10 / 33
10.公女、頭を上げる。
しおりを挟む
家政を任されてからは、帰城したカトランに、不在中の出来事を執務室で報告することになっている。
政略結婚、妻とは扱わないと言われているけれど、当主と夫人。扉は閉めてあり、ふたりだけの時間と空間になる。
本当はカトランが自分で脱ぐ上着を、脱がせてあげたい。ポールハンガーにかける雪で濡れた上着を、お手入れさせてほしい。
だけど、まだその距離は許されていないのだろうと、自分で線を引いてしまう。
こまごまとした報告を終え、わたしは言葉を区切った。
「まだ、なにか?」
随分、距離が近くなったとは思う。
だけど、話を切り出すとき、カトランの鋭く冷たい視線には気持ちが怯んでしまう。
「あの……、パトリスのことなのですが」
パトリスがカトランに言い付ける前に、先に言い付けるようで、正直、気乗りはしなかった。
でも、わたしの身体がパトリスに触れ、パトリスが突き飛ばしたところは、何人かの兵士に見られている。
もし、変な風にカトランの耳に入ったら、
――女性に暴力を振るうとは。
と、謹厳なカトランは、パトリスを叱りつけるかもしれない。
だから、出来るだけ正直に、出来るだけ淡々とありのままに、パトリスの身体に触れてしまったことも報告した。
顎に手をあて、親指で頬の傷跡を撫で、カトランは考え込んだ。
真っ赤な瞳を見詰めても、なにを感じ、なにを考えているのかは窺えなかった。
「あの……。パトリスの耳にも、姉の噂は入っていると思うのです」
姉は突然押しかけ、儀仗も受けずに、カトランに一喝されて追い返された。
その〈艶姿〉も含めて、城の兵士たちの笑いの種になっている。
「わたしのことも……、ひょっとしたら」
「ふむ……。いや、さすがにそれは考え過ぎではないかな?」
「だと、いいのですが……」
「ふふっ」
と、カトランは不思議な笑い方をした。
「……あまりにも違う。アデールと姉君は。うまい例えが、すぐには思い浮かばないほどだ」
「あ……、はい」
「連れの男の……、ひどい侮辱ではあったが、アデールが王都でどのように過ごしてきたのか、ひと言で分からせられた」
「はい……」
「だから、その点においては、心配しないでほしい」
「……分かりました」
カトランの言葉を信じることにした。
姉を追い返した後の『アレは、ない』という呟きも耳にしている。
ひょっとすると、王都でのわたしに、同情もしてくれているかもしれない。
ただ、パトリスのちいさな両手が、ドンッとわたしを突いた痛みも、まだ胸元に残っている。激しい拒絶。
気がかりでならなかった。
わたしの存在が、パトリスの心を傷付けてしまっているのではないかと。
執務机に座るカトランが、手元に視線を落とした。
「パトリスのことは分かった。なにか手を打とう」
「……え?」
「ありがとう」
サッと線を引かれたような気がした。
――報告、ご苦労。
軍司令官が部下を労うような『ありがとう』に、戸惑う。
カトランの意識は、もう手元の書類に向いているようだった。
執務室を退出するべきだと、かるく頭を下げてから、やはり、頭を上げた。
「あの……」
「はい」
「……カトランと一緒に、悩んではいけませんか?」
「……ん?」
顔をあげたカトランの瞳が、訝しげにわたしを眺めた。
「あの……、パトリスのこと。わたしも一緒に悩んではいけませんか?」
「いや、これは子爵家の……」
と、カトランは言葉を止めた。
「……いや、……そうか。そうだな」
カトランは立ち上がり、ソファを勧めてくれた。そして、ベルを鳴らし、兵士にお茶を持って来させた。
暖炉の薪が、パチリと音をたてる。
わたしは、カトランから家族だと認めてもらえたのだ。少なくとも、わたしはそう受け止めた。
向かいに座るカトランをチラッと眺め、温かいお茶を口に運んだ。
Ψ
「……パトリスは、置き去りにされていたのだ」
と、淡々と語るカトランの言葉に、わたしは絶句してしまった。
先ほどまでの温かい気持ちは、一度に吹き飛んだ。
落城時、母親と共に脱出したパトリスは、足手まといだと置き去りにされ、偶然発見した領民に保護されていたのだという。
文字通り、母に捨てられていたのだ。
眉根にグッと力を込めて、涙をこらえた。
そんな経験をした幼いパトリスの出した答えが『城を守る』だったことが、不憫でならなかった。
「……パトリスの生存が判明したのも、ごく最近のことだ」
「ええ……」
「領民から、私は嫌われている……」
と、カトランは自嘲するように、鼻で笑った。
荒くれ者の兵士たちからの挑戦をすべて受け、すべて圧倒したカトランに、心服する者ばかりではなかった。
怨みに思って脱走し、あることないこと、カトランの悪評を広めた者たちがいたらしい。
「……ついた仇名が、狂戦公だ」
「そのような経緯が……」
「領民は、敵が去っても私を恐れ、避難した山から、なかなか降りて来ない」
「そうでしたか……」
「視察を重ね、避難場所を見付け出しては物資を配り、説得を続けて……、ようやく冬が来る前に、ほぼ全員を村に戻せた」
パトリスを匿っていた領民も、なかなかパトリスを引き渡そうとしなかったそうだ。
「なにせ、兄を……、パトリスの父親を、私が後ろから刺し殺したことになっていたからな」
「ええ……」
「……力ずくでパトリスを取り戻せば、他の領民を、さらに頑なにさせてしまう」
山に三度通って、ようやく領民はパトリスの引き渡しに応じて、自分たちも村に帰ったらしい。
粘り強い統治姿勢には、感服を超えて、驚愕のひと言だ。
なんと素晴らしい夫に嫁げたのかと、場違いにも、胸を躍らせてしまった。
「ずっと兄に従い戦場にいた私は、パトリスとは、ほぼ初対面に近かった」
「……そうですか」
そのパトリスが、かつて自分を傷付けた女の人と同じ顔をしていたのだ。
わたしから、この話題に触れることはしないけれど、カトランの気持ちを思うと、いたたまれない。
それでも、カトランは、パトリスを大事に育てようとしている。
兄君への思いなのか、子爵家への思いなのか……、パトリスの母親への思いなのか。
「先ほどは『手を打つ』などと偉そうなことを言ったが……、すぐに何か思い付いている訳ではない」
「いえ……。お聞かせ下さって、ありがとうございます」
「……しばらく、様子を見ようと思う」
「ええ。それが、よろしいかと」
「ふむ」
「……? なにか?」
「いや……。相談相手がいるというのは、ありがたいものだな、と」
「……嬉しい、お言葉ですわ」
「そうか?」
「ええ」
「なら、良かった。……なにせマルクでは『がはは』と笑うばかりで、何も解決しない」
と、カトランは困ったように笑い、心通わせる忠臣で親友をくさした。
「ふふっ。マルクには、カトランの心を軽くするという、マルクにしか出来ないことがありますわよ?」
「ははっ。その通りだ。……よく見てくれている」
「いえ……、わたしの心も、軽くしてもらってますから」
「そうか。役に立っているな。あの武辺一辺倒の男が」
と、ふたりで微笑みあった。
「今晩の晩餐の後……、パトリスの学問の進捗を聞いてあげてください」
「……そうか。最近、聞いていなかったな」
「ええ……。あの……、カトランに言うのはおこがましいのですが……」
「……なんでも、どうぞ」
「わたしの方が……、パトリスよりは大人ですから。……わたしのことは後回しで結構ですから」
カトランから見れば12歳も年下で16歳のわたしは、充分に小娘で、充分に子どもに見えていると思う。
生意気なことを言うようで、すこし照れくさかった。
けれど、カトランは真剣な表情で二度三度と頷いた。
「……早逝された父上が、いつも私や兄の話を先に聞いていたのを思い出した」
「素敵なお父君でいらしたのですね」
「ああ……」
と、カトランは、何度も頷き続けていた。
Ψ
パトリスと顔を合わせることに少し緊張しながら、晩餐に赴く。
カトランが席に着き、パトリスを待つ。
けれど、なかなかパトリスが来ない。
本来なら、当主であるカトランより先に来て、席で待つべきところだ。
――そんなに……、わたしに会いたくないの……?
と、眉を曇らせたとき、兵士がひとり駆け込んだ。
「あの……、パトリス坊ちゃん。熱を出されてるみたいで……」
「え!?」
「出迎えにも行けなかったからって、なんとか食堂に行こうとされるんですけど、あんまりフラつかれるんで、今、ベッドで横になってもらいまして……」
カトランとふたり、慌ててパトリスの部屋に駆け付ける。
顔を赤くしたパトリスが、ベッドの上でグッタリしていた。
救護班の兵士の見立てでは、深刻な病気ではないだろうと、先ほど薬湯を呑ませたばかりだという。
「冷えてきましたからね。温かくしてたら、じきに良くなりますよ」
と、部屋から兵士がさがる。
カトランとふたり、パトリスを見詰めた。
「……わたしが、思い詰めさせてしまったから……」
「悪い方に考えるな。……子どもが熱を出すのは普通のことだ」
「でも……」
パトリスの看病を申し出て、カトランは快く許してくれた。
扉は開けておきますからと言ったのだけど。
「必要ない」
「……え?」
「病の家族を看病をするのに、その気遣いは必要ない」
「はい……」
「……だいたい、熱を出した子どもの部屋で扉を開けっ放しにするヤツがあるか」
「あ……、ごめんなさい」
「うむ……。必要なものがあれば、兵に申し付けろ」
「あの……」
「なんだ?」
「……先日、姉にも……、家族を侮辱するなと言ってくれたこと……。とても嬉しかったです」
「……そうか。では、後は任せたぞ」
と、カトランは静かに扉を閉めて、パトリスの部屋から出て行った。
暖炉の薪の音だけが、パチ、パチと響く。窓の外では雪がしんしんと降っていた。
額にのせた濡れタオルを替えてやろうと、そ~っと、指が肌に触れないように気を付けて手を伸ばしたとき、
「ごめんね……」
と、パトリスの声がした。
「起きてたんだ。……気分はどう? なにか食べられそう?」
「……ごめんね、アデール」
と、パトリスは布団で顔を覆った。
「ううん、いいのよ。……ゆっくり休めば、すぐに良くなるわ」
「……違う」
「え……?」
「……アデールを、突き飛ばしたこと」
わたしは、パトリスが謝ってくれただけで、胸がいっぱいだった。
だけど、布団の中のパトリスからは、まだ何か話したいのだなという気配が感じられる。
わたしは椅子に座り直し、静かに待った。
政略結婚、妻とは扱わないと言われているけれど、当主と夫人。扉は閉めてあり、ふたりだけの時間と空間になる。
本当はカトランが自分で脱ぐ上着を、脱がせてあげたい。ポールハンガーにかける雪で濡れた上着を、お手入れさせてほしい。
だけど、まだその距離は許されていないのだろうと、自分で線を引いてしまう。
こまごまとした報告を終え、わたしは言葉を区切った。
「まだ、なにか?」
随分、距離が近くなったとは思う。
だけど、話を切り出すとき、カトランの鋭く冷たい視線には気持ちが怯んでしまう。
「あの……、パトリスのことなのですが」
パトリスがカトランに言い付ける前に、先に言い付けるようで、正直、気乗りはしなかった。
でも、わたしの身体がパトリスに触れ、パトリスが突き飛ばしたところは、何人かの兵士に見られている。
もし、変な風にカトランの耳に入ったら、
――女性に暴力を振るうとは。
と、謹厳なカトランは、パトリスを叱りつけるかもしれない。
だから、出来るだけ正直に、出来るだけ淡々とありのままに、パトリスの身体に触れてしまったことも報告した。
顎に手をあて、親指で頬の傷跡を撫で、カトランは考え込んだ。
真っ赤な瞳を見詰めても、なにを感じ、なにを考えているのかは窺えなかった。
「あの……。パトリスの耳にも、姉の噂は入っていると思うのです」
姉は突然押しかけ、儀仗も受けずに、カトランに一喝されて追い返された。
その〈艶姿〉も含めて、城の兵士たちの笑いの種になっている。
「わたしのことも……、ひょっとしたら」
「ふむ……。いや、さすがにそれは考え過ぎではないかな?」
「だと、いいのですが……」
「ふふっ」
と、カトランは不思議な笑い方をした。
「……あまりにも違う。アデールと姉君は。うまい例えが、すぐには思い浮かばないほどだ」
「あ……、はい」
「連れの男の……、ひどい侮辱ではあったが、アデールが王都でどのように過ごしてきたのか、ひと言で分からせられた」
「はい……」
「だから、その点においては、心配しないでほしい」
「……分かりました」
カトランの言葉を信じることにした。
姉を追い返した後の『アレは、ない』という呟きも耳にしている。
ひょっとすると、王都でのわたしに、同情もしてくれているかもしれない。
ただ、パトリスのちいさな両手が、ドンッとわたしを突いた痛みも、まだ胸元に残っている。激しい拒絶。
気がかりでならなかった。
わたしの存在が、パトリスの心を傷付けてしまっているのではないかと。
執務机に座るカトランが、手元に視線を落とした。
「パトリスのことは分かった。なにか手を打とう」
「……え?」
「ありがとう」
サッと線を引かれたような気がした。
――報告、ご苦労。
軍司令官が部下を労うような『ありがとう』に、戸惑う。
カトランの意識は、もう手元の書類に向いているようだった。
執務室を退出するべきだと、かるく頭を下げてから、やはり、頭を上げた。
「あの……」
「はい」
「……カトランと一緒に、悩んではいけませんか?」
「……ん?」
顔をあげたカトランの瞳が、訝しげにわたしを眺めた。
「あの……、パトリスのこと。わたしも一緒に悩んではいけませんか?」
「いや、これは子爵家の……」
と、カトランは言葉を止めた。
「……いや、……そうか。そうだな」
カトランは立ち上がり、ソファを勧めてくれた。そして、ベルを鳴らし、兵士にお茶を持って来させた。
暖炉の薪が、パチリと音をたてる。
わたしは、カトランから家族だと認めてもらえたのだ。少なくとも、わたしはそう受け止めた。
向かいに座るカトランをチラッと眺め、温かいお茶を口に運んだ。
Ψ
「……パトリスは、置き去りにされていたのだ」
と、淡々と語るカトランの言葉に、わたしは絶句してしまった。
先ほどまでの温かい気持ちは、一度に吹き飛んだ。
落城時、母親と共に脱出したパトリスは、足手まといだと置き去りにされ、偶然発見した領民に保護されていたのだという。
文字通り、母に捨てられていたのだ。
眉根にグッと力を込めて、涙をこらえた。
そんな経験をした幼いパトリスの出した答えが『城を守る』だったことが、不憫でならなかった。
「……パトリスの生存が判明したのも、ごく最近のことだ」
「ええ……」
「領民から、私は嫌われている……」
と、カトランは自嘲するように、鼻で笑った。
荒くれ者の兵士たちからの挑戦をすべて受け、すべて圧倒したカトランに、心服する者ばかりではなかった。
怨みに思って脱走し、あることないこと、カトランの悪評を広めた者たちがいたらしい。
「……ついた仇名が、狂戦公だ」
「そのような経緯が……」
「領民は、敵が去っても私を恐れ、避難した山から、なかなか降りて来ない」
「そうでしたか……」
「視察を重ね、避難場所を見付け出しては物資を配り、説得を続けて……、ようやく冬が来る前に、ほぼ全員を村に戻せた」
パトリスを匿っていた領民も、なかなかパトリスを引き渡そうとしなかったそうだ。
「なにせ、兄を……、パトリスの父親を、私が後ろから刺し殺したことになっていたからな」
「ええ……」
「……力ずくでパトリスを取り戻せば、他の領民を、さらに頑なにさせてしまう」
山に三度通って、ようやく領民はパトリスの引き渡しに応じて、自分たちも村に帰ったらしい。
粘り強い統治姿勢には、感服を超えて、驚愕のひと言だ。
なんと素晴らしい夫に嫁げたのかと、場違いにも、胸を躍らせてしまった。
「ずっと兄に従い戦場にいた私は、パトリスとは、ほぼ初対面に近かった」
「……そうですか」
そのパトリスが、かつて自分を傷付けた女の人と同じ顔をしていたのだ。
わたしから、この話題に触れることはしないけれど、カトランの気持ちを思うと、いたたまれない。
それでも、カトランは、パトリスを大事に育てようとしている。
兄君への思いなのか、子爵家への思いなのか……、パトリスの母親への思いなのか。
「先ほどは『手を打つ』などと偉そうなことを言ったが……、すぐに何か思い付いている訳ではない」
「いえ……。お聞かせ下さって、ありがとうございます」
「……しばらく、様子を見ようと思う」
「ええ。それが、よろしいかと」
「ふむ」
「……? なにか?」
「いや……。相談相手がいるというのは、ありがたいものだな、と」
「……嬉しい、お言葉ですわ」
「そうか?」
「ええ」
「なら、良かった。……なにせマルクでは『がはは』と笑うばかりで、何も解決しない」
と、カトランは困ったように笑い、心通わせる忠臣で親友をくさした。
「ふふっ。マルクには、カトランの心を軽くするという、マルクにしか出来ないことがありますわよ?」
「ははっ。その通りだ。……よく見てくれている」
「いえ……、わたしの心も、軽くしてもらってますから」
「そうか。役に立っているな。あの武辺一辺倒の男が」
と、ふたりで微笑みあった。
「今晩の晩餐の後……、パトリスの学問の進捗を聞いてあげてください」
「……そうか。最近、聞いていなかったな」
「ええ……。あの……、カトランに言うのはおこがましいのですが……」
「……なんでも、どうぞ」
「わたしの方が……、パトリスよりは大人ですから。……わたしのことは後回しで結構ですから」
カトランから見れば12歳も年下で16歳のわたしは、充分に小娘で、充分に子どもに見えていると思う。
生意気なことを言うようで、すこし照れくさかった。
けれど、カトランは真剣な表情で二度三度と頷いた。
「……早逝された父上が、いつも私や兄の話を先に聞いていたのを思い出した」
「素敵なお父君でいらしたのですね」
「ああ……」
と、カトランは、何度も頷き続けていた。
Ψ
パトリスと顔を合わせることに少し緊張しながら、晩餐に赴く。
カトランが席に着き、パトリスを待つ。
けれど、なかなかパトリスが来ない。
本来なら、当主であるカトランより先に来て、席で待つべきところだ。
――そんなに……、わたしに会いたくないの……?
と、眉を曇らせたとき、兵士がひとり駆け込んだ。
「あの……、パトリス坊ちゃん。熱を出されてるみたいで……」
「え!?」
「出迎えにも行けなかったからって、なんとか食堂に行こうとされるんですけど、あんまりフラつかれるんで、今、ベッドで横になってもらいまして……」
カトランとふたり、慌ててパトリスの部屋に駆け付ける。
顔を赤くしたパトリスが、ベッドの上でグッタリしていた。
救護班の兵士の見立てでは、深刻な病気ではないだろうと、先ほど薬湯を呑ませたばかりだという。
「冷えてきましたからね。温かくしてたら、じきに良くなりますよ」
と、部屋から兵士がさがる。
カトランとふたり、パトリスを見詰めた。
「……わたしが、思い詰めさせてしまったから……」
「悪い方に考えるな。……子どもが熱を出すのは普通のことだ」
「でも……」
パトリスの看病を申し出て、カトランは快く許してくれた。
扉は開けておきますからと言ったのだけど。
「必要ない」
「……え?」
「病の家族を看病をするのに、その気遣いは必要ない」
「はい……」
「……だいたい、熱を出した子どもの部屋で扉を開けっ放しにするヤツがあるか」
「あ……、ごめんなさい」
「うむ……。必要なものがあれば、兵に申し付けろ」
「あの……」
「なんだ?」
「……先日、姉にも……、家族を侮辱するなと言ってくれたこと……。とても嬉しかったです」
「……そうか。では、後は任せたぞ」
と、カトランは静かに扉を閉めて、パトリスの部屋から出て行った。
暖炉の薪の音だけが、パチ、パチと響く。窓の外では雪がしんしんと降っていた。
額にのせた濡れタオルを替えてやろうと、そ~っと、指が肌に触れないように気を付けて手を伸ばしたとき、
「ごめんね……」
と、パトリスの声がした。
「起きてたんだ。……気分はどう? なにか食べられそう?」
「……ごめんね、アデール」
と、パトリスは布団で顔を覆った。
「ううん、いいのよ。……ゆっくり休めば、すぐに良くなるわ」
「……違う」
「え……?」
「……アデールを、突き飛ばしたこと」
わたしは、パトリスが謝ってくれただけで、胸がいっぱいだった。
だけど、布団の中のパトリスからは、まだ何か話したいのだなという気配が感じられる。
わたしは椅子に座り直し、静かに待った。
684
あなたにおすすめの小説
継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜
野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。
しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。
義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。
度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。
そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて?
※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です
有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。
ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。
高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。
モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。
高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。
「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」
「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」
そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。
――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。
この作品は他サイトにも掲載しています。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる