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チャプタ―71
ダメな安倍晴明71
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● ● ●
四条以北にある豪奢な邸の寝殿でその会話は交わされていた。
「今宵の間に、あの女狐は討たれようか?」
「強力な妖でございますれば、もうちっと刻がかかるのではないかと」
主の問いかけに、法師陰陽師は差し支障のある表情で応じた。
さようか、と主は感情のこもらない声でこたえた。妖の犠牲になって多くの者が死ぬと告げたにも関わらずだ。非情な男だ、と法師は表情に現わさずに笑った。
「したが、上手い手であった。摂政派の親王の名声に傷をつけるために女性、それも妖を利用するとは」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます」
摂政派の親王の名声に傷をつける、そのために多くの者の命をふたりは間接的に奪ったのだ。
「褒美は期待してよいぞ」
「期待に胸が震えまする」
声を発しながらも法師の内心は冷えていた。
わざわざ播磨から呼び寄せたのだから、褒美があるのは当たり前ではないか、と思っているのだ。
主の邪魔者を呪詛した件の褒美も法師が期待したほどではなかった、それが余計に冷え冷えとした感情を抱かせている。
「おい、道満。おい、道満」
村を巡って陰陽道の術を施していると、必ずといっていいほど自分を唾棄すべきものとしてとらえる者が現れた。
それは同じ法師陰陽師だった父も同じだった。
しかも、父は投げられた石が頭に当たったのが元で死んでいる。
虚しい、なんと虚しい死にざまだ。
おれは、おれはそうはならぬぞ――。
道満は胸にそんな思いを秘めていた。
「おい、こたえぬか、道満法師」
「何用か、鞍男(くらお)殿」
道満は涼しげな顔でこたえる。
「村の娘が死んだのはおまえの仕業だろう」
すると、村長の子息は言いがかりをつけてきた。
「はて、なにゆえ手前がさような真似を」
「おまえが言い寄って拒まれたのを見た者がいる」
相手は鼻息荒く告げるが、まったく身に覚えのない話だ。だが、
「この人殺しが」
屈強な若者に殴られればただでは済まない、道満は眩暈に似た感覚をおぼえた。
「急々如律令」
同時に呪文をとなえている。昨夜、こちらを物陰からうかがうようすがおかしかったため、眠った隙を狙って呪詛を仕込んでおいたのだ。
う、と若者は呻いたとたん、口から花を咲かせる。それだけでなく全身から植物の蔓を生えさせた。
「どうだ、妖の木魂を用いた呪詛は? 徐々に命が吸われる感覚は甘美であろう?」
倒れた相手を覗き込みながら、道満は喜色満面の笑みでたずねる。
そして、相手を村の近くの森へと引きずっていった。
「場所が村はずれでよかったわ」
相手にしても人目を忍びたかったのだろうが、それが結句のところ仇となったのだ。
樹にもたれかけさせたときには、もはや若者は緑色のなんだかわからない塊に転じていた。
「死体を植える手間が省ける、それがこの呪詛のよきところよ」
道満は自分の術の冴えにご満悦だった。
「知っているか、鞍男。お前の父はお前の母に婿入りするために邪魔者だった前妻を我が父に呪詛させ殺しているのだ」
おまえが死ぬのは因果応報だな、と道満は歯を剥いて笑った。
だが、鞍男のように彼を蔑む者は跡を絶たなかった。
「いかがした、道満?」
主の問いかけに道満はやっと我に返る。
「ちと、考え事を」
言い訳くさい口調で彼は言葉を返した。が、主もそこまで彼に興味はないのか、深く追求することはなかった。
四条以北にある豪奢な邸の寝殿でその会話は交わされていた。
「今宵の間に、あの女狐は討たれようか?」
「強力な妖でございますれば、もうちっと刻がかかるのではないかと」
主の問いかけに、法師陰陽師は差し支障のある表情で応じた。
さようか、と主は感情のこもらない声でこたえた。妖の犠牲になって多くの者が死ぬと告げたにも関わらずだ。非情な男だ、と法師は表情に現わさずに笑った。
「したが、上手い手であった。摂政派の親王の名声に傷をつけるために女性、それも妖を利用するとは」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます」
摂政派の親王の名声に傷をつける、そのために多くの者の命をふたりは間接的に奪ったのだ。
「褒美は期待してよいぞ」
「期待に胸が震えまする」
声を発しながらも法師の内心は冷えていた。
わざわざ播磨から呼び寄せたのだから、褒美があるのは当たり前ではないか、と思っているのだ。
主の邪魔者を呪詛した件の褒美も法師が期待したほどではなかった、それが余計に冷え冷えとした感情を抱かせている。
「おい、道満。おい、道満」
村を巡って陰陽道の術を施していると、必ずといっていいほど自分を唾棄すべきものとしてとらえる者が現れた。
それは同じ法師陰陽師だった父も同じだった。
しかも、父は投げられた石が頭に当たったのが元で死んでいる。
虚しい、なんと虚しい死にざまだ。
おれは、おれはそうはならぬぞ――。
道満は胸にそんな思いを秘めていた。
「おい、こたえぬか、道満法師」
「何用か、鞍男(くらお)殿」
道満は涼しげな顔でこたえる。
「村の娘が死んだのはおまえの仕業だろう」
すると、村長の子息は言いがかりをつけてきた。
「はて、なにゆえ手前がさような真似を」
「おまえが言い寄って拒まれたのを見た者がいる」
相手は鼻息荒く告げるが、まったく身に覚えのない話だ。だが、
「この人殺しが」
屈強な若者に殴られればただでは済まない、道満は眩暈に似た感覚をおぼえた。
「急々如律令」
同時に呪文をとなえている。昨夜、こちらを物陰からうかがうようすがおかしかったため、眠った隙を狙って呪詛を仕込んでおいたのだ。
う、と若者は呻いたとたん、口から花を咲かせる。それだけでなく全身から植物の蔓を生えさせた。
「どうだ、妖の木魂を用いた呪詛は? 徐々に命が吸われる感覚は甘美であろう?」
倒れた相手を覗き込みながら、道満は喜色満面の笑みでたずねる。
そして、相手を村の近くの森へと引きずっていった。
「場所が村はずれでよかったわ」
相手にしても人目を忍びたかったのだろうが、それが結句のところ仇となったのだ。
樹にもたれかけさせたときには、もはや若者は緑色のなんだかわからない塊に転じていた。
「死体を植える手間が省ける、それがこの呪詛のよきところよ」
道満は自分の術の冴えにご満悦だった。
「知っているか、鞍男。お前の父はお前の母に婿入りするために邪魔者だった前妻を我が父に呪詛させ殺しているのだ」
おまえが死ぬのは因果応報だな、と道満は歯を剥いて笑った。
だが、鞍男のように彼を蔑む者は跡を絶たなかった。
「いかがした、道満?」
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「ちと、考え事を」
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