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第五章 王国動乱
116.交錯(5)
しおりを挟む――サヴィアスの求婚に応じ、リティアの賛同を得て王位に就ける。そして、アルナヴィスとヴールの武力を背景に、リーヤボルク兵を討って王国を平定する。
そんな夢想が、ロマナの脳裏に浮かんだ。
――いや、あいつの嫁はムリだわ。
苦笑いして、小さく首を振った。
聖山戦争後期、テノリアに抗戦していた中心はヴールとアルナヴィスであった。しかし、ヴールは方伯の地位を得て王国に参朝した。
アルナヴィスは、ヴールに恨みを残し、それからさらに9年に渡って抗戦した。
王国のために共同戦線を張ることなど考えられない。
――リティア……。
ふと、王都を落ちた親友の顔が浮かんだ。
リティアなら、アルナヴィスとヴールの橋渡しを務められるかもしれない。あの笑顔なら、長年の怨恨を融かしてしまうのではないか――。
「いかんな」
つい、状況を突破する『一発逆転』の夢想に、思考を委ねてしまう。
「私はまだ、なにも失くしてはいない」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、ベッドに横たえていた身体を起こした。
王都に参朝した祖父が戻るまで、堅実にヴールを守る。サヴィアスから届いた、浮ついた書状に気を惑わされている場合ではない。
リティアは既に多くのものを失っている。
いずれ王国に戻った暁には、その戦いを支えてやりたい。
大きく息を吸い、細く長く吐き出したロマナは、窓の外に広がる夜の闇に、友リティアのことを思い遣った――。
◇
ロマナが見上げた同じ夜空の下、アルナヴィスの公宮では第4王子サヴィアスが涙していた。
深酒の相手をさせられているのは叔父にあたるアルナヴィス候ジェリコと、アルニティア騎士団の万騎兵長キリアルである。
話をするのは酩酊したサヴィアスばかりで――、
「母上の『逃げよ』という声が聞こえたのだ――」
「断腸の思いで王宮を脱出した――」
「どれだけ後ろ髪引かれたことか――」
「母を亡くして、これからどう生きればよいのか――」
「いや、母の愛に報いるためにも、なんとしても王位に就かねばならん――」
「汚れた謀叛人たちに玉座を渡すわけにはいかん――」
「逃がしてくれた母に、冥府で会わす顔がないではないか――」
と、愚にもつかない繰り言を、夜毎聞かせられて、アルナヴィス候は辟易としていた。
アルニティア騎士団を率いてアルナヴィスに入ったサヴィアスは、当然のように公宮に入り、自分は離宮に移らされた。
それでも、サヴィアスが到着したとき、領民はテノリアへの屈辱を晴らす機会が訪れるのではないかと、ひそかに期待した。サヴィアスを先頭に王都ヴィアナに攻め上るのであれば、その兵に志願したいと農夫までもが腕を鳴らしていた。
しかし、サヴィアスは一向に動かない。
ただ、酒を飲んでくだを巻き、自身の境遇を嘆くばかりである。
そもそも、サヴィアスの母である側妃サフィナは領民から良く思われていない。
徹底的に抗戦したあげくに敗れ、神代の時代から祀る神像を取り上げたテノリアの悪王ファウロスに嫁ぐなど、裏切者でしかない。それまで、聖女のように敬仰してきただけに、裏返しとなった恨みも深かった。
その悪女が、悪王との間に儲けた王子が惰弱ときては、領民の間に不満がつのる一方であった。
「アルナヴィスの恥さらしが」
と、悪し様に罵る者も出てきている。
酔い潰れてうたた寝を始めたサヴィアスを見て、アルナヴィス候ジェリコは席を辞した。
――これでは、妹は浮かばれぬ。
ジェリコは、悲運の妹サフィナを想って、眉間に皺を寄せた――。
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