【R18】花嫁直前、君を侵す。

湖霧どどめ@シナリオライター

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49.貴女を育んだ世界ごと愛しているのかもしれない。

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「サガリオット様」

 サガリオットの体は、一室の中心で縮こまっていた。ラチカが丁寧に組んだ結界の中、たゆたっている。彼はラチカを見つけた途端、ふわりと上昇した。

『おお、どうだ。加減は』
「少し元気になりました。いっぱいごはん食べたし」
『よい、よい』

 サガリオットをこの結界に組み込んでから、恐らく六時間程だ。今のところ結界にはさして影響は出ていないらしい。
 ラチカは結界の隣に、じかに腰を下ろした。

「何か感じたりしますか、その……ネクロマンサーの干渉とか」
『とくに違和感は、感じぬ。となれば、この結界のおかげか』

 言葉は違えど、自分の技術を褒めてもらえた気がして嬉しい。しかし今は安堵している場合ではない。
 シャイネとギャムシアはあらかたの殴り合いを経て、公務室へと向かっていった。案外あの二人は今その形で落ち着いているようだった。殴り合う原因になった自分がそう感じるのもおかしな話ではあるが。
 彼らは今頃、怪しいと感じた使用人複数名により深い尋問を行っているはずだ。

『レヂェ、マシュトルの……子どもか。尋問、というより……拷問、になりそうであるな』

 それは、否定できない。シャイネは戦闘を得意としているが、それは拷問も同じだ。何せ、人を傷めつけるのに彼は長けている。だからこそ彼がギャムシアに呼ばれたのだ。
 そうなれば、自分に役目は無い。
 ポシャロは無事だろうか。モシェロイの助太刀を得られるかどうかは、ポシャロが無事エヴァイアンに到着出来るかにかかっている。万が一ポシャロの伝達より先にディグレオの襲撃があれば、モシェロイは気付くだろうが……間に合わない。

「あの、サガリオット様」
『何だ』

 ……聞かねばならない。

「ディグレオとは、どういう関係だったんですか」

 サガリオットは黙った。しかし、ゆらりと下降してくる。座り込んでいるラチカと同じくらいの目線に位置を固定し、声を発した。

『余が、子どもだった頃の……話だ。余の母上が、急逝したのだ』

 アスパロロクを立ち上げた、初代国主。彼女の死の原因は、明らかだった。魂だけ抜け落ちたかのような、空虚な死。

「それって」
『亡霊の、仕業だ』

 調べ上げたら、すぐに分かった。アスパロロクに当時有力なエクソシストが居なかったのもあり、エヴァイアンの教会から派遣してもらい、ネクロマンサーの正体まで掴んだ。早速拘束のち拷問を仕掛け、情報を吐かせた。そして分かったのは、彼はあくまで枝先であったということ。そして、いわゆる上司に当たるネクロマンサーに指示されたということ。

『いくら任務に、成功したとはいえ……自分の部下が戻らないとなれば……まずは拘束を疑うのは、道理。すぐに刺客が、アスパロロクに、差し向けられた』

 しかしアスパロロクにエクソシストが居ないという情報で高をくくっていたのか、来たるネクロマンサーは油断しきっていた。結果的に全員拘束し、そしてその上司が出てくることとなる。

『それが、ディグレオだった』

 伝説の大罪人。彼にとってネクロマンサーになるのが先だったのか、犯罪思考を持つのが先だったのか。それは結局最後まで口を割らなかったという。
 すでにエヴァイアンからの派遣を打ち切った国内にて、ディグレオは出現した。彼は無謀にも、サガリオットに直接向かってきたという。

『あちこちの……国で、暗殺をこなしてきた、といった。しかし余も、悪政を敷いていた……母の息子という事もあり、何度も暗殺されかけた……経験が、あった。その場数の方が……あやつの、暗殺の場数より……上回っていた』

 結果、ディグレオすらも拘束することとなる。その処遇に関しては、当時の大陸中全国主達の会議で決めることとなった。

『何せ、数百年前から……暗躍を続けるネクロマンサー。先代や、自国の民を殺害された者も……多くいた。もちろん処刑派が……多数だった』

 しかし、一部ではあったが『そんな貴重な存在をみすみす殺していいものか』という声もあった。言わば、抑止のためのサンプル扱いだ。その意見は確かに皆を納得されたが、結局どこの国の管轄にするかという第二の議論が交わされることになる。
 結局、その監督はエヴァイアンが執ることとなった。

「え……」

 ラチカの驚きの声に、サガリオットもうなずく。

『しかし、あやつが脱走したのだ。そのまま、アスパロロクへやってきた』

 エヴァイアンの厳重な結界を負傷しながらもくぐりぬけ、ディグレオは再びサガリオットに会いに来たのだ。それも、暗殺者としてではなく。
 そして、彼は言った。

『自らの凶刃に……死ぬことなく。先代の悪政を……改することの出来る王。それを、余だと。だからこそ……仕える、と』
「な、なにそれ」

 勿論他の国主に知れれば、確実に反対される。しかしディグレオの要求を断れば、民がどうなるか知れなかった。

『あの時の余は……幼かった。ゆえに、愚かだった。おまけに、母との……いがみ合いのせいで……味方はほぼ居ない状態だった』

 淋しかった。暴君だったとはいえ母が居なくなり、後継者の指名が無かった以上息子であるサガリオットが継がざるを得なかった。もちろん母の代から仕えていて野心的な家臣は、サガリオットを傀儡にするつもりだっただろう。ディグレオもまたそれを見抜いており、つけ込むように口説いてきた。
 やがてディグレオは悩み抜いたサガリオットにより偽名を与えられ、表向きは使用人として働くことになった。正体を知っているのはサガリオットのみである。
 脱走されたエヴァイアンから何も連絡が来ないことが不思議だったが、ディグレオいわく死体を偽装して出てきたとのことだった。

「そこまでして、サガリオット様のところに来たかったってこと?」

 ラチカの言葉に、サガリオットは呻き声を漏らす。

『悔しい話ではあるが……あやつも、余のことを何かしらの計画に……組み込もうとしていたのかもしれぬな」

 確かに、何の悪意も無しにただサガリオットのもとへ下ったとは考えにくい。しかしサガリオットに執着しているのも事実なようで、真意は掴み取れない。
 しかしもしそれ程までサガリオットに執着しているのであれば、ギャムシアに世代交代した事自体そもそも気に食わないはずだ。もしそうであれば、すぐにギャムシアを暗殺しサガリオットを召喚すればよかったのではないか。もしかすると、結界のせいで力を奪われ期を待っていたのか。数百年生き続ければ、十年など些末な年数なのかもしれない。

「じゃあ、サガリオット様でもディグレオが結果的に何を企んでるかは分からないんですね」

 ラチカの言葉に、サガリオットは申し訳なさげに尾を揺らした。
 最終目的さえ分かれば、何とか手を打てるとは思ったが。しかし結局倒さなければならない事には変わりない。
 サガリオットはとくに異変などを感じていないようで、穏やかな様子だ。この結界のおかげでディグレオの干渉の進行は食い止められていると信じたいが……なんせ、一刻も早いモシェロイの到着を待つばかりである。

『……あの時、余が奴を……仕留めきればよかった……』

 サガリオットの呟きに、首を振る。

「サガリオット様がもしあの場でもっと歯向かっていたら、多分強制封印とかされてたと思いますよ。そうなるくらいなら、今こうやって作戦会議とか出来る方が勝率上がってると思います」

 サガリオットはその靄の体をほんの少し揺らしながら『すまぬ』とだけ呟いた。
 扉が開く。そこには、シャイネが居た。頭に包帯を巻いている。

「お嬢様、今大丈夫ですか」
「あんたの頭こそ大丈夫?」
「ギャムシア様と殴り合いで、つい熱くなってしまって……でも俺もギャムシア様の右足を逆方向に曲げてやりました」
「戦う前なのに何やってんの!?」

 いやしかし、恐らく原因は自分だ。何も言えまい。
 シャイネもまたラチカの隣に腰を下ろした。

「ひとまず、ディグレオと繋がりのあった使用人は割り出せました」
「え、早くない?」
「やたら知らぬ存ぜぬを突き通そうとした人間から突き詰めました。恐らく全員で口裏を合わせていたのでしょう。本当に何も無い、という割には数人応え方が綺麗に揃っていて……そこに違和感を感じたギャムシア様が絞り込んだ形になります」

 曲りなりにも、自分の所有している使用人であるというのに。シャイネの少し疲労しているところを見ると、拷問行為が一切無かったという事はまさか無いだろう。

「ギャムシアは?」
「継続して、聞き取りをされています。俺は追い出されました」

 ……ある種の気遣いなのかもしれない。シャイネは少しずつこちらの使用人達とも馴染んでいた。
 しかし、と思い詰めるような表情をしながらシャイネは呟く。

「……まさか、あの人が、いやそもそも、俺が……気付けなかったとは。レヂェマシュトル失格です」
「そんな事ないよ。だってずっとそばに居たギャムシアすら気付かなかったわけだし」

 恐らく、そういう意味ではギャムシアも傷を負っているはずだ。彼が国主を継承した時から支えてきていたわけで、言わば十年来の情を裏切られた形となる。それも、彼の敬慕するサガリオットを冒涜しようとまでしているとなると。
 シャイネは深く溜息を吐いた。

「ディグレオという名は、レヂェマシュトルの会議で数度話題にのぼりました」
「どういう事?」

 サガリオットの体もまた、揺れる。結界に触れない程度に、近寄ってくる。

「彼はレヂェマシュトルに、組織的にも本来は追われています。そもそもレヂェマシュトルは、大陸を護る傭兵を育てる組織です。言わば、大陸全体に影響を及ぼす彼は警戒されているんですよ」
「え、じゃああんたディグレオが生きてるって事自体は知ってたの?」
「噂としては。しかしまさか実在してこんな近くに潜伏していたとは……という感じです。実際彼のものかと思われる犯行自体は近年でもちらほら聞いております。先程ギャムシア様が付けていらしたディグレオの勤怠記録とレヂェマシュトルでの記憶を照合したところ、どんぴしゃでしたね」

 ……まさか、そんな事が。

「だとしたら、あいつ本当に何かしらえげつない計画立ててて……その準備し続けて今に至るってこと……?」

 シャイネは頷いた。しかし、その表情には悔しそうな色が見てとれる。

「……今だからお伝え致しますが」

 シャイネの目が、ラチカを真っすぐにとらえる。まったく同じ色の、ひとみ。

「俺は、貴女の事も勿論ですが……エヴァイアンという国のことも大切です。仇なす者はすべて、排除致します」
「え、うん?」
「勿論前提には、貴女という存在もあってですが……とにかく、俺を信じてくださいますか?」

 急な問いに面食らうも、頷くしかない。そんなラチカを見て、シャイネは大人しく微笑んだ。
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