この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

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十六・枇杷

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 それから数日後。腹を刺されたユージンから、看病の礼がしたいと食事に誘われた。予約が取りにくいことで有名のレストランで、たまたま空きが出たところを確保したらしい。ニエルも行ったことのない店だった。

「こんなにいい席なのか?」
「夕日が綺麗だね」
「ああ」

 レストランの二階から街中を一望できる中央の席に案内された。偶然空くだろうか疑問に思いつつも、次から次へと運ばれて来る料理はどれも絶品だった。このくらい美味ければ予約は取れないだろうなと、色んなところで食べ歩きしているニエルでさえ思った。

「この前、君が言っていたものを用意したよ」
「え、枇杷か!? 旬でもないのにどうしたんだ?」

 レストランの店員が持参した篭の中に、枇杷がいくつも盛られていたので二度見した。五、六月ならまだしも十月を過ぎているので、この辺りでは売っていないはずなのにな、とニエルは首を傾げる。暖かい地域から取り寄せない限りは市場に出回らない。

(金持ちってこわいな……)

 ユージンには申し訳ないが、食べたかった枇杷を前に若干引いてしまった。

「食べないの?」
「ああ、うん。食べるよ」

 気を取り直して皮を剥いてから齧りつく。花のような風味が口いっぱいに広がる。そして、十分に熟されているからか甘かった。久しぶりに味わう。時期ではないので高かったに違いない。なんだか一人で食べるのも申し訳ないので、皮を剥いて種を外したものをユージンに差し出すと、素直に口にした。

「うん。甘いね」
「もう一つ食べるか?」
「食べる」

 ぺろりとたいらげたのでもう一つ皮を剥く。二人で三つずつ食べた。残りは持ち帰ってもいいというので、ニエルは家族にも振舞うことにした。ところが。

「これはニエルが一人で食べないと駄目だよ」
「え、なんで?」
「重婚になっちゃうからね」
「ん??」

 枇杷を目にした瞬間、驚いたというのに兄のアルノーは食べようとはしなかった。それは両親も同じで、ニエルは不思議で堪らなかった。

(この国では枇杷が貴重なのに、薦めても食べないのが作法なのか?)


 一夜明け。昨日、ユージンから枇杷をもらったばかりだというのに、大量に届いたらしい柿を持ってきた。秋ゆえに、各領地から毎年送られてくるという。ガルフィオン家にも秋の味覚のさつまいもや栗など続々と届いている。大地主なだけあり、領地の多いアイアンズ家は大変だろうなと容易に想像できる。

「ニエル。昨日の枇杷は、ご家族も口にされたのかな?」
「それがさー、変なんだよ。美味しいから勧めたのに、兄さんも母さんも父さんも、誰も食べようとはしなかったんだ。なんでだ?」
「……さあ。お腹いっぱいだったんじゃないかな」

 ユージンの表情を盗み見ると、どういうわけか口角をあげて微笑んでいた。どうしてそんな穏やかに笑っているのか、理由を尋ねているのに答えようとはしない。

「……なあ、なんでそんなに嬉しそうなんだよ?」

 笑って誤魔化されるだけだった。
 大きな箱に三つと大量に差し入れされた柿は、兄も母も父も口にしていた。枇杷だけ食べなかった理由は結局誰も教えてくれなかった。

***

 それからさらに数日。ユージンの怪我もすっかりよくなり心配事はなくなったので、本来の目的を果たすために考える。
 このままではまずい。どうにかしなければならない。
 ヒロインであるイリーナ・アルハインの登場は見込めないので、とある人物をユージンの相手役として新たに差し向けることにした。人として最低なのは承知している。

(ごめん、兄さん)

 ニエルの外見が好みならば、ニエルよりも気品溢れる美形の兄のアルノーでもタイプではないかと、考えが至ってしまった。苦肉の策だ。
 アルノーとユージンをそれぞれ呼び出して、二人で会話する機会を設けようという魂胆だ。食事会などで何度も顔を合わせてはいても、ゆっくり話す時間はないので、親しくなってもらえれば御の字だ。
 噴水広場で落ち合うところを少し離れて見守る。ユージンとアルノーはニエルの想像通り、親しげに会話している。

(……なんでこんなにもやもやするんだ?)

 それなのに、自分で仕向けたはずなのに、アルノーとユージンが立ち並び楽しそうに談笑しているだけで胸の辺りがもやもやしていた。兄を取られて不快なのか、幼馴染みを兄に差し向けているという事実が引っかかるのか、眉を顰める。
 見ていても気分はすっきりしないので、家に帰ろうとしたところで兄がこちらを振り向いた。手招きしている。

(あれ、気づかれた!?)

 周囲を確認しても人影はない。自分のことだと悟ったニエルは、重い足取りで兄とユージンの元へ向かった。

「ニエル」

 兄のアルノーから怒られると思いきや、兄の影に隠れていた女性を紹介された。

「こちら、もうすぐ結婚する恋人だよ」
「えっ!?」

 初耳だった。兄に結婚前提で交際している恋人がいることを今初めて知った。それなのに、ユージンとくっつけようとしてしまった。すぐさま頭を下げて謝る。

「ごめん、兄さん……俺、馬鹿なことを……」
「なんのことかな? それより、四人でダブルデートしない?」
「え、ダブルデート!?」

 生前でもこの世界でも、ダブルデートは経験したことはない。イリーナもしていなかったはずだ。

「ユージンくんはどうかな?」
「二時間くらいなら行けます」
「よかった。じゃあ、観劇にでも行こうか」

 アルノーは恋人と手を繋ぎ、その後ろをユージンと肩を並べて歩く。

「僕たちも手、繋ぐ?」
「繋がない!」
「なんだ、残念」

 繋がない代わりに肩を抱き寄せられる。歩きにくいが、先ほどの件もあるので邪険にはできなかった。舞台観賞の後は夕食を四人で食べて解散した。
 その帰りのことだ。予定のあるユージンと別れ、恋人を家まで送るという兄とも別れ、一人で街中を歩いているとき。頭上から誰かの「あぶない!」という声がすると同時に、茶色いなにかが落下してきた。
 ガシャン!!
 あと一歩先にいれば頭部に直撃していただろう。地面に激突したのは鉢植えで、見るも無残に粉々に割れている。土と破片が四方に散っている。

「すいませーん、大丈夫でしたか?」
「ああ、はい」
「怪我してないといいんですけど……」
「してないです」

 たとえ怪我をしたとしても、面倒なので言うつもりはない。イリーナも大なり小なりこういう目に遭っていた。そんなところまで再現しなくてもいいのにな、と突っ込みつつも、イリーナの場合は財布を落としたり、水をかけられたり、食べたかったものが目の前で売り切れたりとちょっとした不運という程度だった。ここまでではない。うっかり命を落としたくはないので、これまで以上に気を引き締めることにした。
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