153 / 307
第六章 蹂躙公女
143.お喋りだもの
しおりを挟む
戦陣から急使が届いたと聞いて、ウラニアは激しく緊張し、動揺した。
西南伯家の危機にあって、夫ベスニクが鉞を託した孫娘ロマナの果断な処置の数々は、幕下六〇列候を引き締め、威を示した。
ウラニアがロマナのことを思い起こすとき、最初に浮かぶのはその細い腰である。その場に華が咲き乱れるような微笑みに変わりはなかったし、列候筆頭と言ってよいヴール候家の姫に相応しい美しさを湛えている。
しかし、可憐で優美なロマナが「やりすぎているのでは?」という、懸念がない訳ではなかった。
そのロマナが戦陣から寄越した急使――。いくつもの不吉な想像が頭をよぎる。
硬い表情で開いた書状に書かれていたのは、
――ソフィア大叔母様が来られました。滞在されるそうなので、お相手をお願いします。
というもので、ウラニアは呆気に取られ、そして笑った。
「ロマナにも、かなわないものがあるのね」
11歳年下の異腹の妹ソフィアを、ウラニアは幼い頃から可愛がってきたし、ソフィアもよく懐いた。
父の正妃アナスタシアに似て、よく喋る異母妹だったが、そのソフィアも、もう47歳。だというのに、少しも落ち着くことなく会えば飛んで抱き着いてくる。
戦陣に突然現れた経緯は分からなかったが、ソフィアらしいと笑みがこぼれる。
ウラニアは、侍女に命じて公宮内にソフィアの部屋を支度させた。
「ウラニアお姉様――っ!」
と、城門に出迎えたウラニアに、ソフィアは想像通りに走り込んできて、抱き着いた。
「いらっしゃい、ソフィア。ヴールへようこそ」
「おっ、お姉様……、うっ、うっ、うっ、ううぅぅぅぅ――っ!」
ソフィアは抱き着いたまま、大きな嗚咽を漏らし始めた。
「あらあら。どうしたの、ソフィア? 可愛い顔が台無しよ?」
「レオノラちゃんが……、レオノラちゃんが……」
「ええ…………」
「わだし……、お姉様のぎぼちを思うと……、うわ――っん!!」
ソフィアは、斬首が伝えられるウラニアの息子レオノラの名を挙げ、激しく泣いた。
ウラニアは優しく頭を撫で、少し離れて見守っていたロマナも涙をこぼした。
いや、悲報が届くや否や勃発したエズレア候のクーデターなどの対処に追われ、全身をハリネズミのように強張らせていたヴール全土が、心優しき太子レオノラのことを想い、初めて涙を流した。
ソフィアは、ウラニアの胸の中で顔を上げ、
「私! 絶対、お姉様とロマナちゃんの味方だから!」
と、涙声で宣言した。
ヴール全土が、
――リーヤボルク、許すまじ。
の心で、ひとつになった。
◇
城門でひとしきり泣きに泣いたソフィアが、ウラニアから離れると、たちまち満開の笑顔をつくった。
「まあ! 誰⁉ この可愛い娘――っ!」
と、今度はガラに抱き着く。
「え、えっと……」
困惑するガラに、ウラニアがそっと近寄る。
「ロマナの侍女なの」
「侍女ぉ⁉ ヴールも侍女を始めたのね? にしても、可愛い娘ねぇ! お人形さんみたい」
ウラニアは、ロマナがガラに寄せる好意を表現するのに、単にメイドというのが憚られ、とっさに侍女と紹介しただけであったが、これ以降、ガラは正式にロマナの侍女として扱われることになった。
ソフィアのリティアとはまた違った敷居の低さに、ガラは微妙な笑みを浮かべるしか出来なかった。
ただ、自分の母が生きていれば同じくらいの歳であったであろうソフィアから、撫でられたり頬ずりされたりするのに、嫌な感じはしなかった。
――ガラ、すまん。
と、ロマナは、ソフィアの視界に入らないよう注意しながら、そっと公宮に向かう。
せっかくのお気に入りのガラとの再会であったが、自分のしたかったことの10倍以上の熱烈さで大叔母に奪われてしまった。
が、ロマナはやることが多い。
そそくさと、執務室に向かう。
その背後からは、無邪気で物騒なソフィアの声が響いてくる。
「そうだ! 私、サンド―しちゃうから、ウラニアお姉様が即位しちゃってよ!」
「いやいやいや……、私じゃダメよ……」
「どうして? あの脳筋バカのルカス坊やなんかより、お姉様の方がよっぽどいいじゃない!」
「私には西南伯家があるから、ダメ。そんなに言うならソフィアが即位すればいいじゃない」
「私ぃ? 私はダメよ」
「どうして」
「だって、お喋りだもの。こんな女王様を戴いたら、皆んな仕事にならないでしょ?」
――自覚あるんだ。
と、ロマナだけでなく、ヴール全土が震えた。
王国の西南に、第1王女と第2王女がそろった。
第3王女は、いまだ砂漠を旅している――。
西南伯家の危機にあって、夫ベスニクが鉞を託した孫娘ロマナの果断な処置の数々は、幕下六〇列候を引き締め、威を示した。
ウラニアがロマナのことを思い起こすとき、最初に浮かぶのはその細い腰である。その場に華が咲き乱れるような微笑みに変わりはなかったし、列候筆頭と言ってよいヴール候家の姫に相応しい美しさを湛えている。
しかし、可憐で優美なロマナが「やりすぎているのでは?」という、懸念がない訳ではなかった。
そのロマナが戦陣から寄越した急使――。いくつもの不吉な想像が頭をよぎる。
硬い表情で開いた書状に書かれていたのは、
――ソフィア大叔母様が来られました。滞在されるそうなので、お相手をお願いします。
というもので、ウラニアは呆気に取られ、そして笑った。
「ロマナにも、かなわないものがあるのね」
11歳年下の異腹の妹ソフィアを、ウラニアは幼い頃から可愛がってきたし、ソフィアもよく懐いた。
父の正妃アナスタシアに似て、よく喋る異母妹だったが、そのソフィアも、もう47歳。だというのに、少しも落ち着くことなく会えば飛んで抱き着いてくる。
戦陣に突然現れた経緯は分からなかったが、ソフィアらしいと笑みがこぼれる。
ウラニアは、侍女に命じて公宮内にソフィアの部屋を支度させた。
「ウラニアお姉様――っ!」
と、城門に出迎えたウラニアに、ソフィアは想像通りに走り込んできて、抱き着いた。
「いらっしゃい、ソフィア。ヴールへようこそ」
「おっ、お姉様……、うっ、うっ、うっ、ううぅぅぅぅ――っ!」
ソフィアは抱き着いたまま、大きな嗚咽を漏らし始めた。
「あらあら。どうしたの、ソフィア? 可愛い顔が台無しよ?」
「レオノラちゃんが……、レオノラちゃんが……」
「ええ…………」
「わだし……、お姉様のぎぼちを思うと……、うわ――っん!!」
ソフィアは、斬首が伝えられるウラニアの息子レオノラの名を挙げ、激しく泣いた。
ウラニアは優しく頭を撫で、少し離れて見守っていたロマナも涙をこぼした。
いや、悲報が届くや否や勃発したエズレア候のクーデターなどの対処に追われ、全身をハリネズミのように強張らせていたヴール全土が、心優しき太子レオノラのことを想い、初めて涙を流した。
ソフィアは、ウラニアの胸の中で顔を上げ、
「私! 絶対、お姉様とロマナちゃんの味方だから!」
と、涙声で宣言した。
ヴール全土が、
――リーヤボルク、許すまじ。
の心で、ひとつになった。
◇
城門でひとしきり泣きに泣いたソフィアが、ウラニアから離れると、たちまち満開の笑顔をつくった。
「まあ! 誰⁉ この可愛い娘――っ!」
と、今度はガラに抱き着く。
「え、えっと……」
困惑するガラに、ウラニアがそっと近寄る。
「ロマナの侍女なの」
「侍女ぉ⁉ ヴールも侍女を始めたのね? にしても、可愛い娘ねぇ! お人形さんみたい」
ウラニアは、ロマナがガラに寄せる好意を表現するのに、単にメイドというのが憚られ、とっさに侍女と紹介しただけであったが、これ以降、ガラは正式にロマナの侍女として扱われることになった。
ソフィアのリティアとはまた違った敷居の低さに、ガラは微妙な笑みを浮かべるしか出来なかった。
ただ、自分の母が生きていれば同じくらいの歳であったであろうソフィアから、撫でられたり頬ずりされたりするのに、嫌な感じはしなかった。
――ガラ、すまん。
と、ロマナは、ソフィアの視界に入らないよう注意しながら、そっと公宮に向かう。
せっかくのお気に入りのガラとの再会であったが、自分のしたかったことの10倍以上の熱烈さで大叔母に奪われてしまった。
が、ロマナはやることが多い。
そそくさと、執務室に向かう。
その背後からは、無邪気で物騒なソフィアの声が響いてくる。
「そうだ! 私、サンド―しちゃうから、ウラニアお姉様が即位しちゃってよ!」
「いやいやいや……、私じゃダメよ……」
「どうして? あの脳筋バカのルカス坊やなんかより、お姉様の方がよっぽどいいじゃない!」
「私には西南伯家があるから、ダメ。そんなに言うならソフィアが即位すればいいじゃない」
「私ぃ? 私はダメよ」
「どうして」
「だって、お喋りだもの。こんな女王様を戴いたら、皆んな仕事にならないでしょ?」
――自覚あるんだ。
と、ロマナだけでなく、ヴール全土が震えた。
王国の西南に、第1王女と第2王女がそろった。
第3王女は、いまだ砂漠を旅している――。
68
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる