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十七・狩猟大会
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紅葉が見頃を迎え、錦秋に染まる十月中旬。秋晴れの日曜日。公爵家主催の狩猟大会が開催される。年に二回の春と秋に野山を駆け巡り、雉や兎、狐、狸、猪、鹿など多くの獲物を仕留めたものを優勝とする。優勝すれば仕留めた動物はすべてその人のものとなる。ニエルとユージンも誘いを受けて参加している。
「また腰抜け野郎が参加してるのかよ……」
「なんのために出てるんだろうな、下手くそなのに」
ひそひそ話が聞こえるが、毎度のことなので無視する。ニエルが参加しているのは、ブレンダン侯爵が協賛しているからだ。無下にはできない。
(ここにいる連中の中でも俺は上手い方だけど、あいにく、殺生には興味がないんだよ)
生前のニエルは、アーチェリーと乗馬だけはなぜか得意で、両親や妹は運動方面は不得手なのに一人だけずば抜けていた。だからか、ニエルとして異世界転生しても、腕前は変わっていなかった。
ユージンもどちらかといえば上手い方だが、ニエルに賛同しているからか、狩猟大会に出ても基本的に殺生することはない。やむを得ない事情がある場合を除いて、むやみに命を奪うことはない。毛皮の類いも所持していない。
ユージンをもてはやすものたちは、動物愛護の精神だと絶賛する。しかし、それをよく思わない人間も一定数いるのは事実だ。相容れることはないので、極力関わりを持たないように避けている。
「君の腕前を知ったら、みんな度肝を抜くのに」
「ユージン。いつの話をしてるんだ」
「五年前だよ。僕の背後に現れた巨大猪を、君が仕留めてくれなかったら、今、僕はこの場にいないからね」
「大げさだって」
ユージンがいうように、まだ十三歳だった頃も、こうして狩猟大会に参加したことがある。子どもの猪を狩られたことに激怒した母猪は、たまたま近くにいたユージンの背後を狙って襲ってきたのだ。その猪の額を狙って矢を放ち、見事に仕留めたのがニエルだ。その日の中でも一番大きな獲物だったが、狩猟が得意だと知られると後が面倒なので、兄のアルノーが仕留めたと嘘をついた。
「あのとき、父が爵位と領地を君に与えると言ったのに、『そんなつもりで仕留めたんじゃないです』って、走って逃げちゃったよね」
声真似までされて居心地が悪くなる。アイアンズ公爵から、男爵の爵位を与えられそうになり怖じ気づいたのは本当だ。ガルフィオン伯爵は父だが、ニエルは伯爵でもなんでもない。優秀な兄がいるので爵位を継ぐつもりもない。大飯食らいの放蕩息子でいるつもりだ。
「おまえの家はみんな大げさなんだよ」
「そんなことないよ。嫡男を助けたんだから」
「でも、俺が動かなくても誰かが撃ったと思うけどな。大人もいたし」
子息が怪我をした場合は、主催の責任になるため警護や見回りは強化していた。
「それでもいいんだ。僕は君に救われて嬉しかったからね」
「はいはい。あー、もう聞き飽きたって!」
爵位と領地を辞退した代わりに、バターペアという貴重な梨をもらった。瑞々しい甘さが引き立つあの味は、五年という歳月が過ぎても忘れられない。それほど美味だった。
狩猟大会に出ても、動物に矢を放たないよう心がけているため、やることがなくて暇だ。一人でいると、狩猟の心得を延々と語りたがる厄介者ばかり寄ってくるので、なるべくユージンと共に行動している。
「そうだ。来週の鍛練は、久しぶりにアーチェリーにしようか」
「いいけど、今回も決着つかないんじゃないか?」
半年前にもアーチェリーで対決したが、どちらも的を外さないので最終的にはじゃんけんで勝敗を決めた。毎度そうだ。まだ幼い頃はニエルの方が上手かったが、ユージンは秘密裏に練習したのか、メインキャラというチートが発動したのか、めきめきと上達した。今では互角の実力だ。
「それはそれで楽しいよ。僕は君と遊べるならなんだっていいんだ」
「ユージンが退屈しないならいいけど」
「するもんか」
獲物を探すふりをして今後の予定を立てていた。そんな二人の元へ、遠方から一本の矢が放たれる。ビュンと風を切る音と共にこちらへ向かっているのが見える。
「まずい!」
咄嗟にユージンを庇おうと前方に出たところ、物陰にいた護衛騎士のフランクがさっと姿を現し、勢いのあった矢を剣先で弾いた。
「お怪我はございませんか。ユージン様、ニエル様」
「フランクさんのお陰で俺もユージンも無傷だよ。ありがとう」
「ご無事でなによりです」
フランクに助けてもらった礼を告げている最中、ユージンに腕を引っ張られる。
「ニエル。どうして君は、真っ先に僕をかばうんだ」
「無意識に動いちゃうんだよ。仕方ないだろ」
メインキャラであるユージンを守るために、標準スキルとして染みついているのかもしれない。これが初めてではない。
「僕ではなく、自分の身の安全を第一に考えてほしい」
「はいはい。なるべく気をつけるよ」
「この次破ったら、問答無用でキスをする」
「えっ!? わ、ばか、フランクさんに聞かれたらどうするんだ……!」
至近距離で待機しているというのに、真顔でそんなことを言い出したのでニエルは焦る。フランクは微動だにしないが、絶対に聴こえているはずだ。恥ずかしい。
「僕と君の会話に聞き耳立てないよ」
「そうだとしても、人前ではやめろ」
「人前じゃなければいいの?」
「い、いいよ!」
売り言葉に買い言葉。勢いのまま返事をしてしまった。けれどこの場合はやむを得ない。
ニエルはユージンの婚約者ではあるが、婚約者は他にもいる。しかし、キスしたことが知られてしまうのはさすがに気まずい。できることなら誰にも知られたくない。
早まっただろうかと後悔しつつも、狩猟大会は滞りなく終わった。矢を誤射した人物からの謝罪で、獲得した獲物をすべて貢がれそうになったがそちらは丁重にお断りした。毛皮を作るつもりはないので、狐や狸の類いを押しつけられなくてよかったと安堵した。
「また腰抜け野郎が参加してるのかよ……」
「なんのために出てるんだろうな、下手くそなのに」
ひそひそ話が聞こえるが、毎度のことなので無視する。ニエルが参加しているのは、ブレンダン侯爵が協賛しているからだ。無下にはできない。
(ここにいる連中の中でも俺は上手い方だけど、あいにく、殺生には興味がないんだよ)
生前のニエルは、アーチェリーと乗馬だけはなぜか得意で、両親や妹は運動方面は不得手なのに一人だけずば抜けていた。だからか、ニエルとして異世界転生しても、腕前は変わっていなかった。
ユージンもどちらかといえば上手い方だが、ニエルに賛同しているからか、狩猟大会に出ても基本的に殺生することはない。やむを得ない事情がある場合を除いて、むやみに命を奪うことはない。毛皮の類いも所持していない。
ユージンをもてはやすものたちは、動物愛護の精神だと絶賛する。しかし、それをよく思わない人間も一定数いるのは事実だ。相容れることはないので、極力関わりを持たないように避けている。
「君の腕前を知ったら、みんな度肝を抜くのに」
「ユージン。いつの話をしてるんだ」
「五年前だよ。僕の背後に現れた巨大猪を、君が仕留めてくれなかったら、今、僕はこの場にいないからね」
「大げさだって」
ユージンがいうように、まだ十三歳だった頃も、こうして狩猟大会に参加したことがある。子どもの猪を狩られたことに激怒した母猪は、たまたま近くにいたユージンの背後を狙って襲ってきたのだ。その猪の額を狙って矢を放ち、見事に仕留めたのがニエルだ。その日の中でも一番大きな獲物だったが、狩猟が得意だと知られると後が面倒なので、兄のアルノーが仕留めたと嘘をついた。
「あのとき、父が爵位と領地を君に与えると言ったのに、『そんなつもりで仕留めたんじゃないです』って、走って逃げちゃったよね」
声真似までされて居心地が悪くなる。アイアンズ公爵から、男爵の爵位を与えられそうになり怖じ気づいたのは本当だ。ガルフィオン伯爵は父だが、ニエルは伯爵でもなんでもない。優秀な兄がいるので爵位を継ぐつもりもない。大飯食らいの放蕩息子でいるつもりだ。
「おまえの家はみんな大げさなんだよ」
「そんなことないよ。嫡男を助けたんだから」
「でも、俺が動かなくても誰かが撃ったと思うけどな。大人もいたし」
子息が怪我をした場合は、主催の責任になるため警護や見回りは強化していた。
「それでもいいんだ。僕は君に救われて嬉しかったからね」
「はいはい。あー、もう聞き飽きたって!」
爵位と領地を辞退した代わりに、バターペアという貴重な梨をもらった。瑞々しい甘さが引き立つあの味は、五年という歳月が過ぎても忘れられない。それほど美味だった。
狩猟大会に出ても、動物に矢を放たないよう心がけているため、やることがなくて暇だ。一人でいると、狩猟の心得を延々と語りたがる厄介者ばかり寄ってくるので、なるべくユージンと共に行動している。
「そうだ。来週の鍛練は、久しぶりにアーチェリーにしようか」
「いいけど、今回も決着つかないんじゃないか?」
半年前にもアーチェリーで対決したが、どちらも的を外さないので最終的にはじゃんけんで勝敗を決めた。毎度そうだ。まだ幼い頃はニエルの方が上手かったが、ユージンは秘密裏に練習したのか、メインキャラというチートが発動したのか、めきめきと上達した。今では互角の実力だ。
「それはそれで楽しいよ。僕は君と遊べるならなんだっていいんだ」
「ユージンが退屈しないならいいけど」
「するもんか」
獲物を探すふりをして今後の予定を立てていた。そんな二人の元へ、遠方から一本の矢が放たれる。ビュンと風を切る音と共にこちらへ向かっているのが見える。
「まずい!」
咄嗟にユージンを庇おうと前方に出たところ、物陰にいた護衛騎士のフランクがさっと姿を現し、勢いのあった矢を剣先で弾いた。
「お怪我はございませんか。ユージン様、ニエル様」
「フランクさんのお陰で俺もユージンも無傷だよ。ありがとう」
「ご無事でなによりです」
フランクに助けてもらった礼を告げている最中、ユージンに腕を引っ張られる。
「ニエル。どうして君は、真っ先に僕をかばうんだ」
「無意識に動いちゃうんだよ。仕方ないだろ」
メインキャラであるユージンを守るために、標準スキルとして染みついているのかもしれない。これが初めてではない。
「僕ではなく、自分の身の安全を第一に考えてほしい」
「はいはい。なるべく気をつけるよ」
「この次破ったら、問答無用でキスをする」
「えっ!? わ、ばか、フランクさんに聞かれたらどうするんだ……!」
至近距離で待機しているというのに、真顔でそんなことを言い出したのでニエルは焦る。フランクは微動だにしないが、絶対に聴こえているはずだ。恥ずかしい。
「僕と君の会話に聞き耳立てないよ」
「そうだとしても、人前ではやめろ」
「人前じゃなければいいの?」
「い、いいよ!」
売り言葉に買い言葉。勢いのまま返事をしてしまった。けれどこの場合はやむを得ない。
ニエルはユージンの婚約者ではあるが、婚約者は他にもいる。しかし、キスしたことが知られてしまうのはさすがに気まずい。できることなら誰にも知られたくない。
早まっただろうかと後悔しつつも、狩猟大会は滞りなく終わった。矢を誤射した人物からの謝罪で、獲得した獲物をすべて貢がれそうになったがそちらは丁重にお断りした。毛皮を作るつもりはないので、狐や狸の類いを押しつけられなくてよかったと安堵した。
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