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学園1年生編
◼️ある年の冬の出会い・後
しおりを挟むバジルが色々な用事を済ませると、セレスタンはちょうど布団を綺麗にし終えた後だった。
「お待たせ致しました。朝食はお済みですか?」
「おかえり。うん、食べたよ。
ロッティには言っておいたから。今日は屋敷の業務もいいから、1日僕についてくれていいって」
「はい、畏まりました。お手伝いしますね」
「ありがと」
2人で布団をベッドの上に乗せる。
そしてバジルはセレスタンをソファー座らせお茶を淹れ、事情を聞く事に。
セレスタンは戸惑ったが…彼も座ってもらい、昨夜の出来事を包み隠さず話す。流石に今朝のアレは、ぼかして伝えたが。
それでもバジルは拳を握り顔を険しくした。
しかしセレスタンを襲った彼の気持ちを、彼は理解出来てしまう。それでも、彼女を襲う事は絶対に違うし許せない…と憤った。
「あの…彼は昨夜も今朝も、僕に謝ってくれたから…怖かったけど、もう大丈夫…だと思う」
「セレスタン様…!」
バジルは立ち上がり彼女の前に立ち、膝をついて手を取った。
「貴女のそのお優しい心は美しい。ですが…どうかご自愛ください…!
彼が思いとどまってくれたからよかったものの…少し違えば貴女は、今頃…!!」
「…ごめん…ね…」
もしも。今朝この部屋を訪れて…扉を開けたら、ベッドの上に息絶えた2人が横たわっていたら…
「僕は、耐えられません…!そしてもちろん、お嬢様もジスラン様も。
ですから…次からは、絶対に抵抗してください。貴女でしたら、彼ぐらいはどうとでもなるはず。
貴女自身が全て受け入れる覚悟があろうと、僕にはありません。
約束してくださらないのであれば。僕はセレスタン様付きにしていただきます。そして付きっきりで、貴女をお守りします!」
彼は懇願した。もう二度と…同じ思いをしたくないから。
セレスタンは彼の訴えを聞き…静かに涙を流す。
自分を案じてくれている人の存在を…蔑ろにしてしまった事に気付いたから。
「そ…だね…。もしロッティが同じように襲われたら…僕は、もう…」
「(シャルロットお嬢様なら…余裕で縛り上げて「お兄様に手を出したら殺す」くらい言うだろうな…)わ、分かっていただけましたか。
ですが…どうか彼を罰するならば。僕も処罰してください」
「え!?」
「僕は貴女に…一度だけでいい、彼を許してくださいと…貴女の傷付いた心を無視して希います。
ですからどうか…僕に罰を…!!」
「待って!」
セレスタンは焦った。自分はもとより、少年を処罰する気など無いのだから。更にはバジルまで…そんな事、彼女は望まない。
バジルも彼女がそう考えている事などわかっていた。少年を最初から許すつもりだった事も。自分を罰する気もない事も。
その上で彼女に許しを願った。自分は、卑怯者だな…と自嘲しながら。
「僕はあの子も君も、処罰しない。
お願いだから…もうそんな事言わないで…」
「…はい。ありがとうございます…!」
互いに言いたい事は沢山あるだろう。だが…今は少年をどうにかするのが先決だ。
セレスタンは少年を連れて来るよう命じた。彼を風呂に入れるためだ。
「まだ顔に血付いてるでしょ。それに今まで体を拭いただけだから、一度さっぱりしないと。
で、悪いんだけど…君の着替えを貸してもらえる?僕のじゃ小さ過ぎるし」
「体…拭く…!?まさか今までお嬢様が!!?」
「カリエ先生だよ!!!」
バジルはほっと胸を撫で下ろす。…胸?
そのままセレスタンの胸部に視線を向けた。それを感じ取った彼女は…やや赤くなりながら手で隠す。
「……なに?」
「…はっ!!いえ、その、っと…!
そそっそのっ、坊ちゃんでなく、お嬢様…で、よろしいのですよね…!?」
「えと…うん…」
「シャルロットお嬢様も、ご存知ありません…よね?」
「うん。知ってるのは父上と、カリエ先生だけ。
あと…ルネさん」
「え。ヴィヴィエ様が!?」
彼女は頷いた。
学園で出会った友人、ルネ・ヴィヴィエ公爵令嬢。彼女は自力でセレスタンが女の子であると気付き…冬期休暇に入る前、直接訊ねて来たのだ。
「本当は、女の子なのでしょう?って…。で僕焦っちゃって。
「月を見ると男になるの!!夕べは新月で月が出てなかったから女のままだけど、普段は割と男なの!」って咄嗟に言い訳したの。
でも残念ながら、誤魔化せなかった…。なんか苦笑いしてたよ、結構良い話だと思ったのにい…」
「(狼男ですか貴女は…これで本気で言ってるんだから、もう…)」
とにかく。事実を知る者は残り、自分と少年だけになる。
シャルロットにも言えないのは心苦しいが…絶対に秘密にすると、約束した。
理由は聞かなかったが…十中八九伯爵のせいだろう。それだけ分かれば充分だった。
いつか必ず。貴女を自由にします。バジルはそう決意し…少年を迎えに行った。
「風呂?」
「そうだ。使い方を説明するから…」
「おれはお前に、体を洗われるのか…!?」
「してたまるか!!お前が自分で出来るように、説明するんだよ!!」
「(おお…バジルが怒ってる、珍しい)」
バジルは声を荒げながら、少年をバスルームに連れて行く。
ここを捻ればお湯が出る。頭を洗うならそれ、体はこれ。タオルは…と説明し終え、バスルームを出ようとノブに手を掛け…動きを止めた。
「…?どうした」
「シッ!」
少年は訝しげだったが、扉の向こう…セレスタンの部屋から、男の声がする。
2人は揃って扉に耳をつけ、なんとか言葉を拾う。
「………早く、捨ててこい」
「…っ!いいえ…いいえ!今追い出しては、彼は死んでしまいます!」
「それがどうした。たかだか平民の子供、死んだところですぐ他がその辺で生まれる」
「なに、を…!」
「私は本来、あの小僧がこの屋敷にいる事すら不快なのだ。だがロッティが望むのでおいてやっているだけの事。これ以上屋敷にゴミを増やすな」
「「………………」」
2人は額に青筋を立てて…今すぐ飛び出したい衝動に駆られた。
というか、少年のほうは今にも突撃しそうだった。バジルがなんとかそれを制しているのだ。
「なんで止める。相手は誰だ」
「旦那様…伯爵だ。僕達が苦しめられた、全ての元凶…!」
「よし、殺そう」
「同意したいところだが、今は抑えろ…!」
「………でき…ま、せん…!!」
「なんだと…?」
「出来ません、僕には…この大雪の中、家も身寄りもない彼を追い出す事など出来ません!!」
「セレスタン様…」
これはバジルが知る限りの…セレスタンの、初めての反抗だった。
「そもそも父上は、孤児は孤児院で幸せに暮らしていると仰っていたではありませんか!」
「言った覚えは無いな」
「何を…!ですがロッティが夏の日浮浪児を見かけた際…「彼らにはちゃんと帰る場所があるから心配ない」と言ってらしたのは!?あの子にも嘘を吐いたのですか!!」
「あのような子供、放っておけば直に死ぬ。天に召されるという事は、還るという事と同義だろう。
ロッティには「孤児院は無いが、役場のほうで直ぐに保護して里親を見つけている」と言ってある。
あの子に余計な事を吹き込んでみろ…貴様も今すぐ、この寒空の下放り出してやる」
「……!」
バジルは堪えていたが…そろそろ限界だった。
もういっそこの少年と2人飛び出して、伯爵を亡き者にし庭に埋めようか…と考えていた時の事。
「どうしても捨てられなければ、好きにしろ。ただし家からは一切の金は出さん。
餌をやりたければ貴様の分を分け与えろ」
「………わかり、ました…」
少年が治癒を扱えると言えば…伯爵は態度を変えるだろう。
何せ治癒の使い手は出自に関係無く重宝される。
見目が良ければ尚更だ。少年は今は痩せ細っているが…しっかりと栄養を摂って身綺麗にしておけば、きっと誰もが彼を手元に置きたがるほど輝くだろう。
しかしセレスタンは、言わなかった。そうした場合…少年は伯爵によって自由を奪われ、操り人形にされてしまうと思ったから。
「(彼は大きいから、僕のご飯だけじゃ足りないかな…。彼は治癒魔術という大きな武器を持っているし…首都に連れて行ければ、きっと神殿に迎え入れてもらえる。
だから…雪が溶けて休暇が明けたら、一緒に連れて行こう…。
それまでは、お腹が空くだろうけど…ちょっとだけ、我慢してもらわなきゃ…)」
「話は終わり…」
「ではその少年、儂のほうでお預かりしましょう」
「…なんだと?」
「先生…?」
「……カリエ先生?」
「あの爺さんか」
扉を薄く開けて様子を見ていた2人。伯爵が背を向けたところで…飛び出す腹積りだったのだが。突然医師が現れた事により、動きを止めた。
「儂ももう年ですから…後継者は何人いても足りませぬ。
あの少年は坊ちゃん専属に致しますので。彼の衣食住の費用、儂が負担致しましょう。如何ですかな?」
「……好きにしろ。ただし私やアニカ、ロッティを診る事は許さん。私は今後一切、あの子供には関わらん」
「は…畏まりました」
そうして伯爵は、部屋を出て行った。
「せ、先生…ごめんなさい…」
「…はて。儂はただ、自分の負担を減らす為坊ちゃん専属の見習いが欲しかっただけですが。もちろん病気の際は、儂が診させていただきますがね。
何せこのお屋敷で一番手が掛かるのは坊ちゃんですからねえ…。奥様も、以前より体調を崩す事は減りましたし。
…冬になり稽古も減り、怪我も減ったのは良い事です」
「………うん…!」
「ですが儂の診療所は手狭でして…坊ちゃんが休暇等でお屋敷にいる間だけは、彼もこのお屋敷で過ごさせたいのですが…」
セレスタンとカリエの話に、2人の少年も入って来た。
「おれはこの部屋に住む」
「させるか!!!お前は僕の部屋だ!!!」
「お前と、同じ布団で寝ろと…!?」
「お前は床だ!!!」
入って来たと思ったら、言い合いを始めてしまった。
セレスタンはそんな様子を…少しの涙を流しながら見つめていた。
少年がシャワーを浴びている間、セレスタンとカリエはソファーに座り話し合う。
彼女は、まずバジルと少年に自分が女だと知られてしまったと報告する。彼は少し顔を顰めさせたが…バジルの人柄を良く知っているので、お嬢様をお守りするように。と言った。
そしてカリエには少年が治癒を扱える事を告げた。すると「ほう…ならば益々適任ですな」と喜んだ。
「父上に、言う…?」
「はて…?旦那様は関与しないと仰った。報告する必要は無いでしょう」
「…ありがとう」
そんな風に色々と今後の細かい話を終え…少年も戻って来た。
彼もソファーに座らせ、バジルがお茶を淹れる。そのままバジルも座り、4人揃って最後に大事な話をする。
「おれの、名前?」
「うん。その…ある?」
「…………いや、無い。セレスタンが付けてくれ」
「ほっほ。今後この方にお仕えするのだから。きちんと坊ちゃんと呼びなさい」
「……坊ちゃんは、男の呼び方だろう。お嬢様、となら呼んでやってもいい」
「いい訳あるか!ならばセレスタン様とお呼びしろ!」
「長い」
「ええ…?じゃあセレスでいいよ?」
「セレス、セレス様か…まあいいだろう」
「なんでお前が偉そうなんだ…!!」
「バジルも、そう呼んでくれていいんだよ?」
「ふぁい!?…で、では、そのように…!」
とまあ、脱線しつつ…セレスタンは、どんな名前がいいかなあと考え始めた。
バジルの時は、ハーブの名前からとったらしい。今回も…合わせてみようか。そう考えた時、ふと鼻腔をくすぐる匂いが。
手に持っている、ハーブティーの香りだった。
「…グラス」
「グラス?」
少年が聞き返す。
「うん…。僕、このレモングラスの香りが好きなんだ。君の名前…グラスで、いいかな?」
「…ああ。気に入った」
少年は微笑みながら「グラス…グラス、か」と呟いた。
「(あ…彼が笑った顔、初めて見たかも…)
じゃあ…これからよろしくね、グラス」
セレスタンが差し出した手を、少年…グラスはしっかりと握り返す。
カリエが「では儂はこれで」と部屋を出ようとする。そこへセレスタンは声をかけた。
「あの…ありがとう!お、おじいちゃん…!」
「……ほっほ」
それ以上何も語らず…医師は部屋を出て行ったのだ。廊下に出た彼は…微笑み、目に涙を溜めながら廊下を進んでいった。
そうしてグラスはセレスタンに仕える事になった。
しかし伯爵の意向で屋敷の仕事は手伝えないので…まず彼は、読み書きの勉強からする事に。そしてバジルに格闘を教わり、セレスタンに剣術を教わる。
セレスタンは一度、グラスをシャルロットに会わせる事にした。というか、シャルロットはしょっ中セレスタンの部屋に来るので…鉢合わせる前に紹介しとくのだ。
「…という訳で、ロッティ。彼はグラス、カリエ先生の見習いっていう名目で、僕の側にいてくれるの」
「そう……………。
初めまして、お兄様の妹のシャルロットよ」
「(これが妹か…大した事無いな。セレス様のほうが可愛い)ふんっ、おれはグラスだ」
「こら、ちゃんと挨拶しなきゃ」
「ふふ、いいのよお兄様。……ところで、彼はずっとお兄様と一緒に過ごすのかしら?」
「うん。部屋はバジルと同室にしてもらったけど…昼間はずっと一緒だよ」
「そう………………………。バジル」
「は、はい!」
「貴方は今日から、半分お兄様に付いて頂戴。いいわね?」
「はいっ!!」
何故かシャルロットは、バジルを自分専属でなく兄のほうにも付くよう命じた。
当然グラスから愛しい兄を守る為なのだが…当のセレスタンはというと。
「(きっとグラスとバジルが昔馴染みだって聞いて、2人を一緒にしようとしてくれているんだろうなあ…優しいな、ロッティは)」
と考えていたが。
ほんわかするセレスタンの目の前で。シャルロットとグラスは…「おほほ」「ははは」と笑い合っていたのだった。
「(お嬢様とグラスの背後に…獅子と狼の幻覚が見える…)」
バジルは何も見なかった事にした。
※※※
それから数週間。雪も溶けた頃…セレスタン、バジル、グラスの3人は…教会を訪れていた。
「ここ、なの…?」
セレスタンは初めて目にする朽ち果てた教会に、衝撃を受けた。こんな所に、人が住んでいたなんて…と慄いた。
「……こっちだ」
2人はグラス先導の元、教会に足を踏み入れる。ガラスが散乱し、とても裸足で歩けるような場所では無かった。
そして、礼拝堂の…祭壇の、前。壇上に…横たわる、子供の姿があった…。
「あ…ああ…!!」
「お嬢様…!」
セレスタンはその姿を確認し…その場に崩れ落ちた。バジルが咄嗟に受け止めるが、彼も酷い顔色だ。
そこにいたのは、10人を超える子供達…の、亡骸。グラスの話によると、全員この冬に亡くなったらしい。
寒さのせいか、亡骸は腐ることもなくその形を留めていた…。
セレスタンは子供達に近付き…近くにいた、5歳ほどの幼い少女を抱き締めた。
そうして大粒の涙を流しながら…誰に憚る事なく、大声で泣いた。
「ごめん…ごめんなさい、ごめんなさい…!!!
あああああぁぁぁ!!!!うああああああん!!!」
「………っ、う…」
バジルもその横で、声を殺しながら泣いた。グラスはそんな2人を見下ろしながら…涙を流していた。
長い時間そうして泣いていた3人だったが…すっかり日も落ち、月が昇っていた。
春になって地面が柔らかくなったら…必ず、埋葬すると誓い彼女達は教会を出る。
だが…礼拝堂、正面玄関を出た3人は、足を止めた。
目の前に、大きくて真っ白な狼が静かに座っていたのだった。
彼女達は驚いたが…恐れる事は無かった。このような狼が目の前にいたら、驚いて腰を抜かしそうなものだが…不思議と、恐怖心が湧いて来なかったのだ。
何よりセレスタンには、その狼に見覚えがあった。
月光を浴びてキラキラと輝く毛並み、彼女を愛おしそうに見つめる優しい青い瞳は…。
「つき…。あなたは…どこかで…?
ああ、そうだ…あの時の……毛玉ちゃん、セレネ?」
彼女がそう呟いた瞬間…自分の中に、なんだか暖かいものが流れた気がした。
「そうだぞ、シャーリィ!会いたかった、ずっと名前を呼んでくれるのを、待ってたんだぞ!!」
「わっ!?」
「「ぐええっ!!」」
すると狼は、彼女に向かって駆け出しその巨体で飛び付いて来た。当然セレスタンに支えきれるはずもなく。2人の少年も巻き込んで倒れ込んだ。
「あ!ごめん…!」
ようやく自分が3人を潰している事に気付いた狼…セレネは小さくなった。まるで子犬のようで、最初からそうしろ…と3人は思った。
セレネはセレスタンの顔を舐め、頬擦りをし、尻尾を力いっぱいブオンブオンと振り回す。
「会いたかったんだぞ!あの日からずっと…3日置きくらいに会いに行ったけど、全然セレネの名前を呼んでくれないんだから!!」
「えっと…?ごめん、ね?」
「うん、呼んでくれたから許すぞ!!精霊フェンリル、名はセレネ。シャーリィを主と定め守るんだぞ!!」
「「フェンリル!!?」」
フェンリル、という言葉にセレスタンとバジルは驚いた。それが真実なら…この子犬は、伝説とも言える最上級精霊となる。
何故フェンリルがセレスタンと契約を?シャーリィと呼ぶのはなんで?等聞きたい事は沢山あったのだが、セレネがそれを遮った。
「シャーリィ…どうして泣いていた?泣いて欲しくないんだぞ」
「あ…と…その、ね」
セレスタンは、ゆっくりと事情を話した。するとセレネはピョンと彼女の腕の中から降りて、また大きな狼の姿になる。
「そっか。シャーリィは、どうしたい?」
「どう、って…?」
「死んでしまった人間は生き返らない。なら、シャーリィはどうしたい?セレネはな、シャーリィの力になりたいんだぞ。
誰かを想い、こうして祈り涙を流す…そんなシャーリィが、セレネは大好きなんだぞ」
セレネの優しい眼差しと言葉に、セレスタンはまた涙を零しながら言った。
「僕、は。
これ以上…誰にも死んで欲しくない…!家の無い子達に暖かい家を、食事をあげたい。でも、僕1人じゃ出来ない…!!
だから、僕が当主になるまで…待っていてもらうしか…。でもその間にも、どれだけの子供が犠牲になるの、か…!!」
「…うん。わかったぞ、シャーリィ」
セレネはその大きな顔を近付け、また彼女の頬を舐めた。そして3人に少し離れるように指示し…大きな、咆哮を上げた。
「ひゃっ!?」
「うわ!」
「……!」
それは大地を揺るがすものだった。バジルとグラスは両側からセレスタンを支え守る。
そして地面のあちこちに…魔法陣が展開されていった。
「なに、なにごと!?」
「お嬢様、離れないでください…!」
いくつもの陣が一斉に輝き暗闇を照らす。
光と土煙が収まる頃、その場には…杖を持った美しい女性。頭に大きな花を咲かせた、緑の少女。炎を纏った黄金の鳥がいた。
「あれって、フェニックス…!?」
セレスタンとバジルは見覚えがある、フェニックス。一体何故…。
「クロノス、ドライアド、フェニックス。頼んだぞ!!」
セレネがそう声を掛けると…まず女性が手に持っている杖を掲げた。
すると教会が光に包まれ…一瞬にして、廃墟ではなく美しく荘厳な建物に生まれ変わっていた。
「「「………!!!」」」
3人は言葉を挟む事も出来ない。
次に緑の少女が両手を掲げると…大地が輝き、数多の植物が生えて来たのだ。果実の成る木、沢山の野菜の畑…これだけあれば、飢える事は無いだろう。
最後に…フェニックスが、教会の中に入った。セレネに促され、3人も続く。
そしてフェニックスは、子供達の上で羽ばたいた。フェニックスの体から溢れた火の粉が…子供達を包んだ。そうして彼らは、光となって天に昇って行く…。
「あ…どうなったの!?」
「大丈夫なんだぞ。彼らは一度冥府に向かい、新たにフェニックスが命を吹き込む。
今度は、暖かい場所に生まれて来るように。シャーリィの願いを、聞き届けよう。
という訳で、ちゃんと送ってくれよ、死神」
セレネは虚空に向かって声を掛ける。
彼女達は…セレネの言葉を信じ、祈った。儚く散って行った子供達が、今度は幸せになれますように…と。
この教会ならば、冬でも凍える事もないだろう。
フェニックスの力が宿っているお陰か、一定の温度が保たれているのだ。
外には冬だというのに野菜が。栄養は偏ってしまうが…当面の飢えは凌げるはずだ。
「シャーリィ、喜んでくれたか?」
「うん、もちろんだよ…!ありがとう…ありがとうございます、皆様!!」
感激するセレスタンの頭を、フェニックスが嘴で撫でた。クロノス、ドライアドと呼ばれた女性達も、彼女の頭を優しく撫で…微笑み消えて行った。
「さあ、帰ろうシャーリィ。大丈夫、セレネはただの子犬の振りをしておくぞ」
「うん…行こう」
セレネは3人を背に乗せ、疾走する。あっという間に屋敷に着き…セレスタンは今、夢を見ていたんじゃ無いかとすら思っていた。
でも、夢なんかじゃない。これからはあの教会を…孤児院として使おう。彷徨っている人がいたら、あそこで保護しよう。自分が伯爵となる日まで…そうやって命を繋ごうと、彼女は決意したのだった。
ある日。グラスが屋敷に来てから数ヶ月後の事。
「おやすみ、グラス」
「ああ…なあ、セレス様」
「ん?」
グラスは真剣な面持ちで、彼女を見つめた。
彼はあの日以降、セレスタンを襲う事はしなかった。ただ事あるごとに口付けをしようとしてくるので…毎回バジルとセレネが止めていたのだが。
「おれは…グラスだ。でも、実は…本当の名前、覚えてたんだ。
この地に来てから、誰にも教えていない名前。セレス様には…知っておいて欲しい」
「…うん。教えてくれる?」
セレスタンの言葉を聞き、グラスはにっこりと笑った。
「ああ。おれの本当の名前は——…」
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