【R18】花嫁直前、君を侵す。

湖霧どどめ@シナリオライター

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45.貴女は生きているべきなのです。

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 執事長の部屋に到着した。扉を開け、一歩だけ踏み入れると執事長は告げる。

「ああ、ポシャロはここで待たせていてください。烏達が驚いてしまうので」

 ポシャロを見ると、機嫌が悪そうに唸っていた。しかし別に今に始まった事ではないのだろう、納得はしたらしい。サガリオットに目線を向けると、止む無しであると言わんばかりに天井を旋回した。
 仕方ないので、ポシャロから降りる。未だ震えてはいるが、少しずつ感覚が戻ってきていた。
 ポシャロを座らせ、執事長に続く形で入室する。サガリオットもまた、周囲のものに触れないように気をつけながら続いてきた。

「適当にお掛けください。すぐご用意致しましょう」

 中は広い。ギャムシアの公務室のような広さだ。ひとまずそばにあったソファに腰かけると、執事長は棚の向こう側へと隠れて行った。

「……サガリオット様、どうしたんですか」

 さっきからどうも落ち着きが無い彼を見上げ、囁く。ポシャロもそうだ、さっきからどうも機嫌が悪い。そういえば執事長にはいつも近付こうともしなかったが、嫌いなのだろうか。
 ラチカから見れば、執事長はただの穏やかな紳士である。しかしそれはもしかすると、外面だけなのかもしれない。

『いや。しかし、どうも……あやつの、あの感じ……しかし、思い出せぬ……』

 もどかしそうに呻く彼の声は、見えない彼にはそもそも聞こえないはずだ。
 しかし引っかかる。ギャムシアの方が若い分、見た目の変化がありそうだが彼にはすぐ気付いていたようなのに。恐らく時代的にサガリオットにも仕えていた執事長の事が分からない、というのはあるのだろうか。
 ……最悪の場合、もしかすると少しずつサガリオットの理性や記憶がネクロマンサーに削がれているのかもしれない。

「お待たせ致しました」

 紙とペンを持ってきて、執事長は微笑んだ。ラチカの前に差し出し、受け取らせる。

「私はせっかくなのでここの掃除を致します。どうぞごゆっくり」

 どうやら内容は見られずに済みそうだ。その事に安堵しながらも、念には念を入れた方がいいだろう。
 エヴァイアン家には代々伝わる暗号がある。それを駆使し、ラチカは文章を書き進めていった。最初こそ宛先はモシェロイのつもりだったが、こうなっては仕方ない。ヴェリアナへ、モシェロイをロドハルトに派遣するよう進言してもらうしかない。
 数十分終え書き終わると、見計らっていたのか執事長が歩み寄ってきた。

「書けましたかな。さて、それではうちで最速の烏に結びましょう」
「すみません、お願い致します」

 紙を強く巻き、執事長に差し出す。彼はそれを受け取ろうと手を伸ばし……紙を、そのまますり抜けた。

「え」

 ゴリ、と音を立ててラチカの首が捕まれる。それも、片手で。

『っラチカ殿!』

 ガシャン、と音を立てて机の上のものが横倒しになる。しかしラチカは執事長により床に押し倒されていた。目を見開きながら執事長を見ると、彼は穏やかに笑っている。

「が、ふっ」

 強く、絞められる。老人に達するような齢の男なのに、抜け出せない。

「……よくもまあ、まだ生きていたものです。驚きましたよ。ギャムシア様は本当に器用でいらっしゃる。結局殺す事は間違ってもありませんでしたか」

 何を言っているのだ。執事長はにやりと笑うと、天井を見た。

「サガリオット様、お久しゅうございます。会いとうございました」

 まさか。見えている。そんな、彼がエクソシストだという話は一切聞いていない。まさか、隠していたのか。
 サガリオットの靄が膨れ上がっていく。まるで、部屋一体を覆うかのように。

『……まさか、貴様……』

 声は狼狽していた。しかし執事長はしっかりとサガリオットの中心部を見据え、そして恍惚の表情で口をも蕩かせる。

「ええ、ええ、ええ。そうでございます。私は貴方の第一の僕、ディグレオでございます」

 その名を聞き、ラチカの背筋が凍る。
 ……大陸を股にかけ、ある国では宰相を殺し、ある国では国主を殺し、ある国では民を皆殺し。そうやって大陸中を混乱の時代に陥れた、伝説の人間。そもそもレヂェマシュトルが世の中に必要とされ買い付けの制度が始まったのは、彼の存在からだ。レヂェマシュトルを傍に置き国家の重役を警護させる……その習慣の祖だ。
 しかし、ラチカはその名を教会での教育でしか聞いた事がない。それも、その存在は三百年以上前のものだ。そしてその最期もまた、習った。

『ラチカ殿を……放せ……!』

 天井が、ガタガタと揺れ出す。見ると、サガリオットはその尾を天井の隙間に挟みこんでいた。そんなサガリオットを相変わらず恍惚とした表情で見上げながら、ディグレオは声を漏らす。

「ああ、素晴らしい。幾度もネクロマンサーの喚びだした亡霊たちを見てきましたが……やはり、貴方ほどの亡霊であれば、そんな事すら容易いか」

 そうだ、彼は三百年前以上の人物のはずだ。だからこそ世の人間皆に伝説として語り継がれど、警戒はされなかった。あくまで『その後継』の存在だけを疑って。
 しかし、ラチカには一つ納得出来る説がある。それもまた、モシェロイに聞いたもので……『ネクロマンサーは魂の組み換えの術を心得ている』と。
 死期を察してさえいれば、あの世の存在である亡霊に関与できるネクロマンサーならあの世への道を塞げるという説だ。死んでしまった肉体ではなく、新しい物体……人の形を模した物体や、未だ魂の幼く弱い生きた子どもにその魂を憑依させ乗っ取る……聞くだけならただの恐ろしい話だが、もしそれが本当にあり得るのだとしたら。
 ガラガラガラ、と派手な音を立てて天井の板が落ちてきた。ラチカに当たらぬよう、ギリギリの範囲で板が降り注ぐ。ギリギリその範囲内に居たディグレオは舌打ちし、ラチカを引きずるようにして避けた。そのはずみでほんの少し首が緩み、せき込みながら呼吸を正す。
 土煙の仲、ディグレオは笑っていた。

「何故ですか、サガリオット様。私は貴方の僕、貴方の唯一の駒でありますのに」
『その駒が……よくも、余の連れに。そうか、分かったぞ。何故……貴様を、思い出せなかったか』

 底冷えのするような、声。

『……その体、国主邸に……よく、面白半分で来ていた、子どものものか。体が、若いな。顔だけ……執事長を、名乗れる程の貫禄ある年齢のものに……作り変えたか』

 ……悍ましいにも程がある。しかしディグレオは悪びれる事なく何度も頷いた。

「貴方さまにお仕えしていた時のあの体は、駄目になってしまいましてね。急きょ作り変えたのですよ。しかしあんな小童の事まで覚えておいでですか。ああ、それでこそ理想の国主さまです。アスパロロクの栄華を、思い出します」

 ギリ、と歯噛みする音。その顔は、一瞬にして歪んでいた。

「……あの小僧は、貴方さまの国を作り変えた。貴方さまの、証を」

 その顔は、確かに憎しみが見えた。今度はラチカの肩を強く掴む。

「何故、あそこで死ななかったのですか。エヴァイアンの令嬢を預かり中に死なせたとあれば、ギャムシアの地位は一瞬にして陥落……ロドハルトは無事崩壊したはずだというのに」

 ああ、それが狙いなのか。そのために潜り込んでいたのか。
 サガリオットはもう何も言わなかった。しかし、無言のままその尾をディグレオに突き立てようとしているのが見える。その気配に気付いたのか、ディグレオは笑む。嫌な、笑みだ。

「よくない、それはよくないですよ。もしかすると気付いているかもしれませんが」

 下種な笑みを浮かべたまま懐をまさぐり、サガリオットに対し……腹立たしい程の浮かれ声で、告げた。

「貴方を召喚したのは私です。おまけに」

 取り出されたのは、一つの透明な袋だった。赤い宝石のついた四つの楔。それを見て、ぞっとした。あれは……以前、ラチカがギャムシアと結界を造るために埋めた楔たちだ。何故掘り返されているのか。そうか、彼はあの会議の時居た。場所は把握されていてもおかしくはない。

「さすが生粋のエクソシストの血が混ぜ込まれているだけある、本来私はネクロマンサーであれどこんなにも近くに亡霊に寄られれば腐食の影響を受けかねない。しかしこの石が四つもあれば私の身くらいなら十分に守ってくれる」
『貴様……』
「もし私を腐食しようとすれば、未だ召喚途中の貴方はこの石の影響で召喚式を切られ逆に消滅するでしょう。それは本当に残念ですが、私の目的のために代わりを召喚すればいいだけのこと」

 サガリオットが悔しそうに天井を旋回する。
 ラチカはただ、状況を整理するために頭をフル回転させるしかなかった。執事長は裏切り者で、ギャムシアを陥れようとしている。そのために、自分が死んでいる方が都合がいい、と。
 ……怒りが、湧き上がる。

「っこの!」

 未だ筋力の戻り切らない体を引きちぎるかのように、肩を捻る。すると、油断しきっていたディグレオの体が傾いた。そのまま、側面から床に落ちる。その隙をサガリオットは見逃さなかった。再び天井の板を降らせる。今度はディグレオもよけきれなかった。

「ぎゃっ……」

 呻き声が聞こえたが、派手な音と共に潰れた。死んではいないだろう、板をどかそうともがいているのが見える。しかしサガリオットは彼を殺そうとしたのではない、と分かっている。だからこそラチカは動いた。
 先程書いた手紙を急いで拾う。出来得る限りの駆け足で扉へと向かった。サガリオットもついてくる。

『とにかく、ここを……離れた方が、よかろう。しかしその手紙は……どうする……』

 烏を攫う時間くらいはあっただろう。しかし文書……それも国家伝いのものを運ぶ鳥類が、主君に連なる人間以外の言う事を聞くとは考えにくい。しかし、どうすべきか。
 ディグレオの事が分かってしまった以上、このまま黙っているわけにはいかない。やはりこうなったらシャイネやギャムシアにすべてを話すしかない。信じてもらえるかどうかは別だが、信じさせるしかないだろう。
 しかし同時進行で、どうしてもモシェロイは呼びたい。悔しいが、自分だけで解決するには……万が一サガリオットの召喚式が完成してしまった時を考えると、荷が重い。さすがにそれは本人の前では言えなかった。
 ポシャロが駆け寄ってきた。大きく吠え、よたよたと駆けるラチカの前に伏せる。乗れ、と言わんばかりだ。

「ありがとう、ポシャロ」

 飛び乗る。先頭をサガリオットが滑るように進み、ポシャロはそれを追うように駆けだした。

『ラチカ殿』

 ふと降った、声。顔を上げると、サガリオットはただ靄を拡げるようにしながら進んでいっているのが見えた。

『この……ロドハルトという国が、悪いものになったとは……余には思えぬ。ギャムシアは、よくやっている。民を想い、そのために動ける……理想の、国主である』

 先程のディグレオの言葉を思い出す。彼は、サガリオットの国……アスパロロクに妄執しているようにしか見えなかった。だからこそ。

「私も、そう思います」

 そう、返せた。
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