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第二章 旧都郷愁
39.焚火と聖山(3)
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焚火に照らされたアイカは、まっすぐな眼差しでリティアを見詰めている。
そのままジッと動かないアイカが、心の中で言葉を練っているのを、リティアはゆっくりと待っている。
――そもそもは、この桃色髪の少女の守護聖霊を、祖母王太后に審神けてもらうための旅だ。
リティアたち『聖山の民』の中には、まれに聖山の神から特別に守護される者がいる。また、守護するのは神とは限らず、『山々の民』の精霊や、『砂漠の民』が崇める聖人、『草原の民』が敬う祖霊である場合もあるので、これらをひっくるめて守護聖霊と呼んでいる。
守護聖霊を審神けられる審神者には、万物に名前を付けた『ネシュムモネ』という神の守護がある。
リティアには、『ネシュムモネ』の兄神にあたる『メテプスロウ』という神の守護があり、はっきりとした審神ではないが、守護聖霊のあるなしと、気配というか色のようなものは審神けることが出来た。
そして、アイカには奇妙な気配を宿した守護聖霊がある。
まるで、この世界のものではないような……。
と、アイカの口が小さく動いた。
「あの……」
「なんだ?」
「アイラさんにお招きいただいたお店で、孤児の子供たちも一緒になりました」
うむと、頷いたリティアは、いつになくハッキリした話し方をするアイカに、姿勢を正した。
「炊き出しというか、せめて食事だけでもあの子たちに提供してあげることは出来ないでしょうか?」
「ふむ……」
「ご馳走でなくていいんです。パンとスープ。お腹いっぱいになるだけでいいので……」
アイカの念頭にあったのは『子ども食堂』だったが、定番のカレーが異世界に存在しているか自信がなかったので、パンとスープを選んだ。
「宮殿でいただく立派なお食事にかかる1食分のお金で、彼ら100人はお腹いっぱいにしてあげられます。それから……」
うんと、リティアは考え込みながら頷く。
「どこか場所があれば、彼らに勉強を教えてあげることは出来ないでしょうか?」
「ふむ。何を教える?」
「読み書きと、あと計算です。王都は商業都市なので、計算が出来ると重宝してもらえるようです。そしたら、無頼さんや娼婦さんになるしかなかった子らに、良民になる道が開けるんじゃないかと……」
無頼を『無頼さん』と呼ぶのを初めて聞いたが、それ以上に、福祉という概念のほとんどなかったリティアに、衝撃は大きかった。子供は家庭の『管轄』で、たとえそこから溢れていたとしても、王政府が直接関与するという発想はなかった。
「良民を増やす施策は、良い施策だ」
「はい……」
「これは、良いことを聞いた」
と、リティアが身を乗り出すと、アイカは頬を赤く染めた。
「明日、旧都に着いたら、すぐに王都の陛下に使いを出して裁可を得る。私が旧都にいる間も、アイシェに準備を進めさせよう。勉強はともかく、毎日の食事のことは早い方がいいだろう」
と、悪戯っぽい笑顔を浮かべたリティアは、アイカの顔を覗き込んだ。
「アイシェは豪放磊落に見えて、こういうことをやらせると、実に細やかな仕事をする。心配するな」
「いえ、そんな……」
「ゼルフィアは大筋をブラさず効率的に進めるが、細かな点では抜けもある。クレイアは同行しているし、すぐには動けない。やはり、アイシェが適任だ」
リティアが自分の考えをまとめるように話す姿を、アイカは金色の瞳にうっすら涙を浮かべて見詰めている。
――縁もゆかりもない孤児たちのために、涙を浮かべるのか。
リティアがアイカの性情を、より好ましく受け止めた頃、見張りを交代する騎士たちが起き出してきた。
「よし。イヤリングのお礼は別に考えよう」
と、リティアは立ち上がった。ヤニスも続いて立ち上がる。
「私は休む。アイカも、もう少し寝ておけ。明日は旧都テノリクアだ」
焚火から離れ、自分のために建てられた天幕の中に姿を消すリティアの背中を、アイカは最後まで見届けた。
もちろん――、
アイカが深夜に目覚めた眠気を振り切ったのは、焚火に照らされるリティアを愛でるためであった。
――ふおぉぉぉ。レア。レアです。
推しに貢ぎ物を手渡しで献上出来たとき、心の中はお祭り騒ぎであった。
――やっほい。
側で警戒にあたるヤニス少年も、彫像のように美しく、心の内では悶えっ放しで、失神しなかった自分を褒めたい。
そして、弟を世話して地下水路で暮らす孤児の姉、ガラのことを思い出していた。
――あの子は磨けば光る。
と、光源氏のようなことも考えていたが、それ以上に日本での自分の姿と重ねていた。アイカは孤児ではなかったが、17年のほとんどを社会的ぼっちとして過ごした。あの頃、大人が助けの手を差し伸べてくれていたら、どれほど嬉しかったことだろうか……。
アイカは、自分の提案を受け止めてくれたリティアに卒倒しそうなほど感謝していて、今度はアイカが寝付けない夜を過ごすことになった――。
そのままジッと動かないアイカが、心の中で言葉を練っているのを、リティアはゆっくりと待っている。
――そもそもは、この桃色髪の少女の守護聖霊を、祖母王太后に審神けてもらうための旅だ。
リティアたち『聖山の民』の中には、まれに聖山の神から特別に守護される者がいる。また、守護するのは神とは限らず、『山々の民』の精霊や、『砂漠の民』が崇める聖人、『草原の民』が敬う祖霊である場合もあるので、これらをひっくるめて守護聖霊と呼んでいる。
守護聖霊を審神けられる審神者には、万物に名前を付けた『ネシュムモネ』という神の守護がある。
リティアには、『ネシュムモネ』の兄神にあたる『メテプスロウ』という神の守護があり、はっきりとした審神ではないが、守護聖霊のあるなしと、気配というか色のようなものは審神けることが出来た。
そして、アイカには奇妙な気配を宿した守護聖霊がある。
まるで、この世界のものではないような……。
と、アイカの口が小さく動いた。
「あの……」
「なんだ?」
「アイラさんにお招きいただいたお店で、孤児の子供たちも一緒になりました」
うむと、頷いたリティアは、いつになくハッキリした話し方をするアイカに、姿勢を正した。
「炊き出しというか、せめて食事だけでもあの子たちに提供してあげることは出来ないでしょうか?」
「ふむ……」
「ご馳走でなくていいんです。パンとスープ。お腹いっぱいになるだけでいいので……」
アイカの念頭にあったのは『子ども食堂』だったが、定番のカレーが異世界に存在しているか自信がなかったので、パンとスープを選んだ。
「宮殿でいただく立派なお食事にかかる1食分のお金で、彼ら100人はお腹いっぱいにしてあげられます。それから……」
うんと、リティアは考え込みながら頷く。
「どこか場所があれば、彼らに勉強を教えてあげることは出来ないでしょうか?」
「ふむ。何を教える?」
「読み書きと、あと計算です。王都は商業都市なので、計算が出来ると重宝してもらえるようです。そしたら、無頼さんや娼婦さんになるしかなかった子らに、良民になる道が開けるんじゃないかと……」
無頼を『無頼さん』と呼ぶのを初めて聞いたが、それ以上に、福祉という概念のほとんどなかったリティアに、衝撃は大きかった。子供は家庭の『管轄』で、たとえそこから溢れていたとしても、王政府が直接関与するという発想はなかった。
「良民を増やす施策は、良い施策だ」
「はい……」
「これは、良いことを聞いた」
と、リティアが身を乗り出すと、アイカは頬を赤く染めた。
「明日、旧都に着いたら、すぐに王都の陛下に使いを出して裁可を得る。私が旧都にいる間も、アイシェに準備を進めさせよう。勉強はともかく、毎日の食事のことは早い方がいいだろう」
と、悪戯っぽい笑顔を浮かべたリティアは、アイカの顔を覗き込んだ。
「アイシェは豪放磊落に見えて、こういうことをやらせると、実に細やかな仕事をする。心配するな」
「いえ、そんな……」
「ゼルフィアは大筋をブラさず効率的に進めるが、細かな点では抜けもある。クレイアは同行しているし、すぐには動けない。やはり、アイシェが適任だ」
リティアが自分の考えをまとめるように話す姿を、アイカは金色の瞳にうっすら涙を浮かべて見詰めている。
――縁もゆかりもない孤児たちのために、涙を浮かべるのか。
リティアがアイカの性情を、より好ましく受け止めた頃、見張りを交代する騎士たちが起き出してきた。
「よし。イヤリングのお礼は別に考えよう」
と、リティアは立ち上がった。ヤニスも続いて立ち上がる。
「私は休む。アイカも、もう少し寝ておけ。明日は旧都テノリクアだ」
焚火から離れ、自分のために建てられた天幕の中に姿を消すリティアの背中を、アイカは最後まで見届けた。
もちろん――、
アイカが深夜に目覚めた眠気を振り切ったのは、焚火に照らされるリティアを愛でるためであった。
――ふおぉぉぉ。レア。レアです。
推しに貢ぎ物を手渡しで献上出来たとき、心の中はお祭り騒ぎであった。
――やっほい。
側で警戒にあたるヤニス少年も、彫像のように美しく、心の内では悶えっ放しで、失神しなかった自分を褒めたい。
そして、弟を世話して地下水路で暮らす孤児の姉、ガラのことを思い出していた。
――あの子は磨けば光る。
と、光源氏のようなことも考えていたが、それ以上に日本での自分の姿と重ねていた。アイカは孤児ではなかったが、17年のほとんどを社会的ぼっちとして過ごした。あの頃、大人が助けの手を差し伸べてくれていたら、どれほど嬉しかったことだろうか……。
アイカは、自分の提案を受け止めてくれたリティアに卒倒しそうなほど感謝していて、今度はアイカが寝付けない夜を過ごすことになった――。
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