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20.心の内など、先に開いた者が負けなのです。
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シャイネは馬車を急がせた。ラチカが方向を指示しながら、注意深く周囲を探る。
「亡霊見えた、一番大きい木の下に集中してる。多分降霊中」
「なら、今叩けば大丈夫ですね」
「シャイネ、待って。不自然にならないように迂回して」
ラチカの指示に首を傾げながらも、シャイネは頷いた。道に沿うようにして、馬車の向きを変える。
ラチカは訝し気に木の麓を見つめる。どうも、気配の増加率がおかしい。
「……降霊って、そんな連続でぽんぽん出来ないはずなんだけど。確かそれなりに休憩挟むって聞いたんだけどなあ」
シャイネは馬に集中するように見せかけながら、耳を澄ませた。そしてどうやら、聞こえたらしい。
「一人じゃありませんね、ネクロマンサーが。詠唱の声が四種類程」
「え、最低四人は居るってこと? まずいなそれ、教会に先に伝えた方がいいか……ってか本当あんたの聴力どうなってるの」
「訓練次第で習得は出来ます。ひとまずそうですね、このまま方向転換して……いや、駄目ですね。気付かれました」
ハッとして馬車の帳をめくる。二人、人間が立ち上がっている姿が見える。彼らは歩く事なく、まっすぐにこちらへと駆けだしていた。
急いでシャイネに向かって叫ぶ。
「何なのあいつら!」
「恐らく降霊儀式を見られた事に対する口封じのつもりでしょうね、恐らくこちらの正体には気付いていないとは思います、一般人の振りをして切り抜けますか」
「駄目だめっちゃ早い!」
シャイネは舌打ちすると、力強く鞭を打った。馬の嘶きが夜の中で響き渡り、必死に駆けだす。揺れが強まり、ラチカはひとまず近くの梁に手を伸ばした。ぎゅっと掴むと、立ち上がる。もう片手で、短刀を構えた。
「シャイネ!」
「恐らく残りの二人も気配次第で追ってくるでしょう、ひとまず教会へ向かいます! ネクロマンサーが追いついたら言ってください!」
「了解!」
以前と同じ手で来るのであれば、恐らく亡霊を馬車に憑かせるだろう。馬に憑かせれば一瞬で動きを止められるが、生命力に多少は反抗されるため完全に憑くには時間がかかるというデメリットがある。
ならば。
馬車の帳を裂き、全開にする。冷たい夜の風が、一気に吹き込んできた。同時に、亡霊の群れも。
「ああもう、多い!」
ひとまず周囲の靄を裂く。的確に靄を裂いていけば、浄化されるようにして周囲は晴れていく。背後のシャイネを気にしながら、ひたすら短刀を振るった。自分は聖泉のおかげで耐性があるので多少触れられても構わないが、シャイネは一巻の終わりだ。
靄の向こうの人影がふたつ、確実に大きくなってくる。ようやく、顔が視認出来る位置まできた。妙齢の、男女だ。
降霊した亡霊は使い果たしたらしい。新たに召喚式を施そうとするのを見、叫ぶ。
「来た!!」
シャイネは手綱を全力で引き揚げ馬を止めた。その衝撃でラチカの体もまた吹き飛びそうになるが、なんとか梁に捕まって耐える。その上空を、シャイネが跳んだ。
まず、女の顔面に踵を付ける。ごり、と嫌な音。いくら華奢なシャイネと言えど、男の体重と硬い靴裏は確実に女の顔面を潰した。絶叫する女を蹴り飛ばし、シャイネは真っすぐに男へと駆ける。
男の髪を掴むと、その右頬に拳を叩き込む。歯が飛んだが、気にせず何度も殴りつけた。
以前、聞いた事がある。基本的に降霊の命令式は言葉を発する必要がある。なので、ネクロマンサーを攻撃する時は顔面から行うべきだと。しかし、見ていて気持ちのいいものではない。正直目を背けたい。
「はっ」
小さい掛け声と共に、シャイネは女の髪を掴んだ。そのまま、同じように顔面を殴りつける。
「……っ」
息を呑んだ。
シャイネにとって、目の前の人物は男女問わずに既に「敵」だ。そうやって躊躇いを無くせるよう、彼は散々訓練を積んでいる。それは、分かっている。
……なら、ギャムシアが自分に対して振るう暴力は?
「終わりました。両方、気を失っています」
「……うん」
シャイネは少し目を伏せながら、地に伸びた二人を見下ろした。彼は、勘付いているはずだ。だからこそ敢えて、二人を隠すようにして立った。
「残りの二人は……来ませんね」
「あれだけ大掛かりな降霊してたら、多分誰かが気付いて向かってるんじゃないかな」
だとすれば、変だ。
ネクロマンサーは基本的に暗殺業を生業にしている。しかしあんな目立つような行動をとるとは。あれでは、もはや宣戦布告にもとれる。しかし教会数の多いエヴァイアンでわざわざそんな事をするのは、ただの自殺行為な気もするのだが。
「まあ、拷問にかけて吐かせれば分かるでしょう。ところで、前回の件の拷問結果は出たのでしょうか」
「そういえばそうだね、戻った挨拶がてら師匠に聞いてみようか」
「ですね。この者達の連行もしないといけませんし、行きましょうか」
シャイネは二人の意識の有無を確認すると、積み荷からロープを取り出し二人を頑丈に縛り上げた。荷台に乗せ、ラチカを見る。その目は、どこか……いつもと、違った。
「シャイネ?」
「……お嬢様」
ゆらり、と。倒れ込むようにして、シャイネの体がラチカに巻き付いた。驚きのあまり声を上げてしまうが、シャイネの腕はしっかりとラチカの背に絡みついている。不調で倒れ込んできたわけではないようだった。
「シャ、シャイネ、どう」
慌てて彼に声を掛けるも、唇を塞がれる。久し振りのシャイネの感触に、一瞬頭の中がクラッとする。しかし何とか足で踏みとどまった。
何度も舌で唇をなぞられ、しまいには割り込まれた。ラチカの舌を忙しなく吸いながら、シャイネは熱い息をこぼす。
やっと、離れた。シャイネは苦笑しながら、眼鏡越しにラチカを見た。
「すみません、やっとわかりました」
「な、何が」
言うが早いか、また。彼の男性にしては少し小さな両掌が、移動してきた。まさか、とは思うも実際そうだったらしく、ラチカの胸元をやわやわと揉み始める。
「俺、こういう時……理性が、弱まるみたいでっ……」
ハッとした。そういえば、確かに前回もそうだった。いや、それに限った事でも無い気はするが。それでもいつもシャイネが衝動的に暴走している印象だったが、今回は自覚しながらこういう行為に及んでいる。
……まずい気がする。
幸いここは人が滅多に通らない道だ。シャイネもそれを知っているから手を出してきたのだろう。もはや確信犯だ。
「ちょ、あいつらっ、あいつら運ばないとっ」
「ええ、そうですね。あー……久し振り……柔らかい……」
「本当人の話聞いてないね!?」
戦闘の負担が、こういった感じで発露してしまっているのだろうか。まさか、無自覚とはいえ……毎回なのだろうか。それも、昔から。
シャイネの唇が、またラチカの唇を食み始める。熱い舌が何度もラチカの口内をひたすらめぐる。手は、相変わらずラチカの胸を揉み続けていた。
また、生殺しにされてしまうのだろうか。確かに使用人と行為に及ぶなど、良いことではないに決まっている。しかし、もう……本当は、遅いのではないのか。
「……お嬢、様?」
シャイネはずるい。きっと彼も、自身の価値を分かっている。
兆を超える人口を抱えるこの広い大陸の中でも数百人程しか確認されていない、最強の戦闘集団レヂェマシュトル。その中でもエヴァイアンの親戚筋に当たるのは当代ではシャイネだけだ。だから滅多な事では解雇もされない。
それ以前に、ラチカと共に過ごした十五年が……彼を、切り離すわけないと。彼は、驕っている。だからこそ、こんな惨い真似が出来る。
「おじょ、」
ああ、もはや自分は痴女にでもなってしまったのだろうか。けれど、これは……怒りを込めた、制裁なのだ。
草の生える地に押し倒し、自らシャイネの唇を奪う。シャイネは戸惑いながらも、すぐに身を委ねてきた。まるでギャムシアに抱かれている時のラチカのように何度も脈打ちながら、動き回るラチカの舌を吸ってくる。
そっと、唇を離す。二人の間を、柔らかい粘糸が伝った。荒い息のまま、シャイネを見る。彼は珍しく、狼狽した様子でラチカを見ていた。
「……なんで」
「あんたが悪い」
そう吐き捨てるしか出来ない。
「い、いっつも……中途半端にしか、してくれない、し」
舌が回らない。頭が、ぼうっとする。体が、熱い。
シャイネはすべて悟ったのか、一気に顔を赤くする。眼鏡をかけたまま、片手で顔を覆った。そのまま、絞り出すように何かを呟く。
「え!? なんて!?」
恥ずかしさとヤケで半ば泣きそうになりながら、怒鳴りつける。すると、シャイネのもう片方の手がラチカの腰に勢いよく巻き付いた。そのまま、仰向けになっているシャイネに重なるようにして倒れ込ませられる。そのまま、もう片方の腕で抱きしめられた。
「そりゃ俺だって! お嬢様を抱きたいですよ! お嬢様をめちゃくちゃに犯して、もう俺しか無理って言わせたいですよ!!」
「シャ、シャイネ」
あまりの開き直りに面食らう。しかし抱きしめられる力が弱る事は無い。
「でもっ……そんな事したら、本気でっ……本気で、お嬢様の事を、縛ってしまう……!」
以前、言いかけていたのはこの事だったのか。
「絶対、結婚出来ないのに……かと言ってお嬢様がずっと独身で居るわけにはいかないし……」
そうだ。いくら、相手を選べても。仮にもエヴァイアンの娘が、婿の貰い手もつかないのは、外聞的に良くない。それは、常々言い聞かせられていた。いくら強制でないと言えど。
結局、がんじがらめなのだ。レヂェマシュトルの生まれというだけで、彼もまた。エヴァイアンの生まれである自分と同じで、ある程度の自由の中でも決定的な楔がある。
……ああもう、それなら。
「お嬢様、どいてください」
シャイネの手が、そっとラチカの肩を押す。あくまで優しい。……これなら、拒める。彼の、最後の気遣いを。
ロドハルトから戻ったばかりなので、服装はエクソシストの礼装ではなくあくまで普段用のワンピースのままだ。襟の後ろに手を回し、ボタンを外す。
「お嬢様っ……!?」
ぷちん、と小さな音をいくつか立てて背中、腰まですべてのボタンを外す。袖から腕を抜くと、ばさり、と音を立ててワンピースが剥がれた。夜の闇の中で、ラチカの白い上半身が露わになる。
シャイネはハッとしたように、上半身を勢いよく起こす。
「お嬢様、何をなさってるのです! 服をっ……」
「普段着ててもむしゃぶりついてるくせに、何言ってるの」
ラチカの呆れたような呟きに、シャイネは声を詰まらせる。それがどうやら、やっと彼を翻弄する出番が来たような感じがして……心の底が、奮える。ああ、そういえば最初からずっと彼に主導されていた。
自分こそが……本当は、主人なのに。
きっとぎこちなく見えるだろう。それでも、ラチカは手を広げた。
「おいで、シャイネ」
シャイネは泣きそうな顔で、ラチカを見る。そのまま、彼女の腕の中へするりと入り込み……その体を地に組み敷いた。
「亡霊見えた、一番大きい木の下に集中してる。多分降霊中」
「なら、今叩けば大丈夫ですね」
「シャイネ、待って。不自然にならないように迂回して」
ラチカの指示に首を傾げながらも、シャイネは頷いた。道に沿うようにして、馬車の向きを変える。
ラチカは訝し気に木の麓を見つめる。どうも、気配の増加率がおかしい。
「……降霊って、そんな連続でぽんぽん出来ないはずなんだけど。確かそれなりに休憩挟むって聞いたんだけどなあ」
シャイネは馬に集中するように見せかけながら、耳を澄ませた。そしてどうやら、聞こえたらしい。
「一人じゃありませんね、ネクロマンサーが。詠唱の声が四種類程」
「え、最低四人は居るってこと? まずいなそれ、教会に先に伝えた方がいいか……ってか本当あんたの聴力どうなってるの」
「訓練次第で習得は出来ます。ひとまずそうですね、このまま方向転換して……いや、駄目ですね。気付かれました」
ハッとして馬車の帳をめくる。二人、人間が立ち上がっている姿が見える。彼らは歩く事なく、まっすぐにこちらへと駆けだしていた。
急いでシャイネに向かって叫ぶ。
「何なのあいつら!」
「恐らく降霊儀式を見られた事に対する口封じのつもりでしょうね、恐らくこちらの正体には気付いていないとは思います、一般人の振りをして切り抜けますか」
「駄目だめっちゃ早い!」
シャイネは舌打ちすると、力強く鞭を打った。馬の嘶きが夜の中で響き渡り、必死に駆けだす。揺れが強まり、ラチカはひとまず近くの梁に手を伸ばした。ぎゅっと掴むと、立ち上がる。もう片手で、短刀を構えた。
「シャイネ!」
「恐らく残りの二人も気配次第で追ってくるでしょう、ひとまず教会へ向かいます! ネクロマンサーが追いついたら言ってください!」
「了解!」
以前と同じ手で来るのであれば、恐らく亡霊を馬車に憑かせるだろう。馬に憑かせれば一瞬で動きを止められるが、生命力に多少は反抗されるため完全に憑くには時間がかかるというデメリットがある。
ならば。
馬車の帳を裂き、全開にする。冷たい夜の風が、一気に吹き込んできた。同時に、亡霊の群れも。
「ああもう、多い!」
ひとまず周囲の靄を裂く。的確に靄を裂いていけば、浄化されるようにして周囲は晴れていく。背後のシャイネを気にしながら、ひたすら短刀を振るった。自分は聖泉のおかげで耐性があるので多少触れられても構わないが、シャイネは一巻の終わりだ。
靄の向こうの人影がふたつ、確実に大きくなってくる。ようやく、顔が視認出来る位置まできた。妙齢の、男女だ。
降霊した亡霊は使い果たしたらしい。新たに召喚式を施そうとするのを見、叫ぶ。
「来た!!」
シャイネは手綱を全力で引き揚げ馬を止めた。その衝撃でラチカの体もまた吹き飛びそうになるが、なんとか梁に捕まって耐える。その上空を、シャイネが跳んだ。
まず、女の顔面に踵を付ける。ごり、と嫌な音。いくら華奢なシャイネと言えど、男の体重と硬い靴裏は確実に女の顔面を潰した。絶叫する女を蹴り飛ばし、シャイネは真っすぐに男へと駆ける。
男の髪を掴むと、その右頬に拳を叩き込む。歯が飛んだが、気にせず何度も殴りつけた。
以前、聞いた事がある。基本的に降霊の命令式は言葉を発する必要がある。なので、ネクロマンサーを攻撃する時は顔面から行うべきだと。しかし、見ていて気持ちのいいものではない。正直目を背けたい。
「はっ」
小さい掛け声と共に、シャイネは女の髪を掴んだ。そのまま、同じように顔面を殴りつける。
「……っ」
息を呑んだ。
シャイネにとって、目の前の人物は男女問わずに既に「敵」だ。そうやって躊躇いを無くせるよう、彼は散々訓練を積んでいる。それは、分かっている。
……なら、ギャムシアが自分に対して振るう暴力は?
「終わりました。両方、気を失っています」
「……うん」
シャイネは少し目を伏せながら、地に伸びた二人を見下ろした。彼は、勘付いているはずだ。だからこそ敢えて、二人を隠すようにして立った。
「残りの二人は……来ませんね」
「あれだけ大掛かりな降霊してたら、多分誰かが気付いて向かってるんじゃないかな」
だとすれば、変だ。
ネクロマンサーは基本的に暗殺業を生業にしている。しかしあんな目立つような行動をとるとは。あれでは、もはや宣戦布告にもとれる。しかし教会数の多いエヴァイアンでわざわざそんな事をするのは、ただの自殺行為な気もするのだが。
「まあ、拷問にかけて吐かせれば分かるでしょう。ところで、前回の件の拷問結果は出たのでしょうか」
「そういえばそうだね、戻った挨拶がてら師匠に聞いてみようか」
「ですね。この者達の連行もしないといけませんし、行きましょうか」
シャイネは二人の意識の有無を確認すると、積み荷からロープを取り出し二人を頑丈に縛り上げた。荷台に乗せ、ラチカを見る。その目は、どこか……いつもと、違った。
「シャイネ?」
「……お嬢様」
ゆらり、と。倒れ込むようにして、シャイネの体がラチカに巻き付いた。驚きのあまり声を上げてしまうが、シャイネの腕はしっかりとラチカの背に絡みついている。不調で倒れ込んできたわけではないようだった。
「シャ、シャイネ、どう」
慌てて彼に声を掛けるも、唇を塞がれる。久し振りのシャイネの感触に、一瞬頭の中がクラッとする。しかし何とか足で踏みとどまった。
何度も舌で唇をなぞられ、しまいには割り込まれた。ラチカの舌を忙しなく吸いながら、シャイネは熱い息をこぼす。
やっと、離れた。シャイネは苦笑しながら、眼鏡越しにラチカを見た。
「すみません、やっとわかりました」
「な、何が」
言うが早いか、また。彼の男性にしては少し小さな両掌が、移動してきた。まさか、とは思うも実際そうだったらしく、ラチカの胸元をやわやわと揉み始める。
「俺、こういう時……理性が、弱まるみたいでっ……」
ハッとした。そういえば、確かに前回もそうだった。いや、それに限った事でも無い気はするが。それでもいつもシャイネが衝動的に暴走している印象だったが、今回は自覚しながらこういう行為に及んでいる。
……まずい気がする。
幸いここは人が滅多に通らない道だ。シャイネもそれを知っているから手を出してきたのだろう。もはや確信犯だ。
「ちょ、あいつらっ、あいつら運ばないとっ」
「ええ、そうですね。あー……久し振り……柔らかい……」
「本当人の話聞いてないね!?」
戦闘の負担が、こういった感じで発露してしまっているのだろうか。まさか、無自覚とはいえ……毎回なのだろうか。それも、昔から。
シャイネの唇が、またラチカの唇を食み始める。熱い舌が何度もラチカの口内をひたすらめぐる。手は、相変わらずラチカの胸を揉み続けていた。
また、生殺しにされてしまうのだろうか。確かに使用人と行為に及ぶなど、良いことではないに決まっている。しかし、もう……本当は、遅いのではないのか。
「……お嬢、様?」
シャイネはずるい。きっと彼も、自身の価値を分かっている。
兆を超える人口を抱えるこの広い大陸の中でも数百人程しか確認されていない、最強の戦闘集団レヂェマシュトル。その中でもエヴァイアンの親戚筋に当たるのは当代ではシャイネだけだ。だから滅多な事では解雇もされない。
それ以前に、ラチカと共に過ごした十五年が……彼を、切り離すわけないと。彼は、驕っている。だからこそ、こんな惨い真似が出来る。
「おじょ、」
ああ、もはや自分は痴女にでもなってしまったのだろうか。けれど、これは……怒りを込めた、制裁なのだ。
草の生える地に押し倒し、自らシャイネの唇を奪う。シャイネは戸惑いながらも、すぐに身を委ねてきた。まるでギャムシアに抱かれている時のラチカのように何度も脈打ちながら、動き回るラチカの舌を吸ってくる。
そっと、唇を離す。二人の間を、柔らかい粘糸が伝った。荒い息のまま、シャイネを見る。彼は珍しく、狼狽した様子でラチカを見ていた。
「……なんで」
「あんたが悪い」
そう吐き捨てるしか出来ない。
「い、いっつも……中途半端にしか、してくれない、し」
舌が回らない。頭が、ぼうっとする。体が、熱い。
シャイネはすべて悟ったのか、一気に顔を赤くする。眼鏡をかけたまま、片手で顔を覆った。そのまま、絞り出すように何かを呟く。
「え!? なんて!?」
恥ずかしさとヤケで半ば泣きそうになりながら、怒鳴りつける。すると、シャイネのもう片方の手がラチカの腰に勢いよく巻き付いた。そのまま、仰向けになっているシャイネに重なるようにして倒れ込ませられる。そのまま、もう片方の腕で抱きしめられた。
「そりゃ俺だって! お嬢様を抱きたいですよ! お嬢様をめちゃくちゃに犯して、もう俺しか無理って言わせたいですよ!!」
「シャ、シャイネ」
あまりの開き直りに面食らう。しかし抱きしめられる力が弱る事は無い。
「でもっ……そんな事したら、本気でっ……本気で、お嬢様の事を、縛ってしまう……!」
以前、言いかけていたのはこの事だったのか。
「絶対、結婚出来ないのに……かと言ってお嬢様がずっと独身で居るわけにはいかないし……」
そうだ。いくら、相手を選べても。仮にもエヴァイアンの娘が、婿の貰い手もつかないのは、外聞的に良くない。それは、常々言い聞かせられていた。いくら強制でないと言えど。
結局、がんじがらめなのだ。レヂェマシュトルの生まれというだけで、彼もまた。エヴァイアンの生まれである自分と同じで、ある程度の自由の中でも決定的な楔がある。
……ああもう、それなら。
「お嬢様、どいてください」
シャイネの手が、そっとラチカの肩を押す。あくまで優しい。……これなら、拒める。彼の、最後の気遣いを。
ロドハルトから戻ったばかりなので、服装はエクソシストの礼装ではなくあくまで普段用のワンピースのままだ。襟の後ろに手を回し、ボタンを外す。
「お嬢様っ……!?」
ぷちん、と小さな音をいくつか立てて背中、腰まですべてのボタンを外す。袖から腕を抜くと、ばさり、と音を立ててワンピースが剥がれた。夜の闇の中で、ラチカの白い上半身が露わになる。
シャイネはハッとしたように、上半身を勢いよく起こす。
「お嬢様、何をなさってるのです! 服をっ……」
「普段着ててもむしゃぶりついてるくせに、何言ってるの」
ラチカの呆れたような呟きに、シャイネは声を詰まらせる。それがどうやら、やっと彼を翻弄する出番が来たような感じがして……心の底が、奮える。ああ、そういえば最初からずっと彼に主導されていた。
自分こそが……本当は、主人なのに。
きっとぎこちなく見えるだろう。それでも、ラチカは手を広げた。
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