【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら

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第三章 総候参朝

71.無法者

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 ――お腹がはちきれそうッス。


 アイカは連日、宴に出席して愛想笑いも板に付いてきた。

 『総候参朝』も開幕して既に4日が過ぎた。街には人があふれ、多数の露店が並び、大道芸人や踊り巫女や吟遊詩人が芸を披露して賑わっている。

 この日も昼の宴を終えて、一度、リティア宮殿に戻ろうとしていた。

 『総候参朝』の間は、煌びやかな姿を民衆に披露するのも、王族の務めとして徒歩で移動する。

 涼やかな表情で時折手を振ったりしながら闊歩する、リティアの後ろに行列が続く。

 人波は護衛の騎士に隔てられるが、リティアだけでなく、狼たちとアイカにも好奇の目線が向けられる。


 ――モブだったんスよぉ。ずっと、モブだったんスよぉ。なんなら、モブより存在感のない人生だったんスよぉ。


 アイカは注目されることには慣れず、タロウとジロウの間で顔を伏せて歩く。

 宴の度にお召し替えする絢爛豪華なドレス姿のリティアを、ゆっくり愛でる心の余裕もない。

 と、人垣の隙間から見覚えのある流線が見えた。

 あの、しなやかな腕の振りは踊り巫女ニーナのものではないかと、アイカが背伸びをしたとき、きゃあ! という、女性の悲鳴が聞こえた。

 リティアの足が止まり、行列も停止する。

 様子を見てくるよう指示されたクレイアに付いて、アイカも人群れを掻き分ける。

 そこには、ニーナとイェヴァに抱きかかえられた、ラウラが倒れてた。


「ニーナ! 何があった?」


 と、踊り巫女たちに駆け寄ったクレイアに、


「クレイア。……変な男が急にラウラに体当たりしてきて」


 と、動揺を隠せないニーナが応えた。

 ラウラは背中が痛むのか、顔を引きつらせて呻いている。

 そこに、黄色い花のオーナメントが沢山あしらわれた白いドレス姿のリティアも、衛騎士たちを伴って加わる。


「ケガはないか?」


 と、尋ねるリティアに、ラウラが呻き声まじりに応えた。


「あの……、許可証が……」


 ニーナが慌ててラウラの持ち物を確認すると、街頭で芸を披露するための許可証がない。

 体当たりした男が奪ったことは明らかだった。

 むうと、眉を寄せたリティアが人波に視線を向けた。

 この人出では、犯人の男を捕まえるのは容易ではない。新たな許可証の発行させるにしても、数日は要する。

 男の消えた方角に随行の騎士を向かわせるか、リティアは逡巡した。

 その頃、アイカは、


 ――う、美しかぁぁぁぁ。


 と、厳しい表情で人波を睨むリティアに、数瞬、魂を奪われていた。

 が、ふと気が付いて口を開いた。


「あの……」

「なんだ……?」


 表情は厳しいが、リティアがアイカに向ける口調は優しい。


「タロウとジロウに追わせたら……」


 と、躊躇いがちなアイカの言葉に、リティアは眉をパッと開いた。


「できるのか?」

「やったことないんですけど……、犬の仲間だっていうから、できたらいいなって……」

「よし。出来なくて元々だ! タロウとジロウに、ラウラの匂いを嗅がせてみよう」


 と、リティアがいつもの勢いを取り戻すと、アイカはタロウとジロウを呼んだ。

 タロウとジロウは、ラウラに鼻を寄せてクンクンしている。

 グイグイ近付いて行く二頭の狼はニーナも押し退けて、ラウラを押し倒す形になって尚も匂いを嗅いでいく。


 ――えっろ。


 アイカの目は釘付けになった。

 ラウラは狼たちの鼻がくすぐったかったのか、敏感なところを刺激してしまったのか「あっ」と小さな声を上げた。

 ニーナたちとお揃いの白いビキニのトップスに、濃緑色のロングスカート姿で、踊りで汗ばんだ小麦色のメリハリボディをよじって耐えている。


 ――あ。リティアさん、意外と初心。


 アイカが目を移すと、ラウラの艶めかしい声と姿を見たリティアが、少し頬を赤らめている。


「も、もういいんじゃないか?」という、クレイアの言葉に我に返ったアイカが、


「よし! タロウ! ジロウ! 行くよ!」


 と、号令をかけてタロウの背に飛び乗ると、人であふれる街路に向けて狼二頭が駆け出した。

 割れる人波の間を、タロウとジロウが全速力で駆けて行く。人波からは悲鳴も聞こえる。


 ――ご、ごめんなさい~。


 数本先の角で、急旋回した狼たちが脇道の細い路地に入り、行き交う人々を避け、街路の壁を左右に別れて駆け抜ける。

 さらに何度かの急旋回を繰り返し、地面と壁とを蹴りながら全力で風を切る狼たちの背中でアイカは――、ビビッていた。


 ――こんなことも、できるのね。ていうか、速過ぎだし、跳び過ぎだし……。


 アイカが強い衝撃を感じて、狼たちの疾走が止まると、その足下に中肉中背の男を踏み付けにしていた。

 ジロウが噛み付ついた男の右腕の先には、許可証らしきものが握られている。


「くっ、なにしやがる!」


 と、苦しそうな声を上げる男は、狼たちから逃れようともがく。

 が、タロウもジロウもびくともしない。

 アイカは、男が手放した許可証らしきものを拾い上げ、タロウとジロウの後ろに回った。

 そこに、追いかけてきたヤニスと騎士たちが到着し、一部の者には見覚えのあるその男を縛り上げた。

 遅れてきたリティアが、アイカから渡された紙片を確認すると「間違いない」と言って、クレイアに渡した。


「さすが、道案内の神が守護聖霊にある狼。見事だった」


 リティアはいつもの微笑を浮かべ、狼たちの頭を撫でてを労った。


 ――し、死ぬかと思った。


 全速力の狼の背で揺られた疲労と、悪い男の人と向き合う緊張から解放されたアイカは、その場にへたり込んだ。

 荒れた呼吸の中で、ラウラたちが返って来た許可証を握りしめ、涙しているのが見えた。

 ひとつ大きく息を吸って、吐き、アイカは漸く安堵の笑みを浮かべた。


 噂は瞬く間に王都を駆け抜ける。


 『無頼姫の狼少女』が、守護聖霊のある狼と共に無法者を捕らえた、と。

 多くは好意的に受け止めた。
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