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57.重い、切れてしまいそうです。
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ディグレオの顔すれすれに刃が飛んでくる。すれすれどころか、かすめていた。ほんの少し血を弾ませ、ディグレオはさすがに静止した。刃が飛んできた方向には……ギャムシアが居た。彼は何の表情を見せる事なく、立っている。
「おやおや、これはこれは」
指で切れた右頬を拭い、ディグレオは笑った。そんな彼を見て、ギャムシアは深く溜息をつく。
「……将来の俺の妻に何たる狼藉か」
その声は今まで聞いた事の無い程に冷えていた。背筋が凍るような心地が過ぎて、もはや痛みすら忘れてしまう。そんなラチカを憐れむように一瞬だけ見ると、すぐにディグレオに目線を戻した。そんな目も、初めてだった。
「クソガキは外で増援を相手してくれている。不本意そうだったが、何だかんだあいつの方が数そのものは捌けるからな」
「で、貴様がじきじきに私を狙いにきたと?」
何度も見た組み合わせの二人だというのに、今となっては互いに敵意しか感じられない。そうだ、そういえばディグレオの正体が露呈してからは二人が対面するのは初めてだ。
ギャムシアはひとつ、溜息を吐く。額に手を当てたまま、呻く様に口を開いた。
「……国主になって右も左も分からないような俺に、手ほどきをしてくれたのはお前だったな。さすがに今回の件は堪えたぜ」
心底憔悴しきっているようなギャムシアに、ディグレオは嘲るような笑みを向けた。
「まさかサガリオット様が貴様を指名していたとは、気付いていなかったのですよ。貴様は結局ただの医者だったはずなのに。それも」
「『国主様の命を延ばしきれなかった藪医者だ』、と?」
ギャムシアの言葉に、ディグレオは口を大きく開けて笑い出す。しかしそれは紛れもなく肯定だった。そんな彼をしかと見据え、ギャムシアは告げる。
「そう思ってくれて構わねえよ。お前にとってはそれは事実なんだろう」
そうだ。本当は違う。サガリオットは、言っていた。ギャムシアに感謝し、ずっと気にかけていた。
ディグレオは笑いを終え、再びギャムシアを見る。そのまま、続けた。
「小童が……よくもぬけぬけあのお方の後釜に。あの方の創った制度も何もかも壊した上で尚居座ろうとは」
「壊した? はっ。あれは国主様の協力ありきの発展だろうが。まあお前になに言ったところでって話だろうが」
ギャムシアは壁に刺さったままのナイフを引き抜く。彼に改めて向き直った。
「……覚悟しろ」
その呟きが落とされ、ギャムシアの姿が消える。ディグレオ目がけ突進し、そのぎらりと光るナイフを刺し込もうとする。しかしすぐさま、躱された。
ディグレオはほんの少しだけ笑みを伏せ、忌々し気に呟く。
「ああ、煩わしい。せっかくなのであの体で屠ってやろうと思いましたが、どうしましょうかねぇ」
そうだ、その事だ。ラチカは出来得る限りの声を絞り出し、叫ぶ。
「そいつ、止めてっ……!シャイネの体を、乗っ取ろうとしてるっ……!」
それを聞いても、ギャムシアの顔は変わらない。ただ忌々し気に舌打ちし、体制を整えただけだ。
「レヂェマシュトルの体が欲しいってか。……ああ違うな、読めたぜ。俺達を都合よく潰し合わせるように仕向けたいって、そういう事だな」
ディグレオはにやりと笑むと、首をコキコキと鳴らした。そして胸元から、黒ずんだ水晶のようなものを取り出す。その中では、赤い光がたゆたっていた。亡霊召喚の触媒か。ギャムシアも察したのか、ナイフを持ったままだった右手を振るった。飛んだ刃はすぐさま砕けとび、その欠片をまともに食らったディグレオは軽く舌打ちをする。
「野蛮な。まあ、いいでしょう。私の手を使わずとも」
ガダリガダリ、と、何かが転がる音が壁の向こうからする。その音は確かに、二人にも聞こえた。それを待っていたかのように、ディグレオは身を翻す。
「ええ、ええ。勝てる方法でだけで行かせて頂きますとも」
「っ待て!」
ギャムシアの怒鳴り声を無視し、ディグレオは壁を圧した。向こう側へと壁が回転し、そのままディグレオは体を乗せて滑り込む。手を伸ばすも間に合わず、ギャムシアは腹立たし気に彼の消えた壁を叩いた。あちこちを圧してみるが、どうやらびくともしないらしい。向こう側から何か細工をされたか。
しかしすぐに諦めたのか、ラチカに駆け寄ってくる。荒々しく抱き起こし、その目を陰らせた。
「……悪い」
その謝罪の意味は分かっている。首を振ると、彼は泣きそうな顔のままラチカを抱きしめる。こんな彼を見るのは、初めてだ。今までの事を考えると、叱責すらされるかと思っていたが。どこか泣きそうになる。
ギャムシアはラチカの頬に触れた。彼の手が、温かい。
「痛いよな。苦しかったよな……」
未だに肛門がひりつくが、「大丈夫だよ」とだけ呟く。それ以外つらつら並べる気にもならなかった。
また、奪われてしまった。それも今度は、しっかりと犯人の顔も見た上でだ。子どもの、何も分かっていない時に比べその行為の意義が分かる分……どうも、心が重い。
「安心しろ。あいつだけは、何が何でもブチのめす」
彼の声はあまりにも敵意で冷えていたが、それでも。それでも、あまりにも優しい。頷くしかなかった。
ギャムシアの手がラチカの砕かれた手の甲に触れた。慎重に撫でながら、歯を食いしばる。しかしすぐに持ち込んでいた荷物から、包帯やら何やらを取り出す。手早く処置を施し、きつめに包帯を絞めるとラチカの顔が歪んだ。
「わざときつめにしてるが、耐えろ。少しでもズレるとうまく癒着しない可能性がある」
「ありがと……」
「全部聞いた」
ぼそり、と呟きが落ちる。
「……もっと早く出ればよかった」
しかしそれをしなかったのは、あくまでディグレオから話を聞き出したかっただろう。正しい選択だ。
そこで思い出す。
「シャイネは?」
ラチカの言葉に、ギャムシアはハッとしたように目を見開く。ラチカをそっと下ろすと、元きた通路に向かった。
やがて、戻ってきた。その顔は完全に。
「……いねぇ」
「え」
ギャムシアはラチカの傍に腰を下ろした。そのまま、苦し気に呻く。
「お前を探している最中、何度も奥から増援が来た。ディグレオとお前を探し当てた瞬間がピークで、俺達は分担した。外を抑える方と、侵入する方で」
「シャイネ……やられたの……?」
「倒れているネクロマンサーの数が合わねぇ。その可能性が高い」
それを聞き、ラチカは急いで身を起こす。しかし腸の中が裂けそうに痛み肘をついてしまう。ギャムシアは慌てたようにラチカを抱きしめると、その頭をそっと撫でた。
「分かってる、すぐに行くぞ。大丈夫か」
「だい、じょぶっ……行かなきゃっ……!」
ギャムシアは頷き、周辺に脱ぎ捨てられていたラチカの服を集めて着せてやる。そして、背負った。
「ご、ごめんね」
「仕方ねぇよ。ポシャロよりは乗り心地いいだろ」
急な蒸し返しに言葉が詰まる。そうだ、あの脱走から止めどなく事態は進んでいる。
部屋を出て、通路に出る。恐らくシャイネが倒したであろうネクロマンサー達が床に転がっていた。完全に動かなくなった者や、未だ呼吸だけ何とか繋いでいる者もいる。
いくらレヂェマシュトルとはいえ、さすがに一気に来られてはどうも出来なかったのだろう。しかしもし彼が捕まってしまっているのであれば、もうディグレオが追いついてしまっているかもしれない。急がなければ。
「……あのクソガキがそう簡単にやられるとは俺には思えねぇ」
ギャムシアの呟きに、頷く。
誰かに負けるシャイネなど、想像もつかない。彼はいつもラチカを守るために戦っていた。そしてラチカも、亡霊からシャイネをずっと守っていた。互いに背中を預けてきたつもりだった。
だからこそ、胸騒ぎが止まらない。そしてそれは、どんどん大きくなる。
そうか、これは。
「奥、もっと奥の方」
「あ?」
「……いる。絶対に。嫌な気配がする……!」
ラチカの言葉に頷くと、ギャムシアは真っすぐ進んだ。一方通行なので、ただひたすら歩き続ければいい。その道中でネクロマンサーにかち会うかと思ったが、それは無かった。不気味な程にまで静まり返っている。
最奥に、扉があった。ギャムシアの顔がラチカの方を向く。頷くと、ギャムシアはラチカを片手で支えながらもう片手で扉を圧し開いた。鍵は、かかっていない。
数百……いや数千はあろうかという蝋燭が部屋を明るく照らしていた。おまけに、灯る炎達のせいで熱い。あちこちにネクロマンサーが控えている。その数は恐らく数人、といったところか。思ったより多くはない。精鋭か。
中心に、シャイネが立っていた。その姿は、背を向けているせいで顔が見えない。
「シャイネ……?」
シャイネはゆっくりとこちらを振り向いた。眼鏡の向こう側の黄金色の目が、心底安心したように緩む。
「ご無事でしたか、お二人とも」
「シャイネ……」
「すみません、俺が何も言わずにこっちに来てしまって心配されましたよね。大丈夫です、上手く潜り込んで……やれました」
ちらり、とシャイネは足元を見やった。ディグレオは死んでいた。口や鼻耳、目から血を垂れ流して。
ギャムシアは、歩まない。ラチカもまた、ギャムシアの肩を強く掴んでいる。そんな二人を訝し気に見て、シャイネは歩み寄ってきた。
「どうされたのです、ギャムシア様。もしかして怒っておいでですか。俺が独断でこんな」
「来るな」
ぴたり、と足が止まる。他のネクロマンサー達は、何も言わない。ただ、じっと見ている。
「……やりやがったな、てめぇ……!」
ギャムシアの震えるような声を聴き、シャイネは不安そうな目を……一気に、ひっくり返した。哄笑しながら、涙目で膝を折る。心底楽しそうな、笑い声だった。
「ざぁぁんねんでしたねぇえ! 遅かった、貴方がたは遅かった! もうこの小童の体は頂きましたよ!」
目の前が、暗くなる。下品に笑うシャイネの体は、非常に醜い。
「しかし何故分かったのです? 上手く真似たつもりだったのですがねぇ」
「最近のあいつの失礼ぶりを知らないくせによく言うぜ。そもそもあいつが俺の機嫌なんざ伺うかよ、ラチカがこんな状況だってのに猶更」
「ああ……それは、確かに。従者としての心意気は同じはずだったのですが、どうも、クク、緊張でもしているのですかねえこの新しい体は」
ギャムシアの手が、震えている。怒りだ。しかし、それ以上に。
「……喋るな」
「ラチカ?」
冷えた、声。まさか自分からもこんな声が。
「……その顔、声で」
ギャムシアの手を無理やりとかせ、地に足をつく。肛門から上が痛みで痺れたが、構わない。
「シャイネを騙るな、外道がっ……!!」
「おやおや、これはこれは」
指で切れた右頬を拭い、ディグレオは笑った。そんな彼を見て、ギャムシアは深く溜息をつく。
「……将来の俺の妻に何たる狼藉か」
その声は今まで聞いた事の無い程に冷えていた。背筋が凍るような心地が過ぎて、もはや痛みすら忘れてしまう。そんなラチカを憐れむように一瞬だけ見ると、すぐにディグレオに目線を戻した。そんな目も、初めてだった。
「クソガキは外で増援を相手してくれている。不本意そうだったが、何だかんだあいつの方が数そのものは捌けるからな」
「で、貴様がじきじきに私を狙いにきたと?」
何度も見た組み合わせの二人だというのに、今となっては互いに敵意しか感じられない。そうだ、そういえばディグレオの正体が露呈してからは二人が対面するのは初めてだ。
ギャムシアはひとつ、溜息を吐く。額に手を当てたまま、呻く様に口を開いた。
「……国主になって右も左も分からないような俺に、手ほどきをしてくれたのはお前だったな。さすがに今回の件は堪えたぜ」
心底憔悴しきっているようなギャムシアに、ディグレオは嘲るような笑みを向けた。
「まさかサガリオット様が貴様を指名していたとは、気付いていなかったのですよ。貴様は結局ただの医者だったはずなのに。それも」
「『国主様の命を延ばしきれなかった藪医者だ』、と?」
ギャムシアの言葉に、ディグレオは口を大きく開けて笑い出す。しかしそれは紛れもなく肯定だった。そんな彼をしかと見据え、ギャムシアは告げる。
「そう思ってくれて構わねえよ。お前にとってはそれは事実なんだろう」
そうだ。本当は違う。サガリオットは、言っていた。ギャムシアに感謝し、ずっと気にかけていた。
ディグレオは笑いを終え、再びギャムシアを見る。そのまま、続けた。
「小童が……よくもぬけぬけあのお方の後釜に。あの方の創った制度も何もかも壊した上で尚居座ろうとは」
「壊した? はっ。あれは国主様の協力ありきの発展だろうが。まあお前になに言ったところでって話だろうが」
ギャムシアは壁に刺さったままのナイフを引き抜く。彼に改めて向き直った。
「……覚悟しろ」
その呟きが落とされ、ギャムシアの姿が消える。ディグレオ目がけ突進し、そのぎらりと光るナイフを刺し込もうとする。しかしすぐさま、躱された。
ディグレオはほんの少しだけ笑みを伏せ、忌々し気に呟く。
「ああ、煩わしい。せっかくなのであの体で屠ってやろうと思いましたが、どうしましょうかねぇ」
そうだ、その事だ。ラチカは出来得る限りの声を絞り出し、叫ぶ。
「そいつ、止めてっ……!シャイネの体を、乗っ取ろうとしてるっ……!」
それを聞いても、ギャムシアの顔は変わらない。ただ忌々し気に舌打ちし、体制を整えただけだ。
「レヂェマシュトルの体が欲しいってか。……ああ違うな、読めたぜ。俺達を都合よく潰し合わせるように仕向けたいって、そういう事だな」
ディグレオはにやりと笑むと、首をコキコキと鳴らした。そして胸元から、黒ずんだ水晶のようなものを取り出す。その中では、赤い光がたゆたっていた。亡霊召喚の触媒か。ギャムシアも察したのか、ナイフを持ったままだった右手を振るった。飛んだ刃はすぐさま砕けとび、その欠片をまともに食らったディグレオは軽く舌打ちをする。
「野蛮な。まあ、いいでしょう。私の手を使わずとも」
ガダリガダリ、と、何かが転がる音が壁の向こうからする。その音は確かに、二人にも聞こえた。それを待っていたかのように、ディグレオは身を翻す。
「ええ、ええ。勝てる方法でだけで行かせて頂きますとも」
「っ待て!」
ギャムシアの怒鳴り声を無視し、ディグレオは壁を圧した。向こう側へと壁が回転し、そのままディグレオは体を乗せて滑り込む。手を伸ばすも間に合わず、ギャムシアは腹立たし気に彼の消えた壁を叩いた。あちこちを圧してみるが、どうやらびくともしないらしい。向こう側から何か細工をされたか。
しかしすぐに諦めたのか、ラチカに駆け寄ってくる。荒々しく抱き起こし、その目を陰らせた。
「……悪い」
その謝罪の意味は分かっている。首を振ると、彼は泣きそうな顔のままラチカを抱きしめる。こんな彼を見るのは、初めてだ。今までの事を考えると、叱責すらされるかと思っていたが。どこか泣きそうになる。
ギャムシアはラチカの頬に触れた。彼の手が、温かい。
「痛いよな。苦しかったよな……」
未だに肛門がひりつくが、「大丈夫だよ」とだけ呟く。それ以外つらつら並べる気にもならなかった。
また、奪われてしまった。それも今度は、しっかりと犯人の顔も見た上でだ。子どもの、何も分かっていない時に比べその行為の意義が分かる分……どうも、心が重い。
「安心しろ。あいつだけは、何が何でもブチのめす」
彼の声はあまりにも敵意で冷えていたが、それでも。それでも、あまりにも優しい。頷くしかなかった。
ギャムシアの手がラチカの砕かれた手の甲に触れた。慎重に撫でながら、歯を食いしばる。しかしすぐに持ち込んでいた荷物から、包帯やら何やらを取り出す。手早く処置を施し、きつめに包帯を絞めるとラチカの顔が歪んだ。
「わざときつめにしてるが、耐えろ。少しでもズレるとうまく癒着しない可能性がある」
「ありがと……」
「全部聞いた」
ぼそり、と呟きが落ちる。
「……もっと早く出ればよかった」
しかしそれをしなかったのは、あくまでディグレオから話を聞き出したかっただろう。正しい選択だ。
そこで思い出す。
「シャイネは?」
ラチカの言葉に、ギャムシアはハッとしたように目を見開く。ラチカをそっと下ろすと、元きた通路に向かった。
やがて、戻ってきた。その顔は完全に。
「……いねぇ」
「え」
ギャムシアはラチカの傍に腰を下ろした。そのまま、苦し気に呻く。
「お前を探している最中、何度も奥から増援が来た。ディグレオとお前を探し当てた瞬間がピークで、俺達は分担した。外を抑える方と、侵入する方で」
「シャイネ……やられたの……?」
「倒れているネクロマンサーの数が合わねぇ。その可能性が高い」
それを聞き、ラチカは急いで身を起こす。しかし腸の中が裂けそうに痛み肘をついてしまう。ギャムシアは慌てたようにラチカを抱きしめると、その頭をそっと撫でた。
「分かってる、すぐに行くぞ。大丈夫か」
「だい、じょぶっ……行かなきゃっ……!」
ギャムシアは頷き、周辺に脱ぎ捨てられていたラチカの服を集めて着せてやる。そして、背負った。
「ご、ごめんね」
「仕方ねぇよ。ポシャロよりは乗り心地いいだろ」
急な蒸し返しに言葉が詰まる。そうだ、あの脱走から止めどなく事態は進んでいる。
部屋を出て、通路に出る。恐らくシャイネが倒したであろうネクロマンサー達が床に転がっていた。完全に動かなくなった者や、未だ呼吸だけ何とか繋いでいる者もいる。
いくらレヂェマシュトルとはいえ、さすがに一気に来られてはどうも出来なかったのだろう。しかしもし彼が捕まってしまっているのであれば、もうディグレオが追いついてしまっているかもしれない。急がなければ。
「……あのクソガキがそう簡単にやられるとは俺には思えねぇ」
ギャムシアの呟きに、頷く。
誰かに負けるシャイネなど、想像もつかない。彼はいつもラチカを守るために戦っていた。そしてラチカも、亡霊からシャイネをずっと守っていた。互いに背中を預けてきたつもりだった。
だからこそ、胸騒ぎが止まらない。そしてそれは、どんどん大きくなる。
そうか、これは。
「奥、もっと奥の方」
「あ?」
「……いる。絶対に。嫌な気配がする……!」
ラチカの言葉に頷くと、ギャムシアは真っすぐ進んだ。一方通行なので、ただひたすら歩き続ければいい。その道中でネクロマンサーにかち会うかと思ったが、それは無かった。不気味な程にまで静まり返っている。
最奥に、扉があった。ギャムシアの顔がラチカの方を向く。頷くと、ギャムシアはラチカを片手で支えながらもう片手で扉を圧し開いた。鍵は、かかっていない。
数百……いや数千はあろうかという蝋燭が部屋を明るく照らしていた。おまけに、灯る炎達のせいで熱い。あちこちにネクロマンサーが控えている。その数は恐らく数人、といったところか。思ったより多くはない。精鋭か。
中心に、シャイネが立っていた。その姿は、背を向けているせいで顔が見えない。
「シャイネ……?」
シャイネはゆっくりとこちらを振り向いた。眼鏡の向こう側の黄金色の目が、心底安心したように緩む。
「ご無事でしたか、お二人とも」
「シャイネ……」
「すみません、俺が何も言わずにこっちに来てしまって心配されましたよね。大丈夫です、上手く潜り込んで……やれました」
ちらり、とシャイネは足元を見やった。ディグレオは死んでいた。口や鼻耳、目から血を垂れ流して。
ギャムシアは、歩まない。ラチカもまた、ギャムシアの肩を強く掴んでいる。そんな二人を訝し気に見て、シャイネは歩み寄ってきた。
「どうされたのです、ギャムシア様。もしかして怒っておいでですか。俺が独断でこんな」
「来るな」
ぴたり、と足が止まる。他のネクロマンサー達は、何も言わない。ただ、じっと見ている。
「……やりやがったな、てめぇ……!」
ギャムシアの震えるような声を聴き、シャイネは不安そうな目を……一気に、ひっくり返した。哄笑しながら、涙目で膝を折る。心底楽しそうな、笑い声だった。
「ざぁぁんねんでしたねぇえ! 遅かった、貴方がたは遅かった! もうこの小童の体は頂きましたよ!」
目の前が、暗くなる。下品に笑うシャイネの体は、非常に醜い。
「しかし何故分かったのです? 上手く真似たつもりだったのですがねぇ」
「最近のあいつの失礼ぶりを知らないくせによく言うぜ。そもそもあいつが俺の機嫌なんざ伺うかよ、ラチカがこんな状況だってのに猶更」
「ああ……それは、確かに。従者としての心意気は同じはずだったのですが、どうも、クク、緊張でもしているのですかねえこの新しい体は」
ギャムシアの手が、震えている。怒りだ。しかし、それ以上に。
「……喋るな」
「ラチカ?」
冷えた、声。まさか自分からもこんな声が。
「……その顔、声で」
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