【R18】花嫁直前、君を侵す。

湖霧どどめ@シナリオライター

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43.カウントダウンの存在を知覚致しましたね。

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「い、ぎぎっ、いぎっぎぎぎぎぎ」
『……余が言うのも何だが、乙女の声では……ないな……』

 亡霊の使えるポルターガイストなど正直知れている。精々物をほんの少し動かせるか腐敗させるか程度で、それも完全に憑依せねばならないはずだ。それなのに目の前の大亡霊は、尾を器用に丸めたり尖らせたりしながら、まるで実体があるかのようにラチカの口元の糸を弄っている。
 やがて、ぷちりと音を立てて端が切れた。尾は反対側の端を掴む。

『我慢、するのだ』

 そう言うや否や、一気に糸を横に引き抜かれる。声にならない激痛が漏れたが、一瞬だった。口元がひりつく。固まりかけていた縫い跡から血が垂れたのか、鉄の味がした。
 恐る恐る、口を開く。動いた。

「あ、あ……」
『ふむ、大丈夫そうか』
「あ、りがとう、ございます」

 口元の傷も筋肉も、何もかも痛む。しかし伝えなければならなかった。靄がかかっているせいで表情こそは見えないが、大亡霊は揺れる。

『よい、よい。久々に、余を見られる者が、見付かった。それも、こんな乙女だ』

 たどたどしくも、きちんと言葉として成立している。このような亡霊は、伝承でしか聞いた事がなかった。まさか、自分が関わる事になるとは。
 それも、恐らく。

「……あの。違ったら、申し訳ないんですけど。貴方は、アレですよね。もしかして、アスパロロクの」
『そうだ、生前は、アスパロロクの……最後の、国主だった。名をサガリオット・アスパロロクと、いう」

 やはり。だからこそ、先程のギャムシアの名前だろう。納得すると同時に、深く喉奥が絞まる心地。
 ギャムシアは口にはしなかったものの、前国主をかなり崇敬しているようだった。あの傍若無人な男が唯一敬意を払う人間。それが前国主。死んでいたのだろうとは察していたが。

「私、ラチカ・エヴァイアンっていいます。エヴァイアンの」
『うむ、国主筋だな。両親ともに似ている、面影を感じる』

 そうか、両親とも面識はあるのか。
 サガリオットは尾を、ラチカの手首を縛る錠に向けた。

『糸は、端だけ少し腐食させて、壊した。しかし無事そうで、何よりだ。耐性があるのか』
「あ、エクソシストなんで一応」
『国主筋の娘が、か。業が深いな』

 尾が、錠に潜り込んでいく。

『先程より、範囲が広がる。多少、影響が出るかもしれん。耐えられるか』
「が、頑張ります」

 尾が、ずぶりと差し込まれた。あっという間に、錠がバラバラと砕けた。数日ぶりに力を込めた手首は、不健康なまでに白んでいる。握っては開き、を繰り返して感触を確かめると、少しの痺れを感じた。しかし恐らく腐食の影響ではないだろう、単に久々の信号で体が戸惑っているのだ。
 尾はもう片方の錠を破壊する。久し振りに、自由を手に入れた気がした。恐る恐る、立ち上がる。そのまま、拳を天井に突きあげて伸びをした。

「すみません、ありがとうございます」

 頭を下げる。サガリオットはその巨大な靄をそわそわと揺らした。

『構わぬ。余とて、聴きたい事がある』

 彼を見る。今まで見た亡霊のような、攻撃性は一切感じられない。しかしそもそも、何故彼はここに居るのだろう。
 通常、死者はこの世への未練は関係無く強制的にあの世へ引きずり込まれる。それでもこの世に居たい、と未練を抱えた者のみがネクロマンサーの呼びかけに応えて亡霊として召喚される仕組みのはずだ。やはり。

『……余は、何故ここに。戻ってこられたのか』
「え」
『気が付けば、丘に居た。余が最後に過ごした、この敷地にある、丘だ。まるであの時、死んだのが、夢だったかとすら思ったが』
「え、ちょ、ちょちょちょ」

 基本的に、死者の魂はネクロマンサーの召喚式が無ければ戻ってこられないはずだ。それなのに、その自覚が無いとなると。
 いや、聴いた事がある。確かモシェロイが言っていた。

「……まさか、召喚途中?」
『む?』
「強大な亡霊召喚って、その……媒介とか時間とか、あとネクロマンサーの体力とか、とにかく色々必要で。もしかして、段階踏んで召喚しているから……サガリオット様の自我だけが半端に形成されてる……って事……あれ、それじゃ」

 ゾッとした。そうか。

「誰かとんでもないネクロマンサーが、サガリオット様を亡霊として使って……何かしようとしてる……」

 サガリオットは少し息を呑む素振りを見せ、靄を捻らせた。

『もし仮にそのネクロマンサーが余を使役したとして、どうするつもりだ。世界でも滅ぼすのか』

 それはあくまで大げさな例え話、のはずなのに。

「あり得ます。サガリオット様のようなとんでもない……その、大きな亡霊をネクロマンサーが自在に操ったりなんてしたら……それこそ、災害ですし」

 恐らくサガリオットが自我を持ち始めたのはあちらにとっては誤算のはずだ。しかし早急にサガリオットを捕らえ仕上げとして自我を奪おうにしても……すでにサガリオットがこれだけ亡霊となって大きくなっている以上、ネクロマンサーが返り討ちに遭う可能性が高い。だからこそネクロマンサーである自分を認識させないように、その当人自身が逃げているのか。

「召喚式が完成に近付く程、多分サガリオット様の自我は削られていくと思います。遠隔での儀式でもそれは出来るはずです」

 つまり、今はまだ召喚は完全ではない。モシェロイの研究結果をもし鵜呑みにするとすれば、恐らくようやく半分を過ぎたところくらいか。

「あの、亡霊になったって気付いたのはいつですか」
『ここ三日前くらいだ。まずはギャムシアを探していたが見つからず。ようやくこの建物の中で気配を感じ、そなたを見つけた」

 すでにそれだけ経っているのか。何にせよ急いだ方がいいだろう。
 モシェロイに相談しようにも、伝書鳩……いや、ロドハルトでは烏だったか。何にせよ、国主の許可が無いと飛ばせない。ひとまずシャイネかギャムシアに相談すべきだが。

「ギャムシア……私が勝手にこんなのしてたら絶対怒るよなぁ……」

 恐らくエクソシストでもないギャムシアにサガリオットは見えないだろう。事情を説明しても、それがラチカの逃亡の言い訳だとでも勘違いされたら……想像だけでもゾッとする。
 それならまずシャイネに協力を仰ぐか。そこから執事長に話を回せば、多少楽かもしれない。
 椅子から降りて、歩こうとする。しかしすぐにつまずいた。

「あでっ」

 派手に転ぶ。そんなラチカの周囲を、サガリオットは忙しなく回った。

『大丈夫か……ああ、起こすには触れねばならぬ。しかしそうすれば』
「腐食されちゃいますもんね……」

 恐らく数日歩いていないせいで、筋肉が硬直しているのだろう。しかし歩けないようではそもそも話が始まらない。さて、どうしたものか。
 サガリオットはふと何かを思い出したかのように、靄の尾を揺らした。

『今の状況を理解した上で口外せず、それでいて、利口。そんな存在が居ればよかろう』
「え、あ、はいそれ助かりますね」
『心当たりがある。すぐに連れてこよう』

 天井の扉を見ると、もうすでに消えていた。恐らくサガリオットがここに入る前に腐食させたのか。まったく気付かなかった。
 ……あんなのが、ネクロマンサーの意のままになったら。大変まずいことになる。そもそも、何故彼を遣おうとしているのだろう。こんな事なら、もう少しモシェロイの講義をきちんと聞いていればよかった。勿論それだけでどうにかなるわけではないのだろうが。
 やがて、ぱたぱたと忙しない足音が近付いてきた。明らかに人間のものではない。まさか。

「っポシャロ!?」

 階段を駆け下りてきたポシャロは嬉しそうに一声吠えると、ラチカにすり寄ってきた。そんなポシャロを強く抱きしめていると、懐かしさで涙がこぼれそうになる。後を追うようにして、サガリオットが近付いてきた。

『余が……目覚めてからそ、なたに会うまでで唯一、余の存在に気付いたのがこの犬だったのだ。やはり……動物の勘は、不思議なものである』

 そうか、ポシャロとサガリオットは面識が無かったのか。ポシャロはふんふんと息荒く鼻を押し付けてくる。その仕草が愛らしく、思わず「最近散歩行けなくてごめんね」と囁く。
 サガリオットはふわりと天井付近にまで昇った。

『余の意識が……もし仮にネクロマンサーに、乗っ取られるのであれば……行動を、急いだ方がよかろう」
「ですね」

 まずはシャイネを探しだし、執事長に頼みエヴァイアンに居るモシェロイに伝書烏を送る。ラチカ自身がエヴァイアンに戻るのが一番早いが、今の状況では現実的ではない。モシェロイなら、何かしら対策を立ててくれるだろう。

『その犬の巨体ならば……そなたを、乗せるのも叶おう』

 ポシャロはサガリオットを見て、一声吠える。まるで完全に見えているかのようだ。これも動物の勘、で片付けていい話なのかどうかすら分からない。
 ポシャロを見ると、察してくれたのか床に体をべったりとつけた。恐る恐る転ばないように歩き、ポシャロの背に跨る。ゆっくりと、ポシャロは立ち上がった。がくん、と傾きかけるも何とか持ちこたえる。乗馬の経験は何度かあるが、犬……しかも鞍無しは初めてだ。しかしポシャロは気を遣っているのか、しっかりとバランスを取ってくれている。

「ありがと、ポシャロ」

 ラチカの礼に、ポシャロは微笑んだ。ように見えた。
 しかし、気がかりが一つある。

「あの、サガリオット様」
『む』

 サガリオットを見つめ、ラチカは重々しく口を開く。

「……あの。亡霊として一回この世に引き戻されたら、自分の意志ではあの世に行けなくなります。除霊されない限りは」

 つまり、亡霊として召喚された以上……再び穏やかに昇天する事はかなわない。例えネクロマンサーが死んで召喚式が切れたとしても、昇天はかなわない。しかし亡霊として存在を続ける以上エクソシストには必ず狙われる。いくらラチカが庇ったとしても、追いつかないはずだ。
 サガリオットは穏やかに告げる。

『そう、気に病むでない。余とて、今回の……この召喚が、この世にとって望まれていない事くらい、分かる。望んだ者に従えば……それは、それで。ああ、いかんな』
「サガリオット様」
『……もしもの事があれば、そなたに頼もう』

 ラチカは頷く。そうだ、せめて。
 サガリオットの尾が、空いた天井を指した。

『さあ、行こう』
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