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第四章 王都騒乱
88.無頼の忠誠(1)
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「リティア殿下は、王都を落ちられます」
と、ゼルフィアはいつもの目を細めた笑みを浮かべた。
正面に向き合って座る、西の無頼の元締ノクシアスは「ほう……」と、訝しむような顔付きで応える。
「どうして、それを俺に教えるんだ?」
「ノクシアス殿には、嬉しい報せかと存じますが?」
ノクシアスが西域の大隊商マエルを通じて、リーヤボルクと繋がっているのは想像に難くない。
リティアが王都を離れることは、王太子バシリオスに即位の正統性を失わせることで、第3王子ルカスと組んだリーヤボルクの益になる。それはノクシアスにとっても望むところであった。
ノクシアスは「ふん」と、鼻で笑ってゼルフィアの後ろに控えるアイカと狼たち、それに衛騎士のヤニスに目をやった。
事実上の軟禁下に置かれたリティア宮殿にあっても、先王ファウロスの「狼たちに運動をさせよ」という勅命は生きていた。むしろ、王家の正統を受け継ぐことをアピールしたいバシリオスは、率先してそれを守る立場にあった。
結果、リティア宮殿で最も自由に出入りできるのはアイカと2頭の狼、それに護衛の者たちということになった。
「……それで? 俺にどうしてほしいんだ?」
と、ノクシアスは顔を狼たちに向けたまま、目だけチラッとゼルフィアの方に動かした。
「今の不穏な王都のこと。そろそろ、無頼同士の騒ぎも起きましょう」
「なるほどな……。騒ぎが起きるのはいつだ?」
「さあ……?」
と、ゼルフィアは笑みを絶やさずに、天を指差した。
「その日になれば、天より啓示がございましょう」
「念入りなこった」
と、皮肉めいた笑みを浮かべるノクシアスを、アイカの金色の瞳が射るように見詰めている。
これまでの人生で、アイカは濃い人間関係を構築することなく生きてきた。好ましく思っている者同士が争うという状況は、アイカにとって初めての体験であった。
同時に、好ましく思っていない者――この場合はノクシアス――と、交渉しなくてはいけない状況も初めてのことであり、消化しきれぬままジッと観察している。踊り巫女のラウラを攫おうとした一件のせいで、ノクシアスのことが実態以上に邪悪に映っていることも自覚はしていた。
もし、あの一件がなければ、充分に見惚れて愛でていたであろうというくらいには、ノクシアスも美男子であった。
「分かった。準備だけはしておこう」
と、ノクシアスは目の前の侍女を見据えた。
「恐れ入ります」
「陛下の狼たちも連れていくのかい?」
「さあ? どうでしょう」
「ははっ。侍女さんがそんなこと言うから、狼のお嬢ちゃんが不安そうに見てるぜ?」
振り返ったゼルフィアの目に、かすかに怯えたような表情のアイカの姿が入った。駆け引きの中の言葉でしかなかったが、主が寵愛する素直すぎる娘に不安を与えてしまったことを少し悔いた。
アイカが「エロい」と感じる笑顔で、ゼルフィアが優しく言葉を掛けた。
「……大丈夫ですよ、アイカ」
「狼たちも、陛下の遺した偉大な遺産って訳だ」
と、ノクシアスは立ち上がって、アイカの前に腰を降ろした。
目線を合せてまっすぐ見詰めてくるノクシアスの視線が、優しいものであったことに、アイカは戸惑った――。
と、ゼルフィアはいつもの目を細めた笑みを浮かべた。
正面に向き合って座る、西の無頼の元締ノクシアスは「ほう……」と、訝しむような顔付きで応える。
「どうして、それを俺に教えるんだ?」
「ノクシアス殿には、嬉しい報せかと存じますが?」
ノクシアスが西域の大隊商マエルを通じて、リーヤボルクと繋がっているのは想像に難くない。
リティアが王都を離れることは、王太子バシリオスに即位の正統性を失わせることで、第3王子ルカスと組んだリーヤボルクの益になる。それはノクシアスにとっても望むところであった。
ノクシアスは「ふん」と、鼻で笑ってゼルフィアの後ろに控えるアイカと狼たち、それに衛騎士のヤニスに目をやった。
事実上の軟禁下に置かれたリティア宮殿にあっても、先王ファウロスの「狼たちに運動をさせよ」という勅命は生きていた。むしろ、王家の正統を受け継ぐことをアピールしたいバシリオスは、率先してそれを守る立場にあった。
結果、リティア宮殿で最も自由に出入りできるのはアイカと2頭の狼、それに護衛の者たちということになった。
「……それで? 俺にどうしてほしいんだ?」
と、ノクシアスは顔を狼たちに向けたまま、目だけチラッとゼルフィアの方に動かした。
「今の不穏な王都のこと。そろそろ、無頼同士の騒ぎも起きましょう」
「なるほどな……。騒ぎが起きるのはいつだ?」
「さあ……?」
と、ゼルフィアは笑みを絶やさずに、天を指差した。
「その日になれば、天より啓示がございましょう」
「念入りなこった」
と、皮肉めいた笑みを浮かべるノクシアスを、アイカの金色の瞳が射るように見詰めている。
これまでの人生で、アイカは濃い人間関係を構築することなく生きてきた。好ましく思っている者同士が争うという状況は、アイカにとって初めての体験であった。
同時に、好ましく思っていない者――この場合はノクシアス――と、交渉しなくてはいけない状況も初めてのことであり、消化しきれぬままジッと観察している。踊り巫女のラウラを攫おうとした一件のせいで、ノクシアスのことが実態以上に邪悪に映っていることも自覚はしていた。
もし、あの一件がなければ、充分に見惚れて愛でていたであろうというくらいには、ノクシアスも美男子であった。
「分かった。準備だけはしておこう」
と、ノクシアスは目の前の侍女を見据えた。
「恐れ入ります」
「陛下の狼たちも連れていくのかい?」
「さあ? どうでしょう」
「ははっ。侍女さんがそんなこと言うから、狼のお嬢ちゃんが不安そうに見てるぜ?」
振り返ったゼルフィアの目に、かすかに怯えたような表情のアイカの姿が入った。駆け引きの中の言葉でしかなかったが、主が寵愛する素直すぎる娘に不安を与えてしまったことを少し悔いた。
アイカが「エロい」と感じる笑顔で、ゼルフィアが優しく言葉を掛けた。
「……大丈夫ですよ、アイカ」
「狼たちも、陛下の遺した偉大な遺産って訳だ」
と、ノクシアスは立ち上がって、アイカの前に腰を降ろした。
目線を合せてまっすぐ見詰めてくるノクシアスの視線が、優しいものであったことに、アイカは戸惑った――。
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