136 / 307
第五章 王国動乱
127.辺地(2)
しおりを挟む
「見ろ、カリトン。ここが今俺たちのいるハラエラだ」
ノルベリが指差す地図を、カリトンは虚しく眺めた。王国の版図にも含まれない辺地。そこに、寡兵で身を寄せ合う敗残兵の集団。が、自分の置かれた身の上に、唇を噛む気力も残されていない。
ノルベリの指先が、王都ヴィアナに移動する。
「王都にはザイチェミア騎士団、約1万。おそらくスピロの残兵も吸収している。リーヤボルク兵は5万5千。まだまだ数の多さが厄介だ」
ノルベリは、スススッと、地図上で指を動かしていく。
「北の旧都に、ステファノス殿下の祭礼騎士団1万」
「南のラヴナラに、カリストス殿下のサーバヌ騎士団2万」
「さらに南には、サヴィアス殿下のアルニティア騎士団1万」
「その西には、ヴール軍およそ2万」
ノルベリは、地図から手を離し、まじまじと眺めた。
「分かるか、カリトン? 皆んなで仲良く攻め込めば、王都は間違いなく陥せる」
「あっ……」
「しかし、そうはならないことを、俺もお前も知っている。互いに牽制し合って、時がいたずらに流れる。だが、ルカス閣下の方が、いずれかの勢力を討とうと王都を動けば――?」
「……、ハラエラから……腹背を突ける……」
「そうだ。そんなときが来るかどうかも分からないが、俺がここに潜むのはその時を窺うためだ。リーヤボルクからの王都解放。それしか、俺たちが誇りを回復する手立てはないだろう」
「……そんな時が訪れましょうか?」
「さあな。ステファノス殿下は旧都で王太后陛下と先の王妃陛下を抱え込んで、沈黙を守っている。長子でありながらバシリオス殿下を正統と認め、カフラヌス騎士団を祭礼騎士団と名前を改めてまで、王都を退かれた身の上だ。今さら王位に色気ありとは動きにくいだろう。
カリストス殿下は、王弟の身の上で、一旦、王統から外れている。自らの即位を狙うには、バシリオス殿下の娘を孫の正妃に迎えていることも、正統性を訴える重石になるだろう。
サヴィアス殿下は……、よく分からん」
ノルベリは、皮肉めいた笑みを浮かべて、地図上のアルナヴィスを眺めた。
「よく分からんが、王子王女のどなたかが、サヴィアス殿下を王位に推すとは考えられん。つまり、王国はこのまま5つに割れたまま推移する可能性が高い……」
ノルベリの話は、疲れ切っているカリトンにも分かりやすい。
ルカスとリーヤボルク、ステファノス、カリストス、サヴィアス、西南伯……。たしかに、いずれはこの5つの勢力圏に収斂されていきそうである。
「だが、カリトン千騎兵長よ。我らは、そんなに長い間待つことは出来ない」
ノルベリは、初めてカリトンの顔を正面から見据えた。
「この状況をかき回せるとしたら、リティア殿下お一人だ」
「リティア殿下……。今はいずこで……」
「王都を脱出されて、恐らく、ルーファに向かっている。大路は警戒されているだろうから、フェトクリシスかパトリアを経由されるはずだ」
リティアの王都脱出を、みすみす取り逃がしたのはカリトンである。リーヤボルク兵に王都を占拠された今となっては、それで良かったのだとも思える。が……、思い起こすと、苦いものを感じずにはいられない。
「カリトン。しばし、ハラエラで傷と疲れを癒したなら、旧都テノリクアに向かってはくれぬか?」
「旧都……?」
「リティア殿下が王国に帰還されるにあたっては、必ず、旧都のステファノス殿下の助力を求められるはずだ。それを援けてもらいたい」
――また、リティア殿下か……。
と、カリトンは、心に重たいものを感じた。
アイカと狼たちを通じて、リティアには随分と親しく接してもらった。人柄に惹かれていたし、無事であって欲しいとも思う。だが、節目節目で、リティアに対するイヤな役目を命じられる。ノルベリが命じていることも、自分たちの復権のため、リティアを利用せよということだ。
ただ、自分に最後まで付いて来てくれた300の兵をノルベリに預け、一人身軽になって旧都に向かうのは、様々な想いを一身に抱えたカリトンにとっては、ありがたい役目でもあった。
「いずれにせよ、一旦、その身を休めてからのことだ。どうだ? 頼まれてくれぬか?」
と、自分を見詰めるノルベリに、カリトンは小さく頷いた――。
ノルベリが指差す地図を、カリトンは虚しく眺めた。王国の版図にも含まれない辺地。そこに、寡兵で身を寄せ合う敗残兵の集団。が、自分の置かれた身の上に、唇を噛む気力も残されていない。
ノルベリの指先が、王都ヴィアナに移動する。
「王都にはザイチェミア騎士団、約1万。おそらくスピロの残兵も吸収している。リーヤボルク兵は5万5千。まだまだ数の多さが厄介だ」
ノルベリは、スススッと、地図上で指を動かしていく。
「北の旧都に、ステファノス殿下の祭礼騎士団1万」
「南のラヴナラに、カリストス殿下のサーバヌ騎士団2万」
「さらに南には、サヴィアス殿下のアルニティア騎士団1万」
「その西には、ヴール軍およそ2万」
ノルベリは、地図から手を離し、まじまじと眺めた。
「分かるか、カリトン? 皆んなで仲良く攻め込めば、王都は間違いなく陥せる」
「あっ……」
「しかし、そうはならないことを、俺もお前も知っている。互いに牽制し合って、時がいたずらに流れる。だが、ルカス閣下の方が、いずれかの勢力を討とうと王都を動けば――?」
「……、ハラエラから……腹背を突ける……」
「そうだ。そんなときが来るかどうかも分からないが、俺がここに潜むのはその時を窺うためだ。リーヤボルクからの王都解放。それしか、俺たちが誇りを回復する手立てはないだろう」
「……そんな時が訪れましょうか?」
「さあな。ステファノス殿下は旧都で王太后陛下と先の王妃陛下を抱え込んで、沈黙を守っている。長子でありながらバシリオス殿下を正統と認め、カフラヌス騎士団を祭礼騎士団と名前を改めてまで、王都を退かれた身の上だ。今さら王位に色気ありとは動きにくいだろう。
カリストス殿下は、王弟の身の上で、一旦、王統から外れている。自らの即位を狙うには、バシリオス殿下の娘を孫の正妃に迎えていることも、正統性を訴える重石になるだろう。
サヴィアス殿下は……、よく分からん」
ノルベリは、皮肉めいた笑みを浮かべて、地図上のアルナヴィスを眺めた。
「よく分からんが、王子王女のどなたかが、サヴィアス殿下を王位に推すとは考えられん。つまり、王国はこのまま5つに割れたまま推移する可能性が高い……」
ノルベリの話は、疲れ切っているカリトンにも分かりやすい。
ルカスとリーヤボルク、ステファノス、カリストス、サヴィアス、西南伯……。たしかに、いずれはこの5つの勢力圏に収斂されていきそうである。
「だが、カリトン千騎兵長よ。我らは、そんなに長い間待つことは出来ない」
ノルベリは、初めてカリトンの顔を正面から見据えた。
「この状況をかき回せるとしたら、リティア殿下お一人だ」
「リティア殿下……。今はいずこで……」
「王都を脱出されて、恐らく、ルーファに向かっている。大路は警戒されているだろうから、フェトクリシスかパトリアを経由されるはずだ」
リティアの王都脱出を、みすみす取り逃がしたのはカリトンである。リーヤボルク兵に王都を占拠された今となっては、それで良かったのだとも思える。が……、思い起こすと、苦いものを感じずにはいられない。
「カリトン。しばし、ハラエラで傷と疲れを癒したなら、旧都テノリクアに向かってはくれぬか?」
「旧都……?」
「リティア殿下が王国に帰還されるにあたっては、必ず、旧都のステファノス殿下の助力を求められるはずだ。それを援けてもらいたい」
――また、リティア殿下か……。
と、カリトンは、心に重たいものを感じた。
アイカと狼たちを通じて、リティアには随分と親しく接してもらった。人柄に惹かれていたし、無事であって欲しいとも思う。だが、節目節目で、リティアに対するイヤな役目を命じられる。ノルベリが命じていることも、自分たちの復権のため、リティアを利用せよということだ。
ただ、自分に最後まで付いて来てくれた300の兵をノルベリに預け、一人身軽になって旧都に向かうのは、様々な想いを一身に抱えたカリトンにとっては、ありがたい役目でもあった。
「いずれにせよ、一旦、その身を休めてからのことだ。どうだ? 頼まれてくれぬか?」
と、自分を見詰めるノルベリに、カリトンは小さく頷いた――。
55
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる