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第三章 総候参朝
78.幕が下りる
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すっかり日も暮れた頃、『王都詩宴』は、国王選定詩の披露をもって幕を閉じた。
――これは……。
拍手を贈りながら、リティアは誰にも気付かれない程度に眉を顰めた。
父王が選んだ詩は『新作』ではなかったが、父である神が国を守るため、息子の神を死地に送り出す詩だった。父は子を想い、子は父を想う感動的な一編であったが、リティアには仄かな含意が感じられる。
舞台上では設えが改められ、そのまま『聖山誓勅』の場となる。
王族列侯の椅子やテーブルも全て下げられ、国王が『聖山の神々』に国の方針を誓う厳粛な場へと様相が移る。
国王が登壇すると、王族列侯、また随行の者の全てが片膝を付いて最敬礼をとった。
「今年は我が第3王女リティアが成人し、騎士団長ならびに『束ね』の重責を担った……」
と、この一年を振り返り神に感謝を捧げる言葉から、国王の誓いは始まる。
昨年の『聖山誓勅』では、リティアに第六騎士団の創設と『無頼の束ね』に任じるという勅命が下り、一堂を驚かせた。
縷々述べられる最後に下される勅命には、年によって程度の差はあれども、必ずなにがしかの驚きが含まれている。
国王の前にかしずく約2,000名の者たちは、緊張と期待を胸に最後の言葉を待った。
だが――、
「『草原の民』に怪しい動きがある」
という国王の言葉は、誰にとっても初耳であった。
「ハラエラとサグアに砦を築き、これに備えるべし」
恐らく地名なのであろうが、誰も聞き覚えがない。
「ついては、ハラエラには王太子バシリオス、サグアには第3王子ルカスが、衛騎士を率いて、直ちに急行せよ」
居並ぶ者たちは皆、息を飲んだ。
衛騎士とわざわざ断った以上、騎士団そのものを率いて行くことは許さないという意味であった。
――追放。
その言葉が、皆の脳裏をよぎった。
「聖山三六〇列候におかれては、王太子と第3王子の砦建設に必要な資材を供出し『聖山の民』の危機に備えられたし。騎士団は通例通り聖山列候のお帰りをお送りし、聖山の民の団結を示せ」
国王ファウロスが『天空神ラトゥパヌ』への奉祝の言葉で『聖山誓勅』を締めくくり退席した後も、その場は水を打ったような静けさが支配していた。
我に返ったリティアは、兄バシリオスの姿を探したが、既に見付けることが出来なかった。
澄んだ秋の夜空には、真円に輝いているはずの、これから欠けていく満月が、雲に覆われて鈍く光っていた。
◇
翌朝。バシリオスとルカスの姿は既に王都になかった。
朝陽の昇る前に、遥か北西の辺境の地に向け、それぞれ3人の衛騎士を伴うだけで出立していた。
ルカスの娘、ペトラ姉内親王とファイナ妹内親王は、半狂乱になってリティア宮殿に駆け込んだ。
これから、どうしたらいいのか? と、取り乱して泣き止まない2人をリティアは宥め、早まったことをしないようゼルフィアを付けて、応接間に休ませた。
王都中が不穏な空気に包まれているのが、宮殿の窓から見下ろすだけでも伝わってくる。
王太子妃エカテリニは、父チュケシエ候を見送るという名目で、既に王都を発ったと報せが入った。
さらに、西域の大隊商マエルも昨晩の内に姿を消したと、クレイアを通じてアイラから報告があった。
サヴィアスは早くも王太子宮殿を譲るべきだと嘯いているらしい。
ロザリーにはアイシェを使いに出したが返事がない。
今、父王に会う気にはなれない。
リティアは唇を噛んだ。
側妃サフィナのクスクスと笑う声が、響いてくる気がした。
揺らぎそうになる宮殿の床を強く踏みしめ、リティアは立ち上がった――。
――これは……。
拍手を贈りながら、リティアは誰にも気付かれない程度に眉を顰めた。
父王が選んだ詩は『新作』ではなかったが、父である神が国を守るため、息子の神を死地に送り出す詩だった。父は子を想い、子は父を想う感動的な一編であったが、リティアには仄かな含意が感じられる。
舞台上では設えが改められ、そのまま『聖山誓勅』の場となる。
王族列侯の椅子やテーブルも全て下げられ、国王が『聖山の神々』に国の方針を誓う厳粛な場へと様相が移る。
国王が登壇すると、王族列侯、また随行の者の全てが片膝を付いて最敬礼をとった。
「今年は我が第3王女リティアが成人し、騎士団長ならびに『束ね』の重責を担った……」
と、この一年を振り返り神に感謝を捧げる言葉から、国王の誓いは始まる。
昨年の『聖山誓勅』では、リティアに第六騎士団の創設と『無頼の束ね』に任じるという勅命が下り、一堂を驚かせた。
縷々述べられる最後に下される勅命には、年によって程度の差はあれども、必ずなにがしかの驚きが含まれている。
国王の前にかしずく約2,000名の者たちは、緊張と期待を胸に最後の言葉を待った。
だが――、
「『草原の民』に怪しい動きがある」
という国王の言葉は、誰にとっても初耳であった。
「ハラエラとサグアに砦を築き、これに備えるべし」
恐らく地名なのであろうが、誰も聞き覚えがない。
「ついては、ハラエラには王太子バシリオス、サグアには第3王子ルカスが、衛騎士を率いて、直ちに急行せよ」
居並ぶ者たちは皆、息を飲んだ。
衛騎士とわざわざ断った以上、騎士団そのものを率いて行くことは許さないという意味であった。
――追放。
その言葉が、皆の脳裏をよぎった。
「聖山三六〇列候におかれては、王太子と第3王子の砦建設に必要な資材を供出し『聖山の民』の危機に備えられたし。騎士団は通例通り聖山列候のお帰りをお送りし、聖山の民の団結を示せ」
国王ファウロスが『天空神ラトゥパヌ』への奉祝の言葉で『聖山誓勅』を締めくくり退席した後も、その場は水を打ったような静けさが支配していた。
我に返ったリティアは、兄バシリオスの姿を探したが、既に見付けることが出来なかった。
澄んだ秋の夜空には、真円に輝いているはずの、これから欠けていく満月が、雲に覆われて鈍く光っていた。
◇
翌朝。バシリオスとルカスの姿は既に王都になかった。
朝陽の昇る前に、遥か北西の辺境の地に向け、それぞれ3人の衛騎士を伴うだけで出立していた。
ルカスの娘、ペトラ姉内親王とファイナ妹内親王は、半狂乱になってリティア宮殿に駆け込んだ。
これから、どうしたらいいのか? と、取り乱して泣き止まない2人をリティアは宥め、早まったことをしないようゼルフィアを付けて、応接間に休ませた。
王都中が不穏な空気に包まれているのが、宮殿の窓から見下ろすだけでも伝わってくる。
王太子妃エカテリニは、父チュケシエ候を見送るという名目で、既に王都を発ったと報せが入った。
さらに、西域の大隊商マエルも昨晩の内に姿を消したと、クレイアを通じてアイラから報告があった。
サヴィアスは早くも王太子宮殿を譲るべきだと嘯いているらしい。
ロザリーにはアイシェを使いに出したが返事がない。
今、父王に会う気にはなれない。
リティアは唇を噛んだ。
側妃サフィナのクスクスと笑う声が、響いてくる気がした。
揺らぎそうになる宮殿の床を強く踏みしめ、リティアは立ち上がった――。
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