【R18】花嫁直前、君を侵す。

湖霧どどめ@シナリオライター

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41.お嬢様は人を狂わせる才女でしょうか。

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「おや、ギャムシア様」

 執事長は慌ただしく走る国主を見ふと呟いた。ギャムシアはそれを呼び止められたと感じたのか、立ち止まる。

「何だ。何かあったか」
「いいえ、何も。その荷物は」

 ギャムシアは大きな黒い袋を抱えていた。それを誇らしげに揺らしながら、ギャムシアは笑む。

「前から頼んでいたのとは別で、急ぎで作らせた。さすがに本番の時用の絢爛さは無理だったが、十分な出来だ。うちの針師は実に腕がいい」

 それだけ聞いて、執事長は何とか察せた。彼がラチカを例の地下室に監禁しているのは本人から当に聞いている。その上で、シャイネを仕事漬けにするよう指示も賜っている。
 シャイネ当人はというと、表には出さないもののかなりストレスを抱え込んでいるようだった。無理もない、従者にとって主君と離される……それも主君に対し懸想している男が治める国で、だ。

「今日は午後からイプシュルムの国主との会談でございます。間に合うようにお願い致しますよ」
「ああ、大丈夫だ。何かあればすぐに呼べ」

 そうとだけ言い残し、ギャムシアは再び走っていった。
 ……傾国が始まろうとしている。表への支障は決して出す事はないが、ギャムシアは今国を治めるよりもラチカに対しての関心が上回っている。実際伴侶を持たない国主よりも、妻を持つ国主の方が世継ぎ問題など下手な拗らせ方はしないに決まっている。いくら世襲にこだわりの無い国であれ、世継ぎが確定しているに越した事はない。
 ただしそれは、普通の男であればの話である。

「……果たして、無事だろうか」

 あの男の独占欲と苛烈さは、十年仕えた自分にはよく分かっている。国の暗部に関わる事ですら、ギャムシアは自ら進んでその手と剣を染めた。それでもその精神を病ませる事が無かったのは、驚異的な精神力が成せる業だろう。
 あの日エヴァイアンから帰って早々、ギャムシアは計画を練り始めた。ラチカとシャイネを分断するために、そしてラチカを自分のものにしきる為に。
 しかしギャムシアの苛烈さにかかれば、恐らくは。

「まあ、長くは持たんだろうな」

 もしくは、完全にかかりきりになる。そこで初めて、国の統治が上手くいかなくなっていくはずだ。
 ……それこそが、転機。即ち、今こそ動く時だ。

「すみません」

 声が聞こえた。シャイネだ。彼は執事長に頼まれていた荷物を持って、いつの間にか背後に立っていた。

「ああ、シャイネさん。ありがとうございます。もうこれで最後ですか」
「はい。あの、ギャムシア様はどちらに」

 恐らく彼とラチカが一緒に居ると察しているのだろう。しかし結局この国では、シャイネは未だただの客人に過ぎない。この国での立場などは、今はとくに持ち得ていない故下手な事は出来ないはずだ。だからこそ、ギャムシアを追えない。

「あの方は余程の仕事を抱えております。その一環だそうですよ。恐らくそろそろここを出られるかと」

 嘘はついていないが、どこか解せない様子のシャイネに執事長はそっと微笑みかける。そのまま、言葉を流し込んだ。

「ラチカ様がご心配でしょうな」

 ぎり、と彼は唇を噛んだ。シャイネとラチカが関係を持っている事は、すでにギャムシアから聞いている。しかしそれをあえてシャイネに察させる気も無い。
 ああ、あのような小娘が。こんなにも、それも二人も男を狂わせている。……あの、ラチカ・エヴァイアンが。

「申し訳ございません、ひと時……ひと時で構いません、私に時間をください」

 シャイネの悲痛な声に、わざとらしく溜息を吐く。実際彼を拘束するための口実など腐るほどある。執事長は現時点ではただギャムシアに逆らえないので、ひたすらシャイネに仕事を振るしか出来ない。しかし彼は存外に優秀だ。すべき事を終えるのも時間の問題かもしれない。それならば。

「……ラチカ様はこれからギャムシア様と公務で出られます。イプシュルムなので、恐らく明日の夕刻くらいになりましょうな、戻られるのは。それまでに仕事を落ち着ける事さえ出来れば、ええ」

 シャイネは客だが、どうしてもこういった物言いになってしまう。最初はシャイネが媚売りで始めた手伝いだったが、もはや彼のここでの上司は執事長になりつつあった。
 こんな出まかせの嘘まみれな言葉でも、許しを得られたとでも思ったのかシャイネは強く頷く。その様子は、微笑ましい程に主人を待つ番犬のようで。
 ……ああ、忌々しい過去を見ているようで。

「では参りましょう、あちらの部屋に運んで頂きたい。半分お持ち致します」

 シャイネから荷物を半分程受け取ると、執事長は大人しく微笑んで歩き出した。



「はは、やっぱり似合うな」

 ギャムシアの心から楽しそうな声が地下室に木霊する。しかしラチカにはもう何も応える事が出来なかった。かろうじて意識を繋ぎとめている状態である。
 点滴の針をずらさないように気を配りながら着せられたのは、白く華やかなドレスだった。即ち、花嫁衣裳。薄暗い部屋の中で、眩い程の輝きを放つドレスを纏うラチカ自身の表情は動く事すらままならなかった。

「俺の衣装は間に合わなかった。しかしそれはまあ、いいさ。俺の分なんざ後回しでもな。とにかくお前が花嫁として装ってくれれば、俺は嬉しい」

 髪も彼に結わえられ、化粧も口元以外に施された。もう抵抗する気力すら起きない。とにかく器用な男だ。
 縫い上げられた口元は、少しずつ滲んでいた血を感想させていっている。何かのはずみで口元が動いたりでもしたら、その度に激痛が走った。そうやって苦悶に顔を歪めるラチカを見て、ギャムシアは常に笑んでいる。
 ……腹が立つ程、綺麗な顔だと思う。こんな事をされているのに、一度生まれた覚悟は消える事は容易でなかった。

「いっそこのまま、ここに縛りつけてやろうか」

 ふとした呟きすら、甘い響き。そんな事は不可能だと分かっているだろうに。そもそも、こんな事をして何故彼は平気なのだろう。いくら自分の手による行為とはいえ、こうやって自分の好いた女が傷ついているというのに。
 ……ああ、もしかすると。彼はそういった理念がすでに崩壊しているのか。それとも、そもそも持たないのか。
 医者という、人を生かしも殺しも出来るスキル。それがギャムシアを確実に歪ませている。

「そろそろ点滴を変えるか」

 ラチカを殺す気は確かに無いのだろう。しかし、この状況は。……ラチカを生かしていると、言えるのだろうか。
 ラチカの腕に刺された点滴を楽しそうに変えるギャムシアは、まるで子どものような笑顔だった。まるで、おもちゃを手に入れたかのような。針を抜かれる痛みすらも、もはや感じなくなってきた。
 ……こんな男のこういった奇行に耐えられる女など、もはや自分しかいないだろう。

「ラチカ、愛してる」

 頷く気力も無ければ、応えるために口を開く事も出来ない。ただ、口元に血が滲むだけだ。しかし応えたところで、彼は何も信じてくれない気がする。
 分かっている。先に裏切ったのは、自分だ。
 ふと、音がした。天井……即ち、ラチカの部屋の床板が叩かれている。恐らく執事長だろう。本来はラチカ以外、それもシャイネですら入る事を許されないこの部屋に執事長まで入ってくるようになった。あくまでギャムシアを呼び出すため、ではあるが。

「なんだ」

 階段を半端にのぼり、床板を開ける。やはり執事長が居た。

「そろそろお時間です、ギャムシア様」
「ああ、そうか。分かった、すぐに行く」

 再びラチカの元に駆け降りると、「いい子でいろよ」と囁きながら頭を撫でられる。その甘やかな声と行為に、状況を忘れて蕩けそうになる。こんなにも痛ましい現在だというのに。
 ギャムシアは階段をのぼり、駆け足気味に出て行った。ただ、執事長はこちらを見ている。そもそも彼は、ギャムシアのこの行動をどうとも思わないのだろうか。昔から付いている、とあれば慣れてしまっているのかもしれないが。

「点滴だけでは、いのちを繋ぎ続けるのも……時間の問題でありましょうな」

 たった一つ言葉を落として、彼は去った。床板も、きちんと閉めた上で。
 ……何故、そんな事を。
 ギャムシアは自分を殺さない。それは、確信している。もし死なせるとすれば……恐らく心中を覚悟した時だろうが、彼は何だかんだ言って使命感を捨てる事は出来ないはずだ。
 何故、煽る?

「ん、むっ……」

 手足を揺らしても、錠はびくともしない。そもそも、その力すら戻ってはいない。
 こんな体たらくで、万が一解放されても満足に動けるのだろうか。エクソシストである自分は、それなりに鍛錬も必要なのに最近一切何もしていない。ギャムシアはエクソシスト引退を勧めてきたが、いまいち実感がわかなかった。
 ロドハルトに、ネクロマンサー……ひいては亡霊の被害は無い。それは以前から不思議には思っていた。一度、モシェロイにも最悪の想定を提示された事もある。
 ……しかしもう、今はどうでもいい。考える気力すら、ない。
 ギャムシアが居なくなれば、この部屋はあまりにも苦しい。新たな居住区のようにすら思えてきたこの地下室に、慣れる事はやはりない。どうせギャムシアと一緒に居るのであれば、やはり明るいところがいい。そんな理想だけは、潰えない。
 こんな事をする人間だというのに。それでも、自覚してしまったから。

「んん……」

 口を開こうとする度に、痛みが滲む。辛い、こんなにも痛い。こんな自分を見れば、ギャムシアは悦ぶのだろうか。それとも、反抗しようとしていると取るのか。
 ぽたり、と赤い血が真っ白なドレスに垂れた。彼は本番用にまた別で用意していると言っていた。そもそもここに持ち込んでいる時点で、汚れなど気にもしていないだろう。
 彼は自分を花嫁にしようとしている。それならば、せめて。

「う、う……」

 ……自分自身を誇れる、彼の妻だと胸を張って言える花嫁になりたい。こんな、発散奴隷のような形でなく。
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