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51.ゆっくりお休みください、お嬢様。
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「くっ……」
圧がすごい。急激に、結界が脅かされているのが分かる。それも、サガリオットの居る内側からだ。彼の体である靄が忙しなく回転を繰り返し、うめき声が部屋内にとどろく。
結界の前の床に書かれた陣の紋に、しがみつくようにして手を付く。先程自らの掌を裂き、未だ血が滴っている。それを美味そうに吸い上げながら、結界は強度を増していく。何せ、サガリオットに乗っ取られるのだけは避けなければならない。彼に結界を破壊されれば、それこそすべてが終わる。
歯を食いしばり、紋にとにかく血を吸わせ続ける。
「サガリオット様……!」
彼にラチカの呼びかけはきっと届いていない。彼自身、ネクロマンサーの干渉と闘うので必死なはずだ。彼の苦しむ様子が手に取れるかのように、結界がぐねぐねと歪もうとしている。
裂いた掌がぴりぴりと痛む上、血を注いでいるせいで体温がどんどん下がっていく。その苦痛に涙が出そうになるが、必死に耐える。自分が泣いている場合ではない。
……それでも。恐らく、このままいけば負ける。血が足りない。ラチカは一つだけ覚悟を決めた。
「あの、すみません」
一番近くに控えていた女性使用人を呼ぶ。彼女は慌てて駆け寄ってきた。ラチカの口元に耳を寄せる彼女に、声を絞り出して囁く。
「私の部屋の、私の持ってきた鞄の中に短刀が入っているはずなんです。部屋は空いてるはずなんで持ってきてください、分からなかったら鞄ごとでいいので……お願いします」
女性使用人は部屋を飛び出した。そしてすぐに戻ってくる。その手には、愛用の破魔短刀があった。最近全然出番が無かったが、抜かれた刀身に曇りはない。
手渡そうとしてくる女性使用人に向けて首を振ってからラチカは彼女を見上げ、告げる。
「それで……私の首の横側を切ってください。血が出るように」
女性使用人は一瞬躊躇ったが、それでもラチカに従った。
皮膚が裂ける、痺れに似た感触。すぐにぽたり、ぽたり、と血が紋へと垂れ落ちた。その一滴一滴が、ぢゅるぢゅると嫌な音を立てて紋へと吸われていく。ほんの少しではあるが、圧が緩くなった。
それでも。
「だめ……足りない、もっと……もっと、お願いします」
震えながら頷く女性使用人の手が、慎重にラチカの首の皮膚を裂いていく。少しずつ血量が上がってきたが、同時に意識も薄れだした。しかし失神などしてしまえば、一瞬にしてすべてが終わってしまう。伴う鋭い痛みに縋りつくようにしながら、意識の裾をしっかりとつかんだ。
ラチカの首の様子を注意深く見ながら、女性使用人は他の使用人に精のつく料理を依頼した。どうせなら魚がいいな、など呑気に考えながらラチカは目の前の紋に集中する。こんな煩悩を抱けるなら、まだ大丈夫だ。やれる。
「サガリオット様、だめ……行っちゃ、だめですっ……」
サガリオットの体はもはや渦と化していた。結界の中で、豪風すら巻き起こっている。前もって結界を用意していなければ、一瞬で終わっていただろう。
気を緩めては、ならない。このままでは、だめだ。血の消耗が激しすぎる。
「大丈夫、大丈夫だからっ……」
言い聞かせるように、呻く。しかしそろそろ危ないかもしれない。意識が、自立できない。ぐらぐらと、視界が激しく揺らぎだす。
その時だった。背中に、大きな手。懐かしい、匂い。そして降る、声。
「とんでもない肌の色になってるぞ、ラチカ」
顔を上げる。そこには呆れたような顔の、彼がいた。
「師匠……!」
モシェロイはラチカの頭に手を移動させ、ぽんぽんと撫でる。その温かさに、泣きそうになった。彼は抱えていた鞄をまさぐりだした。彼がいつも仕事の際も持ち出す鞄だ。
「上出来だ、結界を張るのが上手くなったな。血もあえてその剣で出しているなら、効果も上がっているだずだ」
「師匠に、教わったからね……」
精一杯の苦笑を造る。モシェロイはそれを眺め、ほんの少しだけ不敵に笑った。
「よくやった、あとは任せろ……とは言え、ここまでやれてるなら整える程度で良さそうだな。気合いを入れておけ」
金属が擦れる音。現れたのは、太く長い鎖だった。モシェロイは座り込むラチカの脚の下に鎖を通し、結界の周囲に巻き付けた。サガリオットが外に出るのを阻んでいる壁には、もはや物理的にも触れられる壁が顕現している。ほんのり赤く見えるのは、ラチカの血によるものだ。
鎖の端を強く掴み、モシェロイは硬く目を閉じる。その瞬間だった。
「な、に」
ラチカの体にまで伝わってくる、衝撃。急激に圧がとんだ。結界を見上げると、サガリオットの動きは止まっていた。
そっと、奮えるままの手で結界の壁に触れる。手の平にしみていた血液が、壁に擦りついた。
「え、何か冷たい」
「俺の念も混ぜておいた。一時的にだが、この結界を壁ではなく中身ごと凝固させたんだ」
「何その荒業……私なんかこんなに血使ったのに……」
「その気になりゃお前にも出来る。基礎はしっかりしてきたんだ、あとは応用力と発想力を鍛えるべきだな」
またあの地獄の修業か、と冷や汗をかくも先に意識の揺らぎがきた。落ち着いた事への安堵だろうか。そんなラチカを、モシェロイの手が支える。
「先に食え、その後しっかり寝ろ。俺がシャイネに説明しておいてやる」
「ありがと、師匠……」
モシェロイの肩を借りながら、ラチカは簡易的に用意された食卓へと歩みを進めた。
「モジェロイ・ジャナ神父の行方が消えた?」
ロドハルトの一番高い丘のもと。人為的に掘られた洞穴の中で、ディグレオは呟いた。この洞穴がディグレオがロドハルトに潜入していた時に、ギャムシアにばれないように細心の注意を払い掘られたものである。その内部は現在、ディグレオの要塞と化していた。外の吹雪の影響も一切受けない。
ディグレオの前に急いで推参したネクロマンサーが、震え声で報告する。
「はっ……エヴァイアン国境付近までは追えていたのですが……急に姿が見えなくなり……」
ふむ、と考え込む。
モシェロイはエヴァイアンの教会の中でも上層部の人間で、現場派だ。エヴァイアン国中の地理は熟知しているだろうし、何なら結界など仕掛けられれば生半可なネクロマンサーでは敵うはずもない。そもそも、単に戦力で言えば亡霊を使役するしか出来ないネクロマンサーとあらゆる防衛・駆除策を取れるエクソシストでは差が大きいのは事実だ。
「尾行に気付かれたせいでしょうな」
「も、申し訳ございません……」
「何故謝罪するのです」
立ち上がる。あの時押しつぶされかけた体は、部下達の治療のお陰で早くに回復した。
「心当たりがあると? 尾行に気付かれた心当たりが」
「そ、それは……申し訳ございません、実は裏道が雪解けで土砂崩れを起こしていて表道に出ざるを」
「ええ、もう結構です。十分に理解致しましたよ」
その瞬間には、ネクロマンサーの首が浮いていた。床にごとり、と音を立てて落ちる。傍に控えていた別のネクロマンサーの短い悲鳴は黙殺した。転がった首を踏みにじりながら、ディグレオは呻く。
「……急にサガリオット様への干渉が断ち切られたのモシェロイ・ジャナの仕業か……」
ラチカはエクソシストとはいえ、熟練かと問われれば自信を持って首を縦に振れないはずだ。勿論彼女がサガリオットの完全覚醒を阻止しにかかるとは予測していたが、それでもこちらの方が上回るはずだった。
しかしモシェロイは訳が違う。彼はラチカの倍近く鍛錬や実戦を積んだ猛者中の猛者だ。彼に相手取られては、ディグレオですら勝機が陰りだす。
先日の、ラチカによるモシェロイ招致は阻止出来たと思っていた。しかしまさかポシャロを使うとは思っておらず、対応が遅れてしまったのは完全に油断のせいである。それに関しては、完全にディグレオの自己責任だ。
……それならば、上回るしかないだろう。
「そろそろ本腰を入れましょうかね」
勢いよく膝を上げ、真下の首の頭蓋を踏み砕く。ぐぢゃり、と音を立て内部組織が散らばった。その場に凍り付くネクロマンサーに掃除を命令し、ディグレオは部屋を出る。要塞には三十を超える部屋を用意しており、ディグレオの私室は最奥だった。
通路を進んでいると、嫌な豪風の音が要塞の外で起こっているのが分かる。外というより、頭上と言う方が正しいか。
「……冬も佳境を過ぎた頃でしょうに」
完全なる偶然、天変地異に等しい程の豪雪。先日など雪解けすら始まりかけていたというのに。
生まれて数百年、何度も望みを持った。しかし、どれもすべて無事上手く進むという事は無かった。人を殺め、国を墜させ、そうやって何度も自らの手を汚し苦労して叶えてきた。
ある時は国主の座。ある時は或る女。ある時は美味なる人肉。あらゆる望みを、ディグレオは抱いてはかなえてきた。自らの思想や嗜好をすべて引き繰るめた上で、あらゆる暴虐をはたらいた。
そして歪みに歪んだ今が、これだ。
「……っ」
頭痛が過ぎる。肉体を入れ替える度、この痛みとも付き合ってきた。しかしもはや、この体も限界に近いだろう。
入れ替えた体は劣化が普通の人間よりどうしても早まる。肉体が死に切ってしまう前に入れ替えなければならない。そうする事で、彼はいのちと記憶を繋いできた。
出来得る限り若い体がいい。思考の都合上、男の方がいい。そして、強靭な肉体がいい。
そして浮かぶ、一人の青年の影。
「く、くく……」
難と言えば、眼鏡で矯正せねばならない視力程度だ。肉体の強さ、若さ、申し分無いだろう。レヂェマシュトルの体を使った事は何度かあったが、どれも良い体だった。彼ら自身数が少ないのとそもそも護身の術を持っているため、簡単にはいつもいかなかったが。
先日島に潜入を試みた時も、駄目だった。あの島の見張りには、消しきれないディグレオそのものの気配を記憶されている。ネクロマンサーを多数引き連れても、レヂェマシュトル最強と謳われる職……門番達にはかなわない。そもそも、そんな事に戦力を費やす時間も余裕も無い。
ならば、彼を……シャイネを、奪おう。
「さあ、狩りを始めましょうか」
最後の、目的のために。
圧がすごい。急激に、結界が脅かされているのが分かる。それも、サガリオットの居る内側からだ。彼の体である靄が忙しなく回転を繰り返し、うめき声が部屋内にとどろく。
結界の前の床に書かれた陣の紋に、しがみつくようにして手を付く。先程自らの掌を裂き、未だ血が滴っている。それを美味そうに吸い上げながら、結界は強度を増していく。何せ、サガリオットに乗っ取られるのだけは避けなければならない。彼に結界を破壊されれば、それこそすべてが終わる。
歯を食いしばり、紋にとにかく血を吸わせ続ける。
「サガリオット様……!」
彼にラチカの呼びかけはきっと届いていない。彼自身、ネクロマンサーの干渉と闘うので必死なはずだ。彼の苦しむ様子が手に取れるかのように、結界がぐねぐねと歪もうとしている。
裂いた掌がぴりぴりと痛む上、血を注いでいるせいで体温がどんどん下がっていく。その苦痛に涙が出そうになるが、必死に耐える。自分が泣いている場合ではない。
……それでも。恐らく、このままいけば負ける。血が足りない。ラチカは一つだけ覚悟を決めた。
「あの、すみません」
一番近くに控えていた女性使用人を呼ぶ。彼女は慌てて駆け寄ってきた。ラチカの口元に耳を寄せる彼女に、声を絞り出して囁く。
「私の部屋の、私の持ってきた鞄の中に短刀が入っているはずなんです。部屋は空いてるはずなんで持ってきてください、分からなかったら鞄ごとでいいので……お願いします」
女性使用人は部屋を飛び出した。そしてすぐに戻ってくる。その手には、愛用の破魔短刀があった。最近全然出番が無かったが、抜かれた刀身に曇りはない。
手渡そうとしてくる女性使用人に向けて首を振ってからラチカは彼女を見上げ、告げる。
「それで……私の首の横側を切ってください。血が出るように」
女性使用人は一瞬躊躇ったが、それでもラチカに従った。
皮膚が裂ける、痺れに似た感触。すぐにぽたり、ぽたり、と血が紋へと垂れ落ちた。その一滴一滴が、ぢゅるぢゅると嫌な音を立てて紋へと吸われていく。ほんの少しではあるが、圧が緩くなった。
それでも。
「だめ……足りない、もっと……もっと、お願いします」
震えながら頷く女性使用人の手が、慎重にラチカの首の皮膚を裂いていく。少しずつ血量が上がってきたが、同時に意識も薄れだした。しかし失神などしてしまえば、一瞬にしてすべてが終わってしまう。伴う鋭い痛みに縋りつくようにしながら、意識の裾をしっかりとつかんだ。
ラチカの首の様子を注意深く見ながら、女性使用人は他の使用人に精のつく料理を依頼した。どうせなら魚がいいな、など呑気に考えながらラチカは目の前の紋に集中する。こんな煩悩を抱けるなら、まだ大丈夫だ。やれる。
「サガリオット様、だめ……行っちゃ、だめですっ……」
サガリオットの体はもはや渦と化していた。結界の中で、豪風すら巻き起こっている。前もって結界を用意していなければ、一瞬で終わっていただろう。
気を緩めては、ならない。このままでは、だめだ。血の消耗が激しすぎる。
「大丈夫、大丈夫だからっ……」
言い聞かせるように、呻く。しかしそろそろ危ないかもしれない。意識が、自立できない。ぐらぐらと、視界が激しく揺らぎだす。
その時だった。背中に、大きな手。懐かしい、匂い。そして降る、声。
「とんでもない肌の色になってるぞ、ラチカ」
顔を上げる。そこには呆れたような顔の、彼がいた。
「師匠……!」
モシェロイはラチカの頭に手を移動させ、ぽんぽんと撫でる。その温かさに、泣きそうになった。彼は抱えていた鞄をまさぐりだした。彼がいつも仕事の際も持ち出す鞄だ。
「上出来だ、結界を張るのが上手くなったな。血もあえてその剣で出しているなら、効果も上がっているだずだ」
「師匠に、教わったからね……」
精一杯の苦笑を造る。モシェロイはそれを眺め、ほんの少しだけ不敵に笑った。
「よくやった、あとは任せろ……とは言え、ここまでやれてるなら整える程度で良さそうだな。気合いを入れておけ」
金属が擦れる音。現れたのは、太く長い鎖だった。モシェロイは座り込むラチカの脚の下に鎖を通し、結界の周囲に巻き付けた。サガリオットが外に出るのを阻んでいる壁には、もはや物理的にも触れられる壁が顕現している。ほんのり赤く見えるのは、ラチカの血によるものだ。
鎖の端を強く掴み、モシェロイは硬く目を閉じる。その瞬間だった。
「な、に」
ラチカの体にまで伝わってくる、衝撃。急激に圧がとんだ。結界を見上げると、サガリオットの動きは止まっていた。
そっと、奮えるままの手で結界の壁に触れる。手の平にしみていた血液が、壁に擦りついた。
「え、何か冷たい」
「俺の念も混ぜておいた。一時的にだが、この結界を壁ではなく中身ごと凝固させたんだ」
「何その荒業……私なんかこんなに血使ったのに……」
「その気になりゃお前にも出来る。基礎はしっかりしてきたんだ、あとは応用力と発想力を鍛えるべきだな」
またあの地獄の修業か、と冷や汗をかくも先に意識の揺らぎがきた。落ち着いた事への安堵だろうか。そんなラチカを、モシェロイの手が支える。
「先に食え、その後しっかり寝ろ。俺がシャイネに説明しておいてやる」
「ありがと、師匠……」
モシェロイの肩を借りながら、ラチカは簡易的に用意された食卓へと歩みを進めた。
「モジェロイ・ジャナ神父の行方が消えた?」
ロドハルトの一番高い丘のもと。人為的に掘られた洞穴の中で、ディグレオは呟いた。この洞穴がディグレオがロドハルトに潜入していた時に、ギャムシアにばれないように細心の注意を払い掘られたものである。その内部は現在、ディグレオの要塞と化していた。外の吹雪の影響も一切受けない。
ディグレオの前に急いで推参したネクロマンサーが、震え声で報告する。
「はっ……エヴァイアン国境付近までは追えていたのですが……急に姿が見えなくなり……」
ふむ、と考え込む。
モシェロイはエヴァイアンの教会の中でも上層部の人間で、現場派だ。エヴァイアン国中の地理は熟知しているだろうし、何なら結界など仕掛けられれば生半可なネクロマンサーでは敵うはずもない。そもそも、単に戦力で言えば亡霊を使役するしか出来ないネクロマンサーとあらゆる防衛・駆除策を取れるエクソシストでは差が大きいのは事実だ。
「尾行に気付かれたせいでしょうな」
「も、申し訳ございません……」
「何故謝罪するのです」
立ち上がる。あの時押しつぶされかけた体は、部下達の治療のお陰で早くに回復した。
「心当たりがあると? 尾行に気付かれた心当たりが」
「そ、それは……申し訳ございません、実は裏道が雪解けで土砂崩れを起こしていて表道に出ざるを」
「ええ、もう結構です。十分に理解致しましたよ」
その瞬間には、ネクロマンサーの首が浮いていた。床にごとり、と音を立てて落ちる。傍に控えていた別のネクロマンサーの短い悲鳴は黙殺した。転がった首を踏みにじりながら、ディグレオは呻く。
「……急にサガリオット様への干渉が断ち切られたのモシェロイ・ジャナの仕業か……」
ラチカはエクソシストとはいえ、熟練かと問われれば自信を持って首を縦に振れないはずだ。勿論彼女がサガリオットの完全覚醒を阻止しにかかるとは予測していたが、それでもこちらの方が上回るはずだった。
しかしモシェロイは訳が違う。彼はラチカの倍近く鍛錬や実戦を積んだ猛者中の猛者だ。彼に相手取られては、ディグレオですら勝機が陰りだす。
先日の、ラチカによるモシェロイ招致は阻止出来たと思っていた。しかしまさかポシャロを使うとは思っておらず、対応が遅れてしまったのは完全に油断のせいである。それに関しては、完全にディグレオの自己責任だ。
……それならば、上回るしかないだろう。
「そろそろ本腰を入れましょうかね」
勢いよく膝を上げ、真下の首の頭蓋を踏み砕く。ぐぢゃり、と音を立て内部組織が散らばった。その場に凍り付くネクロマンサーに掃除を命令し、ディグレオは部屋を出る。要塞には三十を超える部屋を用意しており、ディグレオの私室は最奥だった。
通路を進んでいると、嫌な豪風の音が要塞の外で起こっているのが分かる。外というより、頭上と言う方が正しいか。
「……冬も佳境を過ぎた頃でしょうに」
完全なる偶然、天変地異に等しい程の豪雪。先日など雪解けすら始まりかけていたというのに。
生まれて数百年、何度も望みを持った。しかし、どれもすべて無事上手く進むという事は無かった。人を殺め、国を墜させ、そうやって何度も自らの手を汚し苦労して叶えてきた。
ある時は国主の座。ある時は或る女。ある時は美味なる人肉。あらゆる望みを、ディグレオは抱いてはかなえてきた。自らの思想や嗜好をすべて引き繰るめた上で、あらゆる暴虐をはたらいた。
そして歪みに歪んだ今が、これだ。
「……っ」
頭痛が過ぎる。肉体を入れ替える度、この痛みとも付き合ってきた。しかしもはや、この体も限界に近いだろう。
入れ替えた体は劣化が普通の人間よりどうしても早まる。肉体が死に切ってしまう前に入れ替えなければならない。そうする事で、彼はいのちと記憶を繋いできた。
出来得る限り若い体がいい。思考の都合上、男の方がいい。そして、強靭な肉体がいい。
そして浮かぶ、一人の青年の影。
「く、くく……」
難と言えば、眼鏡で矯正せねばならない視力程度だ。肉体の強さ、若さ、申し分無いだろう。レヂェマシュトルの体を使った事は何度かあったが、どれも良い体だった。彼ら自身数が少ないのとそもそも護身の術を持っているため、簡単にはいつもいかなかったが。
先日島に潜入を試みた時も、駄目だった。あの島の見張りには、消しきれないディグレオそのものの気配を記憶されている。ネクロマンサーを多数引き連れても、レヂェマシュトル最強と謳われる職……門番達にはかなわない。そもそも、そんな事に戦力を費やす時間も余裕も無い。
ならば、彼を……シャイネを、奪おう。
「さあ、狩りを始めましょうか」
最後の、目的のために。
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