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第5章『イケボの向こうに、本当の“僕”がいる』
「背中を預けられる夜へ」
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古びた木製の看板に「月隠れ」とだけ書かれた、小さな隠れ家レストラン。
都会の喧騒から一歩外れた路地裏、まるで時間の流れさえも緩やかになったような空間だった。
和モダンな内装、間接照明の灯り、BGMは小さく流れるピアノジャズ。
その奥の個室に、天城コウと月詠ルイは向かい合って座っていた。
「いいとこですね、ここ……」
「気に入ってくれてよかった。俺がデビューして一年経った頃、初めて炎上して落ち込んだ時に、ここの親父さんに助けられてね。今でも大事な場所なんだ」
「ルイさんにも……そんな時期、あったんですね」
「もちろん。誰だってあるよ。“声”だけの世界って、意外と脆いんだ。ちょっとした言葉の選び方や、沈黙の長さで誤解を生む」
「……わかります。今日の配信、あんなに準備してたのに、やっぱり直前まで怖かったです」
ルイはグラスの水をひと口飲み、にこっと笑った。
「でも、君は乗り越えた。ちゃんと、“自分の声”で挨拶してた。俺にはわかったよ」
「……ほんとに、そう見えました?」
「うん。あれはもう、“演じてる”声じゃなかった。自分の中から出てきた言葉だった」
静かに運ばれてきた料理は、白身魚のソテーに季節の野菜を添えたもの。
一口食べて、ほっと肩を落とすように息をついたコウは、ふと呟く。
「俺、やっぱり……“誰かの声”じゃなくて、“僕の言葉”で話したいです」
「……」
「今までは、ひよりの代わりに喋って、皆にバレないように“違う人”を演じて……それが役目だと思ってたけど」
「でも、違った?」
「はい。僕自身として誰かに届いたとき――あんなにも嬉しくなるなんて、知らなかった」
ルイは少し目を細めて、静かに頷いた。
「それができたら、君はもう“推される側”じゃなくて、“導く側”になれる」
「導く……側……」
「“灯”を照らすのは君だけど、君の背中もまた、誰かにとっての“道標”になる。配信って、そういうものだよ」
その言葉を聞いて、コウは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
(まだ、たどり着いたばかりだ。けど……ちゃんと、踏み出せた)
照れ隠しのように水を飲むと、ルイが少し目を細めて問いかけた。
「……で、恋のほうは?」
「っ……え、ええと、それは……」
急に切り替わった話題に、思わずむせそうになる。
「噂は聞いてるよ。妹ちゃんや、事務所の女の子たちが、なかなかのライバル関係だって」
「な、なんでルイさんまでそんなこと……!」
「まあ、見てればわかるよ。君に向けられる目が違う。……誰かひとりに決める気は?」
「……まだ、考えてないです。みんな、大切だから」
「ふむ」
ルイは何も言わずに、ただ静かにグラスを傾けた。
その沈黙に、咎めるような色はなかった。ただ、遠くを見ているような、そんな眼差し。
「誰かを傷つけずに進む道は難しい。けど、自分の“想い”を誤魔化してはいけないよ」
「……はい」
どこまでも、真っ直ぐな人だと思った。
それでいて、肩の力が抜けていて、優しくて――なのに、決して媚びない。
(ああ、この人が“夜の王子”って呼ばれる理由……少しだけ、わかった気がする)
そのまま、二人はしばらく料理を楽しんだ。
配信のこと、機材の話、裏方スタッフの癖、視聴者との距離感――
男性Vならではの悩みや戦術を、ぽつりぽつりと語り合う時間。
女の子たちの賑やかさとはまた違う、静かで心地よい“夜”。
だからこそ、コウはその言葉がすとんと胸に落ちた。
「ルイさん。僕、もっと前に進みたいです。もっと、いろんな声を聞いて、いろんな言葉を届けていきたい」
「……うん」
ルイは笑った。
「じゃあ、次は――一緒に夜を作ろうか。君と俺で」
「……はい。ぜひ、お願いします!」
コウは、自然と手を差し出していた。
ルイはそれを、しっかりと握り返した。
“背中を預けられる夜”が、そこにあった。
都会の喧騒から一歩外れた路地裏、まるで時間の流れさえも緩やかになったような空間だった。
和モダンな内装、間接照明の灯り、BGMは小さく流れるピアノジャズ。
その奥の個室に、天城コウと月詠ルイは向かい合って座っていた。
「いいとこですね、ここ……」
「気に入ってくれてよかった。俺がデビューして一年経った頃、初めて炎上して落ち込んだ時に、ここの親父さんに助けられてね。今でも大事な場所なんだ」
「ルイさんにも……そんな時期、あったんですね」
「もちろん。誰だってあるよ。“声”だけの世界って、意外と脆いんだ。ちょっとした言葉の選び方や、沈黙の長さで誤解を生む」
「……わかります。今日の配信、あんなに準備してたのに、やっぱり直前まで怖かったです」
ルイはグラスの水をひと口飲み、にこっと笑った。
「でも、君は乗り越えた。ちゃんと、“自分の声”で挨拶してた。俺にはわかったよ」
「……ほんとに、そう見えました?」
「うん。あれはもう、“演じてる”声じゃなかった。自分の中から出てきた言葉だった」
静かに運ばれてきた料理は、白身魚のソテーに季節の野菜を添えたもの。
一口食べて、ほっと肩を落とすように息をついたコウは、ふと呟く。
「俺、やっぱり……“誰かの声”じゃなくて、“僕の言葉”で話したいです」
「……」
「今までは、ひよりの代わりに喋って、皆にバレないように“違う人”を演じて……それが役目だと思ってたけど」
「でも、違った?」
「はい。僕自身として誰かに届いたとき――あんなにも嬉しくなるなんて、知らなかった」
ルイは少し目を細めて、静かに頷いた。
「それができたら、君はもう“推される側”じゃなくて、“導く側”になれる」
「導く……側……」
「“灯”を照らすのは君だけど、君の背中もまた、誰かにとっての“道標”になる。配信って、そういうものだよ」
その言葉を聞いて、コウは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
(まだ、たどり着いたばかりだ。けど……ちゃんと、踏み出せた)
照れ隠しのように水を飲むと、ルイが少し目を細めて問いかけた。
「……で、恋のほうは?」
「っ……え、ええと、それは……」
急に切り替わった話題に、思わずむせそうになる。
「噂は聞いてるよ。妹ちゃんや、事務所の女の子たちが、なかなかのライバル関係だって」
「な、なんでルイさんまでそんなこと……!」
「まあ、見てればわかるよ。君に向けられる目が違う。……誰かひとりに決める気は?」
「……まだ、考えてないです。みんな、大切だから」
「ふむ」
ルイは何も言わずに、ただ静かにグラスを傾けた。
その沈黙に、咎めるような色はなかった。ただ、遠くを見ているような、そんな眼差し。
「誰かを傷つけずに進む道は難しい。けど、自分の“想い”を誤魔化してはいけないよ」
「……はい」
どこまでも、真っ直ぐな人だと思った。
それでいて、肩の力が抜けていて、優しくて――なのに、決して媚びない。
(ああ、この人が“夜の王子”って呼ばれる理由……少しだけ、わかった気がする)
そのまま、二人はしばらく料理を楽しんだ。
配信のこと、機材の話、裏方スタッフの癖、視聴者との距離感――
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だからこそ、コウはその言葉がすとんと胸に落ちた。
「ルイさん。僕、もっと前に進みたいです。もっと、いろんな声を聞いて、いろんな言葉を届けていきたい」
「……うん」
ルイは笑った。
「じゃあ、次は――一緒に夜を作ろうか。君と俺で」
「……はい。ぜひ、お願いします!」
コウは、自然と手を差し出していた。
ルイはそれを、しっかりと握り返した。
“背中を預けられる夜”が、そこにあった。
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