事なかれ主義の回廊

由紀菜

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9.色男の悩み

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「ランバート様。いつも陰ながら貴方のことを見ていました。」
赤毛でおさげの少女が、髪の毛の色と同じくらい耳を染め、白い肌に桃色を浮かばせた頬を引き締め、緊張した面持ちで真っ直ぐ視線で射抜いてくる。リーリアと名乗る純真な彼女の、友人だという女の子から放課後に裏庭へ呼び出され今に至る。

実はこの類の呼び出しは初めてではない。三年生の終わり頃から、じわじわと増えてきたのだ。前世でも、こんなに礼儀正しくしおらしいシーンではなかったが片手で数えるくらいには告白を受ける経験があった。だが今世はその比ではない。ちょっともう数えるのを辞めているが、14、5回は超えているだろう。それもそのはず、この欠点の見つからない完璧な容姿と総合試験の学年一位の座を一度も降りることなくキープしている俺だ。この評判はあっという間に知れ渡り、廊下ですれ違う度に女子の視線が突き刺さり幼い高い声が聞こえてくるのだから。

ランバートの精神年齢が実年齢に伴っていれば、よりどりみどりだっただろうが、中身は成人男性だ。前世と今世で生きた年数を足せば三十路・・・。
俺はロリコンではないし、【犯罪】の文字がすぐさま浮かぶ。中には想いを伝えたいだけと控えめな子もいるが、交際を求められれば毎回丁重にお断りしている。これがなんとも心苦しい。

断る時の謳い文句は「勉学に集中したい」で一貫しているが、「邪魔など致しません。陰ながら支えたいのです。」なんて言い返された時もあったな・・・。そろそろ好きな子がいる、とか一回り年上の女性が好きとか嘘を作らないと告白は止まらないだろうな、と遠い目になった時、茫然と広がる視界に人の影が見えた気がした。裏庭は、校舎ごと囲うように木々が生い茂っているため、校舎から歩いて来るには一本道だ。そして今し方、その校舎の角の方に人の気配がしたような…。まぁ、おそらく俺を呼び出したリーリアの友人がひっそりと見守っているか、告白スポットとして知られるこの場所を覗きにきた野次馬だろう。特に気にすることなく、彼女への返事を考えることにした。

現実とかけ離れた嘘は後に辻褄合わせで自分が苦しむという前世の教訓から、「好きな子がいる」「一回り年上の女性が好み」は却下かな。好きな子がいるなんて言った日には皆から質問攻めに合いそうで面倒だし、若い国語の女性教師の意味のない呼び出しや度が過ぎたボディタッチの頻度がやけに引っ掛かって、年上女性が好き、という理由も使いたくない。もしあの教師が俺に気がある、なんてことが万が一あれば、噂を聞きつけておかしな一線を超えてくるかもしれないからだ。モテる男の罪深さに溜息も出る。

「リーリアさんのお気持ちはとても嬉しいです。ですが・・・、僕は、こんなことを言うと嫌味に聞こえるでしょうが、同い年で自分より頭の良い方が理想なのです。まだ、そんな方は現れていませんが・・・。」
よし、良いぞ。名案だぞ!こう言ってしまうからには、死ぬ気でこれからも首位の座にしがみつかなければならないが、勉強に励む理由というか動機になった。才色兼備と持て囃され過ぎて、気が緩んで「落ちたな」と周りにがっかりされることが途中から怖くなったのだ。これからは交際の隙を与えない、という芯のある動機ができたので拗らせることなく青春を全うできそうだ。

リーリアは幾分傷付いた表情でこの場を立ち去ってしまったが、どうかさっきの話を皆に広めてくれと祈るほかない。もうこんな思いは懲り懲りだ。


◇◇◇

先日の出来事は瞬く間に噂が広まった。ミケーレとオルフェンは俺が恋愛に興味がないと知っているし、断るための嘘とすぐ見抜いたので「容赦ないな」と一蹴されたが。これで呼び出しは無くなるだろうと鼻歌を奏でてから二日後のこと。朝登校して靴箱で上履きに履き替えようとした時、その上履きの上に高級な質感の便箋が置かれているのに気付いた。
『今日の放課後、三階のエルーンサロンへ来て頂けますか?他の方には聞かれたくないお話ですので、手紙のことも誰にも話さず一人でいらしてください。お待ちしております。』
「意味身長な手紙だな。」
エルーンサロン、勿論それは知っている。この学園で言うサロンというのは、生徒らがお金を払って事前予約して利用する茶室だ。初等部、中等部、高等部それぞれ敷地が分かれているため、それぞれの校舎にサロン棟が併設されている。ソファで寛ぐ空間があり、学園外からの来客対応もできるし、密談したり、貴族が問題を起こした時の示談の場として使われたりもするとか何とか。そして「エルーン」についてだが、この国にも日本でいうところの【松竹梅】に当たる、ざっくりとした三段階の等級の名詞が存在する。通貨の素材に沿って上から順にエルーン、クルーン、ザルーンと格付けされている。

ザルーンサロンは五室あり、お金さえ払えばどの身分でも使える簡易的な茶の間である。
クルーンサロンは三室あり、爵位を持つ家名であれば利用可能で、茶の間とカーテンで隔てて給湯室とキッチンが配置されている。
エルーンサロンは一室しかなく、王族と密接に関わるような政爵家や武爵家の者またはそれに相当する権威の家名しか予約が出来ない、ベッドや浴室も設えたロイヤルサロンだ。

俺は政爵、武爵ひっくるめても、顔見知りの爵位家の人間はヨアしかいないのだが。つまり、話した事も無い人物からの呼び出しってことになる。放課後の呼び出しで、俺の頭を埋め尽くす用事は一つしか浮かばなかった。
「俺、もしかしてお偉い方に見初められちゃった?」
告白されたらどうしよう。どう断っても不敬にあたるんじゃねぇの。ていうか俺の噂、まだお耳に入ってないですかね?靴箱で悶々として突っ立っていると、「何だそれ」と横からヨアに覗き込まれた。

もう一度手紙に目を落とす。
『手紙のことも誰にも話さずに』
ええと、不可抗力なので約束破ったことにならないですよね。


◇◇◇

昼食はいつも、ミケーレ、オルフェン、ヨアと4人でビュッフェ形式の大食堂で食べているのだが、今日だけはヨアを引っ張って、大食堂から渡り廊下を歩いた先の中庭のテラス席に二人で座って注文を取った。食堂代は年間で払う学費に固定費として含まれている。食堂外での注文は各自ポケットマネーから出すが今回は勿論俺の(お小遣いからの)奢りで。
春の花々が咲き誇る棚田のように山の形に積まれた花壇を中心とする中庭を眺めながらのランチは大人気だ。周囲は和気藹々としていて俺達のひそひそ話なんか誰にも拾われないだろう。
「おい、朝のあの件だけど」
「あぁ、お前、行くつもりか?」
ヨアは本当にゴシップとか興味がないみたいだ。俺が切り出してからやっと思い出したような口ぶりに呆れる。
「エルーンサロンということは、確実に俺より爵位が上の奴からの呼び出しだぞ?すっぽかしたらどうなるか…」
「差出人の名前も書いてない、礼儀も弁えない人間の呼び出しに応じる必要は無い。」
そう彼はバッサリ切り捨てるが…
「いや、お前が礼儀を語るなよ…。」
慇懃無礼をそのまんま着込んだようなこの男に言われたくはない。
「しかもな、自分でも自意識過剰だとは思うけど、知らない奴からの放課後の呼び出しは十中八九…その、愛の告白だと思うんだよな。だから名前が書けないのも分かるっちゃ分かる。」
「愛の告白だとしたら、何がどう分かるんだ?」
「いや~だからその、恥ずかしいとかそういう理由じゃねぇの?」
「ふん。俺の知る限り爵位が高い人間ほど恥じらいなんてものは捨てているはずだが。寧ろ名乗って強制力を付けようとする連中ばかりだ。」
捻くれている彼の思考にスープを吹き出しそうになる。
「お前な・・・。じゃあ名乗らないのは何でだ?自分に有利に働くと知っても尚そうしないってことは、権力を使ってサロンに呼び出すことに少しは引け目を感じてるってことかな。」
「それはない。そんな殊勝な連中じゃない。仮にお前に想いを寄せている相手だとして、誰にも知られずに来いと言っている。つまり噂が立たぬよう断られた時の保険として、または権力を誇示したことを周りに知られずにイエスと言わせようとしているかのどっちかだろう。」

ヨアの口から出る言葉はどれも辛辣なものだが、本当によく喋るようになったな。とはいえ、自分から話し出すようなタイプではないし、意見を求められたら律儀に返してくれるわけだが。
「確かサロンの予約って一階の管理室で受付してるんだよな。ヨア、お願いなんだけど今日予約する体で誰が先約で入っているのか聞いてきてよ。」
「エルーンサロンは予約名は完全非公開。クルーンサロンも申請すれば非公開にできる。受付で聞いても教えてくれるのは空室か否かだけだ。」
「げっ、そうなの?本当お貴族様は何でもアリだな~。」
かくいう俺もその貴族なんだけど。爵位持ち限定で入学説明会の時にお貴族様特別パンフレットが配られたらしいが、俺の魂が入り込む前のランバートよ、部屋のどこに仕舞ったんだ。

「行くのは勝手だが、面倒ごとを持ち帰るなよ。」
「はいはい。善処しますよ。」

この件の話は終わりとばかりに、目の前のランチプレートに手を付けた。
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