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31.怒りの隙間、暴虐の過去。
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「ポシャロー!」
シャイネの部屋から出てすぐに、ラチカは再びポシャロの元へ訪れた。ポシャロは一つだけ大きく吠えると、舌を揺らしながら駆け寄ってくる。そんなポシャロを抱きしめながら、盛大に頬ずりした。
「強かったねぇえ頑張ったねぇえかっこよかったよぉおお」
飼い主なわけでも無いのに愛でるラチカを控室の人間は不思議そうに見ているが、そんな事は気にならなかった。そんな中、ポシャロの鼻が不意に動く。ラチカの全身に鼻を当て、やがて胸元を忙しなく嗅ぎだす。それで、何となく察した。やはり、しっかり洗ってくればよかった。
ひとまずそんな後悔はさておき、ポシャロの顎をひたすら撫でる。すると、足音が聞こえてきた。
「おや、ここでしたか」
あくまで室内で、それなりに声も皆に聞かれやすい人前だからだろう。他人行儀のギャムシアは、薄い愛想笑いを浮かべながらラチカに歩み寄ってきた。少しぎくりとしたが、ラチカもまた取り繕うように笑う。
「あ、すみません。つい」
「いえ、丁度私も手伝いが終わって客席に戻ろうとしていたところですから。丁度良かったですよ」
ギャムシアはあくまで穏やかに、微笑んでいる。それはいつもの、外面のようだった。それなのに、どこか不穏な何かを醸し出している。まさか、バレたか。
ギャムシアはポシャロの顎を数度撫で頭同士をつけると、何言か囁いた。雰囲気的に、恐らく先程の賛辞だろう。ポシャロも穏やかに主人を見上げている。ラチカの時のように、執拗に匂いを嗅いだりはしていない。
ギャムシアはラチカに向き直った。
「そろそろ、島を出ましょうか。兄君達はもう帰られましたよ」
「あ、そうなんですね。じゃあ、行きますか」
ギャムシアは頷くと、ラチカの手を握った。その行動に驚き彼を見上げると、前を向いているその横顔から笑顔は完全に消えていた。これは、絶対に……何か、怒っている。こんなにも、握られている手は痛い。
一切口を利く事はなく、ただ気まずいだけの船だった。酔いも加速して、気分は最悪だ。
どうにかして国主邸に戻る。出迎えの使用人をそれなりにあしらうと、ギャムシアは再びラチカの手を引いた。外では未だバレないように、という配慮はどこへ行ったのか。しかしそれを聞く度胸はどうも無かった。
「開けろ」
ラチカの離れの前に到着し、彼の声がようやく発された。戸惑いながら離れの鍵をすべて開き、中へ入る。勿論ギャムシアも付いてきた。彼は三重の扉をすべて締め切ると、ラチカよりも先に歩き始める。
ラチカのベッドの前に屈むと、床に触り始めた。ガコン、と大きな音を立てて床板が外される。あれは、前回見た。気になっていないわけではなかったが、継ぎ目があまりに自然過ぎて明かせなかったのだ。
「来い」
冷たい、声。これは、行ってはならない。危険信号が鳴っている。わけが分からない分、戸惑いが警鐘として心臓を何度も打つ。
一向に歩き出さないラチカに苛立ったのか、ギャムシアは一つだけ舌打ちした。ズカスカとラチカに歩み寄ると、その髪を引いた。
「いっ……!」
文句は、言えない。駄目だ。体が、凍る。昔の……兄の、心無い暴力の記憶が、よみがえる。今まで以上に、鮮明に。ああ、やはり似ているのだ。
ギャムシアはラチカの事を見る事なく、歩き続ける。そしてついに外された床板のところまでたどり着いた。薄ら暗いが、階段が見える。
ゾッ、と背筋が凍る。これは、あの部屋の形だ。
「や、やだっ……地下は、地下はっ……」
歯が鳴る。今まで気にせずに生きていられたのに、いざ改めて見直すと……駄目だ。家のものでもないのに、恐怖が圧しあがる。
教会の地下聖泉すら、ラチカはずっと怖くて入れない。それだけ、ずっと避けていた空間だというのに。
「知るか」
ギャムシアの、冷たい声。彼はそのまま階段を降り始めた。引きずられるようにして、ラチカの足も進む。何度ももつれて転びそうになるが、彼は一切気にもしていない様子だった。
階段をひとつずつ降りていく。外界がどんどん遠ざかっているのを背中で感じる。これは、まずい。恐怖が体を震わせる。
暗闇に本格的に潜り込んだ頃、ギャムシアの足が止まった。何かを擦る音がして、空間が明るくなる。マッチだ。壁に掛けられた蝋燭いくつかに火を点けて回ると、内部が明るく照らされだした。
「ひっ……」
ロドハルトでのラチカの部屋は、エヴァイアンのものと酷似していた。それはギャムシアが気を遣って寄せた、との事だったが……ここも、そうなのだろうか。
回転性の、肘置きと背もたれがきちんとついた椅子。不自然に壁に設置されたシャワー。壁にはいくつも鞭やロープ、何せ拷問器具が大量にかけられている。整頓されている様子が、逆にどこか不気味だった。
ギャムシアはラチカの髪を引きながら、椅子へと導く。そのまま、乱暴に座らせた。
「この部屋を造る気は無かった、最初はな」
歯をがちがちと鳴らし、震え続けるラチカに対し一切の動揺も見せない。まさか、本当に分かってこの構造にしたのか。
……彼は、絶対に自分を拷問する気だ。何故? シャイネの件か?
「人生長い間、まあこういう仕置きが必要な日が来るとは思ったさ。だから造った。わざわざコーマス殿に話も聞いたし、施工図の監修もしてもらった。まさかお前に使っているなんざ、夢にも思っていねぇだろうがな」
ああ、やはり。彼が絡んでいるのか。二十歳にも満たない彼が当時自室よりも愛用していたこの部屋には、ラチカも何度か『招待』された事がある。きっとシャイネもあるはずだ。恐らく、父母以外のエヴァイアン国主邸に住む人間は必ず経験している。
……まさか、全然違う男に連れてこられるなど夢にも思っていなかった。
身動きの取れないラチカの腕を肘置きの乗せ、ギャムシアは椅子についている錠を被せた。ガシャン、と嫌に錆びた音。これは、かつて自分が縛られたあの椅子と同じものだ。まさか、兄が譲ったのか。最近こういった事をしなくなった兄なら有り得る。
「顔を上げろ」
ギャムシアの声に、恐る恐る従う。自身を見下ろす冬の晴れ空のような目は、あまりにも冷たかった。
「ヴェリアナ・ピオール・エヴァイアン」
その名を聞き、背筋が粟立つ。何故、今彼女の名前が。
「いい女だよな。まあ俺は好みでなし、更にコーマス殿の懇意の女だ。妻でもある。あの男は何度もヴェリアナ殿を監禁し、何度も薬漬けにし、暴力をふるい……そうやって、精神操作をした」
一体、何を言っているのだ。
「あの女はそれを『そうしてまで自分を手に入れたいのか』と、都合よく解釈する事でコーマス殿を許した」
ギャムシアは淡々と話す。その目には、驚く程感情が見えない。隠しているのか、失せているのか。
「……あの女がいいのか」
じろり、と。見下ろされる。ギャムシアの指が、ラチカの顎を掴んだ。引き上げられる。
「答えろ。俺より、他の男の妻になった忘れられない女がいいのか」
何故ヴェリアナの話題が出たのか一切分からない。しかし、ギャムシアはこんな酔狂な事を急に行う男ではない。それは、まだ少ない付き合いの中でも十分分かっていた。
首を、横に振る。そうだ、自分はけじめをつけたのだ。あの、初めて彼女を……兄の学舎に興味本位で潜り込み、見かけたあの日の初恋から。
『あら、迷子なの?』
柔らかな微笑みをした彼女は、鮮烈な程の甘い香りと……美しい、微笑みを讃えていて。ラチカの子どもながらの心を、一瞬でかすめ取っていった。
『ふふ、綺麗な髪ねぇ。夕焼け空みたいだわ』
兄と同じ事を、言っていた。あの時の兄はラチカに対し邪魔者扱いしかしておらず、肉親としての情など一切見せてはくれなかった。その兄が珍しく寄越してくれた賛辞と、同じ言葉を。
……あの時の事は、忘れられない。まさかあの彼女が、兄の妻になるとは一切思っていなかったし……内心では、複雑だった。兄のそういう面ばかりしか知らなかったから。しかしそんな兄を変えてくれたのがヴェリアナだというのも知っている。彼女に嫌われたくない一心で、変わっていく彼をラチカは見ていた。
「……情は、交わしたのか」
首を振る。一切、それはない。それどころか、伝えてすらいない。きっと知りもしないだろう。
ギャムシアは乱暴にラチカに口づけた。そのまま、互いの呼気を乱暴に泡立てるかのように舌を巻き付けてくる。舌の根が切れそうで内心泣きそうだったが、それどころではなかった。
何故、ヴェリアナの話を。まさか自分の初恋が原因で、ここに連れてこられたのか。
「俺と結婚しないのは、あの女が原因か」
「っそんな事……!」
「まあいいさ、どっちでも」
よくない、きっとよくない。何度そう叫んでも、ギャムシアはうるさそうに顔をしかめるだけだった。そのまま彼は壁へと歩きだし、壁にかけてあったロープを手に取る。何度も伸び具合を確認するように引っ張ると、ラチカの首の後ろにロープを回した。ぞわり、と嫌な気配が首をかすめる。
「俺は、真剣にお前を妻に欲しいと思ってる。ロドハルトとしての下心も無いかといえば、勿論嘘になる。でもそれ以上に、俺はお前に魅せられたんだ」
ぱた、ぱた、と。何度か肩の上でロープを弾ませられる。それが何かのカウントダウンのようで、冷や汗が止まらない。涙が出そうになってくる。そのまま、彼は持ち手を交差させた。
目が、合う。彼の目は、さっきと真逆だった。じっとりとした熱が見える。
「……お前のその、俺を怖がる目。俺をじっと見てくれる。エヴァイアンの国の者として、公務としての八方美人の顔じゃなく。ただ、俺だけを見てくれる」
きり、と。
「ああ、いいな。いとしい」
「あ、か、がっ」
喉が、潰れる。ぎりぎり、と軋むように……締め上げられる。
「俺のものになれよ。俺だけを見ろよ。なあ」
「が、むし、ぁ」
「言っておくが、俺にとっての初恋はお前だからな。お前のは叶わなくても、俺のは……頼むぜ?」
擦れる。ロープと肌が、擦れ合う。巻き込んで、締め上げて、ラチカの意識もまた奪われようとしている。熱い。脳が、悲鳴を上げる。それでもギャムシアの手は……止まらない。
シャイネの部屋から出てすぐに、ラチカは再びポシャロの元へ訪れた。ポシャロは一つだけ大きく吠えると、舌を揺らしながら駆け寄ってくる。そんなポシャロを抱きしめながら、盛大に頬ずりした。
「強かったねぇえ頑張ったねぇえかっこよかったよぉおお」
飼い主なわけでも無いのに愛でるラチカを控室の人間は不思議そうに見ているが、そんな事は気にならなかった。そんな中、ポシャロの鼻が不意に動く。ラチカの全身に鼻を当て、やがて胸元を忙しなく嗅ぎだす。それで、何となく察した。やはり、しっかり洗ってくればよかった。
ひとまずそんな後悔はさておき、ポシャロの顎をひたすら撫でる。すると、足音が聞こえてきた。
「おや、ここでしたか」
あくまで室内で、それなりに声も皆に聞かれやすい人前だからだろう。他人行儀のギャムシアは、薄い愛想笑いを浮かべながらラチカに歩み寄ってきた。少しぎくりとしたが、ラチカもまた取り繕うように笑う。
「あ、すみません。つい」
「いえ、丁度私も手伝いが終わって客席に戻ろうとしていたところですから。丁度良かったですよ」
ギャムシアはあくまで穏やかに、微笑んでいる。それはいつもの、外面のようだった。それなのに、どこか不穏な何かを醸し出している。まさか、バレたか。
ギャムシアはポシャロの顎を数度撫で頭同士をつけると、何言か囁いた。雰囲気的に、恐らく先程の賛辞だろう。ポシャロも穏やかに主人を見上げている。ラチカの時のように、執拗に匂いを嗅いだりはしていない。
ギャムシアはラチカに向き直った。
「そろそろ、島を出ましょうか。兄君達はもう帰られましたよ」
「あ、そうなんですね。じゃあ、行きますか」
ギャムシアは頷くと、ラチカの手を握った。その行動に驚き彼を見上げると、前を向いているその横顔から笑顔は完全に消えていた。これは、絶対に……何か、怒っている。こんなにも、握られている手は痛い。
一切口を利く事はなく、ただ気まずいだけの船だった。酔いも加速して、気分は最悪だ。
どうにかして国主邸に戻る。出迎えの使用人をそれなりにあしらうと、ギャムシアは再びラチカの手を引いた。外では未だバレないように、という配慮はどこへ行ったのか。しかしそれを聞く度胸はどうも無かった。
「開けろ」
ラチカの離れの前に到着し、彼の声がようやく発された。戸惑いながら離れの鍵をすべて開き、中へ入る。勿論ギャムシアも付いてきた。彼は三重の扉をすべて締め切ると、ラチカよりも先に歩き始める。
ラチカのベッドの前に屈むと、床に触り始めた。ガコン、と大きな音を立てて床板が外される。あれは、前回見た。気になっていないわけではなかったが、継ぎ目があまりに自然過ぎて明かせなかったのだ。
「来い」
冷たい、声。これは、行ってはならない。危険信号が鳴っている。わけが分からない分、戸惑いが警鐘として心臓を何度も打つ。
一向に歩き出さないラチカに苛立ったのか、ギャムシアは一つだけ舌打ちした。ズカスカとラチカに歩み寄ると、その髪を引いた。
「いっ……!」
文句は、言えない。駄目だ。体が、凍る。昔の……兄の、心無い暴力の記憶が、よみがえる。今まで以上に、鮮明に。ああ、やはり似ているのだ。
ギャムシアはラチカの事を見る事なく、歩き続ける。そしてついに外された床板のところまでたどり着いた。薄ら暗いが、階段が見える。
ゾッ、と背筋が凍る。これは、あの部屋の形だ。
「や、やだっ……地下は、地下はっ……」
歯が鳴る。今まで気にせずに生きていられたのに、いざ改めて見直すと……駄目だ。家のものでもないのに、恐怖が圧しあがる。
教会の地下聖泉すら、ラチカはずっと怖くて入れない。それだけ、ずっと避けていた空間だというのに。
「知るか」
ギャムシアの、冷たい声。彼はそのまま階段を降り始めた。引きずられるようにして、ラチカの足も進む。何度ももつれて転びそうになるが、彼は一切気にもしていない様子だった。
階段をひとつずつ降りていく。外界がどんどん遠ざかっているのを背中で感じる。これは、まずい。恐怖が体を震わせる。
暗闇に本格的に潜り込んだ頃、ギャムシアの足が止まった。何かを擦る音がして、空間が明るくなる。マッチだ。壁に掛けられた蝋燭いくつかに火を点けて回ると、内部が明るく照らされだした。
「ひっ……」
ロドハルトでのラチカの部屋は、エヴァイアンのものと酷似していた。それはギャムシアが気を遣って寄せた、との事だったが……ここも、そうなのだろうか。
回転性の、肘置きと背もたれがきちんとついた椅子。不自然に壁に設置されたシャワー。壁にはいくつも鞭やロープ、何せ拷問器具が大量にかけられている。整頓されている様子が、逆にどこか不気味だった。
ギャムシアはラチカの髪を引きながら、椅子へと導く。そのまま、乱暴に座らせた。
「この部屋を造る気は無かった、最初はな」
歯をがちがちと鳴らし、震え続けるラチカに対し一切の動揺も見せない。まさか、本当に分かってこの構造にしたのか。
……彼は、絶対に自分を拷問する気だ。何故? シャイネの件か?
「人生長い間、まあこういう仕置きが必要な日が来るとは思ったさ。だから造った。わざわざコーマス殿に話も聞いたし、施工図の監修もしてもらった。まさかお前に使っているなんざ、夢にも思っていねぇだろうがな」
ああ、やはり。彼が絡んでいるのか。二十歳にも満たない彼が当時自室よりも愛用していたこの部屋には、ラチカも何度か『招待』された事がある。きっとシャイネもあるはずだ。恐らく、父母以外のエヴァイアン国主邸に住む人間は必ず経験している。
……まさか、全然違う男に連れてこられるなど夢にも思っていなかった。
身動きの取れないラチカの腕を肘置きの乗せ、ギャムシアは椅子についている錠を被せた。ガシャン、と嫌に錆びた音。これは、かつて自分が縛られたあの椅子と同じものだ。まさか、兄が譲ったのか。最近こういった事をしなくなった兄なら有り得る。
「顔を上げろ」
ギャムシアの声に、恐る恐る従う。自身を見下ろす冬の晴れ空のような目は、あまりにも冷たかった。
「ヴェリアナ・ピオール・エヴァイアン」
その名を聞き、背筋が粟立つ。何故、今彼女の名前が。
「いい女だよな。まあ俺は好みでなし、更にコーマス殿の懇意の女だ。妻でもある。あの男は何度もヴェリアナ殿を監禁し、何度も薬漬けにし、暴力をふるい……そうやって、精神操作をした」
一体、何を言っているのだ。
「あの女はそれを『そうしてまで自分を手に入れたいのか』と、都合よく解釈する事でコーマス殿を許した」
ギャムシアは淡々と話す。その目には、驚く程感情が見えない。隠しているのか、失せているのか。
「……あの女がいいのか」
じろり、と。見下ろされる。ギャムシアの指が、ラチカの顎を掴んだ。引き上げられる。
「答えろ。俺より、他の男の妻になった忘れられない女がいいのか」
何故ヴェリアナの話題が出たのか一切分からない。しかし、ギャムシアはこんな酔狂な事を急に行う男ではない。それは、まだ少ない付き合いの中でも十分分かっていた。
首を、横に振る。そうだ、自分はけじめをつけたのだ。あの、初めて彼女を……兄の学舎に興味本位で潜り込み、見かけたあの日の初恋から。
『あら、迷子なの?』
柔らかな微笑みをした彼女は、鮮烈な程の甘い香りと……美しい、微笑みを讃えていて。ラチカの子どもながらの心を、一瞬でかすめ取っていった。
『ふふ、綺麗な髪ねぇ。夕焼け空みたいだわ』
兄と同じ事を、言っていた。あの時の兄はラチカに対し邪魔者扱いしかしておらず、肉親としての情など一切見せてはくれなかった。その兄が珍しく寄越してくれた賛辞と、同じ言葉を。
……あの時の事は、忘れられない。まさかあの彼女が、兄の妻になるとは一切思っていなかったし……内心では、複雑だった。兄のそういう面ばかりしか知らなかったから。しかしそんな兄を変えてくれたのがヴェリアナだというのも知っている。彼女に嫌われたくない一心で、変わっていく彼をラチカは見ていた。
「……情は、交わしたのか」
首を振る。一切、それはない。それどころか、伝えてすらいない。きっと知りもしないだろう。
ギャムシアは乱暴にラチカに口づけた。そのまま、互いの呼気を乱暴に泡立てるかのように舌を巻き付けてくる。舌の根が切れそうで内心泣きそうだったが、それどころではなかった。
何故、ヴェリアナの話を。まさか自分の初恋が原因で、ここに連れてこられたのか。
「俺と結婚しないのは、あの女が原因か」
「っそんな事……!」
「まあいいさ、どっちでも」
よくない、きっとよくない。何度そう叫んでも、ギャムシアはうるさそうに顔をしかめるだけだった。そのまま彼は壁へと歩きだし、壁にかけてあったロープを手に取る。何度も伸び具合を確認するように引っ張ると、ラチカの首の後ろにロープを回した。ぞわり、と嫌な気配が首をかすめる。
「俺は、真剣にお前を妻に欲しいと思ってる。ロドハルトとしての下心も無いかといえば、勿論嘘になる。でもそれ以上に、俺はお前に魅せられたんだ」
ぱた、ぱた、と。何度か肩の上でロープを弾ませられる。それが何かのカウントダウンのようで、冷や汗が止まらない。涙が出そうになってくる。そのまま、彼は持ち手を交差させた。
目が、合う。彼の目は、さっきと真逆だった。じっとりとした熱が見える。
「……お前のその、俺を怖がる目。俺をじっと見てくれる。エヴァイアンの国の者として、公務としての八方美人の顔じゃなく。ただ、俺だけを見てくれる」
きり、と。
「ああ、いいな。いとしい」
「あ、か、がっ」
喉が、潰れる。ぎりぎり、と軋むように……締め上げられる。
「俺のものになれよ。俺だけを見ろよ。なあ」
「が、むし、ぁ」
「言っておくが、俺にとっての初恋はお前だからな。お前のは叶わなくても、俺のは……頼むぜ?」
擦れる。ロープと肌が、擦れ合う。巻き込んで、締め上げて、ラチカの意識もまた奪われようとしている。熱い。脳が、悲鳴を上げる。それでもギャムシアの手は……止まらない。
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