234 / 307
第十章 虜囚燎原
220.ようやくの好機!
しおりを挟む
アイカが賊に襲われるバシリオスに遭遇したときから、ことは数日遡る――。
王都ヴィアナのアーロンとリアンドラが潜伏する館。
アメルやアリダたちと一緒に食卓を囲んで、昼食を終わらせたころに、突然ヨハンが訪ねてきた。
北離宮詰めになってからほとんど外を出歩くことのなかった巨漢の見張り兵の来訪に、アーロンが慌てて出迎える。
リアンドラは、玄関でアーロンが足止めしている間に、アメルとアリダ、それにサラリスを奥の部屋に隠した。
「せまいところで申し訳ありませんが、しばらくご辛抱ください」
「何者なのだ? あの男は?」
「……リーヤボルク兵で、軟禁されているバシリオス殿下の見張りをしている者です」
「お祖父様の!?」
声をあげたアメルの口を、筋骨隆々のリアンドラの手が塞いだ。
アリダも表情を険しくしている。
「我らが手懐けておりますれば、バシリオス殿下に危害を加えるようなことには至っておりません。ただ、いま我らの正体が露見すれば、殿下の身にどのような影響が及ぶか計り知れません。……お気持ちはお察しいたしますが、ここはお静かに」
「しかし……」
と、まだ不満げなアメルを、アリダが制した。
「アーロン殿、リアンドラ殿は西南伯のご家臣でありながら、我らに助力いただいておる。おふたりの、これまでのご苦労を台無しにするようなことがあってはならぬ」
カリストスのもとから連れ出して以降、すべてをアメルに決めさせてきたアリダであったが、危急の場面にあって、ここは自らが息子を制するほかなかった。
その母の言葉に、アメルもうなずいた。
リアンドラも玄関に出迎え、リビングに通したヨハンは、しみじみと語り始めた。
「ふ、ふたりには……、世話に、なった……」
「なんのなんの。よき友人を得て、我らも楽しんでおるのですよ?」
と、明るく笑うアーロンであったが、ヨハンは寂しげにしたままである。
「……ここ、出ていく、ことになった」
「王都をですかな?」
「そう……。オレ、守ってる、あの人たちを送って……ゆく……」
アーロンとリアンドラは時折、大量の牛の肉を差し入れることで、幽閉されているバシリオスとサラナにも接触していた。
しかし、頭は弱いが任務に篤実なヨハンは「あの人たち」としか言わない。
「そうですか……、それは寂しくなりますな」
「寂しい……、けど、任務。仕方ない」
「それで、どちらの方まで? いやなに、また商いのついでがあれば、ヨハン殿を訪ねていきたいと思うのですが……」
「……それは、言ったらダメ」
「それはそれは、大切なお仕事のことをお聞きして申し訳ございません」
「ごめん……」
「落ち着かれましたら、手紙など書いてくだされよ? 我らは友と思うておりますから」
「……わかった。……こんな、頭の弱いオレに、仲良くしてくれたの、アーロンと、アーロンの嫁さんと、サラナだけ……。あっ……、サラナ、言ったらダメだった。……忘れてほしい」
「ええ、もちろんです」
それから酒をふるまい、送別の宴として盛大にもてなしたが、結局ヨハンは最後まで行き先について口にすることはなかった。
それどころか出発がいつなのかさえ言わず、ただ名残惜しそうにして、アーロンとリアンドラの館をあとにした。
「ながらく、せまい部屋に押し込めてしまい申し訳ありませんでした」
と、リアンドラが、アメルたちをリビングに出した。
となりの部屋でヨハンとのやり取りを聞いていた3人だが、あらためて状況を共有する。
――バシリオスが移送される。
この情報は重大であり、アーロンとリアンドラとしては移送先にベスニクがいるのではないかと考えている。
アメルはバシリオスの救出を《手土産》にしたい。
いや、それ以上にバシリオスはアリダの父であり、自身の祖父である。救出して自由の身にしたいと考えるのは当然のことであった。
思案顔をしていたサラリスが口をひらいた。
「私はリーヤボルク兵に顔を知られておりません。そしらぬ顔で、北離宮の動向を見張りましょう」
「おお……、それは助かります」
と、ヨハンと交わした酒で顔を赤くしているアーロンが頭をさげた。
「《鍛冶の束ね》でいらっしゃったカリストス殿下のツテをたどれば、北離宮近辺で店をひらく鍛冶屋の協力も得られましょう。二、三の店があったはずです。王弟宮殿で侍女長であった私も、彼らとは面識があります」
「なるほど……」
「動きがあれば、すぐにこちらの館に使いを走らせますが……、それでよろしいですか?」
「館を引き払う準備をしてお待ちします」
「分かりました。アメル殿下とアリダ殿下もそのように。……あのヨハンという者の話しぶりでは、今夜にも動くかもしれません」
と言いおいて、サラリスはすぐに館を出た。
ロマナの命で王都に潜伏し、ようやく訪れた好機。アーロンは赤い顔をパンパンっと叩いた。
館の奥に隠しておいた武器と鎧を身に付けて待機する。
しかし、サラリスからの報せは、なかなか届かなかった。
じれるような日々を過ごして数日――、
リーヤボルク兵数十名に護られた馬車が、北離宮から出立したと急報がとどいた。
「警備の状況から見て、乗っているのはバシリオス殿下とみて間違いない――」
サラリスの伝言を聞き、ただちに後を追うアーロン、リアンドラ、アメル、アリダの4人。
救出に気をはやらせるアメルであったが、行き先の方が重大事のアーロンたちを立て、黙って従う。やがてサラリスも合流し、目立たぬ距離をたもちながら馬車のあとを追う。
王都ヴィアナを抜け、北に向かう馬車。
「……? 旧都に向かうのであろうか?」
「いえ、やや西に逸れはじめました。《草原の民》が住まう方角です……」
アメルの問いに、サラリスが冷静に返した。
ヴール出身のアーロンとリアンドラは、王国北方の地理に明るくなく、黙ってうなずいている。
「近辺の列候領を、すべて避けながら移動しています。大回りして王国西端のブローサにいたり、リーヤボルク本国を目指しているのやもしれません」
「……リーヤボルク……本国」
サラリスの推論に、アーロンとリアンドラは絶句した。
もし、その通りだとすると自分たちは長らく見当違いの場所を探索し続けていたことになる――。
王都ヴィアナのアーロンとリアンドラが潜伏する館。
アメルやアリダたちと一緒に食卓を囲んで、昼食を終わらせたころに、突然ヨハンが訪ねてきた。
北離宮詰めになってからほとんど外を出歩くことのなかった巨漢の見張り兵の来訪に、アーロンが慌てて出迎える。
リアンドラは、玄関でアーロンが足止めしている間に、アメルとアリダ、それにサラリスを奥の部屋に隠した。
「せまいところで申し訳ありませんが、しばらくご辛抱ください」
「何者なのだ? あの男は?」
「……リーヤボルク兵で、軟禁されているバシリオス殿下の見張りをしている者です」
「お祖父様の!?」
声をあげたアメルの口を、筋骨隆々のリアンドラの手が塞いだ。
アリダも表情を険しくしている。
「我らが手懐けておりますれば、バシリオス殿下に危害を加えるようなことには至っておりません。ただ、いま我らの正体が露見すれば、殿下の身にどのような影響が及ぶか計り知れません。……お気持ちはお察しいたしますが、ここはお静かに」
「しかし……」
と、まだ不満げなアメルを、アリダが制した。
「アーロン殿、リアンドラ殿は西南伯のご家臣でありながら、我らに助力いただいておる。おふたりの、これまでのご苦労を台無しにするようなことがあってはならぬ」
カリストスのもとから連れ出して以降、すべてをアメルに決めさせてきたアリダであったが、危急の場面にあって、ここは自らが息子を制するほかなかった。
その母の言葉に、アメルもうなずいた。
リアンドラも玄関に出迎え、リビングに通したヨハンは、しみじみと語り始めた。
「ふ、ふたりには……、世話に、なった……」
「なんのなんの。よき友人を得て、我らも楽しんでおるのですよ?」
と、明るく笑うアーロンであったが、ヨハンは寂しげにしたままである。
「……ここ、出ていく、ことになった」
「王都をですかな?」
「そう……。オレ、守ってる、あの人たちを送って……ゆく……」
アーロンとリアンドラは時折、大量の牛の肉を差し入れることで、幽閉されているバシリオスとサラナにも接触していた。
しかし、頭は弱いが任務に篤実なヨハンは「あの人たち」としか言わない。
「そうですか……、それは寂しくなりますな」
「寂しい……、けど、任務。仕方ない」
「それで、どちらの方まで? いやなに、また商いのついでがあれば、ヨハン殿を訪ねていきたいと思うのですが……」
「……それは、言ったらダメ」
「それはそれは、大切なお仕事のことをお聞きして申し訳ございません」
「ごめん……」
「落ち着かれましたら、手紙など書いてくだされよ? 我らは友と思うておりますから」
「……わかった。……こんな、頭の弱いオレに、仲良くしてくれたの、アーロンと、アーロンの嫁さんと、サラナだけ……。あっ……、サラナ、言ったらダメだった。……忘れてほしい」
「ええ、もちろんです」
それから酒をふるまい、送別の宴として盛大にもてなしたが、結局ヨハンは最後まで行き先について口にすることはなかった。
それどころか出発がいつなのかさえ言わず、ただ名残惜しそうにして、アーロンとリアンドラの館をあとにした。
「ながらく、せまい部屋に押し込めてしまい申し訳ありませんでした」
と、リアンドラが、アメルたちをリビングに出した。
となりの部屋でヨハンとのやり取りを聞いていた3人だが、あらためて状況を共有する。
――バシリオスが移送される。
この情報は重大であり、アーロンとリアンドラとしては移送先にベスニクがいるのではないかと考えている。
アメルはバシリオスの救出を《手土産》にしたい。
いや、それ以上にバシリオスはアリダの父であり、自身の祖父である。救出して自由の身にしたいと考えるのは当然のことであった。
思案顔をしていたサラリスが口をひらいた。
「私はリーヤボルク兵に顔を知られておりません。そしらぬ顔で、北離宮の動向を見張りましょう」
「おお……、それは助かります」
と、ヨハンと交わした酒で顔を赤くしているアーロンが頭をさげた。
「《鍛冶の束ね》でいらっしゃったカリストス殿下のツテをたどれば、北離宮近辺で店をひらく鍛冶屋の協力も得られましょう。二、三の店があったはずです。王弟宮殿で侍女長であった私も、彼らとは面識があります」
「なるほど……」
「動きがあれば、すぐにこちらの館に使いを走らせますが……、それでよろしいですか?」
「館を引き払う準備をしてお待ちします」
「分かりました。アメル殿下とアリダ殿下もそのように。……あのヨハンという者の話しぶりでは、今夜にも動くかもしれません」
と言いおいて、サラリスはすぐに館を出た。
ロマナの命で王都に潜伏し、ようやく訪れた好機。アーロンは赤い顔をパンパンっと叩いた。
館の奥に隠しておいた武器と鎧を身に付けて待機する。
しかし、サラリスからの報せは、なかなか届かなかった。
じれるような日々を過ごして数日――、
リーヤボルク兵数十名に護られた馬車が、北離宮から出立したと急報がとどいた。
「警備の状況から見て、乗っているのはバシリオス殿下とみて間違いない――」
サラリスの伝言を聞き、ただちに後を追うアーロン、リアンドラ、アメル、アリダの4人。
救出に気をはやらせるアメルであったが、行き先の方が重大事のアーロンたちを立て、黙って従う。やがてサラリスも合流し、目立たぬ距離をたもちながら馬車のあとを追う。
王都ヴィアナを抜け、北に向かう馬車。
「……? 旧都に向かうのであろうか?」
「いえ、やや西に逸れはじめました。《草原の民》が住まう方角です……」
アメルの問いに、サラリスが冷静に返した。
ヴール出身のアーロンとリアンドラは、王国北方の地理に明るくなく、黙ってうなずいている。
「近辺の列候領を、すべて避けながら移動しています。大回りして王国西端のブローサにいたり、リーヤボルク本国を目指しているのやもしれません」
「……リーヤボルク……本国」
サラリスの推論に、アーロンとリアンドラは絶句した。
もし、その通りだとすると自分たちは長らく見当違いの場所を探索し続けていたことになる――。
60
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる