この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

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番外編 一・フレデリカに会いに行こう!

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 諸国漫遊と銘打った新婚旅行から帰国して数日。四月中旬。異国の景色や文化に触れた喜びもつかの間、一か月の休暇を取った代償として、ユージンの執務室には高く積み上げられた書類が、山となっていくつも押し寄せていた。急を要するものは残った家族が手分けをして対応してくれていたものの、期日に余裕があるものはどうしても後回しになってしまう。
 代々地主を生業としているアイアンズ家は、肥沃ひよくな土地を新たに購入し、領民に貸し出すことで賃貸料を得ている。ユージンの仕事は、単なる地主業には留まらず、定期的な領地視察で農作物の収穫量を調整し、新たな販路を開拓する。時には領民たちの間に生じた軋轢を解消し、不平不満の芽を摘み取ることも重要な役目だ。
 婚姻を機に父親から男爵の爵位を与えられたユージンは、アイアンズ家の家業を本格的に学ぶべく、文字通り粉骨砕身の日々を送っている。最愛の伴侶であるニエルは、そんなユージンを献身的に支えている。日々届く大量の郵便物一つ一つに目を通し、家令の意見を参考にしながら、重要な書類とそうではないものを丁寧に仕分け、負担を少しでも減らそうと尽力している。いつしかニエルは、ユージンの執務室にある机に向かう時間が増えていた。

「ニエル。そろそろ休憩しない?」

 ユージンは、ローテーブルに紅茶とニエルの好物であるチーズケーキを並べた。街一番のパティスリーでホールごと三つ購入したそれは、綺麗な狐色をしている。焼き立てを用意したので香ばしいチーズのいい香りがする。大食漢なニエルのために、おかわりも十分に用意してある。

「さっき休憩したばかりだろ」

 ところが、ニエルはこちらを一瞥することもなく、手でしっしと払うような仕草をした。さっきと言っても、すでに二時間は経っている。ユージンは少しばかり落胆する。

「あ!」

 しかし次の瞬間、声をあげたニエルは顔をぱっとあげ、笑みを浮かべながらユージンに視線を向けた。

「どうしたの?」
「フレデリカから招待状が届いた!」

 フレデリカとは、フレデリカ・ガルフィオンのことで、今年で十一歳になるニエルの従姉妹だ。ニエルの父親の弟であるガルフィオン子爵が領地を任されている。彼女はここから東方の港町に住んでいる。
 今年の三月にニエルとユージンは教会で結婚式を挙げたが、ガルフィオン子爵や夫人、フレデリカを招待していたものの、季節性の感染症で急遽来られなくなってしまったためにユージンとは面識がない。

「誕生日パーティー?」
「うん。ユージン、来月なんだけど都合つくか?」

 ニエルの碧く美しい瞳が、期待に輝いている。何度目にしても飽きることはない。

「うん、大丈夫だよ」
「よかった。じゃあ、出席で返事するな」

 ニエルは心底嬉しそうだ。ユージンはそんなニエルの笑顔を見ているだけで、日々の疲れが癒やされていくのを感じている。

(必死に考えて、努力をして頑張って、想いを受け入れてもらえてよかった)

 伴侶である彼──ニエル・ガルフィオンとユージン・アイアンズは、本来ならば結ばれる運命ではなかった。ニエルは十九歳という若さで命を落としてしまうからだ。そんな彼と現在も共にいるのは、人生回帰という方法を採って、ニエルの死を回避したからだ。人生回帰は、この世界に存在するチートキャラ設定のユージン・アイアンズと、ヒロインとして認識されているイリーナ・アルハインだけに付与された特権だという。ヒーラーによると、神の恩恵らしい。ユージンたちが生きる世界は、どこか異世界で展開されている乙女ゲームという、女性を対象にしたゲームの世界線と同じらしい。自分にとっての現実が、誰かにとってのゲームだとは知る由もなく。
 といっても、元々のユージンは、自分が生きている世界については興味がなく、ゲームだろうが何だろうがどうでもよかった。必然的に顔を合わせるイリーナ・アルハインと親睦を深め、なんとなく結ばれるのだろうと思っていた。気が合うし、慈悲深く傲慢ではない彼女に惹かれていなかったといえば嘘になる。
 ところが、自分を庇う形でニエル・ガルフィオンを失ってしまい、どういうわけか何とも言えない喪失感に襲われていた。彼とは幼馴染みだったものの、特別親しいわけではない。遊んだ回数もそれほど多くもない。互いの誕生日を祝うどころか、いつ生まれたのかすら知らなかった。今思うと幼馴染みだったことすら怪しい。
 そんな彼の印象は、ガルフィオン伯爵家の次男坊で自由奔放のわがまま。公爵家嫡男の重責を知ることはなく、悠々自適を謳歌していた。羨ましくはないが、生まれたときから自由を得ている彼は、いつでも楽しそうになにかを口にしていた。
 けれど、徒歩十分圏内に住んでいたそんな彼が、突然、この世からいなくなってしまった。しかも原因はユージン・アイアンズである自分だ。そうなることは想像しておらず、たまに社交界で会った際には、いつものように立食している彼に話しかけ、面倒そうに返されながらも、取るに足らない世間話をすると思っていた。
 彼の葬儀をガルフィオン伯爵家で終えたその足で、なにかと助言をくれるヒーラーの元へ向かっていた。無意識のうちだった。ヒーラーに会うなり、ニエルを死なせてしまったことを悔いていると、初めて他人に打ち明けた。誰にも言えなかった。よっぽど酷い顔をしていたのだろう。顔色を曇らせたヒーラーからは、ニエルは転生した世界で悠々自適に暮らしているのだと打ち明けられた。

 別の世界で暮らしている――。

 その別の世界に行くきっかけを作ってしまったのは、他でもない自分だ。彼がこの世界で幸せになる機会を奪ってしまったのだと、改めて認識した。
 溜め息を吐いて落胆していると、ユージンの目の前で頭を掻いたヒーラーから、人生回帰が可能だとどもりがちに告げられた。やり直せる時期は自由に決められるという。
 衝撃だった。本当にそんなことが可能なのか。やりなおせるだなんて、奇想天外すぎて何を言われているのか理解するのに時間がかかった。最初はからかわれているのだと思った。俄かに信じがたかった。
 けれど、戻る方法があるというならば、一か八かそれに賭けてみたくなった。そして、どうせやり直すなら、今度は単なる顔見知りに近い幼馴染みという立ち位置から、距離を詰めてみたくなった。殺される直前ではなく、幼少期から接触し、親しくなってみたかった。もう一度、生きているニエル・ガルフィオンに会いたくなった。
 躊躇うことはなかった。二度とイリーナと結ばれることのない世界線になるのだと忠告されても、今生とは異なる人生になると言われても、決意が揺らぐことはなかった。

「ユージン?」

 黙ったまま椅子に腰かけていたからか、いつの間に隣に座っていたニエルに、心配そうに顔を覗き込まれる。さらさらとした金髪と、濁りのない澄んだ海水のような碧眼を持つ美しい顔をした彼が、触れられるほど近くにいる。衝動的に吸い寄せられるままに、小さな唇を目がけてチュっと吸いつくと、ニエルは目を瞠りながらも拒むことはなかった。二度、三度と軽い口付けを繰り返してから、そっと離れる。

「なんだよ?」
「したくなったからしただけだよ」
「まぁいいけど。ケーキ、食べていい?」
「もちろん。紅茶、すぐ淹れるね」
「ありがとう」

 用意したチーズケーキを頬張りながらも、ニエルの表情はどこか浮かないので心配になる。

「美味しくなかった?」
「いや、うまいよ。ただ、フレデリカの誕生日に、なにを贈ろうか考えてたんだ」

 誕生日パーティーに出席するならば、手土産の他にプレゼントは必須だ。ユージンも他人ごとではない。
 昨年、ニエルは領地を視察した手土産として、スーツを着用したうさぎのぬいぐるみを手渡したことを教えてくれた。あれから一年経っていないので、もしかするとまだ有効手段かもしれない。

「二体のぬいぐるみを用意して、それとお揃いのドレスをオーダーするのはどう? 僕とニエルがそれぞれデザインするんだ」
「ぬいぐるみとお揃い……?」
「うん」

 そう告げるとニエルはなにか考え込む。アイディアが浮かんだのか顔をあげた。

「それ、いいかも! 今、思い出したんだけどさ、異世界での俺の妹は、好きな推しキャラができると、ぬいぐるみと揃いの衣装を手作りしてイベントに参加してたんだ」

 時折、楽しそうに異世界での出来事を教えてくれる。その世界でのニエルの様子を見てみたかったなと思いつつ、それは叶うことはないので切りのいいところで話しかける。

「さっそく探しに行く?」
「ユージン……。仕事はいいのか?」
「急ぎのものはないから大丈夫。それに、ドレスをオーダーするなら早めにしないと、来月開催のパーティーに間に合わないよ?」
「そうだな。じゃあ行こうか」

 二人で執務室からデートに出かける口実が出来たので、ユージンはフレデリカに人知れず感謝した。
 ウィンドウや店先を軽く眺め、ぬいぐるみが置かれていることを確認してから店内に足を踏み入れる。ぬいぐるみを中心に店を巡る。何軒目かはわからないが、手作り小物を扱う雑貨店で吟味していると、白猫と黒猫のペアのぬいぐるみが一点ものとして飾られていた。その二体を購入して、別のテナントにあるオーダーメイド可能なアパレルショップに持ち込んだ。
 店員に用意してもらった紙におおまかなデザインを描くと、あとはデザイナーと話し合いながら調節する。流行りを取り入れてもらいつつ、ニエルは赤、ユージンは黒を基調とした、レースをふんだんに使った華やかでボリュームのあるデザイン画が完成した。フレデリカと直接会ったことはないが、同封されていた写真に写るお澄まししている彼女に似合うだろう。

「ニエル。ドレスのサイズはわかる?」
「背丈なら」

 そういうや否や、ニエルは大まかな身長をデザイナーに伝える。

「背はニエルの指示した通りで、他はこの写真を参考にしながら、十一歳少女の平均サイズでオーダーすることはできますか?」
「はい。承りますよ」
「それでお願いします」

 猫のぬいぐるみ用ミニドレスと、フレデリカが着用するドレスを同時に注文した。

「ついでに、僕たちが着る衣装もペアで新調する?」
「それならデザインしたい」
「じゃあ白を中心に僕の衣装を考えて。僕は君の分を考えるから」
「わかった」

 我ながらいい提案をしたと自画自賛したくなった。人前だろうとも、堂々とニエルに夢中になれる。しかも、目の前にいる彼もこちらに注目してくれる。ゆっくりじっくり最愛の人を眺めながらデザインしたいところだが、ニエルには無尽蔵の食欲があるため、二十分とほどほどに切り上げて退店した。
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