【R18】花嫁直前、君を侵す。

湖霧どどめ@シナリオライター

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27.お嬢様とお話。

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 ラチカとギャムシアは、馬車に揺られながら一番近い目的地を目指していた。自分達以外、馬を操る御者しかいない。周囲も、昼間だというのに人の去来が少なかった。ギャムシアが言うには、この時間は始業時刻なので皆自分の持ち場でバタついているのだろうとの事だ。
 隣に座るギャムシアを見る。彼は穏やかな顔をして、外を見ていた。普段が激務の彼からすれば、こういう時間こそが休憩に等しいのかもしれない。それでも、聞きたい事があった。

「ギャムシア」

 ラチカの呼びかけに、ギャムシアはそっと反応する。顔をラチカに向けると「何だ」とだけ。しかしその顔は、あくまで穏やかだった。だからこそ、この後の事を予期して背筋が凍る。

「……シャイネに、さっき何言ってたのかなって」

 しかしギャムシアはとくに機嫌を損ねた様子も無く、しかしとくに面白い事でも無さそうに口を開いた。

「別に。ただの牽制だよ」
「牽制?」
「お前、あいつの事案外知らないんだな」

 ギャムシアの言葉に、違和感を覚える。知らない、わけはない。だって十五年、一緒に居たのだ。彼の癖も仕草も、自分をどう思っているのかも、分かっているつもりなのに。
 ラチカの表情を見て、ギャムシアは眉をしかめた。

「……具体的には、お前とあのクソガキの事じゃねえよ。お前にあいつがついている、それの本当の理由の事だ」
「どういう事?」

 どこか責めるような口調になったが、それでもギャムシアは劇的に表情を変える事はなかった。ただ、あくまで冷静に馬車に揺られている。

「兄君が隠している、という事であればお前に知られるのは不都合なんだろうよ。それも、エヴァイアンとしてだ。そこは汲んでやりゃいいんじゃねぇか」

 納得がいかない。
 確かに、兄は父の後継者だ。きっとラチカですら知りえない……それも、レヂェマシュトルの事だけでなく、他の秘密も継いでいるだろう。しかし、これでは。

「……私だけ、仲間はずれみたい」

 ぼそりと出た言葉に、ギャムシアは鼻を鳴らした。

「わざわざこっち側に引き込みたくなかったんだろうよ。まあ、あの兄君の事だ。お前が入り込んで来たら、立派な駆除対象になっていたはずだからな」
「どういう事?」
「先代……お前の父君がエヴァイアンの国主だった頃から有名だった。後継狙いとしてな」

 それは、知っている。父自身も知っていたからこそ、彼の素質をより注意深く見極めようとしていた。そしてそれがようやく叶ったからこそ、兄は無事国主の座に就けたわけだが。

「エヴァイアンはべつに、一家の中であれば誰が台頭しようと構わないんだろう。お前は何故、国主になろうとしなかった」
「何で、って」

 兄の背を見て育ってきたからこそ、ラチカには幼少の頃から分かっていた。彼が国主になるのだと、彼がなりたがっていると。とくに邪魔してまで、その座に就く気など毛頭無かった。何より、兄の野心が何故生まれたのか分からない程まで国主の座に魅力を感じてはいなかった。勿論、エクソシストとしての刷り込みもあったからではあるのだが。
 それはきっと、ギャムシアも分かっているだろう。だからこそ、問うた。

「逆に、何でギャムシアは国主になろうと思ったの」

 ギャムシアはそれを聞き、小さく笑った。そして、応える。

「さあな」
「さ、さあな?」
「気付いたら押し上げられていたっていう方が正しいかもな。俺は自ら望んだわけじゃない」

 意外な答え過ぎて、混乱する。完全に、彼がアスパロロクを乗っ取ったくらいだと思っていたのに。
 ギャムシアは地図を確認しながら、続けた。

「俺は十三で医者になった」
「何それすごい」
「俺の養い親が老いぼれでな。それでも捨て子だった俺を、苦労させることなく育ててくれた。だからこそ、……まあ、そういう事だ」

 ギャムシアの生立ちは、以前シャイネから触りの部分だけ聞いていた。だからこそ、とくに突っ込む事なくラチカは耳を澄ませる。

「……今でも覚えている。アスパロロクの当時の国主様が、急病に伏せられた」

 いつになく神妙な物言いに内心驚くも、彼はそのまま続けた。

「俺は当時病院長で、急いで出向いた。三日三晩かけて治療したが一向によくならない。もしや亡霊の仕業か、ネクロマンサーかって話まで行ったがどうも違うらしかった」

 亡霊が憑いた場合、一日ももたず死亡する。三日三晩生き続けたというのであれば、間違いなく亡霊の仕業ではないだろう。

「結果的には、体内の血が形成されなくなる病気だった。投薬治療を続けさえすれば生き永らえるが、その当時の国主様の血が致死レベルにまで足りなくなっていたせいであと少しで死ぬってところだった。急いで手を打たないとってなった時に、俺が血を分けた」
「血を、分けた?」
「今で言う輸血だ」

 輸血、という技術自体は聞いた事がある。医療がそこまで進歩しきっていないエヴァイアン出身であるラチカには、とにかくすごいという事しか分からなかった。

「偶然適応したんだ、俺と国主様の血の相性が。血縁でもないのに……それは奇跡に等しかった。俺が瀕死になるくらいの量を国主様に注げば、何とか投薬治療に繋げられる。俺の命がかかっちゃいたが、生き延びれば俺の血なんざあとで飯さえちゃんと食えば何とかなる。だから決行した」

 結果は、成功だった。

「まあ俺自身一週間目が覚めなくて危なかったらしいがな。それでも無事回復した。その時に、なんとか生き延びられた国主様に謁見した」

 生命を何とか取り戻したものの、やはり病の身では玉座には座れない。そうであれば、後継者を造る必要がある。あの国主は、そう言った。

「アスパロロク……まあ、あの領土って言った方が正しいか。世襲にこだわっていないからこそ、よその人間に……信用できる人間に託す、という事でだ。俺が指名を受けた」
「そんな事が……」
「だからアスパロロク自体、世襲は二回しか続いていない。あの国主様には、生殖能力がもともと欠けていたんだ。ちなみにその前もまた名前が違っていた」

 世襲にこだわらない国。もしそれが、叶うなら。血縁者とは結ばれないという法すら、無効という事になる。不意にシャイネの顔が浮かんで、勢いよく首を振った。
 ……絆されてきている、とは思う。
 仮にロドハルトへ来ればそれが適応されるにしても、つまりそのためにはギャムシアと結婚する、という事だ。どちらにせよ不可能である。

「最初は大変だったさ。言わば出自が一切不明の俺が国民の信用を最初から受けられるわけがなかった。いくら何でも身元不明者を自分達の先導者にするのは気が引けただろうよ。だから俺は、行動で示す事にした」
「それって」
「医療技術の進歩だ。ひとの命を延ばす、なんて所業……本当は神にしか出来ない力を、見せつけた」

 言わば、ある種の恩着せに等しい。それでも、実際救われた人間は多数いる。その救われた人間の無事を祝う者も。そういった彼らが、徐々にギャムシアを信奉していったのだろう。
 それは、確かに偉大なことだ。だからこその、驕りもあるのだろう。彼が傷つけても、彼が治せばいいだけなのだから。

「ここでいいのか」
「あ、うん」

 御者に指示を出して馬車を停めさせると、二人で馬車を降りた。完全な空き地で、土が柔らかい。ここであれば、掘るのは容易そうだ。
 ギャムシアに協力してもらい、深めに穴を掘る。その中に、楔を一つ投げ込んだ。そのまま、土を被せていく。「こんな雑でいいのか」と問うてきたので、「掘り返しさえされなければ」と答えておいた。
 再び馬車に乗り込み、次の場所へと向かう。この調子であれば、何とか今日中には済みそうだ。ロドハルトはエヴァイアンに比べると領土が少ないぶん、国内一周もわけがない。

「そういえば、こんな事してて大丈夫なの? 公務とか」
「今日はな。最近は行事があらかた済んだおかげで全体的に暇なんだよ。急患が出ても今日は人数を揃えてるしな」

 結局、彼は国主よりは医者なのだろう。それに、もしかすると最初に抱いた王様気質というのも案外偏見だったのかもしれない。
 ……見直し始めては、いる。機嫌さえ損ねなければ案外付き合いやすい。

「ラチカ」
「ん?」

 馬車に再び揺られながら、ふと彼はラチカを呼んだ。彼はこちらを見ずに、地図を見ている。

「レヂェマシュトルの、行くのか」
「……あっ」

 正直、忘れていた。そうだ、この時期はレヂェマシュトルの集会がある。本来ラチカなども含めた主君組は出向く必要が無く、ラチカも行った事が無い。恐らくコーマスとヴェリアナは他国への顔出しがてら行くのだろうが。

「いやあ、でも毎年行ってないよ私」
「兄君は今年も行くらしいぞ」
「……え、結構もしかしてやり取りしてる? 私要る?」

 行くのが許可されていないわけではない。しかし、毎年何だかんだ仕事が入って行けないのだ。

「時期の訂正が早朝届いてな、お前がこっちに来ている期間中になっていた」
「つまり」
「俺に随伴しろ、大使として」
「……本気?」
「当たり前だろ犯すぞ」

 まさかだった。しかし、確かにそういう名目であれば不自然な事は一切無い。コーマスも護衛であるシャイネと離れるくらいなら、と許可はしてくれるだろう。それならば、ありかもしれない。レヂェマシュトルとしてのシャイネを見る事の出来る、貴重な機会だ。
 いや、しかし。レヂェマシュトルが集まるのであれば。

「……もしかしてポシャロも?」
「そうだな、うちの使用人が連れていく」
「行く、何が何でも行く。ポシャロの頑張りを目に焼き付けに行く」
「……お前帰ったら覚えてろよ」

 ロドハルトに戻ってからポシャロには会ったが、やはりラチカの事は覚えてくれていて早速とびついてくれた。幸せ過ぎて泣きそうにもなった。

「まあ、クソガキを見に行くって気張るよりかは……いいか」

 ギャムシアの溜息は、すでにラチカには届いていなかった。
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