」
腰元から、手が離れる。彼はクッキーを手に取り、口に運んだ。
「昨日、出会いたて緊張してたろ。ぎこちない笑顔で」
「そ、それはそっちもでしょう」
今思えば、の話だが。そうか、つまり彼の地は。
「昨日お前を犯した時に気付いたよ。お前の、本当の地」
彼の手に新たに摘ままれたクッキーが、ラチカの唇をつつく。仕方ないのでそっと開けると、クッキーがねじ込まれた。バターの濃い、芳醇な味だ。夢中になって咀嚼すると、ギャムシアは苦笑する。
「で、結局何の用だ」
はっとして、慌ててクッキーを紅茶で流し込む。少しせき込みながら、彼を見た。ああ、やはり……顔が、いい。
「時前堕胎薬、とかは……無い、ですか」
ラチカの言葉に、彼は首を傾げた。
「え、要らないだろ。お前昨日の事分かってないのか? 俺子ども作るつもりでやったんだけど」
「なんで!?」
ギャムシアは鬱陶しそうに眉根を寄せながら、紅茶をすする。
「結婚したいから」
結婚。いや、それにしては順序が色々おかしい。しかし昨日彼は去り際に『次は正規の順序で』と言っていた。
まさか。
「……子ども出来たら結婚せざるを得ないからって意味での、そこからは正規って意味?」
ギャムシアは頷く。
……なかなか、とんでもない。しかし、そうなればきっと両親は勿論兄やシャイネが黙っていないはずだ。ましてや、一応昨日の事は形式だけでいうなら強姦に等しい。そんな男と、結婚など。いや、それなら。
「もしかして兄さん達に私から口止めさせたのって」
「ああ、俺からうまく言いくるめるつもりだ。互いに一目惚れしあって、あくまで恋人としてそういう事をしたせいでこうなった、ってな」
無茶苦茶だ。何故それが通ると思ったのか。まったくもって訳が分からない。
しかしそれ以前に。
「何で私と結婚したいんですか」
そうだ、そこだ。すべてそこだ。
ギャムシアはラチカの目を見つめる。それに、どきりとするが強く見つめ返す。すると彼は、そっと告げた。
「エヴァイアンの領土が欲しい」
「……は?」
「まあお前は次子ではあるが、それでも本家の令嬢だ。それなりの……」
がしゃん、と。簡易テーブルがひっくり返る。ギャムシアの視線が、ラチカを捉えた。それでも。
「時前堕胎薬、絶対に用意してください。じゃなければ、兄さんに全部言います」
「おい」
「私は」
声が、自分でも驚く程硬い。それでも。
「……そんな、家の事でしか見ないような男の奴隷になんてなるつもりありませんから」
逃げ出した。足音荒く。
そんなラチカの背を眺めながら、ギャムシアは重い溜息を吐いた。そして、立ち上がる。
「……最後まで聞けよなぁ」
走る。とにかく、走る。
悔しかった。とにかく、悔しかった。
最初から、家の領土の分け前を貰うのが目的だったのか。確かに相手はロドハルトという新興国の国主だ。勿論そういった野望は持っているだろう。そして、兄ともそういった交渉をするのはあくまで立場的には可能だ。ラチカという架け橋を使いさえすれば。
ああ、何で。何で、それなら。
「……馬鹿みたい」
下腹部が、残っていた精液を吐き出す気配。とぷ、と音を立ててくすぐったさを感じる。それでまた、泣きそうになる。
少しでも、惹かれかけた。顔に対してだけなのかは分からないが、それでも。
「どこだろ、ここ」
恐らく、国主邸の敷地内ではあるのだろう。かなり、森深い。しかし敷地内の森であれば、来た通りに戻れば大丈夫だ。
木々の隙間から、空を見上げる。そろそろ、シャイネとの合流する時間だ。もしラチカが居ないと気付けば……きっと、彼は。
「……戻ろう」
……ここに来てしまっている以上、今はラチカという人間性よりはエヴァイアンの使者としての任務が優先される。自分の激情程度で、兄に……エヴァイアンに、迷惑をかけるわけにはいかない。
振り返り、元来た道をたどる。すると、音。
「なに?」
立ち止まる。それでも、聞こえる。足音。
ハッとして、周囲を見回す。そして現れた……影。
「……犬?」
にしては、大きい。茶色い、大きく……耳が垂れた、顔が厳めしい犬。唸り声を挙げながら、犬はラチカにとびかかってきた。
「っきゃあ!!」
間一髪でかわす。犬の力強い足が、地を叩いた。それでも諦められないように、何度も鼻を動かして……ラチカへ、駆けてくる。
「な、なに!?」
走る。とにかく、走る。ああもう、散々だ。
……つまずいた。音を立てて転ぶ。それを好機と見たのか、犬は――跳躍した。
「――ひっ、」
恐怖が、心臓を締め付ける。ああ、もう駄目だ。
そう、思った時だった。
「――がぅっ!!」
まるで、風だった。犬は地に打ち付けられ、びくびくと痙攣している。意識は失ってはいないようだ。
呆然とするラチカの隣に、彼は降り立った。……ギャムシアだ。その手には、先程使っていた模造剣が握られている。彼は、ラチカを見下ろすと溜息を吐いた。
「……無事、じゃなさそうだな」
「な、何で……」
「いやまあ普通に追うだろ」
彼は犬へと近付く。犬はギャムシアを見ると、小さな頼りない鳴き声を上げる。そのままずりずりと彼に近寄り、その足に顔を擦りつけた。
「その子は……」
「うちの番犬。レヂェマシュトルから買ったんだ、ポシャロって名前。メスな」
ポシャロの顎を撫でながら、ギャムシアはラチカを改めて見た。主に、その足元。
「足、見てみろ」
「え」
おずおずと、見下ろす。白いストッキングがズタズタに裂かれ、赤い血が滲んでいた。ぎょっとして凝視していると、ギャムシアはポシャロに額同士をくっつけながら言った。
「ここに生えてる草、どれも鋭いからすぐそうなるんだよ。ポシャロは血の匂いに反応したんだろうな。こうまでしねえといつも落ち着かねえんだ、こいつ」
「ご、ごめんなさい……」
「そこよりもっと謝るところあるだろ」
ギャムシアはポシャロから離れると、ラチカに近寄る。その顔は、笑ってはいるが……まるで昨日ラチカを犯した時のような、意地悪な。そんな笑みだった。
「何で最後まで聞かなかった」
「え」
「お前が早とちりしてすぐに逃げ出すから、こんな事になった」
それを言われてしまえば、反論が出来ない。でも確かに、その通りだ。
ギャムシアはラチカの傍に、膝をついた。その目は、熱い。
「……嘘はついていない。さっき言ったのは全部本音だ。そりゃ俺はロドハルトをもっと栄えさせたいし、そのためには新たな領土を増やすのが手っ取り早い。そしてそれが、俺の手腕次第でかなう。やっと俺の国になったんだからな」
彼の手が、ラチカの背に回る。そのまま、抱き寄せられた。
「ただ、それ以上に……惚れた。お前に」
「ほっ!?」
まさかの。唐突な言葉に目を見開くも、抱きしめられる力がどんどん強まる。
「勿論最初は打算だったさ。でも昨日初めてお前に会って、そこで……ああもう、とにかくだ」
体が、引き剥がされる。そして、どさり、と地に押し倒された。
いや、まさか。この流れは。
「欲しいものが全部詰まってるお前が、目の前に易々現れたんだ。どうにかして、絶対妻にする。そう決めたんだよ俺は」
「いや、あの、というか、あの、これは」
「さっきのお前の条件は飲んでやる。時前堕胎薬も用意してやるさ」
彼の両手が、ドレスに包まれたラチカの両乳房を下から寄せ上げる。昨日のような、それどころか昨日以上に明るいせいで丸見えになってしまい、羞恥心が半端ない。
「ひゃんっ!?」
「その代わり、約束しろ。お前は絶対俺のものになるってな」
「や、ちょっ……あ、時間、時間!」
「あと一時間はある」
これが、ある意味での地獄の始まりだった。
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