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第一章 王都絢爛
35.秘密の天幕(3)
しおりを挟む「せっかくだから、私たちも見に行こう。ニーナの踊りは見応えがある」
と、アイラは立ち上がりながら、アイカに伝えた。
山脈がどいて急に開けたアイカの視界の先に、目深にフードを被って顔を隠した2人組の女性の姿が映った。
そのうちの1人の頬に垂れる、黄色と言ってもよいような鮮やかな金髪に見覚えがあった。
――セヒラさん?
ニーナについて裏庭に行こうとするもう1人の女性の腕を掴んでいるのは、側妃エメーウの侍女長セヒラだった。
セヒラに引き留められ、不貞腐れたように美しい顔を上げた女性と目が合った。
――え、エメーウさんじゃん……。
飾り気のないローブで身を隠していたが、そこにいるのは間違いなく、リティアの母親、美貌の側妃、エメーウだった。
エメーウは慌てた様子で、フードを被り直して顔を隠す。
――なにやってんだ? え? 病気だって言ってたよね。
ぞろぞろニーナに付いて裏庭に向かう人波の中、セヒラになにやら耳打ちしたエメーウは、観念したように顔を上げて、アイカに手招きをした。
護衛役であるヤニスに怪訝な目で見られながら、アイカは樽を置いただけのテーブルに近寄った。飲み干されたワインのボトルが、何本も並んでいる。
フードの奥から声が響く。
「内緒にして」
確かにエメーウの声だった。
ツンと、酒の匂いが鼻についた。
アイカは手早く、伝えるべきを伝えた。
「クレイアさんもいます。ヤニスくんも」
2人のフードが揺れたかと思うと、何事もなかったかのようにスッと立ち上がり、ありがとうと言い残し出口に向かった。
「誰だ?」
ヤニスが近寄って、アイカに尋ねた。
「し、知らない人。……と、トイレの場所を聞かれて」
「トイレは反対だ」
「うん、そうなの。ならいいって、出て行っちゃった」
苦しい言い訳だと思ったが、ヤニスはそれ以上問いを重ねなかった。
――くぅ。推しのために、推しに嘘をついてしまった。
エメーウの秘密を守るため、美少年のヤニスに嘘を吐いてしまったことに、アイカは軽く拳を握った。北離宮にエメーウを訪ねたのは昨日のこと。娘のリティアも、義孫の内親王たちも、エメーウの病を気遣う様は演技とは思えなかった。
――詐病?
残された空のワインボトルの数は、病人のそれとは思えない。王宮の禁忌を教えられている身で、教える側もまだ知らない禁忌を知ってしまった。
――刺客が飛んできたりしませんように。
アイカが心の中で日本の神に祈ったとき、裏庭からワッと歓声が上がり、店内に残っていた客も腰を浮かせた。
「始まったよ」
少し青ざめ緊張したような顔付きで立つアイカを、クレイアが迎えに来てくれた。
裏口に目をやると、人垣の隙間からニーナの小麦色をした腕が、激しくしなっているのが見えた。その僅かに見える肢体の描く流線に、アイカの心は早くも奪われて、ふらふらと裏庭に向かって歩き始めた。
――いいです!
金色の瞳に、熱は一瞬で戻ってきた。
――ダンスって初めて直に見ますけど、いいものですね! 美しいです! 興奮します!
観客の輪の中から手招きしているアイラの元に小走りで駆けて行くアイカを、クレイアは可愛い妹を見るような目付きで見送った。
もしも、天上から神様がアイカとアイラとクレイア、3人の心の内を見比べていたなら、そのあまりの落差に呆れ果てていることだろう。
ただし、3人が3人とも、楽しく充実した時間を過ごしていた――。
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