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16.溺愛お嬢様。
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半ばヤケクソで初日の公務を乗り切った。実際今日はロドハルトを練り歩き、視察を行うだけだった。いくら隣国とはいえわずかながら装いの違うラチカが集める視線はそれなりに多かったが、そのたびシャイネが注意深く見回していた。
……結局、何なのだろう。
夕刻の鐘が鳴った。これを合図に、国民達が仕事を終えようと支度し始める。ロドハルトでは基本的に、この音を合図に全国民が仕事を停止させる。朝も、国中に響き渡る鐘の音を合図にどんな仕事も始まる。ただ、国主であるギャムシアを除いて。
「ギャムシア様は外出されております」
「へ」
国主邸の門に到着した瞬間、出迎えに来てくれた執事長にそう告げられた。
「西部の方で心臓発作を起こされた翁がいるらしく、本当に入れ替わりでしたね。報せを受けてとんでいかれました」
「あー……成程」
……彼は国主である以前に、きっと医者なのだ。
ロドハルトは医療が大陸中で一番発展していると言われている。しかしそれでも医者の数が多いわけでは決してない。彼自身が出なければならない状況も多いのだろう。
「ああ、もしかしてギャムシア様と何かお約束でもされていたのでしょうか」
「そ、その……やっぱり公務初日だから、報告ごととかしておいた方がいいのかと思って」
それを聞き、執事長は微笑む。彼は本当に優しい顔をしている。同じ使用人でも、シャイネとは大違いだ。彼は年齢も若いせいか、まだまだ案外子どもなところがある。彼もいずれはこうなるのだろうか。本人は今、馬を繋ぎに向かっているところだろう。先にラチカだけ下ろされていたのだった。
「ラチカ様は真面目でいらっしゃる。さすがあのアルダルト・エヴァイアン様のご令嬢なだけありますな」
「え、父さんを知っているんですか」
「それは勿論。この国がアスパロロクだった頃、随分助けて頂いたものです」
「……もしかして、アスパロロク家が台頭していた時から?」
ラチカの問いに、彼は頷く。
「しかし今はロドハルト家……というより、ギャムシア様にお仕えする身です。仕える主こそ変わりましたが、結局私は国の物ですよ」
それが牽制のようにも聞こえて、何も言えなかった。執事長はそれに気付いたのか申し訳無さそうに微笑んで、「それでも私は嬉しいですよ」と話す。
「ロドハルトで言えば、未だ新興国……言わば、敵を作って呑まれてもおかしくない国です。それが大陸いちの大国、エヴァイアンと友好の手を公式に結んだ。それは本当に、喜ばしい事です」
足音が背後から聞こえる。シャイネだ。彼は執事長に一礼する。
「馬車を繋ぎ終えました。何か、お手伝いする事などは」
「おやおや、そんな気を遣わずに。貴方がたは我が国にとってはお客様のようなものです、時間外くらいごゆるりとなさってください」
「いえ、さすがにお世話になっていますから……お、いや私なぞで役立つ事があれば是非お使いください」
彼がこうやって媚を売る理由も、何となくわかる。エヴァイアン……もっと言えば、ロドハルトにとってエヴァイアンの顔役であるラチカの顔であるラチカを立てるためだろう。執事長もきっと分かっているだろうが、それでも汲んでくれてはいるらしい。
執事長はラチカに恭しく礼をした後、シャイネを連れて国主邸へと消えていった。ここに居ても仕方無いので、自分の離れへと戻るかと思い、歩き出す。
秋にもなれば、夜の帳が下りるのも早くなってくる。そういう意味も兼ねて、ネクロマンサーの活動も冬の前後が一番活発である。ここでは、ネクロマンサーの活動はどうなのだろう。ギャムシアにまた聞いてみるか。
……どうも、口実を探しているような気にすらなる。
「好きなのか……」
顔は満点だ。それは最初から思っている。しかし自分は彼に犯されてしかいない気がする。いくら家など貰ったからといって、そこに関する印象が変わる事は正直無い。
敷地内をひたすら歩く。とにかく広い。先日入り込んだ森を脇目に、進んでいく。すると……目が合った。世闇に紛れているせいか、目が爛々と輝いている。どこか緊張しながら、歩く。しかし……彼、もしくは彼女はついてくる。
「……何かにゃー?」
昔から動物に対しては、どうもこんな言葉遣いになってしまう。ポシャロはとくに表情を変える事無くこちらを見ている。ただ、ラチカの歩くペースに合わせてついてくる。茶色の大型犬が、長く垂れた耳を揺らしついてくるのはどこか不思議だった。
立ち止まる。すると、ポシャロも尻を地につけた。前回状況が状況なだけだっただけで、もしかすると本来はかなり賢いのかもしれない。恐る恐る近付いてみるか、ポシャロは微動だにしない。ただ、その丸い目をきらきらとさせながらラチカを見ている。
「お手」
手を差し出してみる。大きな前足が、ラチカの掌に乗った。一回しか会っていない、それも初対面はかなり最悪の出会いだったはずなのにここまでするという事は……絶対に賢い。
心の底が、震えだす。恐る恐る足を下ろさせ、その顎に掌を持っていく。皮の感触を感じながら、指を動かす。ポシャロにとってはそれが心地いいのか、目を閉じた。その仕草だけで、胸の奥がきゅぅんとする。
「可愛いでちゅねぇえ、うりうりぃいい」
どうしても猫なで声になる。犬相手なのに。しかしポシャロはただうっとりと目を閉じているだけだった。
「おや、ポシャロと」
窓から一人と一匹が戯れている様子を眺めながら、執事長は呟いた。シャイネもまた彼の隣に立ち窓の外を見る。そこでは、自分の主人とこの家の犬が絡まりながら戯れている。
「あのポシャロがギャムシア様以外に懐かれるのは珍しい」
「そうでしょうね」
おや、と意外そうに執事長がシャイネを見る。
「ご存知だったのですか」
「あの犬、レヂェマシュトルのみが管理して卸せる犬種ですから。レヂェマシュトルは犬だろうが人間だろうが、基本的に理性を強める訓練を受けています」
……つまり、自分が。主人の胸部に執着するのは、例外事例だ。実際日に日にいやらしく膨らむ彼女の胸部にしか、シャイネの理性は未だかつて奪われた事は無い。
他の使用人にそういう事に誘われた事が皆無か、と言えば正直嘘になる。しかし一度も彼女達に欲情する事は無かった。何なら、勃起する事も。元々そういった事を自在にする訓練自体は、レヂェマシュトルを離れてからも強制はされていた。しかしその成果も、ラチカはいつも蹂躙する。
「ラチカ様は犬がお好きで?」
「犬もですし、動物全般ですね。昔からエクソシストとして山で仕事する時は亡霊退治の脇目に動物に気を取られ、何度か死にかけています」
その度に何度も叱りつけた記憶はある。いくら主君とはいえ、そんな舐めた戦闘をされてはさすがに頭に血がのぼる。そのおかげか今ではきちんと戦闘に集中するようにはなっていた。
執事長はシャイネに書かせていた日報を受け取りながら、感心したように頷く。
「エクソシストとしては優秀とお聞きしていましたが、そんな一面もあるとは」
「確かに亡霊相手に対する戦闘力はあります。実際機転も利きますし。ただ、やはり女性なので……ネクロマンサーが大の大人であれば、やはり本人相手になると力負けしてしまうきらいがありますね」
淡々と語るシャイネに対し、執事長がくすりと笑う。それが少し気になって彼を見ると、首を振られた。
「いえ。ただ、随分と生き生きと話されるものですから……余程敬愛されているのだなと」
「そうですね、唯一の主人ですし」
語弊があるのは認める。しかし本来の雇い主であるラチカの父には年に一度会うくらいで、いまいち契約上の本来の主人に対する敬意を実感できない。
執事長は新しい書類を用意しながら、何か物思いに耽るように口元に手を当てる。
「素晴らしいですよ、そこまで自身の主人に敬意を抱き続けられるのは」
「……貴方は、どうです。ギャムシア様に対して」
シャイネは彼の手から書類を受け取り、再び借り受けた机に向き合う。エヴァイアンから仕入れたというそれは、あちらと同じく馴染みがいい。
「勿論、敬意はありますよ。私はアスパロロク家に雇われた身ではありますが、ロドハルトに引き継がれた身です」
そこで、気付く。……いずれは、ラチカもこの違和感に気付くかもしれない。それなら、自分が先に聞いておく方が角は立たないかもしれない。なら、今か。
「ギャムシア様以外に、ロドハルトの家の方は?」
執事長の顔を、バレないように伺い見る。しかし彼はとくに気にした素振りなく、さらっと答えた。
「あの方は天涯孤独ですよ。というより、捨て子でありました」
「捨て子?」
「拾われたのが、身よりの無いロドハルトの老夫婦でしてな。そのお二人も、数年前に老衰でお亡くなりになられました。恩を返したい、とギャムシア様は医者を志されたのです……それは未だアスパロロクの頃でした」
思いのほか、美談の予感がしてきた。しかし執事長は続ける。
「実際、お二人の寿命は我が国の平均寿命を大きく上回れました。それも、ギャムシアが常にお二人に付いて適切な治療を繰り返し続けたからです。だから彼は、そういった報せを受けると居ても立ってもいられないのですよ」
少し、納得がいった気もする。しかしそんな、一介の医者であった彼が……それも、そんな家だった彼が、何故アスパロロクを引き継いだのかは分からない。そこまで探れば何か不審に思われそうな気がして、ひとまずは黙った。
執事長は何も言わず、作業を再開する。その目はあまりにも優しかった。
「……何してんだお前」
「はっ!!」
見上げればギャムシアが呆れ気味にラチカを見下ろしていた。そんな自分は、うつ伏せになってその背に何故かポシャロを乗せていた。
「いや本当何してんだお前」
「二、二回も言わないで……」
急な羞恥に顔を熱くさせながらも、とりあえずポシャロを下ろす。ポシャロは寂しそうに鳴きながら大人しく降りた。その姿がどこかいじらしく、また抱きしめたくなる。大人と同じくらいの大きさのポシャロは重いが、そんなのは割と気にならなくなっていた。
「いや、可愛くてつい……」
「うちの使用人すら怖がってあまり近寄らないぞ、こいつ」
そう言いながら、ギャムシアはポシャロの顎を撫でる。やはり嬉しそうだ。
「ギャムシアも、犬好きなの?」
「こいつはな。基本は嫌いだ、不衛生だし」
あまりに医者らしい。しかし、実は言っている事は潔癖症な兄とまったく同じだ。だからエヴァイアンの敷地では動物を飼育出来ない。ここまで似てくると、兄はむしろ自分でなくギャムシアと兄弟なのかとすら思えてくる。まあ見た目がかけ離れ過ぎているし、違うのではあろうが。
「しかし何でお前にはこんなじゃれてんだろうな……真面目に分からん」
それは、ラチカにも分からない。しかし、ポシャロはしきりに鼻を動かしていたように思う。まるで、ラチカの匂いをかいでいたかのような。
『レヂェマシュトルから』
……まさか。
「ラチカ」
不意に呼ばれ、身をびくつかせる。彼を見ると、すでに歩き出していた。それも、国主邸に向けて。
「何なら、明日からそいつ散歩させるか」
「え、いいの!?」
「朝と夜に一度ずつ。俺がいつも行っているが、時間が不定期だからな。お前なら定時で行けるだろ」
「行く! やる!」
顔がぱぁっと輝くのを感じる。振り返ってそれを見、何故かギャムシアは舌打ちした。そのまま、足をこちらへ向け直してくる。そのままずかずか近付き、ラチカの髪を掴む。突然の事にぎょっとするも、彼に引きずられて足が擦られていく。
「ちょ、痛い痛い何!?」
「何かムカついた」
「本当に何で!?」
「俺に関する事以外で喜んでんじゃねぇよ」
「いや貴方の犬ですけど!?」
嫉妬、これは嫉妬なのか。しかし明日からポシャロと散歩出来る喜びを考えると、顔がにやけた。それを気配として感じたのか、より髪を引く手が強まった気がした。
ポシャロはただ、そんな二人を見つめる。そのまま、ラチカに……恐らく長年かけて染みついていた同胞の匂いを思い出し一つ吠えた。
……結局、何なのだろう。
夕刻の鐘が鳴った。これを合図に、国民達が仕事を終えようと支度し始める。ロドハルトでは基本的に、この音を合図に全国民が仕事を停止させる。朝も、国中に響き渡る鐘の音を合図にどんな仕事も始まる。ただ、国主であるギャムシアを除いて。
「ギャムシア様は外出されております」
「へ」
国主邸の門に到着した瞬間、出迎えに来てくれた執事長にそう告げられた。
「西部の方で心臓発作を起こされた翁がいるらしく、本当に入れ替わりでしたね。報せを受けてとんでいかれました」
「あー……成程」
……彼は国主である以前に、きっと医者なのだ。
ロドハルトは医療が大陸中で一番発展していると言われている。しかしそれでも医者の数が多いわけでは決してない。彼自身が出なければならない状況も多いのだろう。
「ああ、もしかしてギャムシア様と何かお約束でもされていたのでしょうか」
「そ、その……やっぱり公務初日だから、報告ごととかしておいた方がいいのかと思って」
それを聞き、執事長は微笑む。彼は本当に優しい顔をしている。同じ使用人でも、シャイネとは大違いだ。彼は年齢も若いせいか、まだまだ案外子どもなところがある。彼もいずれはこうなるのだろうか。本人は今、馬を繋ぎに向かっているところだろう。先にラチカだけ下ろされていたのだった。
「ラチカ様は真面目でいらっしゃる。さすがあのアルダルト・エヴァイアン様のご令嬢なだけありますな」
「え、父さんを知っているんですか」
「それは勿論。この国がアスパロロクだった頃、随分助けて頂いたものです」
「……もしかして、アスパロロク家が台頭していた時から?」
ラチカの問いに、彼は頷く。
「しかし今はロドハルト家……というより、ギャムシア様にお仕えする身です。仕える主こそ変わりましたが、結局私は国の物ですよ」
それが牽制のようにも聞こえて、何も言えなかった。執事長はそれに気付いたのか申し訳無さそうに微笑んで、「それでも私は嬉しいですよ」と話す。
「ロドハルトで言えば、未だ新興国……言わば、敵を作って呑まれてもおかしくない国です。それが大陸いちの大国、エヴァイアンと友好の手を公式に結んだ。それは本当に、喜ばしい事です」
足音が背後から聞こえる。シャイネだ。彼は執事長に一礼する。
「馬車を繋ぎ終えました。何か、お手伝いする事などは」
「おやおや、そんな気を遣わずに。貴方がたは我が国にとってはお客様のようなものです、時間外くらいごゆるりとなさってください」
「いえ、さすがにお世話になっていますから……お、いや私なぞで役立つ事があれば是非お使いください」
彼がこうやって媚を売る理由も、何となくわかる。エヴァイアン……もっと言えば、ロドハルトにとってエヴァイアンの顔役であるラチカの顔であるラチカを立てるためだろう。執事長もきっと分かっているだろうが、それでも汲んでくれてはいるらしい。
執事長はラチカに恭しく礼をした後、シャイネを連れて国主邸へと消えていった。ここに居ても仕方無いので、自分の離れへと戻るかと思い、歩き出す。
秋にもなれば、夜の帳が下りるのも早くなってくる。そういう意味も兼ねて、ネクロマンサーの活動も冬の前後が一番活発である。ここでは、ネクロマンサーの活動はどうなのだろう。ギャムシアにまた聞いてみるか。
……どうも、口実を探しているような気にすらなる。
「好きなのか……」
顔は満点だ。それは最初から思っている。しかし自分は彼に犯されてしかいない気がする。いくら家など貰ったからといって、そこに関する印象が変わる事は正直無い。
敷地内をひたすら歩く。とにかく広い。先日入り込んだ森を脇目に、進んでいく。すると……目が合った。世闇に紛れているせいか、目が爛々と輝いている。どこか緊張しながら、歩く。しかし……彼、もしくは彼女はついてくる。
「……何かにゃー?」
昔から動物に対しては、どうもこんな言葉遣いになってしまう。ポシャロはとくに表情を変える事無くこちらを見ている。ただ、ラチカの歩くペースに合わせてついてくる。茶色の大型犬が、長く垂れた耳を揺らしついてくるのはどこか不思議だった。
立ち止まる。すると、ポシャロも尻を地につけた。前回状況が状況なだけだっただけで、もしかすると本来はかなり賢いのかもしれない。恐る恐る近付いてみるか、ポシャロは微動だにしない。ただ、その丸い目をきらきらとさせながらラチカを見ている。
「お手」
手を差し出してみる。大きな前足が、ラチカの掌に乗った。一回しか会っていない、それも初対面はかなり最悪の出会いだったはずなのにここまでするという事は……絶対に賢い。
心の底が、震えだす。恐る恐る足を下ろさせ、その顎に掌を持っていく。皮の感触を感じながら、指を動かす。ポシャロにとってはそれが心地いいのか、目を閉じた。その仕草だけで、胸の奥がきゅぅんとする。
「可愛いでちゅねぇえ、うりうりぃいい」
どうしても猫なで声になる。犬相手なのに。しかしポシャロはただうっとりと目を閉じているだけだった。
「おや、ポシャロと」
窓から一人と一匹が戯れている様子を眺めながら、執事長は呟いた。シャイネもまた彼の隣に立ち窓の外を見る。そこでは、自分の主人とこの家の犬が絡まりながら戯れている。
「あのポシャロがギャムシア様以外に懐かれるのは珍しい」
「そうでしょうね」
おや、と意外そうに執事長がシャイネを見る。
「ご存知だったのですか」
「あの犬、レヂェマシュトルのみが管理して卸せる犬種ですから。レヂェマシュトルは犬だろうが人間だろうが、基本的に理性を強める訓練を受けています」
……つまり、自分が。主人の胸部に執着するのは、例外事例だ。実際日に日にいやらしく膨らむ彼女の胸部にしか、シャイネの理性は未だかつて奪われた事は無い。
他の使用人にそういう事に誘われた事が皆無か、と言えば正直嘘になる。しかし一度も彼女達に欲情する事は無かった。何なら、勃起する事も。元々そういった事を自在にする訓練自体は、レヂェマシュトルを離れてからも強制はされていた。しかしその成果も、ラチカはいつも蹂躙する。
「ラチカ様は犬がお好きで?」
「犬もですし、動物全般ですね。昔からエクソシストとして山で仕事する時は亡霊退治の脇目に動物に気を取られ、何度か死にかけています」
その度に何度も叱りつけた記憶はある。いくら主君とはいえ、そんな舐めた戦闘をされてはさすがに頭に血がのぼる。そのおかげか今ではきちんと戦闘に集中するようにはなっていた。
執事長はシャイネに書かせていた日報を受け取りながら、感心したように頷く。
「エクソシストとしては優秀とお聞きしていましたが、そんな一面もあるとは」
「確かに亡霊相手に対する戦闘力はあります。実際機転も利きますし。ただ、やはり女性なので……ネクロマンサーが大の大人であれば、やはり本人相手になると力負けしてしまうきらいがありますね」
淡々と語るシャイネに対し、執事長がくすりと笑う。それが少し気になって彼を見ると、首を振られた。
「いえ。ただ、随分と生き生きと話されるものですから……余程敬愛されているのだなと」
「そうですね、唯一の主人ですし」
語弊があるのは認める。しかし本来の雇い主であるラチカの父には年に一度会うくらいで、いまいち契約上の本来の主人に対する敬意を実感できない。
執事長は新しい書類を用意しながら、何か物思いに耽るように口元に手を当てる。
「素晴らしいですよ、そこまで自身の主人に敬意を抱き続けられるのは」
「……貴方は、どうです。ギャムシア様に対して」
シャイネは彼の手から書類を受け取り、再び借り受けた机に向き合う。エヴァイアンから仕入れたというそれは、あちらと同じく馴染みがいい。
「勿論、敬意はありますよ。私はアスパロロク家に雇われた身ではありますが、ロドハルトに引き継がれた身です」
そこで、気付く。……いずれは、ラチカもこの違和感に気付くかもしれない。それなら、自分が先に聞いておく方が角は立たないかもしれない。なら、今か。
「ギャムシア様以外に、ロドハルトの家の方は?」
執事長の顔を、バレないように伺い見る。しかし彼はとくに気にした素振りなく、さらっと答えた。
「あの方は天涯孤独ですよ。というより、捨て子でありました」
「捨て子?」
「拾われたのが、身よりの無いロドハルトの老夫婦でしてな。そのお二人も、数年前に老衰でお亡くなりになられました。恩を返したい、とギャムシア様は医者を志されたのです……それは未だアスパロロクの頃でした」
思いのほか、美談の予感がしてきた。しかし執事長は続ける。
「実際、お二人の寿命は我が国の平均寿命を大きく上回れました。それも、ギャムシアが常にお二人に付いて適切な治療を繰り返し続けたからです。だから彼は、そういった報せを受けると居ても立ってもいられないのですよ」
少し、納得がいった気もする。しかしそんな、一介の医者であった彼が……それも、そんな家だった彼が、何故アスパロロクを引き継いだのかは分からない。そこまで探れば何か不審に思われそうな気がして、ひとまずは黙った。
執事長は何も言わず、作業を再開する。その目はあまりにも優しかった。
「……何してんだお前」
「はっ!!」
見上げればギャムシアが呆れ気味にラチカを見下ろしていた。そんな自分は、うつ伏せになってその背に何故かポシャロを乗せていた。
「いや本当何してんだお前」
「二、二回も言わないで……」
急な羞恥に顔を熱くさせながらも、とりあえずポシャロを下ろす。ポシャロは寂しそうに鳴きながら大人しく降りた。その姿がどこかいじらしく、また抱きしめたくなる。大人と同じくらいの大きさのポシャロは重いが、そんなのは割と気にならなくなっていた。
「いや、可愛くてつい……」
「うちの使用人すら怖がってあまり近寄らないぞ、こいつ」
そう言いながら、ギャムシアはポシャロの顎を撫でる。やはり嬉しそうだ。
「ギャムシアも、犬好きなの?」
「こいつはな。基本は嫌いだ、不衛生だし」
あまりに医者らしい。しかし、実は言っている事は潔癖症な兄とまったく同じだ。だからエヴァイアンの敷地では動物を飼育出来ない。ここまで似てくると、兄はむしろ自分でなくギャムシアと兄弟なのかとすら思えてくる。まあ見た目がかけ離れ過ぎているし、違うのではあろうが。
「しかし何でお前にはこんなじゃれてんだろうな……真面目に分からん」
それは、ラチカにも分からない。しかし、ポシャロはしきりに鼻を動かしていたように思う。まるで、ラチカの匂いをかいでいたかのような。
『レヂェマシュトルから』
……まさか。
「ラチカ」
不意に呼ばれ、身をびくつかせる。彼を見ると、すでに歩き出していた。それも、国主邸に向けて。
「何なら、明日からそいつ散歩させるか」
「え、いいの!?」
「朝と夜に一度ずつ。俺がいつも行っているが、時間が不定期だからな。お前なら定時で行けるだろ」
「行く! やる!」
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「ちょ、痛い痛い何!?」
「何かムカついた」
「本当に何で!?」
「俺に関する事以外で喜んでんじゃねぇよ」
「いや貴方の犬ですけど!?」
嫉妬、これは嫉妬なのか。しかし明日からポシャロと散歩出来る喜びを考えると、顔がにやけた。それを気配として感じたのか、より髪を引く手が強まった気がした。
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