340 / 353
第三章 第七節 神の死
6 侍女たち
しおりを挟む
「なぜそんなことを? 一侍女見習いにこのような高価、いや、値もつけられぬような芸術品を……」
戸惑いながら神官長が侍女頭に尋ねる。
「託宣について何故と問うなどそれこそ意味のないことです。当代があの棺を使うように、そうおっしゃったので使っただけのこと」
にべもない言葉が返ってくる。
「ですが」
「いくらお尋ねになられても私どもはお返しする言葉を持ち合わせてはおりませんので」
鉄壁の侍女頭には取りつく島もない。
「さようですか……」
神官長は見た目と同じように弱々しくそうつぶやくと、もうその後は何も言うことができなかった。
「では、神官に運ばせましょう。どこへお運びすれば?」
「シャンタルの寝室へお運びするように、とのマユリアのご指示です」
「分かりました」
そう言って頭を下げると、神官長は託宣の品々が収められた部屋から出ていった。
キリエは表情を変えることなくその後ろ姿を見送る。
間もなく6名の神官が部屋へ入ってきて、指示通りに黒い棺をシャンタルの寝室へと運ぶ。
廊下に並ぶ侍女たちがみな涙を浮かべてその様を見つめていた。
当代シャンタルは人形のように美しい、だが本当に人形のように意思をお持ちではない方であった。
それが、亡くなる少し前からは人にお戻りになったように、お美しく、お可愛らしく、それまでは直接触れ合うことが一切なかった侍女たちにまで、あのお声で名を呼んだり、話しかけたりしてくださっていた。
短い間だからこそ余計にそう思うのかも知れないが、本当に愛しいお方であったのに、どれほど素晴らしいマユリアにおなりになり、どれほどお美しく成長なさっただろうか、そのような思いで奥宮の侍女たちは自分の役目を果たしながらも、誰もが涙にくれていた。
それは前の宮でも同じことであった。
「ねえ、ミーヤとリルは奥宮に出入りを許されるようになって、シャンタルにもお会いしたんでしょう?」
「奥宮の方がいかにシャンタルがお美しくてお可愛らしいかを聞かせてくださったわ、どんな方だった?」
「どうしてこんなことになったの? 何か知ることはないの?」
溢れる涙を拭くこともせぬ同僚の侍女たちに取り巻かれ、色々と聞かれる。
「それは私たちも一緒……どうなっているのか分からないわ……」
黙り込むミーヤの隣でリルが俯いてそう答える。
「ええ、一時的に奥宮に呼ばれてお手伝いには行ったけれど、すぐに客室係に戻ったし」
ミーヤも精一杯そう答える。
本当のことを知る2人だからこそ、下手なことは言えない。
「その客人の方々、月虹兵というお役目に就くんですってね。そして2人がその係に就くのよね、驚いたわ」
シャンタルのことを外れてそのことも聞きたがる。
「ええ、客人お二人がその任に就かれるので、そのまま慣れた私たちがお世話をということになったみたい。お話によるとこれからまた月虹兵を増やすとかで、それに合せて侍女の数も増やされるみたいよ」
「じゃあ、私たちにもその機会があるかも知れない?」
「そういうことになるんじゃないかしら、そこまで詳しいことは私たちにも分からないけど」
リルが含みを持たせてそう答えると、前の宮の、特に行儀見習いとして入っている侍女たちから、リルも選ばれたことで「もしかすると自分たちも役職に」と、わあわあと期待を込めた声が上げる。
その騒ぎに紛れるようにして、リルがミーヤをそっと引っ張ってその場を離れる。
客室世話係の控室に入り、ほおっと息を吐く。
「リルがうまく話をしてくれてよかったわ。私だけだったらどうなっていたか」
「そういうのは任せて」
そう言っていたずらっぽくと笑う。
「これまではうまく予定通りにいってるようね」
「ええ」
「月虹兵のお二人はどうしてるのかしら」
「洞窟で待機しているのだろうとは思うけれど」
まだトーヤはこの国に、この宮にいるのだがもう会うことは叶わない。そう思うとミーヤはまた胸をキュッと締めつけられたように感じた。
「いよいよ今日の夕刻ね……」
リルの言葉にミーヤが言葉なく頷く。
ここまではうまく進んでいる。「うまく」という言い方をすると語弊があるかも知れないが、仮死状態のシャンタルの死は侍医によって確認された。神官長も王宮からの使者もみんなが認め、国中の者も悲しみの中で本当のこととして受け止めている。「うまく」進んでいる、と言っていいのだろう。
「次はトーヤたちが無事にシャンタルを助け出してくれる、きっとうまくいくわ」
「ええ」
それが一番大きな課題である。
(俺は、あの夢と同じことが必ず起きると思ってる)
トーヤの声が頭の中で響く。
これでいいのか、もっと他にやっておくことはないのか、安心できるようなことは、そう言ってうなだれていたトーヤの姿を思い出す。
溺れるシャンタルの姿を思い出し、その感覚を思い出し、あれが実際に起きることだと確信しているトーヤの姿を思い出す。
シャンタルの不思議な力を認めるがゆえに、あれが実際に起きたこと、それを過去のと言っていいだろう、トーヤに助けを求める声として送ってきたと認めるしかないと考えているトーヤの姿を思い出す。
「どうか、無事で……」
思わずミーヤは両手を組み、頭を下げて祈っていた。
戸惑いながら神官長が侍女頭に尋ねる。
「託宣について何故と問うなどそれこそ意味のないことです。当代があの棺を使うように、そうおっしゃったので使っただけのこと」
にべもない言葉が返ってくる。
「ですが」
「いくらお尋ねになられても私どもはお返しする言葉を持ち合わせてはおりませんので」
鉄壁の侍女頭には取りつく島もない。
「さようですか……」
神官長は見た目と同じように弱々しくそうつぶやくと、もうその後は何も言うことができなかった。
「では、神官に運ばせましょう。どこへお運びすれば?」
「シャンタルの寝室へお運びするように、とのマユリアのご指示です」
「分かりました」
そう言って頭を下げると、神官長は託宣の品々が収められた部屋から出ていった。
キリエは表情を変えることなくその後ろ姿を見送る。
間もなく6名の神官が部屋へ入ってきて、指示通りに黒い棺をシャンタルの寝室へと運ぶ。
廊下に並ぶ侍女たちがみな涙を浮かべてその様を見つめていた。
当代シャンタルは人形のように美しい、だが本当に人形のように意思をお持ちではない方であった。
それが、亡くなる少し前からは人にお戻りになったように、お美しく、お可愛らしく、それまでは直接触れ合うことが一切なかった侍女たちにまで、あのお声で名を呼んだり、話しかけたりしてくださっていた。
短い間だからこそ余計にそう思うのかも知れないが、本当に愛しいお方であったのに、どれほど素晴らしいマユリアにおなりになり、どれほどお美しく成長なさっただろうか、そのような思いで奥宮の侍女たちは自分の役目を果たしながらも、誰もが涙にくれていた。
それは前の宮でも同じことであった。
「ねえ、ミーヤとリルは奥宮に出入りを許されるようになって、シャンタルにもお会いしたんでしょう?」
「奥宮の方がいかにシャンタルがお美しくてお可愛らしいかを聞かせてくださったわ、どんな方だった?」
「どうしてこんなことになったの? 何か知ることはないの?」
溢れる涙を拭くこともせぬ同僚の侍女たちに取り巻かれ、色々と聞かれる。
「それは私たちも一緒……どうなっているのか分からないわ……」
黙り込むミーヤの隣でリルが俯いてそう答える。
「ええ、一時的に奥宮に呼ばれてお手伝いには行ったけれど、すぐに客室係に戻ったし」
ミーヤも精一杯そう答える。
本当のことを知る2人だからこそ、下手なことは言えない。
「その客人の方々、月虹兵というお役目に就くんですってね。そして2人がその係に就くのよね、驚いたわ」
シャンタルのことを外れてそのことも聞きたがる。
「ええ、客人お二人がその任に就かれるので、そのまま慣れた私たちがお世話をということになったみたい。お話によるとこれからまた月虹兵を増やすとかで、それに合せて侍女の数も増やされるみたいよ」
「じゃあ、私たちにもその機会があるかも知れない?」
「そういうことになるんじゃないかしら、そこまで詳しいことは私たちにも分からないけど」
リルが含みを持たせてそう答えると、前の宮の、特に行儀見習いとして入っている侍女たちから、リルも選ばれたことで「もしかすると自分たちも役職に」と、わあわあと期待を込めた声が上げる。
その騒ぎに紛れるようにして、リルがミーヤをそっと引っ張ってその場を離れる。
客室世話係の控室に入り、ほおっと息を吐く。
「リルがうまく話をしてくれてよかったわ。私だけだったらどうなっていたか」
「そういうのは任せて」
そう言っていたずらっぽくと笑う。
「これまではうまく予定通りにいってるようね」
「ええ」
「月虹兵のお二人はどうしてるのかしら」
「洞窟で待機しているのだろうとは思うけれど」
まだトーヤはこの国に、この宮にいるのだがもう会うことは叶わない。そう思うとミーヤはまた胸をキュッと締めつけられたように感じた。
「いよいよ今日の夕刻ね……」
リルの言葉にミーヤが言葉なく頷く。
ここまではうまく進んでいる。「うまく」という言い方をすると語弊があるかも知れないが、仮死状態のシャンタルの死は侍医によって確認された。神官長も王宮からの使者もみんなが認め、国中の者も悲しみの中で本当のこととして受け止めている。「うまく」進んでいる、と言っていいのだろう。
「次はトーヤたちが無事にシャンタルを助け出してくれる、きっとうまくいくわ」
「ええ」
それが一番大きな課題である。
(俺は、あの夢と同じことが必ず起きると思ってる)
トーヤの声が頭の中で響く。
これでいいのか、もっと他にやっておくことはないのか、安心できるようなことは、そう言ってうなだれていたトーヤの姿を思い出す。
溺れるシャンタルの姿を思い出し、その感覚を思い出し、あれが実際に起きることだと確信しているトーヤの姿を思い出す。
シャンタルの不思議な力を認めるがゆえに、あれが実際に起きたこと、それを過去のと言っていいだろう、トーヤに助けを求める声として送ってきたと認めるしかないと考えているトーヤの姿を思い出す。
「どうか、無事で……」
思わずミーヤは両手を組み、頭を下げて祈っていた。
0
あなたにおすすめの小説
残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~
日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ―
異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。
強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。
ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる!
―作品について―
完結しました。
全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。
婚約破棄された《人形姫》は自由に生きると決めました
星名柚花
恋愛
孤児のルーシェは《国守りの魔女》に選ばれ、公爵家の養女となった。
第二王子と婚約させられたものの、《人形姫》と揶揄されるほど大人しいルーシェを放って王子は男爵令嬢に夢中。
虐げられ続けたルーシェは濡れ衣を着せられ、婚約破棄されてしまう。
失意のどん底にいたルーシェは同じ孤児院で育ったジオから国を出ることを提案される。
ルーシェはその提案に乗り、隣国ロドリーへ向かう。
そこで出会ったのは個性強めの魔女ばかりで…?
《人形姫》の仮面は捨てて、新しい人生始めます!
※「妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/271485076/35882148
のスピンオフ作品になります。
『 私、悪役令嬢にはなりません! 』っていう悪役令嬢が主人公の小説の中のヒロインに転生してしまいました。
さらさ
恋愛
これはゲームの中の世界だと気が付き、自分がヒロインを貶め、断罪され落ちぶれる悪役令嬢だと気がついた時、悪役令嬢にならないよう生きていこうと決める悪役令嬢が主人公の物語・・・の中のゲームで言うヒロイン(ギャフンされる側)に転生してしまった女の子のお話し。悪役令嬢とは関わらず平凡に暮らしたいだけなのに、何故か王子様が私を狙っています?
※更新について
不定期となります。
暖かく見守って頂ければ幸いです。
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
【完結】あなたの思い違いではありませんの?
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?!
「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」
お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。
婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。
転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!
ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/19……完結
2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位
2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位
2024/08/12……連載開始
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
『悪役令嬢』は始めません!
月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。
突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。
と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。
アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。
ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。
そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。
アデリシアはレンの提案に飛び付いた。
そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。
そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが――
※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる