この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

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番外編 四・ニエルが欲しいものは……?

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 そしてとうとう八月下旬。愛する伴侶であるニエルの誕生日、当日。ユージンは、午前九時からガルフィオン家のキッチンを借り、巨大なハンバーグや付け合わせのナポリタン、エビフライにオムライスと、ニエルのリクエストに応えるべく料理を拵えていた。

「このケーキ、一人で準備したのか!?」

 テーブルには、お子様ランチのラインナップの他に、巨大なホールケーキがどっしり鎮座していた。もちろん手作りだ。まさかケーキまで手作りしているとは思わなかったのか、ニエルは驚いている。
 実のところユージンは、作る機会が一度もなかっただけで、調理に関しては不得意ではなかったらしい。レシピを見れば、その通りに完成させられることに早々に気がついた。オムレツを失敗した数日後、一人で練習したときに発覚したのだ。ただ、できない振りをすると、ニエルが構ってくれることを知っているので、彼が見学にきた際は時折、指を切って心配してもらっていた。本人に言うつもりはないが。

「うん。気に入ってくれたかな?」
「いつの間に、作れるようになったんだよ……」

 大きく目を見開きケーキを観察しているニエルは、やっぱりチートキャラはチートキャラなんだろうかと、独り言をつぶやいている。

「ユージンくん。どの料理も素晴らしい味つけと見た目だよ」
「知らなかったわ。あなたには、料理の才能もあるのね」

 ガルフィオン伯爵と夫人に褒められ、ユージンは安堵する。ニエルの兄、アルノーやその妻も、美味しいと次から次へと口にしてくれた。

「ニエル。僕の作ったハンバーグ、美味しい?」
「ああ、悔しいけど、最高だよ!」

 自分のときはこんな短期間で上達しなかったのに、とニエルは口を尖らせるので、可愛すぎる反応に困った。

「よかった! 誕生日おめでとう!」

 人前なのでなんとか我慢して、ポケットに納めていた長方形の箱を取り出し、ニエルの目の前に置いた。彼は箱を二度見した。

「あれ、料理以外にも用意してくれたのか?」
「うん。思い浮かんだからね」
「開けてもいいか?」
「もちろん」

 緑色のリボンを解き、箱を開ける。中身を覗く。

「……万年筆か!」
「僕のを使っていたから、それでもよかったんだけど、改めてプレゼントしたくなったんだ」
「ありがとう、明日から使わせてもらうよ」

 ニエル・アイアンズと名前を入れた万年筆を取り出すと、胸ポケットに大事そうに差し込んだ。

「俺もサプライズがあるんだよ、ユージン」
「え? なにかな」
「これだよ」

 ニエルが合図すると、給仕が小さな篭を運んできた。それをニエルが受け取り、ユージンに手渡した。オレンジ色の小ぶりの果物が詰まっている。

「枇杷だ」
「そうだよ。俺からも渡したくなったんだ。俺の誕生日だけどな?」
「……」

 結婚する前、意味を知らずに枇杷が食べたいとねだられた。意味を知らずに食べてくれた。そんな彼が、意味を知った今、枇杷を用意してくれたのだ。感極まりそうなところを堪えている。

「いらなかったか?」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう」
「どういたしまして。お前の誕生日だと、冬だし入手困難だろうから今日にしたんだよ」

 いたずらっぽく笑みを浮かべて付け足す。

「特別に俺が剥いてやるよ」

 ニエルが用意し、皮を剥いてくれた枇杷は極上の甘さをしていた。


 日が沈み、静寂に包まれた夜が訪れる。
 アイアンズ家でもニエルの生誕を祝いたいと、ユージンの母の一言がきっかけで、腕利きのシェフが張り切って、ローストビーフやステーキ、スコッチエッグ、ちらし寿司、オニオンサラダ、チーズケーキを振る舞ってくれた。どれもこれも美味しいと、ニエルはご満悦でシェフを喜ばせていた。ユージンとしてはちょっとだけ複雑だった。
 肩を並べて部屋に戻ると、お待ちかねの二人の時間がやってくる。今日はとにかく一日が長かった。ニエルと心ゆくまでいちゃいちゃしたいのに、そんな隙は一切なかった。

「ねえ、ニエル。今夜は一緒にお風呂に入らない?」

 鼻歌を歌うほど上機嫌ならば、もしかしたら首を縦に振ってくれるのではないかと淡い期待を抱き、ユージンは問いかけた。ちなみに過去三回、同じ誘いを試みているがすべて失敗に終わっている。素面のままだと恥ずかしいらしい。

「……どうしてだ?」

 ニエルは少し、訝しげな表情でユージンを見つめ返した。

「今日はたくさん頑張ったから、癒してもらおうかと」

 疲れて気を失っている彼を風呂に入れたことは何度かあるが、起きたまま一緒に入ったことは、ほとんどない。朝から料理に奮闘していたことを理由にするのは少し気が引けるが、ここは一か八かダメもとで交渉するしかない。

「いたずらしないって約束するなら、いいよ」
「……それはさすがに、自信がない……」

 ユージンは正直に白状した。

「じゃあダメだな!」

 清々しいほどの笑顔で却下されてしまった。怯みかけたユージンだったが、何とか必死に食らいつく。

「裸の君が傍にいて、僕が我慢できるわけないでしょ?」
「まぁ、そうだろうな。美しいし」

 二十歳になってもニエルは、自分の外見を鏡で眺めながら自信満々に自画自賛している。いつものことだ。

「明日の昼に、鰻をご馳走するよ。予約が取れたんだ」
「……ユージン。またその手を使うのか?」

 呆れたような口調で言った。

「君に食べてほしいんだ。滋養強壮にはぴったりだからね」
「だから今夜は、くたくたになるまで寝かせないってことか?」

 魂胆が見透かされていると言わんばかりに、ニエルは、人差し指でユージンの胸元を軽く突っついた。煽られているようにしか思えず、ニエルの腕を引き寄せ、優しく抱きしめた。

「君が望むなら」
「ハア。それなら仕方ないな?」

 めったに食べられない鰻を使ってまで、一緒に風呂に入りたかったのだ。溜め息を吐き出しながらも了承してもらえたので、気が変わらないうちにバスルームへと移動した。

「電気はつけずに、蝋燭にしないか? 雰囲気も出るし」
「いいよ」

 薄暗いバスルームで、服を一枚一枚脱ぎ捨てるニエルを目の当たりにし、ユージンは理性を失いそうになりながらも、何とか必死に耐えた。
 裸になると、まずはお互いの頭や体を丁寧に洗い合い、それからバスタブに湯を張り、ニエルは、ユージンに背中を預けて、足を伸ばして座っている。

「ふう……背中になんか当たっているけど、いい湯だな」
「うん。最高だよ」
「……こら、声が響くんだから、そこは触るな?」
「いたたた」

 ユージンが、ニエルの胸元に手を這わせた瞬間、手の甲を抓られてしまった。小さく吹き出しながら、その手を彼の肩まで移動させる。

「なに? ユージン……んん……ッ!」

 ニエルの首筋に口づけを落とし、軽く吸いあげると、彼の体はびくんと大きく跳ね上がった。

「やめ……!」
「ニエルが声を我慢すれば聞こえないよ?」
「……ユージン!」

 肩越しに睨まれ、潤んだ青に近いエメラルドグリーンの瞳に咎められる。思わずチュ、と一度、ニエルの唇を奪ってから、甘い声で囁いた。

「なんてね。人払いしてあるから平気だよ。僕が、君の声を他人に聞かせたいと思う?」
「……その割には、壁の薄そうな宿でも、お前は平気で手を出してこなかったか? ん?」

 ニエルは疑わしげな目を向けてくる。

「実はね、周辺の部屋も一緒に押さえてたんだ。だから聞かれてない」

 紛れもない真実だ。誰にも聞かせたくない。ニエルのすべてを独り占めしたい。誰にも邪魔されたくない。
 ユージンは、湿っているニエルの髪を優しく撫でている。

「……必死だな?」
「必至だよ。君と溶け合いたいからね」
「悪くないかも……んん!」
「……ねえ、続き、してもいい……?」

 ニエルの耳元で囁き、ユージンは懇願する。

「俺の負けだよ!」

 観念したかのようにニエルは叫んだ。負けを認めてからのニエルは積極的で、背面から胸元に触れたり、下半身やその奥に指を伸ばしても、止めることはなかった。昨夜も深く交わっていたとはいえ、ゆっくりと時間をかけて体を解すと、一度お湯から体を引き上げた。そして、背後から慎重に貫くと、また湯に浸かりながら一心不乱に愛し合った。まさに至福のひとときだった。
 バスルームで長居してしまったため、ぐったりとしたニエルを抱えて風呂からあがり、水分補給させてから身なりを整えた。

「風呂場は当面禁止……――んんんんッ!」

 文句を告げようとした唇を、ユージンは甘く塞いだ。



 あくる朝。声のすっかり枯れたニエルに「昨夜は、どっちが誕生日かわからなかったな?」と指摘され、ユージンは思わず吹き出した。
 ニエルには一生、敵わない気がする。可愛らしく拗ねた彼の表情を見るたび、ユージンの心は満たされてやまない。

「今週の鍛練は、久しぶりにアーチェリーにしようか」

 今年に入ってからは一度も対決していないので、久しぶりに腕比べをしたくなった。といっても、五分五分の実力なので勝敗はなかなか決まらないが、それもまた楽しいので構わない。

「でも、もう失敗しても隠し事はないだろ? まあ、俺は外さないけど」
「んー、それはどうかな」
「まだあるのか!?」
「内緒」

 ニエルに言っていないことなら、まだいくつかある。エリオットが薬を盛った理由や、護衛騎士フランクが、密かに想いを寄せていた相手のことなど。でも一生、口にするつもりはない。それぞれに大切な人がいる今、掘り返したところで気まずくなるだけだ。

「ふうん。それならさ、お前が一回外したら、罰として俺からキスするって言ったら?」
「もちろん、全部外すよ。当たり前でしょ」

 ユージンにとっては罰ゲームどころか最高のご褒美だ。その条件なら、今すぐにでも的の前に立ちたいくらいだ。

「言い出しっぺの俺が言うのもなんだけど、それじゃあ勝負にならないだろ。それに、そんなにキスしたいのか?」
「したい」
「昨日も散々したのに?」
「むしろ足りないくらいだよ」

 一日百回でも足りない。飽きることなど絶対にない。それだけは誓える。

「お前が満足するまでキスしていいって言ったら、唇が腫れそうだな」
「ちゃんとケアするから大丈夫」
「はいはい。アーチェリーはまた今度にして、遠乗りでもしないか?」
「いいよ。どこに行く?」
「そうだな……」

 少し寝坊した朝、ベッドの中で交わす何気ない会話。それがユージンにとって、何よりもかけがえのない幸せだった。


おしまい
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