黒のシャンタル 第一話 「過去への旅」<完結>

小椋夏己

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第二章 第六節 奇跡

18 正直

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「あの」

 静かに言葉を待つリルにダルが言う。

「俺、なんて言っていいのか分からないんだけど、多分、リルさんが見てる俺は本当の俺じゃないと思います」
「え?」
「リルさんは、多分、月虹兵としての俺を見てるんじゃないかと思います」
「ダル様は月虹兵です、違いますか?」
「いや、違わないんだけど、だけど、それは半分って言うのかな、俺は、本当の俺は漁師なんですよ」

 ダルはなんとなくトーヤの気持ちが分かったような気がした。



『俺はそんないいやつじゃねえんだよ、なんでそれが分かんねえんだよ……』



 分かったつもりだった、あの時は。
 だが、実際に自分がその立場になってしまうと本当の意味では分かってなかったんだな、という気がした。

「俺、そんな立派な人間じゃないです」
「いえ、ダル様はとても立派です。だから、だから私は」
「そこなんです」
「え?」
「リルさんも分かってると思うんですが、俺、月虹兵としてはまだ何もしてないんです。というか、漁師としても半人前です」

 精一杯言葉を探す。

「俺、いつも自分に自信なくて、それで体もこんなひょろ長くて、兄貴たちみたいに力もないし、ずっとそれでアミ、あ、俺の好きな子の名前アミって言うんですが、アミにも自分の気持ち伝えられなくて、そういうやつなんです」

 リルはアミの名前にピクリと反応したが、黙ってダルの言葉を聞き続けた。

「それが、トーヤと出会って、なんかすごく引っ張られてこんなことになってしまって、なんて言うのかなあ、初めて自分の人生が楽しい、そんな風に思えたんです。自分でもびっくりしてます。月虹兵って、そんな特別な役目をいただけるなんて、本当にびっくりです」

 ダルは一言一言、言葉を探しながら続ける。

「それが、この間初めて、トーヤに負けてられるか、そう思って、初めて自分でずっと先のこと、この先どうやっていこうかって少しだけど色々考えたんです。それまではぼーっと漁師やってくんだろうな、って思ってたんですが。でも、これって、漁師が好きって言いながら漁師にも失礼ですよね。やっとそのことに気がつきました。そういう人間なんです、中途半端でしょ?」
「いえ、そんなことありません! ダル様は、ダル様はご立派です!」
「ありがとう」

 ダルはリルににっこりと笑った。

「すごくうれしいです」
「でしたら」
「だけどね、違うんですよ。俺、やっぱり本当は漁師なんです。漁師やってる俺のこと、リルさん、好きですか?」
「え……」
「今はトーヤの手伝いしたいなと思って、そこから大層なお役目いただいたけど、本当は漁師なんですよ。侍女のリルさんも、オーサ商会のお嬢さんのリルさんも、漁師を好きになれますか? 漁師の、その、奥さんになりたいと思いますか?」
「それは……」

 リルは言葉に詰まった。

「考えたことがないでしょ?」
「…………」

 無言の回答は正解であった。

「ね? だから、ありがたいけどリルさんが好きだって言ってくれた俺は、なんて言えばいいのかなあ……やっぱり、うん、本当の俺じゃないんです」
「でも、でも、この先、もしかしたら漁師をおやめになって、それでずっと月虹兵をやられるかも知れないじゃありませんか」
「うん、だからそこなんだ」

 ダルはゆっくりと、それでも言葉を選びつつ、できるだけリルを傷つけないように、正直に自分の気持ちを伝えようとした。

「俺がただの漁師だったら、多分、リルさんは俺のことなんてなんとも思ってないと思うんです」
「それは……」
「だから、もしも、本当に俺のこと、好きだと思ってくれると言うのなら、その、俺と一緒になりたいと思うかどうか、漁師としての俺とのこととして考えてみてくれませんか?」
「え……」
「もしも、俺が海で潮風と波にもまれて汗だくで魚取って、魚臭くもなって、そうだなあ、あっちこっちケガすることもあるし日焼けで真っ黒にもなる、そんな俺でも本当に好きだ、気持ちが変わらないとなったら、その時にもう一度言ってくれませんか? 本当の俺を見てみてくれませんか? そうしたら、俺も、漁師の俺として、リルさんをどう思うかもう一度真剣に考えてみたいと思います」

 リルは返す言葉を思いつかなかった。

 リルが好きなのは、ダルが言う通りに月虹兵としてのダルであった。侍女の自分がお世話する宮の客分としてのダルであった。
 もしも、漁師のダルと知り合っていたら、よしんば、宮の侍女としての自分が好意を抱くことがあったとしても、オーサ商会の、大商会の会長の娘としての自分はそんな感情を抱かなかったであろうと正直に思った。

 しばらく2人は黙ったまま向かい合って立っていたが、やがてリルが無言のまま頭を下げて部屋から出ていった。

 ダルはその後姿に向かって丁寧に頭を下げた。
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