281 / 307
最終章 聖山桃契
265.初めての出番
しおりを挟む
リティアの旗衛騎士ジリコが侍女ゼルフィアを伴って訪ねたのは、祭礼騎士団の儀典官ナッソスの天幕であった。
「おおっ、ジリコ殿。久しいな」
と迎え入れる、品のいい老紳士。
齢80を数えるにしては肌にハリがあり、髪はすべて白髪となっているが、ふさふさと毛量が多い。
王国の騎士団がおこなう祭祀をつかさどるために配置されている儀典官のひとりである。
また、ナッソスは第2王子ステファノスの妃ユーデリケの父でもある。
65歳になるジリコとは旧知の仲で、聖山戦争をともに戦い抜いた戦友ともいえた。
「こちらはリティア殿下の侍女ゼルフィア殿にござる」
「お名前はかねがね」
上品なほほ笑みを浮かべるナッソスに、ゼルフィアもかるく会釈して応えた。
旧都を本拠とする祭礼騎士団に所属するナッソスとゼルフィアに、これまで接点はなかった。
やがて、祭礼騎士団の万騎兵長ヨティスも姿をみせた。
かつて旧都の宴でアイカの弓矢を褒めちぎった老将もまた、ジリコとは旧知の仲である。
ナッソスが品のある笑みを絶やさず、ジリコに顔をむけた。
「それで、何用ですかな? 聖山戦争の昔語りをするために我らのもとに来られたという訳ではありますまい」
「わたしは所詮、衛騎士に過ぎませぬが……」
「ご謙遜を。ジリコ殿ご自身が望まれたなら、いまごろヴィアナ騎士団の筆頭万騎兵長でもおかしくはなかった」
「痛いところを突かれますな。……素直にその道を選んでおれば、ピオンごときの稚拙な激情で国を荒らさせることもなかった」
「これは失礼……。余計なことを申しました」
あたまを下げるナッソスのあとを、万騎兵長ヨティスが引き取った。
「いずれにしても、王国に平穏を取り戻さねば、死ぬに死ねませぬな」
「……まだ、聖山戦争は終わっていなかった。と、わたしは見ております」
「ふむ」
ジリコの言葉に、ヨティスもナッソスも眉間にしわを寄せ考え込んだ。
「テノリクア候として数百年の歴史を持つとはいえ、テノリア王国としては聖山王スタヴロス陛下、ファウロス陛下の2代の歴史しか持ちませぬ」
「……そうだな」
「次代につなぐのは、われら老骨の務めとも思っております」
「しかし、われらの主君であるステファノス殿下は『一切を三姫に委ねる』と宣明されてしまわれた」
と語る、ヨティスは、楽しげでさえあった。
若者を尊ぶ文化は、歴戦の老将のなかにも根付いている。
「《無頼姫の狼少女》も、ザノクリフ王国の正統を継いでおられるのなら、間違いなく我らの主筋。いまさら、我らが出しゃばる筋合いでもあるまい……」
「ひとつだけ、我らにしか為せぬことがあります」
ジリコの言葉に、ヨティスとナッソスの眉がピクリと動いた。
「ルカス殿下の救出です」
「……なんと」
「それは、どういう……?」
目を見開くふたりを、ジリコはゆったりと見据えた。
「草原の王になられたバシリオス陛下が、即位賛同を取り下げられたとはいえ、ルカス殿下はすでに即位式を行われております」
「う、うむ……」
「リーヤボルクのサミュエルとやらが〈摂政〉を僭称する根拠……」
「……忌々しいことだ」
「ただ、いまのルカス殿下は大神殿に囚われているも同然。お救い申し上げれば、リーヤボルクが王都に居座る〈大義〉を失わせることが出来ましょう」
「たしかに……」
「ひいてはペトラ殿下が、王都を退出されるキッカケともなりましょう」
と、ジリコの視線が鋭さを増した。
「なにより……、ファウロス陛下の御子息を、リーヤボルクの意のままにさせておくことは耐え難い」
ジリコの言葉に、ふたりは眉を寄せて何度もうなずいた。
いるのかいないのか分からない、というところまで存在感の低下しているルカスだが、
王都から引き離せば、リーヤボルク兵が少なからず動揺することは容易に想像できた。
ジリコがナッソスを見据える。
「大神殿の祭祀は、ザイチェミア騎士団の儀典官メニコス殿が守っておられます」
「そうか……、メニコスが」
と、ナッソスは悲痛な表情を浮かべた。
メニコスもまた〈聖山戦争世代〉の70歳。ジリコやナッソスたちと同世代といえた。
野蛮なリーヤボルク兵にあふれた大神殿で《聖山の神々》を穢させぬよう祭祀を守ることは、並大抵の努力では為し得まいと、ナッソスは眉をひそめた。
その心中を察したジリコも、声を落とす。
「ナッソス殿は、メニコス殿と旧知の間柄と存じる」
「いかにも。聖山戦争中、王都ヴィアナに列候たちの神殿が建つまで、各地より集まる神像の祭祀をともに守った仲にございます」
「説得してくだされ」
「ん……?」
「ルカス殿下を大神殿からお救いする手引きを、メニコス殿にお願いしてくださらぬか」
「……なんと」
驚くナッソスに、ジリコは身体をゼルフィアの方へと向けた。
「こちらの侍女ゼルフィア殿は、隠密の術に長けております。ナッソス殿を王都の大神殿までお送りくださいます」
「ナッソス様には、かならずや無事に行き来していただきます」
と、ゼルフィアが優雅に頭をさげた。
「最終的にはザイチェミア騎士団の万騎兵長シリルを説得せねばなりますまいが、まずはメニコス殿の手引きが必要」
「う、うむ……」
「それには、われら老骨の絆を手繰るしかありますまい」
ジリコの言葉は、ナッソスの胸に響いた。
祭礼騎士団を取り仕切る万騎兵長ヨティスも、ナッソスを見て力強くうなずく。
この動乱にあって、初めて年寄りたちに出番が回ってきた。
もちろん、ジリコがナッソスの天幕を訪れたのは、リティアの差配であったが――。
「おおっ、ジリコ殿。久しいな」
と迎え入れる、品のいい老紳士。
齢80を数えるにしては肌にハリがあり、髪はすべて白髪となっているが、ふさふさと毛量が多い。
王国の騎士団がおこなう祭祀をつかさどるために配置されている儀典官のひとりである。
また、ナッソスは第2王子ステファノスの妃ユーデリケの父でもある。
65歳になるジリコとは旧知の仲で、聖山戦争をともに戦い抜いた戦友ともいえた。
「こちらはリティア殿下の侍女ゼルフィア殿にござる」
「お名前はかねがね」
上品なほほ笑みを浮かべるナッソスに、ゼルフィアもかるく会釈して応えた。
旧都を本拠とする祭礼騎士団に所属するナッソスとゼルフィアに、これまで接点はなかった。
やがて、祭礼騎士団の万騎兵長ヨティスも姿をみせた。
かつて旧都の宴でアイカの弓矢を褒めちぎった老将もまた、ジリコとは旧知の仲である。
ナッソスが品のある笑みを絶やさず、ジリコに顔をむけた。
「それで、何用ですかな? 聖山戦争の昔語りをするために我らのもとに来られたという訳ではありますまい」
「わたしは所詮、衛騎士に過ぎませぬが……」
「ご謙遜を。ジリコ殿ご自身が望まれたなら、いまごろヴィアナ騎士団の筆頭万騎兵長でもおかしくはなかった」
「痛いところを突かれますな。……素直にその道を選んでおれば、ピオンごときの稚拙な激情で国を荒らさせることもなかった」
「これは失礼……。余計なことを申しました」
あたまを下げるナッソスのあとを、万騎兵長ヨティスが引き取った。
「いずれにしても、王国に平穏を取り戻さねば、死ぬに死ねませぬな」
「……まだ、聖山戦争は終わっていなかった。と、わたしは見ております」
「ふむ」
ジリコの言葉に、ヨティスもナッソスも眉間にしわを寄せ考え込んだ。
「テノリクア候として数百年の歴史を持つとはいえ、テノリア王国としては聖山王スタヴロス陛下、ファウロス陛下の2代の歴史しか持ちませぬ」
「……そうだな」
「次代につなぐのは、われら老骨の務めとも思っております」
「しかし、われらの主君であるステファノス殿下は『一切を三姫に委ねる』と宣明されてしまわれた」
と語る、ヨティスは、楽しげでさえあった。
若者を尊ぶ文化は、歴戦の老将のなかにも根付いている。
「《無頼姫の狼少女》も、ザノクリフ王国の正統を継いでおられるのなら、間違いなく我らの主筋。いまさら、我らが出しゃばる筋合いでもあるまい……」
「ひとつだけ、我らにしか為せぬことがあります」
ジリコの言葉に、ヨティスとナッソスの眉がピクリと動いた。
「ルカス殿下の救出です」
「……なんと」
「それは、どういう……?」
目を見開くふたりを、ジリコはゆったりと見据えた。
「草原の王になられたバシリオス陛下が、即位賛同を取り下げられたとはいえ、ルカス殿下はすでに即位式を行われております」
「う、うむ……」
「リーヤボルクのサミュエルとやらが〈摂政〉を僭称する根拠……」
「……忌々しいことだ」
「ただ、いまのルカス殿下は大神殿に囚われているも同然。お救い申し上げれば、リーヤボルクが王都に居座る〈大義〉を失わせることが出来ましょう」
「たしかに……」
「ひいてはペトラ殿下が、王都を退出されるキッカケともなりましょう」
と、ジリコの視線が鋭さを増した。
「なにより……、ファウロス陛下の御子息を、リーヤボルクの意のままにさせておくことは耐え難い」
ジリコの言葉に、ふたりは眉を寄せて何度もうなずいた。
いるのかいないのか分からない、というところまで存在感の低下しているルカスだが、
王都から引き離せば、リーヤボルク兵が少なからず動揺することは容易に想像できた。
ジリコがナッソスを見据える。
「大神殿の祭祀は、ザイチェミア騎士団の儀典官メニコス殿が守っておられます」
「そうか……、メニコスが」
と、ナッソスは悲痛な表情を浮かべた。
メニコスもまた〈聖山戦争世代〉の70歳。ジリコやナッソスたちと同世代といえた。
野蛮なリーヤボルク兵にあふれた大神殿で《聖山の神々》を穢させぬよう祭祀を守ることは、並大抵の努力では為し得まいと、ナッソスは眉をひそめた。
その心中を察したジリコも、声を落とす。
「ナッソス殿は、メニコス殿と旧知の間柄と存じる」
「いかにも。聖山戦争中、王都ヴィアナに列候たちの神殿が建つまで、各地より集まる神像の祭祀をともに守った仲にございます」
「説得してくだされ」
「ん……?」
「ルカス殿下を大神殿からお救いする手引きを、メニコス殿にお願いしてくださらぬか」
「……なんと」
驚くナッソスに、ジリコは身体をゼルフィアの方へと向けた。
「こちらの侍女ゼルフィア殿は、隠密の術に長けております。ナッソス殿を王都の大神殿までお送りくださいます」
「ナッソス様には、かならずや無事に行き来していただきます」
と、ゼルフィアが優雅に頭をさげた。
「最終的にはザイチェミア騎士団の万騎兵長シリルを説得せねばなりますまいが、まずはメニコス殿の手引きが必要」
「う、うむ……」
「それには、われら老骨の絆を手繰るしかありますまい」
ジリコの言葉は、ナッソスの胸に響いた。
祭礼騎士団を取り仕切る万騎兵長ヨティスも、ナッソスを見て力強くうなずく。
この動乱にあって、初めて年寄りたちに出番が回ってきた。
もちろん、ジリコがナッソスの天幕を訪れたのは、リティアの差配であったが――。
63
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。 〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜
トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!?
婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。
気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。
美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。
けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。
食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉!
「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」
港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。
気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。
――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談)
*AIと一緒に書いています*
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。
千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。
気付いたら、異世界に転生していた。
なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!?
物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です!
※この話は小説家になろう様へも掲載しています
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる