【R18】花嫁直前、君を侵す。

湖霧どどめ@シナリオライター

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11.新しい公務が始まります。

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 屋敷に戻ると、すぐさまシャワーを浴び自室に戻り泥のように眠った。シャイネもまた疲れていたのか、すぐに自室へ戻っていった。使用人は基本的に大部屋の寮が宛がわれているが、シャイネのような個人付きの従者は屋敷の中に自室を設けられている。
 とくに夢を見る事も無かった。それだけ熟睡したのだろう。なんせ、まともに何も気を張ることなく眠れるのなど相当久し振りだ。
 そしてあっという間の朝。

「……少し寒いな」

 目覚めて第一声がそれだった。それもそのはず、もう11月だ。そろそろ冬支度が始まろうという時期である。
 身支度を整える。窓の外を見たが、とくに伝書鳩は止まっていない。教会依頼が来ていないということは、完全にオフということだ。
 さて、結局何をしようか。久々にエヴァアンの街に出てもいいかもしれない。となると、シャイネに声をかけなければ。昔はともかく、今となっては黙って抜け出すスリルを楽しむ趣味も無い。
 自室を出る。すれ違う使用人達を挨拶をかわしながら、ひとまず朝食を取りにダイニングへと向かった。
 すると。

「ラチカ」
「兄さん?」

 コーマスは目元にはっきりとしたクマを作っていた。仕事で深夜まで起きている事も多い彼だが、ここまで憔悴しきっているのは久々に見る。

「どうしたの、顔色くっそ悪いよ」
「お前、今日の予定は」
「とくに無いけど。何か手伝おうか」
「いや、まあ……うん」

 どうも歯切れが悪い。いつも堂々としていて、どこか傲慢にすら見えるあの様が見当たらない。それだけ疲れているのだろうか。
 コーマスは顰め面を崩す事なく、ラチカの肩に手を置いた。

「……朝食にしよう。お前もまだだろう」

 戸惑いながら、頷く。彼はふらつきながら、ダイニングの方向へと歩き出した。どう見ても大丈夫な様子ではないが、ついていくしかない。ただ、到着するまでに倒れないかが心配だ。
 何とか無事ダイニングに着くと、使用人達が恭しく挨拶をしてくる。普段はそれなりに返すコーマスだが、聞こえてすらいないようだった。それを察し、使用人達はてきぱきと動き出す。
 温かく湯気ののぼるミルク粥と生野菜が運ばれてくる。そういえば、ミルク粥はコーマスの好物だ。彼はさっそく手を付けた。

「本当に大丈夫?」

 ミルク粥に炒りたての胡麻をかけながら、恐る恐る尋ねる。彼は頷くが、それがどう見ても一瞬眠気に負けた時の仕草にしか見えなかった。

「義姉さんは? まだ寝てるの?」
「ああ。あいつも四時くらいまで手伝ってくれたが……さすがにな、寝かせた」

 やはりヴェリアナの話題にはそれなりに食いつく。その事に安心しながら、ラチカもまたミルク粥に口を付けた。柔らかい特産米がふちふちと潰れ、甘味が広がる。
 コーマスはスプーンを置いた。

「ロドハルトはどうだった」

 そういえば、まだ何も報告していなかった。それを聞きたかったのか。

「とりあえず魚が美味しかった」
「おい誰か包丁よこせ、出来るだけ切るのに時間がかかるものを」
「はいすみません真面目にします!!」

 駄目だ、この状態の兄に茶目っ気は一切通用しない。分かってはいたが。
 ひとまず、ギャムシアとの一件は伏せた上で報告を開始した。こちらの言葉に、コーマスは何度もしっかり頷く。やはり仕事に関わる話になると、力を振り絞ってでも為そうとする意識が働くのだろうか。

「……何せ、国民の積極性は凄いと思った。だって自由参加の行事だよ、一応。それなのにあんなに皆が活気づくなんて」
「元の国民性もあるな、それは。アスパロロクの時からあそこはそうだ」

 ロドハルトの旧名。十年も前に頭を挿げ替えられ、歴史の闇に突き落とされた名。

「そういえば、アスパロロク家の人達って今どうしてるの? いくらロドハルト家が台頭してるって言っても、根絶やしにされたわけじゃないんでしょ」
「そんな事すればさすがに国民は黙っていないな。つまり、ロドハルトはあくまで国民を納得させた上でアスパロロクと世代を交代したといった感じだろう」

 兄ですら、確証を持ててはいないのか。しかしギャムシアは、なかなかに野心家に見える。もしロドハルトがアスパロロクから国主としての立ち位置を……奪ったのだとしたら、恐らくその作戦の筆頭は彼に違いない。
 もし、彼が本気でエヴァイアンを手に入れようと動こうものなら。ほんの少し、血の気が引く心地だった。

「ギャムシア・ロドハルトとは確か初対面だったな。どうだった」

 聞かれると思った。だからこそ、用意は出来ている。

「……国主としては出来る人なんだろうね。ただ、属性てんこ盛りだなあとは思う」

 実際の感想ではある。コーマスは改めてスプーンを持つと、再びミルク粥をすすりだした。

「あいつは天才だ。それは俺も知っている。しかしその、まあ、癖は強いな」
「あー……それは思った」
「だからこそ、正直お前を行かせるのが不安ではあった」

 恐らく彼の想像とは違う方向だとは思うが、確かに大変な目には遭った。しかしそれは、さすがに言えない。
 コーマスは黄金色の目をこちらに向けてきた。

「で、だ。お前に話すかは悩んだが……いいだろう」
「え、何の話」

 嫌な予感がする。まさか、ギャムシアはすでに動いたのか。

「ロドハルトとここ数日ずっと伝書鳩のやり取りをしているんだが、あちらから建国祭に関して謝礼文が来た。お前の事を褒めてたぞ、よくやってくれたと」
「お、おおぅ……」

 内心冷や汗が止まらない。ここにもしシャイネが居たら、どんな顔をされていただろうか。心底居なくてよかったと思う。

「で、だ」

 心から嫌そうに、コーマスは顔を顰めさせる。その顔があまりに恐ろしすぎて、喉の奥がごろりと鳴った。

「……お前を親善大使に指名してきた」
「へ」
「あちらに月の内一週間住んで、という話だ。そこで両国の親善を図りたいと」

 意外、といえば意外だった。彼は、本当に正攻法で来ている。
 いや、しかし。あちらで月の内一週間住むというのは。

「え、エクソシストの仕事は」
「いやお前辞められないだろう」
「……? ……、……?」
「両立必至だな」
「無理では!?」

 エクソシストの仕事は、純粋な体力も削がれれば勿論精神力も削がれる。そこに更に、公務としては重要度の高い任務が被ってくるとなると。そう易々とこなせるようなものではないはずだ。

「ちなみに期限は?」
「ひとまず一年と提示された。まあ適正を見る、といった感覚だろうよ」

 なるほど、筋が通っている。
 親善大使というものは、確かにエヴァイアンとロドハルト間には居ない。それはあくまで、必要性がそこまで無かったからだ。大陸中の様々な地の利を得ているエヴァイアンは、他国間との貿易にそこまで力を入れていない。あくまで祝い事などにはさすがに顔を出している程度だ。
 ……月に一週間はラチカを手元に置き、しかもエヴァイアンの情報を合理的に仕入れる事が出来る。うまく考えたものだ。
 コーマスは重い溜息を吐いた。

「ただでさえ公務を手伝える人間が足りないというのに、一週間もお前を貸し出すとなると……さすがに、今回の話は躊躇う」

 それはもっともな言い分ではある。一応エヴァイアン分家にも公務の手伝いを頼んだりはしているが、それでも他人の手やそれどころか猫の手でも借りたいくらいに人手には正直困っている。国絡みの公務だと基本的にエヴァイアン筋の人間でしか信用を得られないため、余計にだ。

「でもまあ、少なくともロドハルトの件は私がほぼ全部請け負えるから、そういう意味では兄さんの仕事も少し減るんじゃない?」
「それはそうだが……しかし、そういうのを抜きにしてもお前を他国に毎月一週間も預けるのは」

 彼の言い分も分かる。あくまでそこまで重要度が無いにしても、ラチカはエヴァイアンの令嬢である。何かあれば、との事だろう。
 しかし、一つ疑問なのは。

「行くのは私ひとり?」

 コーマスは首を振った。

「さすがに何人か付けたいさ。しかし人手がな。うちの使用人も、何だかんだギリギリ回せる分しか残っていない」

 ……しかし、だ。

「シャイネは、駄目?」

 コーマスの顔が曇る。その意味は分からなったが、彼自身がすぐに口にした。

「あのな、ラチカ。確かにあいつはお前の警護とエクソシストとしての仕事の助手のためにレヂェマシュトルから親父が買った」
「本当は女の子が良かったけど、エヴァイアンの血が入ってる子がシャイネ以外売り切れてたんでしょ。それ聞いたよ、父さんから」

 ああ、やはりそこを懸念しているのか。それはまあ、そうだろう。
 ラチカはすっかり冷めたミルク粥をもう一度すすった。

「大丈夫だよ、シャイネもそこは弁えてくれてるし」

 どこか嘘をついている気分で、少し胸の奥が重くなる。しかし、そう言うしかなかった。シャイネの事も、隠さなければならない。
 コーマスは頭を捻りながら、呻くように「やりたいのか」と問う。頷いた。エヴァイアンとしての責務を感じたのも、こんなにも疲れる程公務に追われている兄の手助けをしたいのも、両方事実だ。そしてそれ以上に……下心もある。
 ギャムシアに、近付ける。

「……分かった。シャイネにはお前から言え。どうせあいつは断らんだろうから、その体でロドハルトに返信しよう」
「うん。というか、私にそれを言うか迷ったって言ってたけど」
「事と場合によっては、お前に知らせる間も無く断る気だったさ。でも、お前が真剣に建国祭に参加してくれたと聞いて……まあ、お前の言う通りだ。俺の仕事が少しでも減れば、という下心は正直あった。すまん」

 謝る事でも、ないのに。むしろそれは、自分の方なのに。
 詳しく返信の取り決めをして、コーマスは仮眠のために自室へ戻った。もう熟睡してもいいだろうに、それ程まで彼は忙しいのか。確かにそろそろ冬に入るし、備蓄関連の点検など仕事自体は増えているのだろう。
 ミルク粥を一粒残さず飲み込み、生野菜もしっかり噛んで食す。親善大使になれば魚の貿易も力を入れさせられるだろうか、という汚い食い意地も少し本音の中に沸きだした。



「行きましょう」
「躊躇いがゼロ」

 シャイネにコーマスとの事をすべて話すと、彼は一瞬で即答した。
 朝いつも彼は鍛錬のために鍛錬室にこもっているのだが、今日は珍しく顔を出していないとの事だった。使用人にあちこち聞き回ってようやく見つけたのは、何故かこの洗濯場だった。冬に入り始めた凍て風が、少しだけ肌を刺激してくる。

「これはまたと言って無いチャンスですよ、お嬢様。あの男に近付き、あの男をきっぱり諦めさせる材料を作るのです」
「た、例えば」
「あの男に何か……そうですね、怪我をさせるとか。目の前で脱糞をするとか」
「あんた主人にそんな事させようとしないでよ」

 シャイネは興味深そうにうんうんと頷きながら、干されている洗濯物達をぼんやりと見ている。そよそよとした微風に、数多の洗濯物がなびいていた。

「住む処はあちらが寮として用意してくださるのですね」
「みたい。さすがに国主邸には泊めないと思うし、そうなると兄さんが反対すると思う」

 シャイネにさえ、注意を払っているというのに。まあそれはそれの方が安心ではある。

「俺はお嬢様にずっとついていきますから。ええ、悪い虫はひっぺがしてみせますとも」

 どうも目的がおかしな事になっている気がするが、シャイネがここまで張り切る様子を表に出すのも珍しい。どこか微笑ましくなって、とりあえずは止めない事にした。
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