18 / 307
第一章 王都絢爛
16.禁忌と狼(2) *アイカ視点
しおりを挟む――まず最初に覚えてほしいのは『陰口』です。
ジロウに乗り換えて草原を駆けながら、起きてすぐに部屋に来てくれた侍女長アイシェさんの言葉を反芻する。
「王宮には沢山の人が暮らして働いていて、その八割が噂話と陰口で出来ていると言っても過言ではありませんっ!」
ふぉぉぉぉぉお。生々しい。いきなり生々しすぎます。
――まず、『聖山戦争』のことを『収奪戦争』と呼んではいけません。
アイシェさんの言葉を復習して、美形男子2人に挟まれて行く緊張を紛らわせる。
向かっている北の方、真正面で遠くにひときわ高くそびえる山が聖山と呼ばれるテノポトリ山なのだと教えてもらった。
東京タワーから眺める富士山くらいの距離に見える、確かにありがたそうな威容を誇る大きな山だ。
「聖山の神々を崇める『聖山の民』が住まう360の街や村の、領主や豪族を『聖山三六〇列候』と呼ぶのだけど、先代王スタヴロス様が列侯領それぞれに祀られていた神々を『聖山に帰す』との誓いを明らかにされて始まったのが『聖山戦争』です」
クレイアさんは、堅苦しく感じさせないような微笑みを浮かべて話してくれる。
ちなみに、皆さんと同じテイストのデザインで、黒を基調にしたお洋服を女官さんに着せてもらい、クール系のアイドルユニットの一員になったようで、テンションが爆上がりした。
私がお世話になるテノリア王国では『侍女』というのは特別な役職らしい。
王族方の日常のお世話をするのは『女官』の皆さまで、『侍女』には決まった仕事がなく、王族の側近として仕える。そういう仕組みになったのには色々と経緯もあるようだけど、今はそれだけ覚えておけばいいと、知性美がこぼれ落ちんばかりのクールビューティな笑顔でクレイアさんが教えてくれた。
「祀っている神様を帰すっていうのは、要するに街や村が代々受け継いできたご神像を王国に……」
クレイアさんが少し言い淀んだ。口にするのが憚られるようなことなのね。
「……集めるってことで、集められる側からしたら『奪われた』とも受け取られるのね」
――それで、収奪。
「そう。アイカは賢いね」
褒められたのが嬉しくて、思い出すだけで顔がニヤけてしまう。
見た目は13歳だけど、中味は24歳でズルしてるような気がしないでもないけど、嬉しいものは嬉しい。
「でもそれは、王国の正統性を毀損して盗賊扱いする表現なので、絶対に認められない禁忌です」
「アイカに変なことを教え込んで、からかおうとする者がいないとも限らないからね」
ゼルフィアさんが目を細めた笑い顔で口を開いた。
昨夜から思ってたけど、ゼルフィアさんの笑顔……、エロいな。上目遣いの笑みが貫通力抜群です。撃ち抜かれます。……大きいし。
いかんいかん。マジメに聞かねば。慣れよう。皆さんの美貌に。
「王国の歴史や『聖山戦争』の歴史は追い追い学ぶとして、まずは私たちやリティア殿下でもかばいきれないような、禁忌があるってことは覚えておいてね」
と、アイシェさんも私の顔を覗き込むようにして念を押してくる。
かぁ――、可愛い。
元気印の『部長』を、クールでクレバーな2人が支える3人組ってワケですね。たまらんです。
はい! 言われたことは、ちゃんと守ります!
そのほかにも、
――国王陛下には亡くなられた方も含めて4人のお妃様がいる。
――リティア殿下の母君で側妃のエメーウ様は、病いの療養で北離宮にお住まい。
――いま国王宮殿にお住まいなのは側妃サフィナ様だけだけど、絶対に『王妃』と呼んではいけない。
――王妃アナスタシア様は旧都テノリクアに退かれたけれどもご健在で、バシリオス殿下の王太子としての正統性を蔑ろにしたと受け取られかねない。
言葉ひとつが命取り! 王宮モノの定番ですね! 言葉尻を捉えて足をすくおうって悪大臣がいたりするワケですよ、これ。
かぁ――、こえー!
実際、お追従で『王妃』と呼んだ列候のひとりが、あわや討伐という大問題になったらしい。
ぼっちの日本、サバイバルの山奥、人間関係絡み合う王宮。落差がひどい。だけど、今は両脇に美男子・美少年。昨夜は美少女・美人とお風呂に会食。
なんだか既に、我が人生に悔いはない。
――『聖山戦争』で敗れた列候が累代の神像を差し出し、王国に帰順したことを『参朝』と呼びますが、現在、列候が王都にお上りになることも同様に『参朝』と呼びます。
――神聖で厳粛な表現ですが、相手を屈服させる嘲り言葉として使う者がいます。
――俗に酒場で男衆が「嫁に参朝させられてるよ」などいう使い方です。
――列候には、王国に『参朝』したことを誇りとしてもらわなくてはいけません。王宮に仕える者は厳に慎まなくてはなりません。
要するに地雷を先に教えてもらってる訳だ。失礼はかまわないが、禁忌は困る。転んだら起きればいいけど、地雷は踏んだらおしまいだ。
とても実用的な教育方針だと思う。偉そうだけど。
リティアさんも、私に接するのと大差ない態度で、王太子ご夫妻に接していた。快活によく笑うし、無遠慮にさえ見えた。礼儀にはそこまでこだわらないように見えて、リティアさんが『天衣無縫』と評されてるのが腑に落ちた。
それも、地雷の在り処が分かっていてこそ、ということなんだろう。
小高い丘になっているところを抜けると、森が見えた。
「よーし! 行ってこい!」
と、ジロウから飛び降りると、スピードを上げたタロウとジロウが森の中へと走り込んで行く。
いつも通り、元気そうで良かった!
ワクワクもドキドキもソワソワもするけど、元気なタロウとジロウと一緒なら、大丈夫な気がするよ!
182
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる