この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

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二十五・明かされる真実

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 ユージンが視察から戻るのは今日の午後だ。だからニエルはそれよりも先に出発するつもりで朝早くに起床した。六時前だ。鉄道が動き出すよりも早い。愛馬に跨り距離を稼いでから、駅で列車に乗り込む。終点がどこかは知らないけれど、適当に下車して働き口を探す。前世でもここまで無謀なことに挑戦してこなかったので、不安でもあり楽しみでもあった。

「さて。旅に出ようか」

 クローゼットに隠していたトランクを取り出し、巡回している警備兵をやり過ごして外へ出た。大寒はとうに過ぎたので肌寒い。かまくらを作って遊べなかったなと、唯一残る後悔はそれだけだ。
 ニエルが雪を踏みしめ歩きはじめると、誰もいないはずの正門に、ヒヒーンと嘶く一頭の馬と共に佇む人影が見えた。馬を用意するよう内密に頼んでいたが、正門という目立つ場所は指定していない。

「僕を誘わずに、一人で旅行するつもり?」

 一歩一歩近づくと、待ち構えていたのはユージン・アイアンズだった。戻るのは昼過ぎだと侍従から報告を受けていたのに、急遽、馬を飛ばして帰宅したのだろう。ユージンは、心なしか拗ねた表情をしている。

「なんで……」
「悪い予感がしたから帰ってきた。間に合ってよかった」

 額に汗を浮かべたユージンは、馬の背中にかけられた鞍をはずし、近くにある馬繋ぎに紐を結ぶ。馬は大人しくしている。

「ニエル。君に会いたかった」
「……俺よりも、会ってほしい人がいるんだ」
「会わせたい人がいると言われても、ニエル以外に会いたい人はいない」
「ユージン!」

 せっかく潔く身を引こうとしているのに、タイミング悪く戻ってこなくてもいいのに。せっかくの決心を揺るがさないでほしい。もう直接、会わせるしかない。
 早朝という迷惑甚だしい時間帯だが、先ほど抜け出してきたばかりのガルフィオン家の応接間まで連れて行くと、家令に言付けを頼んだ。イリーナが来るのを待っている最中、居ても立ってもいられずユージンに打ち明ける。

「……イリーナ・アルハインが見つかったんだ……」

 とうとうその名を告げてしまった。果たしてどんな反応をするのか。知らない振りをするのか。それとも、ようやく会えることを喜ぶのか。それとも、月日が経ってしまったことを嘆き悲しむのか。面識はなくとも、この世界に君臨するヒロインの名前を聞けば、なにかしら思い出すきっかけになるはずだ。
 ところが当の本人は、ヒロインの名前を耳にしても、態度を一切変えることはなかった。それどころか溜め息を吐かれる。

「やっぱりか」
「え?」
「君が長年、誰かを探していることには気づいていたよ」
「……知っているのか?」
「もちろん。だって、彼女を遠ざけたのは、他でもない僕だからね」
「ハア……ッ!?」

 どうしてヒロインとくっつくはずのユージンが、あろうことかイリーナを遠ざける必要があったのか。イリーナの存在を知りながら、会わないようにしていたのか。疑問が浮かぶ。ニエルは目を見開く。

「君は、僕を他の人とくっつけたがっていたのはわかっていたよ。でも、僕が選んだのは君だから、何度紹介されても靡くつもりはなかったよ」
「……でも、それは」
「うん。本来、イリーナと添い遂げることを知っていたから、気遣ってそうしたんだよね」
「……ああ、そうだよ。ヒロインとくっつくことを知っているのに、そのヒロインはどこにもいない。イリーナがいないから、だからたまたま幼馴染みだった俺のことを好きだと勘違いしていると思ってた」

 豆腐バナナアイスがきっかけで選ばれていたと思っていた。あの日を悔やんだりはしないが、内心、申し訳なく思っていた。あの日、励ましていなければ、婚約者に男を指名しなかったのではないかと──。

「けど、僕はイリーナとは一生、結ばれることはない運命なんだよ」
「だから、なんでだよ?」
「僕が選んだのは君だからだ」
「わかるように説明してくれ」

 そう告げると、一呼吸置いてから静かに話し始めた。

「僕は、イリーナと一緒になることを選ばずに、赤ん坊まで回帰することを選んだんだ」
「え」
「本来、君は十九という若さで死ぬ運命だったんだよ。僕なんかをかばってね」
「……本当か?」
「うん。君は覚えてる? 一日、ずっと家にいてほしいと頼んだことがあったよね。あの日は、本来だと君の命日だったんだ」
「……」
「君が僕の代わりに刺されてしまって、僕の腕の中で息絶えた。べつに特別仲がよかったわけでもないのに、わざわざ僕の素行がよくないと注意しに来てくれたのに、僕は君の忠告を無視した。その帰りに、暴漢に襲われて刺されたんだ」

 ユージンの話は俄かに信じられなかった。ニエル・ガルフィオンが原作ゲームの途中で出番がなくなることは知っていた。イリーナやユージンと接点が減るためだとばかり思っていたが、まさかそれが殺されるからだとは記憶になかった。サブキャラゆえにあまり注目していなかったからだろう。
 そんなニエルが死んでしまい、ユージンは衝撃を受けた。

「君の葬儀に参列したあと、ヒーラーの元へ行ったら、君はもうこの世からいなくなっていて、転生した世界で楽しくやっていると教えてもらった。ヒーラーいわく、この世界では悪行せずに善行を積んで死んだ場合、別の世界に転生させてくれると言っていた」
「え……ッ!?」

 衝撃の事実を耳にしたニエルは動揺する。前世だと思っていたのは前世ではなく、転生した世界だったのだと言われる。

「僕なんかを助けなければ、君はこの世界で幸せになれたかもしれないのに、追い出す形になってしまって後悔したんだ」
「つまり、俺はもともとニエル・ガルフィオンだったってことなのか?」
「そうだよ。転生してしまった君を連れ戻すには、回帰するしかないと。だから僕の時間を戻して、君と共に歩む道を選んだんだ。一度回帰してしまうと、それまで歩んでいた人生は二度と戻らないとヒーラーには止められたけど、それでよかった。だから、僕はイリーナとは結ばれない」

 メインキャラには人生回帰という最強のチート能力があり、それを駆使してニエルをこちらの世界へ連れ戻し、あまり仲の良くなかった点を反省して、なるべく共に過ごすことを心がけたのだという。
 イリーナを遠ざけたのは、自分とは関わり合いのない地で新たにやり直してほしいという、ユージンなりの罪滅ぼしの気持ちがあったからだという。イリーナの家族になにかあればユージンが全力で支援し、困ったことがあれば助けになれるようにアイアンズ家の者を派遣していたことも教えてくれる。

「ユージン。俺が死んだ理由、思い出したんだけど、鍛練をさぼっていたせいでまんまと急所を狙われただけだったよな? それで責任感じていたのか?」
「でも、僕が真面目にしていれば、わざわざ家まで忠告に来なかっただろう?」
「……真面目にって、たった一回、うちで開催されたパーティーに出なかっただけだろ? しかも、視察中の悪天候で帰宅できなかったんだよな」

 ガルフィオン伯爵家で催したダンスパーティーに、ユージン・アイアンズが出席すると触れ回ったものの、当日に不在だったことから直接文句を言いに行った帰りに刺されたので、むしろ自業自得だといっても過言ではない。そんな理由で責任を感じて、回帰までしてしまったのだと知り、申し訳なく思う。
 そんな二人の元へ、イリーナ・アルハインがやってくる。ユージンが回帰を選んだことで、イリーナの人生も違うものになってしまった。ユージン以外の攻略対象キャラとも出会う機会を失ってしまった。
 ことの顛末を説明し、ユージンが彼女に頭を下げて謝罪する。イリーナは、頭をあげるように促してから、太陽のように眩しい笑顔を見せた。

「今と違う人生があったといわれても、私にはよくわからないわ。でも、新天地で大切な人と出会えたから、後悔なんてするもんですか!」

 運命の相手と結ばれなくとも、イリーナが自ら選んだ相手と共に歩み進めていることを聞かされ、ニエルは胸を撫で下ろした。

「俺のこと、恨まない?」
「ええ!」

 自分が死んでしまったせいでもあるため、ニエルはイリーナに尋ねる。まぶしいくらいの笑顔が返ってくる。

「私の彼は、あなたたちに負けず劣らず素敵な人なのよ。いつか私の住む街にも遊びに来てね」
「ユージンと一緒に行くよ」
「そのときは、彼と二人で案内するわね!」

 イリーナに右手を差し出されたのでニエルは握手に応じた。ユージン以外の異性の手に初めて触れた。ちょっとだけ照れていると、すぐ隣にいたユージンは面白くなかったのか、ニエルの手を取り戻そうとしたのでイリーナとニエルは同時に吹き出した。

***

 それから一週間。ニエルとユージンは、帰路に就くというイリーナを最寄りの駅まで見送りに行った。別れの挨拶をしようとしたイリーナが右手を差し出し、正面にいたニエルが応じようとしたところ、ユージンが先に手を握ったので笑った。大きなトランクケースにたくさんの土産を詰め、南方の国へ向けて出発した。
 今回、会いに来てくれた理由は、祖父母の墓がこの街にあるからだという。年に一度は家族で帰国し、墓参りしていたことをニエルは知らなかった。
 しかし、一生、解決することはないだろうと半ば諦めかけていたヒロインの件が片付いたのは事実だ。改めてユージンとどう向き合うか考える必要がある。
 ユージンは、ニエルにもう一度会うために回帰という方法を選択し、異世界に転生したニエルを呼び戻し、イリーナと結ばれる未来を捨ててまでニエルを選んだ。
 今度はニエルがどうするか考える番だ。ずっとユージンは、ヒロインの代わりに自分のことを好いているのだと思っていた。ところが実際はそうではなかった。

(俺にクソデカ感情を抱いていたのは、他でもないユージンだったんだな)

 この世界ではまっっっったくと言っていいほどモテないのに、誰もが羨む公爵家の嫡男に見初められたのは幸運だったのかもしれない。将来安泰だし、一生、好きなものを好きなだけ食べて暮らせる。

「なあ、ユージン。本当に俺でいいのか?」

 肩を並べて歩いていたユージンに話しかける。ユージンは立ち止まり、ニエルと向かい合う形になる。

「いいに決まってる。君以外は欲しくない」
「……恥ずかしいな!」
「本心だよ」
「もう知ってるよ。昔からずっと、本心だったんだな」
「ようやく気づいてくれて嬉しいよ」

 冗談は一つもなかった。すべて本心だった。本心をぶつけられていたのだ。
 すべてはニエル・ガルフィオンを思って取った言動や行動だった。生かすために鍛練に誘い、護身術や剣術などを一緒に学んだ。生かすために傍にいた。すべてはニエル・ガルフィオンのために──。

「俺の負けだよ、ユージン。完敗だ」

 そう告げると、ユージンはなぜか一歩、前進する。至近距離にいる。

「チート級の顔面とやらは、君にも有効かな?」

 小首を傾げながらそう尋ねられ、悔しかったが頷いた。

「ああ、残念ながら有効だよ!」

 ニエルは左右を見て人影がいないことを確認すると、少しだけ背伸びした。そして自らユージンの頬にキスをした。生まれて初めてだ。照れくさいので一瞬だったが、頬に唇が触れた瞬間、ユージンはとんでもない早さでニエルの肩を抱き寄せ、お返しと言わんばかりに唇を奪った。問答無用に貪られる。息苦しくなる。

「待て、待てってば! キスしていいとは言ってない!」
「君に口づけがしたい。これでいい?」
「よ、よくない――ンンッ、こら、ユージン!」

 いいとは言っていないのに口づけは止まらなかった。唇と唇が何度も重なり、吐息が触れ合う。初めて触れたときとはまったく異なり、生き物のように舌が入り込み、逃げるニエルの舌を追いかけ絡めとられる。それだけでなく、粘膜をねっとり弄られる。外にいるというのに無我夢中に貪られるので、さすがにこれ以上は無理だと体から力が抜けたタイミングでようやく解放された。言い訳をしながら体を支えてくれる。

「我慢できなかった」
「ハァ。そんなに好きか? この顔が」
「愛してる」

***

 イリーナを見送った翌朝。ニエルがユージンの寝室で目を覚ますと、ベッドサイドのテーブルには寝る前にはなかったものが置かれていた。篭に盛られているのは橙色で檸檬のような形をしたフルーツ。独特の甘い香りがする。

「枇杷だ」

 手を伸ばして一つ手に取る。隣に寝ていたはずのユージンは、バスローブ姿で部屋に戻ってくる。髪の毛からは水がぽたぽた滴っているので湯浴みをしたのだろう。

「おはよう、ニエル。君に食べさせたくて取り寄せてたんだ。僕以外の人からあげるって言われても、もらったらダメだよ?」
「その理由は?」
「この国では王様が少年だった頃、意中の少女に贈ったフルーツが枇杷だったんだ。その後、二人は国王と王妃になった。だから結婚したい相手に贈ると、食べた人と結ばれるという謂れがある」
「だからあんな反応だったのか」

 ニエルの家族が持ち帰った枇杷を一切口にしなかったのは、ユージンがニエルに贈ったものだとわかっていたからだと、今更ながら腑に落ちた。

「教えてくれてもよかったのに」
「実現したでしょ?」
「俺は枇杷がなくても、お前と一緒にいたよ。たぶんな。異世界でも食べていたから、あのとき、ふと思い浮かんだんだよな」

 この世界では初めて口にしたが、前世でも食べる機会が一度だけあった。

「異世界では誰にもらったの?」
「自分で買って……いや、別の果物買ったおまけでもらったかも。八百屋の息子に」
「えっ!?」

 それを告げた瞬間、ユージンははっとしながら勢いよくこちらを向いた。何度も目を瞬かせている。視線が合う。

「そういえば、どことなくお前に似てたかも……なんてな」

 だいぶ前の記憶なので曖昧とはいえ、人のよさそうな容貌は今のユージンに似ていた。他人の空似というやつだろう。

「……時々見ていた夢で、僕は野菜や果物を売るのを手伝っていて、笑顔の素敵な彼に枇杷を贈ったことがある……」
「まさか!」
「夢の話だけどね」
「気のせいだろ。異世界にお前はいないからな。枇杷は自分で買ったものだから安心しな。転生しても俺はモテなかったよ」

 だんだんと記憶が薄れているため、異世界での生活は思い出しにくくなってきた。そのうち妹のことも忘れてしまうのかもしれない。

「そういえば、俺が去った世界にいる妹は元気にしているだろうか」

 十五年間という、人の一生に比べると長すぎず短すぎない時間とはいえ、家族として過ごした記憶が残っている。

「ヒーラーに聞いてみようか」
「そんなこともわかるのか?」
「異世界で君が元気に過ごしていると、教えてくれた張本人だからね」

 それもそうかと納得する。身支度を整えて朝食を済ませ、さっそく会いに足を運んだ。

「ニエルさん、ユージンさん、おはようございます。成就したのに、またご利用いただき感謝します」
「異世界に転生したときにできた妹が、今はどう過ごしているのか知りたいんだ」
「捜索範囲が異世界ですと、通常料金の他に特別料金が発生しますが、報酬はばっちり弾んでくれますか?」
「ユージンが言い値で払うよ」
「任せてください、すぐに視ましょう!」

 てっきり守秘義務と断られるかと思いきや、ヒーラーは水晶玉に両手をかざして目を閉じた。いつも置いていたが使っている姿は初めて見た。なにかぶつぶつとつぶやき、一呼吸置いてからパッと目を開く。その目は虚ろだった。

「視えました」

 ニエルはごくりと息を呑む。緊張する。

「漁港にあるカフェで、青いプリンを食べています。二つ目を食べようとしたところ、淑女にあるまじき行為だと侍従に叱られて拗ねています」

 それを耳にして真っ先に思い浮かべた人物はただ一人──従姉妹のフレデリカだ。ところが、フレデリカは十歳だ。ニエルが回帰の影響で人生をやり直したのならば、妹も事故に巻き込まれて転生したのではないかと顔色が曇る。

「どういう経緯で生まれ変わったんだ? もしや、俺のように途中で……」
「詳しいことは言えませんが、こちらと異世界では時間の経過速度が異なります。ですから、心配されているようなことはないかと」
「そうか、それならよかった」
「青いプリンということは潮風プリンか。君と食べに行きたいな」
「ああ、新婚旅行はそこにしようか」
「今すぐ休みを取ろう」

 有言実行とばかりに休みの申請をしたところ、一か月待ってほしいと止められたのでユージンは渋々働いた。そんなユージンを毎朝見送る日課が新たにできたので、ニエルが昔から苦手としていた朝が少しだけ得意になった。
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