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第17章 どうやら魔王は兄妹のようです。
雷霆戦争(ティーターノマキアー)
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黒い蟲たちに覆われて、鍵の獲得者は死んでいった。
あれほどの、蟲たちに生きたまま捕食されてしまったのだ。
今だに鍵の獲得者の周囲を大量の蟲が飛び回っている。
それは黒いカーテンのように死体を隠してくれている。
「「むう…………。我が妹よ。さすがにこれは?」」
その様子を不満そうな顔で妹を見る兄。
兄は妹を責めるつもりは微塵もないようだが、少し残念に考えているようだ。
「「お兄様……妾は冷静に判断するべきだったかしら?」」
妹の方も後悔はしていないようだが、判断を誤ってしまったと考えているようだ。
せっかく、鍵の獲得者との鍵を巡った戦いをしていたというのに、自分たちが倒せたという実感が湧かないのである。
蟲たちに任せっきりで終わった。終わってしまった。
虚しい。
憐れにも妖魔王の手ではなく蟲たちに殺されたようなものである。
「「…………そうかもしれないな我が妹よ。なんだかあの鍵が明山によって呪われていそうな気がするのだが?
触った瞬間に呪い殺される気がするのだが?」」
「「確かに触りたくはないですね。とりあえず、あとで明山っ…………勇者さんは埋葬しておきましょ?
最後に我(妾)らに挑んだ反逆者として……。とりあえず骨くらいは残っているはずだわ」」
反逆者への敬意として妖魔王は鍵の獲得者の骨を埋葬してあげるつもりのようだ。
人類に訪れる死を乗り越えるための必要な犠牲として、不老不死の参考者の1人として……。
そのため、妖魔王は魔法を解除した。
「…………………!!!!」
黒い蟲のカーテンが徐々に消えていく最中、それは勢いよく妖魔王に向かって飛んでくる。
大砲から飛び出る砲弾のように素早く。
それは黒い蟲のカーテンを破るようにして飛んできた。
「「しまった!?」」
「「しまったわ。『魔即天(まそくてん)…………』」」
だが、妖魔王が気づいたときにはすでに遅い。
それは妖魔王の目の前に吹き飛んできた。
それは妖魔王に魔法を使わせる隙も与えることがない。
その怒りの表情を露にして、宙で拳を構えている。
「『100円パンチ×2(ツイン)』!!!!!!!!」
妖魔王の兄と妹の両者へと激痛が走る。
両者の腹に放たれた腹パン。
「「ガッハッ!?!?!?」」
その衝撃に妖魔王の体は吹き飛ばされ、少し離れた床に勢いよく激突する。
獲得者はついに一発攻撃を与えることができたのだ。
生きている?
生きているなんて。
生きているではないか!!
生きているわけがないのに。
生きているの?
鍵を文字通り死守できたお陰で俺は今もこうして生きている。
いや、生きているというより生き返っていると言うべきだ。
理科室の人体模型のように蟲に喰われていくのだから、生きているはずがない。
死ぬのは明らかである。
けれども俺は生きている。生かされている。
妖魔王を止めるために俺は何度も死んで生きて死んでいるのだ。
今、幸いにも蟲たちのお陰で俺が復活したことに妖魔王は気づいていないはずだ。
このまま、あの黒く群れた死体と共に妖魔王があの魔法を解除してくれればそれでいい。
もう一度、あの魔法で蟲たちを召喚されでもしたら、次はうまくいく自信がない。
今はあの俺だった物といっしょに妖魔王が魔法を解除してくれることを祈るばかりである。
それに、あの大量の蟲のお陰で床に伏せるだけで妖魔王からは見えない。
まるで黒いカーテンのように羽ばたき蠢いているため、呼吸音も妖魔王には聞こえないはずだ。
その隙に俺はポケットから数少ない小銭を取り出す。
100円玉2枚。金剛からもらった小袋。100円にも満たない小銭数枚。
金剛からもらった小銭の袋は今、蟲の嵐の中にいる。
それはあとで取りに帰る。今はせめて一撃でも与えていた方がいい。
作戦からは少し外れてしまうが、一撃くらいいれておかなければ死んでいった俺が報われない。
蟲たちが消えた瞬間に俺は妖魔王に近距離の攻撃を与えてやるのだ。
そうして、時は現在に戻るのである。
妖魔王が激突した床から埃が舞い始める。
床は変形し、大きなクレーターでもできたかのように凹んでしまった。
「ハァ…………ハァ…………」
やったのだ。始めて妖魔王に攻撃を当てることができた。
妖魔王には攻撃が当たる。当てることができる。無敵ではないということが分かったのだ。
俺は少しだけこの状況に安堵することができた。
今、子供を……少年少女を本気で腹パンした罪悪感などはない。俺だって殺されているのだから。
それに殺していないだけまだマシな方ではないだろうか。
もちろん、妖魔王がこんな攻撃で死なないことくらいは俺にも分かっている。
これからだ。問題は妖魔王が警戒するこれからの戦いだ。
「「………………痛いな?
我(妾)らは痛いのは苦手なんだけど?」」
舞っている埃によって姿は見えないが、妖魔王は生きている。
その口調から多少のダメージは受けたということを確認することができる。
つまり、妖魔王に先ほどの攻撃は通用していたのだ。
途中で避けられることも放てなくなったということもない。
ダメージを与えたのだ。
「バカ言うなよ?
俺は何度も殺されてるんだぞ?」
「「フッ…………それもそうだね。死ぬ方が痛いか。我(妾)らは君を何度も殺しているんだった」」
そう言いながら、妖魔王の兄が宙を横払いすると、彼らの姿を隠していた埃が一瞬にして晴れる。
そうして、姿を現した妖魔王の顔は冷めきって冷静さを保っているようだが。
「「よくもやってくれたね。勇者さん!!」」
空気が凍る。背筋が凍る。
その眼力はとても人間のものではない。
イラついている。彼らの外見には表れていないが、内心ではおそらく煮えたぎるように怒りを抑えているようだ。
ついに妖魔王が2人ともこちらに向かって歩き出す。
先程まで、必ずしも一定距離を俺と保っていた2人だったがついに歩き出した。
両者とも俺を睨んでいる。1人1人がお互いに任せっきりだったのに……。
妖魔王の妹の方は自らの周囲に小さな魔方陣達を浮かばせて、妖魔王の兄は手に持ったハサミのような刀に力を込めて握っている。
そして、彼らは足を後ろに引き、そのまま蹴り飛ぶ。
その瞬間は同時。一瞬の乱れもなく彼らは息を合わせて蹴りとんだ。
兄はその両刀を構えて勢いに任せながら、俺の首筋を線引くように横凪ぎに振る。
それをギリギリで避けたことまではよかったが、今度は妹による魔法の発動。
「「『爆炎奏(ばくえんそう)』」」
赤く燃える炎弾が俺の腹部に向かって放たれる。そして、炎弾は俺の目の前で爆発。
そのため、俺は熱く火傷してしまいそうな熱量を直接受けてしまう。
「くっ……!?」
熱い。服には燃えて穴が空いてしまった。
だが、それだけでは終われない。
鍵だけは何とかして守っていかねばならない。
妖魔王は俺の持っている鍵を奪おうと狙っているのだから。
なので、俺の意識は一瞬だけでも、自然と鍵の方へと向いてしまう。
その隙を妖魔王はついてくるのだ。
妖魔王の背後に回ろうと足を動かした瞬間に床から植物の枝が俺の肉体を貫く。
妖魔王の妹の魔法だろうか。そのせいで身動きがとれない。動こうとすると、枝が深く俺の肉体に突き刺さる。
これでは動かない的も同然。
慌てて妖魔王の方を見上げた。
その見上げたタイミングで妖魔王の兄は両刀を振るってくる。
俺の全身に一瞬で白き線が入る。切れ筋が入る。
「あっ!?」という暇すらない。
俺の体は突き刺さった枝ごとバラバラに切り分けられてしまったのである。
そして数秒で肉体は復活する。
初期の頃よりも復活の速さが速くなっている。
それでもギリギリだった。あと2cmでも鍵を握っている指が離れていればそのまま俺の体はバラバラになったままであった。
しかし、少しでも鍵に触れていれば復活できるこの身体。
どうやって俺の身体が復活しているのかは死んでいる俺には分からない。
だが、明らかに俺の復活中を見ていたはずの妖魔王は、まだ近距離にいる。まだこの拳が届く距離にいる。
その隙を狙って拳の一撃。
「『10円パンチ』」
妖魔王の兄に向かって放った拳は彼の頬を殴る。
しかし、妖魔王は目を瞑ってしまうこともなく攻撃を受けきり、そのまま攻撃に転じてきた。
両刀が斜め下から上へと振るい上げられる。
そして、俺の腕は切り落とされたまま、遠くへと飛んでいく。
その腕を呑気に見届ける暇もない。
飛ばされた腕の様子を眺めることもなく。
俺はもう片方の拳に10円を握りしめて、殴りかかるのだが。
「「『凍氷河(とうひょうが)』」」
妖魔王の妹による魔法によって俺の足が動かなくなり、グッと身体が後ろに寄ってしまう。
見ると、俺の下半身が凍っている。
俺の下半身は氷の層に覆われて、移動ができなくなっている。
だが、それがどうしたというのだ。
俺の拳はまだ届く。
そのまま、今度は妖魔王の妹に向かって殴りかかろうと拳を前につきだしたのだが。
「「よくやった我が妹よ。それではいくぞ!!!
『強制契約解除(リンク・ディサピア)』」」
妖魔王の兄が振り下ろす両刀は赤黒い発光を放ちながら、俺に向けて振り落とされてきた。
『強制契約解除』。
それは最強の対付喪人対策。
契約を強制的に切断し、一般人へと落とす触れてはいけない呪いの刃である。この刃に傷つけられてはいけない。
どんな超人的な能力を持っている人も、この刃は天敵となるのである。
つまり、これはルイトボルトの契約も付喪人の契約も切断できるのだ。妖魔王の兄が持つ切断の能力の最大限の必殺技である。
もちろん、このままでは俺の身も危ない。
下半身はすでに妖魔王の妹によって凍りつき、逃げることはできないし……。
逃げることができなければ妖魔王の兄の必殺技によって全てが無になる。
どうすることもできない。このまま刃が振り下ろされるのを黙っているしかない。
だが、一か八か。
どうせ、くらう羽目になるというのなら俺は……。
両手を前に出す。
受け入れるというわけではない。
最後の反抗として俺は両手を前に出したのだ。
「──────────切られなければ問題ない!!!」
そして、勢いよく両手の掌を合わせる。
一瞬でもずれてしまえば、終わりの行動を俺は見事にやりきったのだ。
真剣白羽取り!!!
一滴の切り傷も着くことなく。
無傷の真剣白羽取り。
「「だったら……このまま……!!」」
しかし、魔王といっても2人はまだ子供。年上の俺とは筋力には差がある。
つまり、兄にも子供程度の力しか備わっていないので、なんとか押し込まれずに済んでいる。
そのまま、押し返して思いっきり妖魔王へ攻撃を与えてやるつもりで俺はその形のまま上へと押し返そうとし……。
「「『風激翔(ふうげきしょう)』」」
妖魔王の妹の魔法攻撃をくらってしまった。
兄がピンチなら妹が助け、妹がピンチなら兄が助ける。
兄妹の絆による連携体勢がこれほどまで厄介だったとは誤算だった。
5mほど吹き飛ばされて、激しく床に背中を打ち付けてしまう。
それでも、俺は泣き言も言うことなく静かに立ち上がり、妖魔王の方を見据える。
「……………」
「「…………」」
お互いにかける言葉はない。
奴は俺を迎え撃ち、俺は奴を突破する。
そのために、俺は妖魔王に向かって走り出した。
片手には五円ソード。反対の手には鍵。
妖魔王の妹対策は鍵で、妖魔王の兄対策は五円ソードである。
汗が俺の頬から垂れ落ちてくる。
目の前には魔方陣を浮かばせ発動準備を行っている妖魔王の妹と、ハサミの片側のような両刀を構える妖魔王の兄。
刀の刃が俺の脳天へと振り下ろされる。
それを俺は五円ソードで頭部を守る。
刃と刃がぶつかり合い、力勝負となっていく。
そのまま、兄による刀の一振りを弾いていく。
「────ヘッ、こんなもの。金剛の剣の方がずっと重かったぜ!!!」
「「貴様…………」」
縦横無尽に力を込めて、剣さばきが振られる。
妖魔王の兄による猛攻はとてつもなく素早く。
子供にしてはその速さは圧倒的だった。
しかし、こんなもの……金剛との戦いの時に比べたらまだまだであった。
弾く。弾く。弾く。
何度押し返されても妖魔王の兄は諦めてこない。
自分と妹の身を守るために、彼は一刻も早く俺を殺そうと刀を振るう。
その技を防ぎつつ、俺は絶対的な隙を狙っていた。
刃と刃がぶつかり合う。
「ウオオオオオオオオオオ!!!」
そして、勢いよく床を踏みつけて、一歩前へと出る。
そして、そのまま振り下ろされた刀を思いっきり横凪ぎに弾き飛ばす。
俺と妖魔王との間合いが更に縮まった。
その反動によって思いがけず、妖魔王の兄は両刀を手放してしまった。
刀は宙を数回転し、床に突き刺さる。
もう簡単に妖魔王の手には届かない距離まで弾かれてしまったのだ。
「「しまっ…………!?」」
妖魔王は慌てて両刀の行方を目で追うが、すぐに視線を俺の方へと向け直す。妖魔王の兄にもう武器はない。
俺はそのまま彼の視線より下に背を低くし、五円ソードの角度を持ち変える。
横凪ぎに一太刀。
妖魔王の腹部を斬るために、俺は五円ソードを振るった。
「「『強制移動(テレポート)』」」
妖魔王の妹の声が聞こえたかと思うと、俺の五円ソードは空を裂いていた。
俺が動いたのではない。
妖魔王の妹によって、妖魔王が移動したのである。避けられたのだ。
だが、「後少しのところだった」なんて悔やむ暇もなく。
俺は妖魔王の方を向き直した。その視線の先に2人はいる。
しかし、今までのような冷静さは兄から感じることができない。
妖魔王の兄は腹部を布で押さえ、妹はそんな兄の具合を心配している。
よく見ると、妖魔王の兄の腹部からは深くはないが、出血は起こしているようだ。
「「我が妹よ。アレを使うのだ!!」」
布で傷口を押さえながら、妖魔王の兄は妹になにかを要求している。
「「でも、アレをしてしまえば鍵すら失くなってしまうわ?」」
「「いや、どんなことをしても鍵は壊れない。要は人体が鍵を持てない状態にすればいいんだよ。直前で解除すればいいんだよ!!」」
どうやら妖魔王にはなにか対策があるらしい。
鍵が失くなるかもしれないほどの作戦を持っているようだ。
彼らの目的から鍵を手にいれることが絶対条件のはずなのだが。
それほどまで俺に対して彼らは敵意をむき出しにしているのだろうか。
その兄の提案に妹はしぶしぶと新しい魔方陣を展開させる。
今度の魔方陣は妖魔王の妹周辺に浮かび上がるものではない。
この魔王城一面を取り込んだ巨大な魔方陣である。
「お前ら!! 何をする気だ!!!」
嫌な予感がしている。
今までに詠唱なんて行わずとも、魔法を唱えていた妖魔王の妹が呪文詠唱を始めたのである。
なにか、壮大な魔法でも放つ気なのか?
早くアレを使ってでも止めなければ、なにか起こってしまう。
そう考えて、俺は金剛から貰った巾着袋から小銭を取り出そうとポケットに手を忍ばせたのだが……。
「「雷霆戦争『(ティーターノマキアー)』」」
まばゆい雷により、周囲は白く光り景色を塗りつぶす。妖魔王の妹の詠唱は終わってしまったのだ。
あれほどの、蟲たちに生きたまま捕食されてしまったのだ。
今だに鍵の獲得者の周囲を大量の蟲が飛び回っている。
それは黒いカーテンのように死体を隠してくれている。
「「むう…………。我が妹よ。さすがにこれは?」」
その様子を不満そうな顔で妹を見る兄。
兄は妹を責めるつもりは微塵もないようだが、少し残念に考えているようだ。
「「お兄様……妾は冷静に判断するべきだったかしら?」」
妹の方も後悔はしていないようだが、判断を誤ってしまったと考えているようだ。
せっかく、鍵の獲得者との鍵を巡った戦いをしていたというのに、自分たちが倒せたという実感が湧かないのである。
蟲たちに任せっきりで終わった。終わってしまった。
虚しい。
憐れにも妖魔王の手ではなく蟲たちに殺されたようなものである。
「「…………そうかもしれないな我が妹よ。なんだかあの鍵が明山によって呪われていそうな気がするのだが?
触った瞬間に呪い殺される気がするのだが?」」
「「確かに触りたくはないですね。とりあえず、あとで明山っ…………勇者さんは埋葬しておきましょ?
最後に我(妾)らに挑んだ反逆者として……。とりあえず骨くらいは残っているはずだわ」」
反逆者への敬意として妖魔王は鍵の獲得者の骨を埋葬してあげるつもりのようだ。
人類に訪れる死を乗り越えるための必要な犠牲として、不老不死の参考者の1人として……。
そのため、妖魔王は魔法を解除した。
「…………………!!!!」
黒い蟲のカーテンが徐々に消えていく最中、それは勢いよく妖魔王に向かって飛んでくる。
大砲から飛び出る砲弾のように素早く。
それは黒い蟲のカーテンを破るようにして飛んできた。
「「しまった!?」」
「「しまったわ。『魔即天(まそくてん)…………』」」
だが、妖魔王が気づいたときにはすでに遅い。
それは妖魔王の目の前に吹き飛んできた。
それは妖魔王に魔法を使わせる隙も与えることがない。
その怒りの表情を露にして、宙で拳を構えている。
「『100円パンチ×2(ツイン)』!!!!!!!!」
妖魔王の兄と妹の両者へと激痛が走る。
両者の腹に放たれた腹パン。
「「ガッハッ!?!?!?」」
その衝撃に妖魔王の体は吹き飛ばされ、少し離れた床に勢いよく激突する。
獲得者はついに一発攻撃を与えることができたのだ。
生きている?
生きているなんて。
生きているではないか!!
生きているわけがないのに。
生きているの?
鍵を文字通り死守できたお陰で俺は今もこうして生きている。
いや、生きているというより生き返っていると言うべきだ。
理科室の人体模型のように蟲に喰われていくのだから、生きているはずがない。
死ぬのは明らかである。
けれども俺は生きている。生かされている。
妖魔王を止めるために俺は何度も死んで生きて死んでいるのだ。
今、幸いにも蟲たちのお陰で俺が復活したことに妖魔王は気づいていないはずだ。
このまま、あの黒く群れた死体と共に妖魔王があの魔法を解除してくれればそれでいい。
もう一度、あの魔法で蟲たちを召喚されでもしたら、次はうまくいく自信がない。
今はあの俺だった物といっしょに妖魔王が魔法を解除してくれることを祈るばかりである。
それに、あの大量の蟲のお陰で床に伏せるだけで妖魔王からは見えない。
まるで黒いカーテンのように羽ばたき蠢いているため、呼吸音も妖魔王には聞こえないはずだ。
その隙に俺はポケットから数少ない小銭を取り出す。
100円玉2枚。金剛からもらった小袋。100円にも満たない小銭数枚。
金剛からもらった小銭の袋は今、蟲の嵐の中にいる。
それはあとで取りに帰る。今はせめて一撃でも与えていた方がいい。
作戦からは少し外れてしまうが、一撃くらいいれておかなければ死んでいった俺が報われない。
蟲たちが消えた瞬間に俺は妖魔王に近距離の攻撃を与えてやるのだ。
そうして、時は現在に戻るのである。
妖魔王が激突した床から埃が舞い始める。
床は変形し、大きなクレーターでもできたかのように凹んでしまった。
「ハァ…………ハァ…………」
やったのだ。始めて妖魔王に攻撃を当てることができた。
妖魔王には攻撃が当たる。当てることができる。無敵ではないということが分かったのだ。
俺は少しだけこの状況に安堵することができた。
今、子供を……少年少女を本気で腹パンした罪悪感などはない。俺だって殺されているのだから。
それに殺していないだけまだマシな方ではないだろうか。
もちろん、妖魔王がこんな攻撃で死なないことくらいは俺にも分かっている。
これからだ。問題は妖魔王が警戒するこれからの戦いだ。
「「………………痛いな?
我(妾)らは痛いのは苦手なんだけど?」」
舞っている埃によって姿は見えないが、妖魔王は生きている。
その口調から多少のダメージは受けたということを確認することができる。
つまり、妖魔王に先ほどの攻撃は通用していたのだ。
途中で避けられることも放てなくなったということもない。
ダメージを与えたのだ。
「バカ言うなよ?
俺は何度も殺されてるんだぞ?」
「「フッ…………それもそうだね。死ぬ方が痛いか。我(妾)らは君を何度も殺しているんだった」」
そう言いながら、妖魔王の兄が宙を横払いすると、彼らの姿を隠していた埃が一瞬にして晴れる。
そうして、姿を現した妖魔王の顔は冷めきって冷静さを保っているようだが。
「「よくもやってくれたね。勇者さん!!」」
空気が凍る。背筋が凍る。
その眼力はとても人間のものではない。
イラついている。彼らの外見には表れていないが、内心ではおそらく煮えたぎるように怒りを抑えているようだ。
ついに妖魔王が2人ともこちらに向かって歩き出す。
先程まで、必ずしも一定距離を俺と保っていた2人だったがついに歩き出した。
両者とも俺を睨んでいる。1人1人がお互いに任せっきりだったのに……。
妖魔王の妹の方は自らの周囲に小さな魔方陣達を浮かばせて、妖魔王の兄は手に持ったハサミのような刀に力を込めて握っている。
そして、彼らは足を後ろに引き、そのまま蹴り飛ぶ。
その瞬間は同時。一瞬の乱れもなく彼らは息を合わせて蹴りとんだ。
兄はその両刀を構えて勢いに任せながら、俺の首筋を線引くように横凪ぎに振る。
それをギリギリで避けたことまではよかったが、今度は妹による魔法の発動。
「「『爆炎奏(ばくえんそう)』」」
赤く燃える炎弾が俺の腹部に向かって放たれる。そして、炎弾は俺の目の前で爆発。
そのため、俺は熱く火傷してしまいそうな熱量を直接受けてしまう。
「くっ……!?」
熱い。服には燃えて穴が空いてしまった。
だが、それだけでは終われない。
鍵だけは何とかして守っていかねばならない。
妖魔王は俺の持っている鍵を奪おうと狙っているのだから。
なので、俺の意識は一瞬だけでも、自然と鍵の方へと向いてしまう。
その隙を妖魔王はついてくるのだ。
妖魔王の背後に回ろうと足を動かした瞬間に床から植物の枝が俺の肉体を貫く。
妖魔王の妹の魔法だろうか。そのせいで身動きがとれない。動こうとすると、枝が深く俺の肉体に突き刺さる。
これでは動かない的も同然。
慌てて妖魔王の方を見上げた。
その見上げたタイミングで妖魔王の兄は両刀を振るってくる。
俺の全身に一瞬で白き線が入る。切れ筋が入る。
「あっ!?」という暇すらない。
俺の体は突き刺さった枝ごとバラバラに切り分けられてしまったのである。
そして数秒で肉体は復活する。
初期の頃よりも復活の速さが速くなっている。
それでもギリギリだった。あと2cmでも鍵を握っている指が離れていればそのまま俺の体はバラバラになったままであった。
しかし、少しでも鍵に触れていれば復活できるこの身体。
どうやって俺の身体が復活しているのかは死んでいる俺には分からない。
だが、明らかに俺の復活中を見ていたはずの妖魔王は、まだ近距離にいる。まだこの拳が届く距離にいる。
その隙を狙って拳の一撃。
「『10円パンチ』」
妖魔王の兄に向かって放った拳は彼の頬を殴る。
しかし、妖魔王は目を瞑ってしまうこともなく攻撃を受けきり、そのまま攻撃に転じてきた。
両刀が斜め下から上へと振るい上げられる。
そして、俺の腕は切り落とされたまま、遠くへと飛んでいく。
その腕を呑気に見届ける暇もない。
飛ばされた腕の様子を眺めることもなく。
俺はもう片方の拳に10円を握りしめて、殴りかかるのだが。
「「『凍氷河(とうひょうが)』」」
妖魔王の妹による魔法によって俺の足が動かなくなり、グッと身体が後ろに寄ってしまう。
見ると、俺の下半身が凍っている。
俺の下半身は氷の層に覆われて、移動ができなくなっている。
だが、それがどうしたというのだ。
俺の拳はまだ届く。
そのまま、今度は妖魔王の妹に向かって殴りかかろうと拳を前につきだしたのだが。
「「よくやった我が妹よ。それではいくぞ!!!
『強制契約解除(リンク・ディサピア)』」」
妖魔王の兄が振り下ろす両刀は赤黒い発光を放ちながら、俺に向けて振り落とされてきた。
『強制契約解除』。
それは最強の対付喪人対策。
契約を強制的に切断し、一般人へと落とす触れてはいけない呪いの刃である。この刃に傷つけられてはいけない。
どんな超人的な能力を持っている人も、この刃は天敵となるのである。
つまり、これはルイトボルトの契約も付喪人の契約も切断できるのだ。妖魔王の兄が持つ切断の能力の最大限の必殺技である。
もちろん、このままでは俺の身も危ない。
下半身はすでに妖魔王の妹によって凍りつき、逃げることはできないし……。
逃げることができなければ妖魔王の兄の必殺技によって全てが無になる。
どうすることもできない。このまま刃が振り下ろされるのを黙っているしかない。
だが、一か八か。
どうせ、くらう羽目になるというのなら俺は……。
両手を前に出す。
受け入れるというわけではない。
最後の反抗として俺は両手を前に出したのだ。
「──────────切られなければ問題ない!!!」
そして、勢いよく両手の掌を合わせる。
一瞬でもずれてしまえば、終わりの行動を俺は見事にやりきったのだ。
真剣白羽取り!!!
一滴の切り傷も着くことなく。
無傷の真剣白羽取り。
「「だったら……このまま……!!」」
しかし、魔王といっても2人はまだ子供。年上の俺とは筋力には差がある。
つまり、兄にも子供程度の力しか備わっていないので、なんとか押し込まれずに済んでいる。
そのまま、押し返して思いっきり妖魔王へ攻撃を与えてやるつもりで俺はその形のまま上へと押し返そうとし……。
「「『風激翔(ふうげきしょう)』」」
妖魔王の妹の魔法攻撃をくらってしまった。
兄がピンチなら妹が助け、妹がピンチなら兄が助ける。
兄妹の絆による連携体勢がこれほどまで厄介だったとは誤算だった。
5mほど吹き飛ばされて、激しく床に背中を打ち付けてしまう。
それでも、俺は泣き言も言うことなく静かに立ち上がり、妖魔王の方を見据える。
「……………」
「「…………」」
お互いにかける言葉はない。
奴は俺を迎え撃ち、俺は奴を突破する。
そのために、俺は妖魔王に向かって走り出した。
片手には五円ソード。反対の手には鍵。
妖魔王の妹対策は鍵で、妖魔王の兄対策は五円ソードである。
汗が俺の頬から垂れ落ちてくる。
目の前には魔方陣を浮かばせ発動準備を行っている妖魔王の妹と、ハサミの片側のような両刀を構える妖魔王の兄。
刀の刃が俺の脳天へと振り下ろされる。
それを俺は五円ソードで頭部を守る。
刃と刃がぶつかり合い、力勝負となっていく。
そのまま、兄による刀の一振りを弾いていく。
「────ヘッ、こんなもの。金剛の剣の方がずっと重かったぜ!!!」
「「貴様…………」」
縦横無尽に力を込めて、剣さばきが振られる。
妖魔王の兄による猛攻はとてつもなく素早く。
子供にしてはその速さは圧倒的だった。
しかし、こんなもの……金剛との戦いの時に比べたらまだまだであった。
弾く。弾く。弾く。
何度押し返されても妖魔王の兄は諦めてこない。
自分と妹の身を守るために、彼は一刻も早く俺を殺そうと刀を振るう。
その技を防ぎつつ、俺は絶対的な隙を狙っていた。
刃と刃がぶつかり合う。
「ウオオオオオオオオオオ!!!」
そして、勢いよく床を踏みつけて、一歩前へと出る。
そして、そのまま振り下ろされた刀を思いっきり横凪ぎに弾き飛ばす。
俺と妖魔王との間合いが更に縮まった。
その反動によって思いがけず、妖魔王の兄は両刀を手放してしまった。
刀は宙を数回転し、床に突き刺さる。
もう簡単に妖魔王の手には届かない距離まで弾かれてしまったのだ。
「「しまっ…………!?」」
妖魔王は慌てて両刀の行方を目で追うが、すぐに視線を俺の方へと向け直す。妖魔王の兄にもう武器はない。
俺はそのまま彼の視線より下に背を低くし、五円ソードの角度を持ち変える。
横凪ぎに一太刀。
妖魔王の腹部を斬るために、俺は五円ソードを振るった。
「「『強制移動(テレポート)』」」
妖魔王の妹の声が聞こえたかと思うと、俺の五円ソードは空を裂いていた。
俺が動いたのではない。
妖魔王の妹によって、妖魔王が移動したのである。避けられたのだ。
だが、「後少しのところだった」なんて悔やむ暇もなく。
俺は妖魔王の方を向き直した。その視線の先に2人はいる。
しかし、今までのような冷静さは兄から感じることができない。
妖魔王の兄は腹部を布で押さえ、妹はそんな兄の具合を心配している。
よく見ると、妖魔王の兄の腹部からは深くはないが、出血は起こしているようだ。
「「我が妹よ。アレを使うのだ!!」」
布で傷口を押さえながら、妖魔王の兄は妹になにかを要求している。
「「でも、アレをしてしまえば鍵すら失くなってしまうわ?」」
「「いや、どんなことをしても鍵は壊れない。要は人体が鍵を持てない状態にすればいいんだよ。直前で解除すればいいんだよ!!」」
どうやら妖魔王にはなにか対策があるらしい。
鍵が失くなるかもしれないほどの作戦を持っているようだ。
彼らの目的から鍵を手にいれることが絶対条件のはずなのだが。
それほどまで俺に対して彼らは敵意をむき出しにしているのだろうか。
その兄の提案に妹はしぶしぶと新しい魔方陣を展開させる。
今度の魔方陣は妖魔王の妹周辺に浮かび上がるものではない。
この魔王城一面を取り込んだ巨大な魔方陣である。
「お前ら!! 何をする気だ!!!」
嫌な予感がしている。
今までに詠唱なんて行わずとも、魔法を唱えていた妖魔王の妹が呪文詠唱を始めたのである。
なにか、壮大な魔法でも放つ気なのか?
早くアレを使ってでも止めなければ、なにか起こってしまう。
そう考えて、俺は金剛から貰った巾着袋から小銭を取り出そうとポケットに手を忍ばせたのだが……。
「「雷霆戦争『(ティーターノマキアー)』」」
まばゆい雷により、周囲は白く光り景色を塗りつぶす。妖魔王の妹の詠唱は終わってしまったのだ。
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