182 / 307
第八章 旧都邂逅
170.ヒメ様との再会
しおりを挟む「はい、はーい――っ! ちゅうも――っく!」
めずらしく大きく張り上げたアイカの声が、深い森の中に木霊した。
刃と刃が激しくぶつかり合っていた音がピタッと止まる。
「情報が渋滞しすぎで――っす! 全員、武器をしまって集合――っ!」
先ほどまで、剣と剣を突きつけ合っていたもの同士が、互いに顔を見合わせる。
「殿下命令で――っす! はい、しゅうご――っ!」
桃色髪の少女が自ら「殿下」と名乗ったことに、困惑する者もいたが、とりあえず皆、剣をおろし鞘にしまった。
いずれにしても「渋滞し過ぎ」ということに関しては、皆、同感だったからだ。
皆がぞろぞろ集まる中、アイカは空を見上げる。大木に囲まれた半年前ほどまでサバイバルしていた山奥。
そこに着いて、感慨にふける間もなく起きた出来事を整理しようと、試みて眉間に皺を寄せる――。
*
アイカ思い出の泉に到着した時、みんなヘトヘトだった。
とりあえず、旅の汚れを落とそうと、女性陣から先に泉で水浴を始める。
――ふ、ふおぉ……。
皆の肢体に、アイカが心の雄叫びを短めに切り上げるほどには、疲れていた。
まもなく春という時期ではあったが、水は冷たい。皆、少し身を震わせながら背中を流し合う。
ところが、不意に水が熱を帯びる。
見ると泉の淵に、光り輝く女性が呑気な風情で浸かっている。
目をむいたアイカが、思わず呼びかける。
「か、神様!?」
『久しいの、愛華』
アイカを異世界に転生させた神功皇后が、光り輝きながら、薄絹をまとって気持ち良さそうに湯に浸かっていた。
アイカの言葉に、カリュたちの視線も驚きに満ちる。
『我は気長足姫尊とも呼ばれる。故にヒメと呼ぶことを許すぞ』
「ヒ、ヒメ……様……、どうして?」
『うむ。異界とはこの泉でしか繋がっておらんのだが、思いのほか強い結界が張られて、愛華の様子を窺えなんだ。晴れたらと思うや、飛ぶように去って行ってしまってのう……』
「ああ……嬉しくて……、なんか、すみません」
『よいよい。愛華が異界で得た新しい生を謳歌するなら、それが一番じゃ……と、自分に言い聞かせておったのだが、気になって仕方なくてのう。なにせ、これまで我が異界に送ったは愛華のみ』
「あ、そーなんですね」
『そうするとじゃ。久方ぶりに愛華の声が聞こえた。耳を澄ませば、契りを結ぶ義姉を大切にすると誓っておる』
「あっ。……あのとき、ヒメ様のこと思ってました」
『我に祈ってくれるとは、嬉しかったぞよ。すっかり忘れられたものだとばかり……』
「あ、いえ……、異世界はヒメ様の管轄外かなぁ……って」
『うむうむ。それで、そのうちこの泉にも顔を見せてくれまいかと張っておったのじゃ』
「張って……」
と、ヒメ様は、驚きの表情のまま自分を見つめるカリュ、アイラ、チーナに気が付いた。
『驚かせて済まんかったの。我は異世界の言葉で言えば、愛華の守護聖霊であるぞよ。そう堅くならずに、湯に浸かれ。女同士ではないか』
「……こ、この泉の水を湯に変えたのは……?」
と、カリュの後ろに隠れたアイラが言った。アイラは山を越える旅の間に、9つ年上の先輩巨乳カリュにすっかり懐いた。
『うむ。我が御業ぞ。なにせ、我は《神様》……、であるからの。良いから浸かれ。女子が身体を冷やすものではないぞ』
状況が飲み込めないままに、肩まで浸かる女子たち。たしかに温かい。ふわあっと、息を漏らした。
タロウとジロウも続いて湯に浸かる。
アイカがおずおずとヒメ様に語りかける。
「あの、それで、どういったご用件で……?」
『うむ! 顔を見に来ただけじゃ!』
「あ、そういう……」
『……元気そうでなにより。ミレーヌとかいった、精霊を使役して我を呼んだ娘も満足であろう』
「ミレーヌ……?」
『ミレーナじゃったかな?』
「その方は……?」
『そうか……。あの娘……、名を名乗るほどの猶予もなかったか……』
ヒメ様は不憫げに目を伏せた。
『……ミレーナは、愛華の今の身体の母親じゃ』
「眼鏡の?」
『そうそう』
「小柄な?」
『そうじゃ。あの幼き顔立ちをした母親の哀切な求めに、我は応えずにはおれんかったのじゃ……』
――娘になってくれて、ありがとう。
アイカは自分を異世界に呼んで、霧のように消え去った娘の声を忘れたことはない。
あの時から自分の人生が始まったのだと痛切に思う。胸に湧き上がった熱の熱さは、今も自分の身体を巡り続けているように思える。
ヒメ様が眉をピクリとさせた。
『なんじゃ。せっかく愛華に会えたというに、無粋な連中じゃ……』
チーナが温泉と化していた泉を、ザバッと飛び出す。それにカリュも続く。
アイカの耳にも剣で撃ち合う音が小さく響いてきた。
アイカとアイラも飛び出し、手早く濡れた身体を拭き、服と防具を着込む。
『はよう済ませて、戻ってこいよー』
ヒメ様の声に見送られるように、戦いの音がする方に女子4人が駆けた。
タロウとジロウは何故か湯に浸かったまま動かない。ヒメ様が蕩けたような顔をした狼二頭に話しかける。
『愛華も、たくましくなったのう……』
ヒメ様と狼二頭は、嬉しそうに目を細めた――。
それが、大渋滞の始まりだった。
66
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる