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第十章 虜囚燎原
218.秋の始まりまでに
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義妹に、悪辣なことをしてくれた――と、笑うリティアに、パイドルが表情を変えることはなかった。
「私から申し開くことはございません」
「しかし、アイカもアイカだ」
と、リティアが快活な笑い声をあげた。
「悪い人だから、きっと私の役に立つと書いておる」
「……イエリナ陛下、いえ、アイカ殿下に救われた我が命。いかようにお使いいただいても、この場で斬り捨てられたとて、なんの恨みもございません」
「よし! 我が万騎兵長殿!」
と、リティアが呼んだのは、廃太子アレクセイの娘で、アイラの母、いまは第六騎士団で万騎兵長をつとめるルクシアであった。
リティアからみれば従姉妹にあたるルクシアは、主君と定めたリティアに恭しく膝を突いた。
「パイドル公はそなたに預ける! まずは百騎兵長の地位に就けよ!」
「ははっ。仰せのままに」
「もとは賊にくせ者、荒くれ者がそろう我が第六騎士団。《悪人》であることなど、なんの障りにもならぬ! 万騎兵長ルクシア殿の目で、その技量、性情をとくと見定めよ!」
パイドルを先にさがらせたリティアは、ルクシアにはその場に残るよう告げた。
従姉妹とはいえリティアの50歳ちかく年上である。公の場でなくなれば、物言いに敬意がこもる。
「ああは言いましたが、アイカの書状によるとあのパイドルという男、数万の兵を率いたこともあるようです」
「ほう」
「急速に膨張した第六騎士団には熟練の指揮官が足りておりません。多年にわたるザノクリフの内戦を生き残った将であれば申し分ない。できればドーラ、ルクシア殿にならぶ万騎兵長に取り立てたいと考えています」
「なるほど。それに見合うだけの男か見極めるのが、私の仕事という訳ですね」
「無頼として人波に揉まれてきたルクシア殿が適任と思いますが、面倒事を頼まれてくれませんか?」
「すでに私はリティア殿下の旗下にある。遠慮せずお命じください」
ルクシアもさがり、フェティも自室に戻したリティアの周囲にはアイシェ、ゼルフィア、クレイアの侍女たちだけが残る。
募兵の旅を終え、いよいよ《聖山の大地》への帰還が視野に入る。
最終仕上げに向けた打ち合わせかと、緊張した面持ちの侍女たちに、リティアは浮かない顔をみせた。
「……先、こされちゃった」
「はっ?」
リティアの手元にはアイカからの書状が握られたままである。
主君の帰還に先んじてステファノスが王都を奪還したか、あるいはロマナか、カリストスかと、眉間に力を入れた侍女3人。
カリストスの敗報は、まだ砂漠を渡っていない。
侍女たちに顔を向けたリティアが、口を尖らせた。
「アイカ……、結婚したんだってぇ……」
「はあ!?」
「義姉より先に結婚するだなんて、……良くないと思わない?」
唇を突き出したまま、ほほを膨らませるリティアから書状を受け取り、目を通す侍女たち。
クレイアが、クスリと笑った。
「めでたいではございませんか」
「それは、そうだけど……」
「しかも、ザノクリフの女王にご即位あそばされたよし」
侍女長のアイシェも、苦笑い気味に言葉を重ねた。
女王になったことより結婚の方が気になって仕方ない主君リティアが、愛らしくてたまらない。
「それでは、リティア殿下も早々に《聖山の大地》に安寧を取り戻し、フェティ様と挙式いたしましょう」
「……う~ん」
「アイカ様ご夫妻とダブルデートできる日も近いではありませんか?」
ゼルフィアも笑ったが、アイカを《殿下》と呼べばいいのか、《陛下》と呼ぶべきか判然とせず、とりあえず《様》と呼んだ。
事態が急展開すぎて、侍女たちも定義づけが追いつかない。
また、アイカが恩義ある踊り巫女ニーナを救うため《リティアの義妹》として草原に旅立ったことは、まだルーファにまで伝わっていない。
しかし、このお騒がせ義姉妹が、遠く離れていても互いを大切に想い合っていることだけは、侍女たちにも確信できた。
「……アイカの婿」
リティアがブツブツと文句を言い始めた時、相手をするのはゼルフィアの役目だ。
「ザノクリフの公子だそうですよ?」
「総侯参朝で聘問使に来ておった者であろう? ……なんとなく覚えておる」
「人を喰った振る舞いをされる方でしたが、なかなかの人物だったではございませんか?」
「……義姉の許しも得ずに」
小姑のような物言いに、侍女たちがクスクス笑う。
「アイカの婿に相応しいか、見分に行かねばならぬ!」
「はいはい。それでは、帰還の準備を進めましょう。王都を平らげるついでに、ザノクリフまで足を伸ばしますか?」
「ザノクリフに先に行きたいが……」
「それは、さすがにアイカ様にも呆れられるのではありませんか?」
「……むう」
「アイカ様は、天衣無縫でカッコいい義姉君のことがお好きだと思いますよ?」
「そうだ! クレイア!」
「はっ」
パッと表情を明るくしたリティアに、クレイアが膝をつく。
このところシリアスな第3王女しか目にしていなかったが、こういう表情を浮かべたときは、だいたい無茶なことを言ってくる。
かつてのリティアが戻ってきたような嬉しさもあるが、クレイアの心境は複雑であった。
「クレイア。私が帰還する予定の地に先行してもらう話だが」
「はい……」
「ついでに……」
「ザノクリフは遠いです」
「いや……」
「無理です」
「……無理かぁ」
「リティア殿下が新しく民とした数万人を移住させる準備に行くのですよ? そんな遠方まで足を伸ばしては、ご帰還の計画に遅れがでてしまいます」
と、冷静に応えるクレイアだが、リティアの顔には「そこを、なんとか」と書いてある。
「……もう、仕方ありませんね」
と、クレイアはため息をついた。
「行ってくれるのか!?」
「いえ……、アイカ様の旦那様のこと、できる限り情報を収集して、ご報告させていただきます」
その辺で手を打つかと、笑顔を見せたリティアは窓の外に目をやった。
「……今年の総侯参朝も、つつがなく執り行いたいものだ」
「そうですね」
「イエリナ=アイカ新女王にも、ご臨席賜らねばな」
いまは初夏。
秋の始まりを告げる祝祭までに、王都に居座るリーヤボルク兵を掃討すると宣言したリティアに、侍女たちも力強くうなずいた。
*
アイカの引き絞った弓から矢が放たれ、リーヤボルク兵が馬から落ちる。
矢は次々と放たれ、駆けていた隊列が乱れていく。
その隙に、襲われていた部族をオレグが誘導し、そのままコノクリアに向けて駆けろと声を張った。
動揺した兵士たちの群れに、真横から突入したカリトンの剣技は、あかい血の流線を幾重にも描く。さらにタロウも襲い掛かって、兵士たちの乗る馬を動揺させる。
やがて、隊長の首を獲られたリーヤボルクの小隊は、算を乱して逃げはじめた。
「深追いはしなくて良いでしょう」
と、馬上で剣を鞘にしまいながら、カリトンがアイカに言った。
「はい……」
逃げていく敵兵を、険しい表情で見つめるアイカ。
《草原の民》の部族を、狩りの獲物以下のような扱いで追い立てるリーヤボルク兵の姿を直に目にして、
――やっぱり、話し合いでは無理そうですね。
と、拳を握りしめた――。
「私から申し開くことはございません」
「しかし、アイカもアイカだ」
と、リティアが快活な笑い声をあげた。
「悪い人だから、きっと私の役に立つと書いておる」
「……イエリナ陛下、いえ、アイカ殿下に救われた我が命。いかようにお使いいただいても、この場で斬り捨てられたとて、なんの恨みもございません」
「よし! 我が万騎兵長殿!」
と、リティアが呼んだのは、廃太子アレクセイの娘で、アイラの母、いまは第六騎士団で万騎兵長をつとめるルクシアであった。
リティアからみれば従姉妹にあたるルクシアは、主君と定めたリティアに恭しく膝を突いた。
「パイドル公はそなたに預ける! まずは百騎兵長の地位に就けよ!」
「ははっ。仰せのままに」
「もとは賊にくせ者、荒くれ者がそろう我が第六騎士団。《悪人》であることなど、なんの障りにもならぬ! 万騎兵長ルクシア殿の目で、その技量、性情をとくと見定めよ!」
パイドルを先にさがらせたリティアは、ルクシアにはその場に残るよう告げた。
従姉妹とはいえリティアの50歳ちかく年上である。公の場でなくなれば、物言いに敬意がこもる。
「ああは言いましたが、アイカの書状によるとあのパイドルという男、数万の兵を率いたこともあるようです」
「ほう」
「急速に膨張した第六騎士団には熟練の指揮官が足りておりません。多年にわたるザノクリフの内戦を生き残った将であれば申し分ない。できればドーラ、ルクシア殿にならぶ万騎兵長に取り立てたいと考えています」
「なるほど。それに見合うだけの男か見極めるのが、私の仕事という訳ですね」
「無頼として人波に揉まれてきたルクシア殿が適任と思いますが、面倒事を頼まれてくれませんか?」
「すでに私はリティア殿下の旗下にある。遠慮せずお命じください」
ルクシアもさがり、フェティも自室に戻したリティアの周囲にはアイシェ、ゼルフィア、クレイアの侍女たちだけが残る。
募兵の旅を終え、いよいよ《聖山の大地》への帰還が視野に入る。
最終仕上げに向けた打ち合わせかと、緊張した面持ちの侍女たちに、リティアは浮かない顔をみせた。
「……先、こされちゃった」
「はっ?」
リティアの手元にはアイカからの書状が握られたままである。
主君の帰還に先んじてステファノスが王都を奪還したか、あるいはロマナか、カリストスかと、眉間に力を入れた侍女3人。
カリストスの敗報は、まだ砂漠を渡っていない。
侍女たちに顔を向けたリティアが、口を尖らせた。
「アイカ……、結婚したんだってぇ……」
「はあ!?」
「義姉より先に結婚するだなんて、……良くないと思わない?」
唇を突き出したまま、ほほを膨らませるリティアから書状を受け取り、目を通す侍女たち。
クレイアが、クスリと笑った。
「めでたいではございませんか」
「それは、そうだけど……」
「しかも、ザノクリフの女王にご即位あそばされたよし」
侍女長のアイシェも、苦笑い気味に言葉を重ねた。
女王になったことより結婚の方が気になって仕方ない主君リティアが、愛らしくてたまらない。
「それでは、リティア殿下も早々に《聖山の大地》に安寧を取り戻し、フェティ様と挙式いたしましょう」
「……う~ん」
「アイカ様ご夫妻とダブルデートできる日も近いではありませんか?」
ゼルフィアも笑ったが、アイカを《殿下》と呼べばいいのか、《陛下》と呼ぶべきか判然とせず、とりあえず《様》と呼んだ。
事態が急展開すぎて、侍女たちも定義づけが追いつかない。
また、アイカが恩義ある踊り巫女ニーナを救うため《リティアの義妹》として草原に旅立ったことは、まだルーファにまで伝わっていない。
しかし、このお騒がせ義姉妹が、遠く離れていても互いを大切に想い合っていることだけは、侍女たちにも確信できた。
「……アイカの婿」
リティアがブツブツと文句を言い始めた時、相手をするのはゼルフィアの役目だ。
「ザノクリフの公子だそうですよ?」
「総侯参朝で聘問使に来ておった者であろう? ……なんとなく覚えておる」
「人を喰った振る舞いをされる方でしたが、なかなかの人物だったではございませんか?」
「……義姉の許しも得ずに」
小姑のような物言いに、侍女たちがクスクス笑う。
「アイカの婿に相応しいか、見分に行かねばならぬ!」
「はいはい。それでは、帰還の準備を進めましょう。王都を平らげるついでに、ザノクリフまで足を伸ばしますか?」
「ザノクリフに先に行きたいが……」
「それは、さすがにアイカ様にも呆れられるのではありませんか?」
「……むう」
「アイカ様は、天衣無縫でカッコいい義姉君のことがお好きだと思いますよ?」
「そうだ! クレイア!」
「はっ」
パッと表情を明るくしたリティアに、クレイアが膝をつく。
このところシリアスな第3王女しか目にしていなかったが、こういう表情を浮かべたときは、だいたい無茶なことを言ってくる。
かつてのリティアが戻ってきたような嬉しさもあるが、クレイアの心境は複雑であった。
「クレイア。私が帰還する予定の地に先行してもらう話だが」
「はい……」
「ついでに……」
「ザノクリフは遠いです」
「いや……」
「無理です」
「……無理かぁ」
「リティア殿下が新しく民とした数万人を移住させる準備に行くのですよ? そんな遠方まで足を伸ばしては、ご帰還の計画に遅れがでてしまいます」
と、冷静に応えるクレイアだが、リティアの顔には「そこを、なんとか」と書いてある。
「……もう、仕方ありませんね」
と、クレイアはため息をついた。
「行ってくれるのか!?」
「いえ……、アイカ様の旦那様のこと、できる限り情報を収集して、ご報告させていただきます」
その辺で手を打つかと、笑顔を見せたリティアは窓の外に目をやった。
「……今年の総侯参朝も、つつがなく執り行いたいものだ」
「そうですね」
「イエリナ=アイカ新女王にも、ご臨席賜らねばな」
いまは初夏。
秋の始まりを告げる祝祭までに、王都に居座るリーヤボルク兵を掃討すると宣言したリティアに、侍女たちも力強くうなずいた。
*
アイカの引き絞った弓から矢が放たれ、リーヤボルク兵が馬から落ちる。
矢は次々と放たれ、駆けていた隊列が乱れていく。
その隙に、襲われていた部族をオレグが誘導し、そのままコノクリアに向けて駆けろと声を張った。
動揺した兵士たちの群れに、真横から突入したカリトンの剣技は、あかい血の流線を幾重にも描く。さらにタロウも襲い掛かって、兵士たちの乗る馬を動揺させる。
やがて、隊長の首を獲られたリーヤボルクの小隊は、算を乱して逃げはじめた。
「深追いはしなくて良いでしょう」
と、馬上で剣を鞘にしまいながら、カリトンがアイカに言った。
「はい……」
逃げていく敵兵を、険しい表情で見つめるアイカ。
《草原の民》の部族を、狩りの獲物以下のような扱いで追い立てるリーヤボルク兵の姿を直に目にして、
――やっぱり、話し合いでは無理そうですね。
と、拳を握りしめた――。
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