【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら

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最終章 聖山桃契

271.蜘蛛の糸

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 リティアとアイカの開いた〈孤児の館〉。昨年の総候参朝ではきゅうりの串刺しを、子どもたちが賑やかに売っていた。

 いまその喧騒はなく、ひっそりと静まり返っている。

 ガラがアイカの獲物を食材にした料理をつくり、子どもたちが歓声をあげていた奥の広間に、アイラが入る。

 そこでは、4人の大人がくつろいだ雰囲気で待ち受けていた。


 ――アイラが父と思い、自分を育ててくれた北の元締シモン。

 ――無頼の元締3人の最年長で、交易街のある東街区を取り仕切るチリッサ。

 ――王都の娼館を束ねる女傑クリュセ。


 そして、アイラの母ルクシアである。


「遅かったじゃないか、アイラ。……まあ、そのおかげで年寄りの昔話に、存分に花を咲かせられたがな」


 と、豪快に笑うルクシアは、大親分アレクこと廃太子アレクセイの娘として内親王の地位を持ちながら、聖山戦争中を無頼として暗躍した。

 いまはリティアの第六騎士団で万騎兵長を務めている。

 そして、主君リティアの命を受け、無頼に扮し、部下を率いて王都の裏社会に舞い戻っていた。


「お待たせして申し訳ありません」


 と、腰をおろすアイラ。

 チリッサやクリュセなど大人たちから見れば、親戚の子どものように可愛がってきたアイラである。

 が、王国の侍女となった立場に相応しく、居住まいを正して座に迎え入れた。

 かるく頭を下げたアイラは早速、用件に入る。


「王都を去る娼婦には、充分な路銀を持たせるようにと、リティア殿下から資金を預かっております」

「それは助かるね」


 と、鋭い眼つきを和らげたクリュセが、アップにまとめた髪の襟足を撫でた。

 リティアが《無頼の束ね》として娼館を整理する際、クリュセは積極的に協力した過去がある。

 娼婦たちの待遇改善にも力を入れたリティアに共感したからだ。

 その働きはリティアにも認められ、自然と他の娼館や娼婦たちのまとめ役になった。


娼婦あの娘たちには、出来るかぎりのリーヤボルク兵を誘って王都を出るようにって言い含めてあるから」

「……クリュセ殿には、なんの得にもならない話でありながらご協力いただけること、リティア殿下より感謝の言葉を預かっております」

「なあに、無頼姫には世話になったからねぇ……。それに、あの娘たちにとっても、生き方を変えられるチャンスかもしれないしね」


 メテピュリアに移住後、娼婦を続けるかどうかは本人たちに委ねられている。

 別の仕事に就いたり、懇ろにしているリーヤボルク兵や無頼と所帯を持ちたいのならば、それも後押しするというのがリティアの方針である。


「……いつまでも続けられる仕事じゃないからねぇ」


 と、すこし寂しげに微笑むクリュセに、みなが頷いた。

 東の元締チリッサが、いつもは鋭いその視線に、いたわりの色を浮かべる。


「クリュセ自身はどうするつもりだ?」

「さあねぇ。……あの娘たちを皆んな送り出したら、とりあえず私もメテピュリアに向かおうとは思ってるけどね」


 アイラがクリュセに向けて身を乗り出す。


「リティア殿下は、クリュセ殿を厚く遇されるお考えです」

「はっ。……ありがたいけどねぇ、いまさら宮仕えは無理だよ」

「まあ、そう言うなよ。無頼姫のところは居心地がいいぞ? この私でも腰を落ち着けちまったほどだ」


 と、苦笑いを浮かべたのはルクシアである。

 ともに〈聖山戦争世代〉のクリュセとは古馴染みである。


「ふふっ。無頼姫様がそう言うのなら、考えてみようかねぇ」


 まんざらでもない笑顔で、眉をなでたクリュセに、チリッサがうなずいた。


「儂も近々、メテピュリアに移る。東から到着する隊商が減り、無頼が仕事にあぶれ始めた」

「じゃあ、またメテピュリアでも楽しくやれそうだねぇ」

「ああ。無頼姫が築いた新都だ。楽しくない訳がない」

「あははは。それもそうだ」


 クリュセは、周囲を巻き込むように陽気な笑い声をあげた。

 その場にいた大人たちは皆、型破りで自由な――風来坊的な精神を持つ者たちばかり。リティアの築いた新都メテピュリアに興味津々である。

 また、そうした環境に身を置いて育ったアイラにも、故郷にもどったような気安さがある。


「メテピュリアでは、ノクシアスが受け入れの体制を整えています。いまはピュリサスも側で援けているので、身体ひとつで移ってもらっても大丈夫かと」

「……ノクシアスは元気かい?」


 とアイラに尋ねるクリュセは、ノクシアスの母親でもある。

 折りあいの悪い息子ではあったが、王都を去った後、どうしているか気にかかっていた。


「ふっ。……ノクシアスにピュリサス。無頼も代替わりだな」


 と、シモンが笑った。


「無頼姫リティア殿下が王都を奪還すれば、また王都に戻るもよし。それまでは、このシモンが必ずや王都を守り抜こう」

「偉そうに言ってるんじゃないわよ」


 と、ルクシアが眉をしかめて笑った。

 アイラをシモンに預けて出奔したルクシア。

 だが、シモンがアイラに事情をなにも説明していなかったことに呆れていた。


「これは失礼」

「いや……、わたしが言えた口でもなかったか。シモンあんた、わたしの部下たちからも評判いいよ?」


 ルクシアは元賊の第六騎士団の兵士たちを率いて、王都に潜入している。

 彼らはシモンの子分というテイで、無頼に扮していた。


「いずれにしても、王都ヴィアナは生まれ変わるねぇ……」


 と、ルクシアが目をほそめると、みなが感慨深げにうなずいた――。


   *


 無頼の元締たちと密談を終えたアイラは、王都の南側へと足を向ける。

 街路にたむろするリーヤボルク兵たちの表情からは、苛立ちが見てとれた。

 王都は自分たちの3倍以上の兵力で包囲されている。

 娼婦を抱いたり、親しくなった無頼と酒をあおって憂さを晴らしているが、進駐軍としての気ままな生活に、終わりが近付いていることは理解していた。


 それが、戦闘で命を落とす幕切れなのか、悲惨な逃亡生活になるのかは別として――。


 蛮兵たちの心中に暗い影を落とすに、〈蜘蛛の糸〉を垂らそうというのが、リティアの策である。

 彼らの表情から、工作が順調に進んでいることを感じながら、アイラは街路を進む。

 やがて、裏通りの一角にある目立たない館の扉を、あらかじめ決めていた暗号のリズムでノックした。

 外をうかがいつつ扉を開いたのは、ロマナの近衛兵リアンドラである。

 ベスニク救出のために確保していた潜伏先に、再び商人に扮して身を潜めていた。


「娼婦たちが、徐々に王都を離れはじめました」


 と、アイラが椅子に腰をおろしながら言った。

 リアンドラも確認するように頷く。


「……リティア殿下の読み通り、王都を離れようとするリーヤボルク兵が、武器を鍛冶屋に売りに来ています」

「資金はすべてリティア殿下が出してくださいます。すべて買い取るように念を押してください」


 リアンドラは《鍛冶の束ね》であったカリストスの侍女長サラリスから、そのコネクションを受け継いでいる。

 武器商でもある鍛冶屋への工作を担っていた。


「しかし、惚れた女について行くために、支給された武器を売り払うとは……、質が悪いにも程がありますね」


 苦笑いするリアンドラに、アイラは平然と応えた。


「男など、そんなものです。女に見栄を張りたいのですよ」

「ほんと、ロクなもんじゃない」


 苦笑いしたリアンドラが、ともに潜伏していた同僚アーロンの娼館通いに眉をひそめていた噂話に花を咲かせていると、

 やがて、ゼルフィアとクレイアも姿を見せた。

 この館は、王都に潜伏する侍女たちの活動拠点となっている。

 そして、三姫の軍勢からカリュが訪ねてくる。


「ザイチェミア騎士団の万騎兵長、シリル殿の調略が難航していると……」

「はい。……儀典官メニコス殿は、祭礼騎士団儀典官のナッソス殿の説得が功を奏し、こちらに協力する意を固めてくださったのですが……」


 と、ゼルフィアが眉をしかめた。

 ルカスを事実上の軟禁状態に置いている大神殿は、質の悪いリーヤボルク兵のなかでも数少ない精鋭たちが固めている。

 ルカスの身柄を奪い返すには、最終的に武力による突入は避けられない。


「潜伏している第六騎士団ではなく、ザイチェミア騎士団による救出が望ましい……と、リティア殿下はお考えです」


 カリュの言葉に、みながうなずいた。

 第六騎士団の武力を行使すれば、サミュエルが侵攻とみなして王都に火を放つ恐れがある。

 また、元々砂漠の賊である第六騎士団の兵に王都の土地勘はない。

 まして大神殿の中の構造までは知る由もない。


「……そこで、シリル殿の説得に、アナスタシア陛下のお出ましを願います」

「なんと……」


 絶句するゼルフィアに、カリュが苦笑いを向けた。


「ルカス殿下の母君であられる以上に、あのお方は《ファウロスの嫁》であられるです。……なんでもアリなのです、わたしたちの想像以上にね」


 と、カリュの浮かべた苦笑いの意味がこの場で分かるのは、ともに旅したアイラだけであった――。


   *


 北郊の森。

 三姫の朝の茶会に、アイカが連れてきたにリティアとロマナは言葉を失った。


「……カ、カリストス殿下」


 息子アスミル親王と孫ロドス親王に敗れて以降、行方不明であった王弟カリストスが、

 角の取れた穏やかな笑みを浮かべ、三姫が囲むテーブルについたのである――。
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