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第三章 第六節 旅立ちの準備
18 渡り廊下から
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交代の日の朝を迎えた。
予定通りシャンタルとマユリアは神殿へ行き、初めて次代様と対面して儀式を済ませた。
前の宮では1回目のお出ましを待つ民がひしめき合っていた。
真冬の早朝から続く長い列から、前の庭にきれいに集められた人々から、息が白く凍りつきそうな空気の中でも熱気が湯気となって立つほどの人いきれでむせ返るようであった。
トーヤが一月あまりも滞在していた最上級の客室からは、国王一家が優雅にその時を待っているのが見える。
「あれが王様か」
渡り廊下からバルコニーとは逆の方を見てトーヤが言う。
さすがに悪心で何かをできぬように厳重な警備が行われてはいるが、客殿から前の宮へ向けてやや上り坂になっているせいで、客室より心持ち高い位置にあるここからならしっかりと顔まで見ることができた。
てっきり目を覚ました時に見た「大臣のおっさん」みたいなでっぷりした脂ぎったおっさんと思っていたが、若い頃は精悍と言われたのだろう片鱗がある「なかなか迫力のあるおっさん」という感想を持った。
「まだまだ現役ですって感じだよな、そりゃあれならまた若いきれいな鳥を手に入れていい声を聞きたいぐらい思うだろうさ」
その横には、国王よりはまだいくらか若く見えるが、少しふっくらとした権高そうな、若い頃は美女の範疇に入ったかも知れないだろう女性が座っている。髪を高く結い上げ、キラキラと光る宝石を身に纏い、口元をふわふわした羽がついた扇で覆っている。やや切れ長でやや目尻がつり上がったように見える女性が王妃なのであろう。
「気の強そうな人だよなあ。旦那が花園に集めてるきれいな花や鳥のこと、どう思ってるんだろな。自分もべっぴんだっただけに気に入らなかったんじゃねえのかなあ」
次々に王族を見ては好き勝手な感想を口にするトーヤに3人がはらはらとする。
この渡り廊下にいるのはトーヤ、ミーヤ、ダル、リルの4人だけである。渡り廊下の柱の影に椅子を4つ並べ、あまり人目につかないようにこっそりと外の様子を覗いている。
今日は行き来するのには下の下の階、2階を使用することになっているのでここには人が近寄らない。4階にある王家の方々が滞在なさっている客室が騒がしくないようにとの配慮からだ。もちろん廊下の両端には屈強な衛士たちが出入りをしっかりと固めているので、トーヤたちがいる4階の渡り廊下は表向きには誰もいないことになっているのだ。
「あまり大きな声を出すと聞こえますよ」
ミーヤが小さな声でシッとトーヤを制す。
「なあに、大丈夫だって、両方の庭の騒ぎで聞こえねえよ」
そう言ってからから笑うのにまた「めっ」というように顔を顰めるのを見てトーヤが「また怒られた」とばかりに黙って舌を出す。
「その横のかあちゃんによく似た青白い男が皇太子かな」
見たところは二十歳そこそこと言ったところだろうか。確かに母親である王妃とよく似た顔付きをしている。ただ、まだ若いだけに青臭そうな、父親に対して時々ジリジリと燃えるような目を向けるのが、マユリア争奪戦に負けて明日にはきれいな鳥をかっさらっていかれる怒りなのかどうかまでは分からない。
「そりゃあの親父ならあの青瓢箪には負けねえわな」
そう言ってまた笑う。
「その隣が皇太子妃か。まあどっちかってとかわいいが、俺のタイプとはちょっーっとちが……」
そう言いかけてからハッとしてミーヤを見るが、聞こえていなかったのか反応がないのにホッとする。
皇太子妃は小柄なまだ10代の幼さが残る少女のような女性であった。その隣には5、6歳ぐらいの男の子とその乳母らしい女性が座っている。
「若いうちに子ども作ったもんだな。そういやこの国は若いうちから結婚できるって言ってたか」
「皇太子殿下は23歳、妃殿下は二十歳でいらっしゃいますよ。王子様は6歳におなりです」
「ってことは、14歳で生んでるってことになるな」
「ええ、お輿入れなさってすぐにご懐妊になられました」
情報通のリルが色々と教えてくれる。
今までは王家のことになんぞ全く興味がなかったもので、目を覚ました初日に「大臣のおっさん」が面会に来て以来、全くそちらとは関わりなしであったのだ。
「早いなあ、そんな若くで生んで大丈夫なのかよ?」
「うーん、そういうのはよく分かりませんが、その下にもまだ王子様と王女様がお生まれになられてますし、問題はなかったのでは?」
「3人の子持ちか! まだ子どもみたいなのになあ」
青白い皇太子さまはどうでもいいとして、年若い妃殿下のことはやや気になる。
「旦那の青白い王子様はな~んか執念深そうだよなあ。こりゃ親父が弱ってきたらまた揉めるな」
と、楽しそうにケラケラと笑う。
「もう……」
とミーヤもリルもダルも一応は咎めるような目を向けはするが、正直なところそれが民の心配するところなので否定もできない。
「マユリアが人に戻ったら後宮に入る」というのは公にはされてはいないが、あのあまりの美しさと、漏れ聞こえてくる王と世継ぎの皇太子の争いは、少なくとも王都では公然の秘密として囁かれているのだ。
予定通りシャンタルとマユリアは神殿へ行き、初めて次代様と対面して儀式を済ませた。
前の宮では1回目のお出ましを待つ民がひしめき合っていた。
真冬の早朝から続く長い列から、前の庭にきれいに集められた人々から、息が白く凍りつきそうな空気の中でも熱気が湯気となって立つほどの人いきれでむせ返るようであった。
トーヤが一月あまりも滞在していた最上級の客室からは、国王一家が優雅にその時を待っているのが見える。
「あれが王様か」
渡り廊下からバルコニーとは逆の方を見てトーヤが言う。
さすがに悪心で何かをできぬように厳重な警備が行われてはいるが、客殿から前の宮へ向けてやや上り坂になっているせいで、客室より心持ち高い位置にあるここからならしっかりと顔まで見ることができた。
てっきり目を覚ました時に見た「大臣のおっさん」みたいなでっぷりした脂ぎったおっさんと思っていたが、若い頃は精悍と言われたのだろう片鱗がある「なかなか迫力のあるおっさん」という感想を持った。
「まだまだ現役ですって感じだよな、そりゃあれならまた若いきれいな鳥を手に入れていい声を聞きたいぐらい思うだろうさ」
その横には、国王よりはまだいくらか若く見えるが、少しふっくらとした権高そうな、若い頃は美女の範疇に入ったかも知れないだろう女性が座っている。髪を高く結い上げ、キラキラと光る宝石を身に纏い、口元をふわふわした羽がついた扇で覆っている。やや切れ長でやや目尻がつり上がったように見える女性が王妃なのであろう。
「気の強そうな人だよなあ。旦那が花園に集めてるきれいな花や鳥のこと、どう思ってるんだろな。自分もべっぴんだっただけに気に入らなかったんじゃねえのかなあ」
次々に王族を見ては好き勝手な感想を口にするトーヤに3人がはらはらとする。
この渡り廊下にいるのはトーヤ、ミーヤ、ダル、リルの4人だけである。渡り廊下の柱の影に椅子を4つ並べ、あまり人目につかないようにこっそりと外の様子を覗いている。
今日は行き来するのには下の下の階、2階を使用することになっているのでここには人が近寄らない。4階にある王家の方々が滞在なさっている客室が騒がしくないようにとの配慮からだ。もちろん廊下の両端には屈強な衛士たちが出入りをしっかりと固めているので、トーヤたちがいる4階の渡り廊下は表向きには誰もいないことになっているのだ。
「あまり大きな声を出すと聞こえますよ」
ミーヤが小さな声でシッとトーヤを制す。
「なあに、大丈夫だって、両方の庭の騒ぎで聞こえねえよ」
そう言ってからから笑うのにまた「めっ」というように顔を顰めるのを見てトーヤが「また怒られた」とばかりに黙って舌を出す。
「その横のかあちゃんによく似た青白い男が皇太子かな」
見たところは二十歳そこそこと言ったところだろうか。確かに母親である王妃とよく似た顔付きをしている。ただ、まだ若いだけに青臭そうな、父親に対して時々ジリジリと燃えるような目を向けるのが、マユリア争奪戦に負けて明日にはきれいな鳥をかっさらっていかれる怒りなのかどうかまでは分からない。
「そりゃあの親父ならあの青瓢箪には負けねえわな」
そう言ってまた笑う。
「その隣が皇太子妃か。まあどっちかってとかわいいが、俺のタイプとはちょっーっとちが……」
そう言いかけてからハッとしてミーヤを見るが、聞こえていなかったのか反応がないのにホッとする。
皇太子妃は小柄なまだ10代の幼さが残る少女のような女性であった。その隣には5、6歳ぐらいの男の子とその乳母らしい女性が座っている。
「若いうちに子ども作ったもんだな。そういやこの国は若いうちから結婚できるって言ってたか」
「皇太子殿下は23歳、妃殿下は二十歳でいらっしゃいますよ。王子様は6歳におなりです」
「ってことは、14歳で生んでるってことになるな」
「ええ、お輿入れなさってすぐにご懐妊になられました」
情報通のリルが色々と教えてくれる。
今までは王家のことになんぞ全く興味がなかったもので、目を覚ました初日に「大臣のおっさん」が面会に来て以来、全くそちらとは関わりなしであったのだ。
「早いなあ、そんな若くで生んで大丈夫なのかよ?」
「うーん、そういうのはよく分かりませんが、その下にもまだ王子様と王女様がお生まれになられてますし、問題はなかったのでは?」
「3人の子持ちか! まだ子どもみたいなのになあ」
青白い皇太子さまはどうでもいいとして、年若い妃殿下のことはやや気になる。
「旦那の青白い王子様はな~んか執念深そうだよなあ。こりゃ親父が弱ってきたらまた揉めるな」
と、楽しそうにケラケラと笑う。
「もう……」
とミーヤもリルもダルも一応は咎めるような目を向けはするが、正直なところそれが民の心配するところなので否定もできない。
「マユリアが人に戻ったら後宮に入る」というのは公にはされてはいないが、あのあまりの美しさと、漏れ聞こえてくる王と世継ぎの皇太子の争いは、少なくとも王都では公然の秘密として囁かれているのだ。
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