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19.公女、手をつなぐ。
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胸はバクバク言ってるけど、できるだけ柔らかな視線を心がけた。
パトリスも、わたしから目を逸らすことなく、透んだグリーンの瞳でまっすぐに見詰め返してくれている。
側にはザザとギオもいる。
――裏切られた、……と、思われてるだろうか……?
瞳の奥までのぞき込むような気持ちで見詰めるけれど、心の揺らぎを認めることは出来ない。
「わたし……、弱いのよ」
「う……、うん」
「攻城戦ゲームでも、雪合戦でもパトリスには勝てないわ」
お話する順番を、丁寧に考え、そっと言葉をパトリスの心に置いていく心持ちだ。
悪いことを考えてるんじゃないのよ?
と、声の響きに託す。
パトリスを傷付けたいんじゃないの。
と、眼差しに乗せる。
「でもね、パトリス。わたし、我慢強さなら、ちょっと自信があるの」
「……我慢?」
「そう。だからね、わたしがパトリスを抱っこして、パトリスが『もう、いいよ』って言うまで放さないゲーム」
「ゲーム……?」
「うん。わたし、絶対放さないんだから。絶対絶対、パトリスが『まいった』するまで放さないでいられる自信があるわ!」
「絶対……?」
「そう、絶対。わたしは、抱っこしたパトリスを絶対放したりしないわ」
ここまで、パトリスがわたしの話を聞いてくれたと少し安堵する。
自分を抱き締めた母親から、山奥の森の中で投げ捨てられた記憶が、パトリスを苛んでいる。
それは、理屈や論理ではなくて、ただ恐い出来事だったのだ。
じっくり話を聞いて、絡まった心のアヤを解きほぐすようなことは、きっと、わたしには出来ない。余計に絡まらせてしまうような気がする。
ただ、今は、
――わたしは、絶対放さない。
とだけ、伝えたかった。
『そんなゲーム、つまらない』
と、拒否されてもいい。
わたしから目を逸らさないパトリスを、柔らかく見詰め続けた。
「もし、わたしから放しちゃったら、パトリスがわたしを〈お尻ペンペン〉するの」
「……お尻?」
うん。そういう単語に反応するところは、しっかり6歳児だ。
なぜだか、すこしホッとする。
「……ボ、ボクが『まいった』したら、どうなるの?」
「そ、そうねぇ~」
考えてなかった。
グルグルと考える。なにか、当たり障りのない罰ゲーム……。
「くすぐっちゃおうかな?」
「……くすぐる?」
「こちょこちょ……、って」
「なんだ、そんなの?」
「あ~っ、わたし上手よ? きっと」
と、両手をワキワキさせると、パトリスがクスリと笑ってくれた。
「いいよ……。ゲーム、しても」
い、いいんだ……。
という言葉を、グッと呑み込んだ。
椅子に腰を降ろして、両腕を広げる。
「さあ、パトリス? ……パトリスが、わたしの膝に座ったらゲームスタートね」
「うん。わかった」
パトリスは、女性の身体と接触する瞬間まで、その恐怖を忘れているところがある。
乗った瞬間に身体を強張らせてしまったらどうしよう……、と思いつつ、柔らかく微笑んで、パトリスを待った。
少しはにかみながらパトリスが立ち上がって、ゆっくりと近付く。
「負けないわよ?」
「ボクだって」
と、パトリスがピョンと、わたしの膝の上に飛び乗った。
よじ登ってくると思っていたわたしは、驚いて、思わずギュッと抱き締めた。
クルッと回転していたのか、パトリスの背中が胸にあたり、緑がかった金髪がわたしの目の前にあった。
すこしだけ、身体を強張らせたように感じた。
「……絶対、絶対、放さないわよ?」
出来るだけゆっくりと柔らかく喉から言葉を押し出していき、腕の力を緩めた。
「う……、うん」
パトリスがぎこちなく頷き、……ゴングは鳴らされた。
Ψ
テーブルの上に紙とペンを持ってきてもらい、わたしの膝に座るパトリスがお絵かきを始める。
キツくならないように気を付けながら、後ろから抱っこしている。
「それは、何を描いてるの?」
「養父上と……、アデール」
「そっか」
「……と、ボク」
歪んだ丸と四角で描かれる、わたしたち家族。クシュクシュっと塗られたのは髪の毛だろう。
なんだか、とても……、満たされた。
出だしからこんなに嬉しくなって大丈夫だろうかと思いながら、パトリスの手先を見詰める。
それから、朝食にする。
わたしは両手がふさがっているので、ザザに食べさせてもらい、
「……あ、あ~ん」
と、パトリスも、フォークに刺した燻製肉の蒸し焼きを口元に運んでくれた。
「……美味しい?」
「うん。柔らかく戻ってるわね」
これならパトリスも食べやすいだろうと、給仕役の心遣いに感謝する。
食事を終えたら、パトリスを抱っこしたままで、すこしお散歩。
しっかりとしがみついてくれていて、なんだか嬉しい。ただし、わたしには重い。
ザザに肩からコートを羽織らせてもらい、一面の銀世界を眺めて歩く。
「あら。仲のよろしいことですわね」
と、温泉に向かわれるソランジュ殿下と若い侍女に出くわす。
わたしが軽く頭をさげて会釈すると、胸の中でパトリスが手を振った。
ふたりの背中を見送っていると、パトリスがモゾモゾっと動いた。
「アデール……」
「なあに?」
「……おしっこ」
来たか。この時が。来ないはずがないとは思っていたけど、やっぱり来たか。
トイレで後ろから抱き締めて、ギュッと目を瞑る。
もちろん、わたしにも来てしまう。
膝に後ろ向きで座らせ、耳を塞がせる。
「……耳?」
「お……、音を聞かれたくないの」
「ふ~ん……」
「ギュッとね。ギュッと」
「ふふふっ。分かった!」
小さな手で耳をギュウッと押さえ込んで、首まで下げている。
仕草はとても可愛らしい。
世界がどんなに広くても、わたし一人だろう。トイレに子どもを連れ込む公女。
小声で歌を歌いながら済ませた。
「粘るねえ~」
ザザが下着を上げてくれながら笑った。
「ふふっ。絶対、わたしからは放さないんだから」
「え~っ!? ほんとかなぁ?」
と、パトリスが笑いながら、わたしの顔を見上げた。
すっかりリラックスしてくれている。
この信頼を裏切りたくない。
ニコリと笑って、キュッと腕に力を込めた。
夜。わたしのベッドで横になった。
わたしの左腕をパトリスの枕に、右腕を身体に回して左手首をつかんでいる。
部屋の扉は少し開けて、ザザとギオにもソファで休んでもらう。
「へっへ。野営を思い出しますな」
と、ギオの話に皆で耳を傾けた。
ギオは、数千の手下を抱える盗賊の頭目だったそうだ。
「……カトラン様に、まあ……、惚れ込んだんですな」
盗賊団を解散させ、希望する手下と共に、カトランに帰順した。
手下だった者たちとも平等に、一兵卒から始め、やはり一軍を率いる将へと取り立てられた。
血なまぐさい話は避け、ワクワクするお話に仕立ててパトリスに聞かせてくれた。
「おお……、ジイさん。ただ者じゃないとは思ってたけど、そんなにか?」
「へっへ。そんな儂らに慕われるザザの姐さんの方が、よっぽどですよ」
「はははっ。ただ話を聞いてただけなんだけどな」
「……美味い酒を飲ませてくれる。男でも女でも、それ以上の人間はいませんわな」
ギオとザザの掛け合いも軽妙で、聞き心地が良かった。
やがて、わたしの腕の中で、パトリスの身体からスウッと力が抜けていく。
「しぃ~っ」
と、ザザとギオに声をかけると、ふたりとも微笑ましげに目をほそめた。
カトランが視察から戻れば報告しないといけない。今晩はふたりにも、わたしの部屋で休んでもらうことにして、ランプを消した。
寝ている間に放してしまっては大変だと、両手を握り合わせる。
ウトッとしては、手の平の感触が緩んで、目が覚める。
パトリスとふたりの布団の中は、すこし蒸した。けれど、すうすうという、パトリスの寝息を聞くと心が安らぐ。
ふと、パトリスの手が、わたしの服をつかんだ。
――起こしちゃったかな……?
と、顔をのぞき込むと、よく眠っている。
あくびをひとつして、すこし眠ろうと枕に頭を預けたとき。
「ははうえ……」
パトリスの声がした。
あとには静寂。
胸の中から、パトリスの寝息が微かに響くばかり。
パトリスの見ている夢が、いい夢であることを祈りながら、わたしもまどろみの中に落ちていった。
ムニュ。という感触で、目が覚める。
明るい。
ハッとして、自分の手の平の感触を確かめる。放してはいない。
ただ、目はこすれない。
ホッとしながら、腕のなかに視線を向けると、パトリスが顔を真っ赤にしていた。
「……お、おはよう。パトリス」
「ご……、ごめん。アデール」
「ん? なにかした?」
「……触っちゃった」
「え?」
「……アデールの、おっぱい」
「ああ……」
苦笑いして、もう一度、パトリスをよく見るとモジモジしていた。
「……カトランには内緒にしとこうね?」
「うん……」
「当たっちゃった?」
「ううん……、暑くて」
「あら? ……ひょっとして降参かな?」
「だって……」
「うん」
「……アデール、ちっとも放してくれないんだもん」
「ふふっ。……絶対、放さないって言ったでしょう?」
「……うん」
そのとき。パトリスが、ギュッとわたしに抱き付いてくれた。
「……ありがとう、アデール」
「ふふっ。なにがかしら?」
と、わたしが腕の力を緩めると、パトリスは飛び起きた。
「よおし! 温泉に行こうか? パトリス」
「うん!」
パトリスはわたしに、曇りのない晴れやかな笑顔で応えてくれた。
手をつないで歩く。
これで全部が解決したとも思わないけど、ひとつ前に進めたような気がする。
ひと晩、パトリスの枕になって痺れきった左腕をザザが優しくマッサージしてくれた。
そして、カトランが視察から帰ってきた。
わたしたちに顔を見せることもなく、温泉に向かったという。
時間が傷を癒やしてくれるとは限らない。
大公家がバラバラになっていくとき、幼いわたしにはなす術がなかった。
――お父様と仲良くして。
わたしのひと言は母の勘気を被り、我が家はますますバラバラになった。
もう、あんな思いはしたくなかった。
しゃがんで膝を抱き、パトリスと視線を合わせる。
「……養父上のために、パトリスも協力してくれない?」
「養父上のため?」
「そう。……養父上にも、他人に言いたくない、しんど~い、ことがあるのよ」
「養父上にも……?」
わたしが頷くと、しばらくパトリスは考え込んでいた。
そして、まっすぐにわたしを見て、
「……いいよ」
と、肯いた。
オーレリアンからわたしを守ろうとしてくれたときと同じ、ハッキリとした意志の感じられる伸びやかな声で。
パトリスも、わたしから目を逸らすことなく、透んだグリーンの瞳でまっすぐに見詰め返してくれている。
側にはザザとギオもいる。
――裏切られた、……と、思われてるだろうか……?
瞳の奥までのぞき込むような気持ちで見詰めるけれど、心の揺らぎを認めることは出来ない。
「わたし……、弱いのよ」
「う……、うん」
「攻城戦ゲームでも、雪合戦でもパトリスには勝てないわ」
お話する順番を、丁寧に考え、そっと言葉をパトリスの心に置いていく心持ちだ。
悪いことを考えてるんじゃないのよ?
と、声の響きに託す。
パトリスを傷付けたいんじゃないの。
と、眼差しに乗せる。
「でもね、パトリス。わたし、我慢強さなら、ちょっと自信があるの」
「……我慢?」
「そう。だからね、わたしがパトリスを抱っこして、パトリスが『もう、いいよ』って言うまで放さないゲーム」
「ゲーム……?」
「うん。わたし、絶対放さないんだから。絶対絶対、パトリスが『まいった』するまで放さないでいられる自信があるわ!」
「絶対……?」
「そう、絶対。わたしは、抱っこしたパトリスを絶対放したりしないわ」
ここまで、パトリスがわたしの話を聞いてくれたと少し安堵する。
自分を抱き締めた母親から、山奥の森の中で投げ捨てられた記憶が、パトリスを苛んでいる。
それは、理屈や論理ではなくて、ただ恐い出来事だったのだ。
じっくり話を聞いて、絡まった心のアヤを解きほぐすようなことは、きっと、わたしには出来ない。余計に絡まらせてしまうような気がする。
ただ、今は、
――わたしは、絶対放さない。
とだけ、伝えたかった。
『そんなゲーム、つまらない』
と、拒否されてもいい。
わたしから目を逸らさないパトリスを、柔らかく見詰め続けた。
「もし、わたしから放しちゃったら、パトリスがわたしを〈お尻ペンペン〉するの」
「……お尻?」
うん。そういう単語に反応するところは、しっかり6歳児だ。
なぜだか、すこしホッとする。
「……ボ、ボクが『まいった』したら、どうなるの?」
「そ、そうねぇ~」
考えてなかった。
グルグルと考える。なにか、当たり障りのない罰ゲーム……。
「くすぐっちゃおうかな?」
「……くすぐる?」
「こちょこちょ……、って」
「なんだ、そんなの?」
「あ~っ、わたし上手よ? きっと」
と、両手をワキワキさせると、パトリスがクスリと笑ってくれた。
「いいよ……。ゲーム、しても」
い、いいんだ……。
という言葉を、グッと呑み込んだ。
椅子に腰を降ろして、両腕を広げる。
「さあ、パトリス? ……パトリスが、わたしの膝に座ったらゲームスタートね」
「うん。わかった」
パトリスは、女性の身体と接触する瞬間まで、その恐怖を忘れているところがある。
乗った瞬間に身体を強張らせてしまったらどうしよう……、と思いつつ、柔らかく微笑んで、パトリスを待った。
少しはにかみながらパトリスが立ち上がって、ゆっくりと近付く。
「負けないわよ?」
「ボクだって」
と、パトリスがピョンと、わたしの膝の上に飛び乗った。
よじ登ってくると思っていたわたしは、驚いて、思わずギュッと抱き締めた。
クルッと回転していたのか、パトリスの背中が胸にあたり、緑がかった金髪がわたしの目の前にあった。
すこしだけ、身体を強張らせたように感じた。
「……絶対、絶対、放さないわよ?」
出来るだけゆっくりと柔らかく喉から言葉を押し出していき、腕の力を緩めた。
「う……、うん」
パトリスがぎこちなく頷き、……ゴングは鳴らされた。
Ψ
テーブルの上に紙とペンを持ってきてもらい、わたしの膝に座るパトリスがお絵かきを始める。
キツくならないように気を付けながら、後ろから抱っこしている。
「それは、何を描いてるの?」
「養父上と……、アデール」
「そっか」
「……と、ボク」
歪んだ丸と四角で描かれる、わたしたち家族。クシュクシュっと塗られたのは髪の毛だろう。
なんだか、とても……、満たされた。
出だしからこんなに嬉しくなって大丈夫だろうかと思いながら、パトリスの手先を見詰める。
それから、朝食にする。
わたしは両手がふさがっているので、ザザに食べさせてもらい、
「……あ、あ~ん」
と、パトリスも、フォークに刺した燻製肉の蒸し焼きを口元に運んでくれた。
「……美味しい?」
「うん。柔らかく戻ってるわね」
これならパトリスも食べやすいだろうと、給仕役の心遣いに感謝する。
食事を終えたら、パトリスを抱っこしたままで、すこしお散歩。
しっかりとしがみついてくれていて、なんだか嬉しい。ただし、わたしには重い。
ザザに肩からコートを羽織らせてもらい、一面の銀世界を眺めて歩く。
「あら。仲のよろしいことですわね」
と、温泉に向かわれるソランジュ殿下と若い侍女に出くわす。
わたしが軽く頭をさげて会釈すると、胸の中でパトリスが手を振った。
ふたりの背中を見送っていると、パトリスがモゾモゾっと動いた。
「アデール……」
「なあに?」
「……おしっこ」
来たか。この時が。来ないはずがないとは思っていたけど、やっぱり来たか。
トイレで後ろから抱き締めて、ギュッと目を瞑る。
もちろん、わたしにも来てしまう。
膝に後ろ向きで座らせ、耳を塞がせる。
「……耳?」
「お……、音を聞かれたくないの」
「ふ~ん……」
「ギュッとね。ギュッと」
「ふふふっ。分かった!」
小さな手で耳をギュウッと押さえ込んで、首まで下げている。
仕草はとても可愛らしい。
世界がどんなに広くても、わたし一人だろう。トイレに子どもを連れ込む公女。
小声で歌を歌いながら済ませた。
「粘るねえ~」
ザザが下着を上げてくれながら笑った。
「ふふっ。絶対、わたしからは放さないんだから」
「え~っ!? ほんとかなぁ?」
と、パトリスが笑いながら、わたしの顔を見上げた。
すっかりリラックスしてくれている。
この信頼を裏切りたくない。
ニコリと笑って、キュッと腕に力を込めた。
夜。わたしのベッドで横になった。
わたしの左腕をパトリスの枕に、右腕を身体に回して左手首をつかんでいる。
部屋の扉は少し開けて、ザザとギオにもソファで休んでもらう。
「へっへ。野営を思い出しますな」
と、ギオの話に皆で耳を傾けた。
ギオは、数千の手下を抱える盗賊の頭目だったそうだ。
「……カトラン様に、まあ……、惚れ込んだんですな」
盗賊団を解散させ、希望する手下と共に、カトランに帰順した。
手下だった者たちとも平等に、一兵卒から始め、やはり一軍を率いる将へと取り立てられた。
血なまぐさい話は避け、ワクワクするお話に仕立ててパトリスに聞かせてくれた。
「おお……、ジイさん。ただ者じゃないとは思ってたけど、そんなにか?」
「へっへ。そんな儂らに慕われるザザの姐さんの方が、よっぽどですよ」
「はははっ。ただ話を聞いてただけなんだけどな」
「……美味い酒を飲ませてくれる。男でも女でも、それ以上の人間はいませんわな」
ギオとザザの掛け合いも軽妙で、聞き心地が良かった。
やがて、わたしの腕の中で、パトリスの身体からスウッと力が抜けていく。
「しぃ~っ」
と、ザザとギオに声をかけると、ふたりとも微笑ましげに目をほそめた。
カトランが視察から戻れば報告しないといけない。今晩はふたりにも、わたしの部屋で休んでもらうことにして、ランプを消した。
寝ている間に放してしまっては大変だと、両手を握り合わせる。
ウトッとしては、手の平の感触が緩んで、目が覚める。
パトリスとふたりの布団の中は、すこし蒸した。けれど、すうすうという、パトリスの寝息を聞くと心が安らぐ。
ふと、パトリスの手が、わたしの服をつかんだ。
――起こしちゃったかな……?
と、顔をのぞき込むと、よく眠っている。
あくびをひとつして、すこし眠ろうと枕に頭を預けたとき。
「ははうえ……」
パトリスの声がした。
あとには静寂。
胸の中から、パトリスの寝息が微かに響くばかり。
パトリスの見ている夢が、いい夢であることを祈りながら、わたしもまどろみの中に落ちていった。
ムニュ。という感触で、目が覚める。
明るい。
ハッとして、自分の手の平の感触を確かめる。放してはいない。
ただ、目はこすれない。
ホッとしながら、腕のなかに視線を向けると、パトリスが顔を真っ赤にしていた。
「……お、おはよう。パトリス」
「ご……、ごめん。アデール」
「ん? なにかした?」
「……触っちゃった」
「え?」
「……アデールの、おっぱい」
「ああ……」
苦笑いして、もう一度、パトリスをよく見るとモジモジしていた。
「……カトランには内緒にしとこうね?」
「うん……」
「当たっちゃった?」
「ううん……、暑くて」
「あら? ……ひょっとして降参かな?」
「だって……」
「うん」
「……アデール、ちっとも放してくれないんだもん」
「ふふっ。……絶対、放さないって言ったでしょう?」
「……うん」
そのとき。パトリスが、ギュッとわたしに抱き付いてくれた。
「……ありがとう、アデール」
「ふふっ。なにがかしら?」
と、わたしが腕の力を緩めると、パトリスは飛び起きた。
「よおし! 温泉に行こうか? パトリス」
「うん!」
パトリスはわたしに、曇りのない晴れやかな笑顔で応えてくれた。
手をつないで歩く。
これで全部が解決したとも思わないけど、ひとつ前に進めたような気がする。
ひと晩、パトリスの枕になって痺れきった左腕をザザが優しくマッサージしてくれた。
そして、カトランが視察から帰ってきた。
わたしたちに顔を見せることもなく、温泉に向かったという。
時間が傷を癒やしてくれるとは限らない。
大公家がバラバラになっていくとき、幼いわたしにはなす術がなかった。
――お父様と仲良くして。
わたしのひと言は母の勘気を被り、我が家はますますバラバラになった。
もう、あんな思いはしたくなかった。
しゃがんで膝を抱き、パトリスと視線を合わせる。
「……養父上のために、パトリスも協力してくれない?」
「養父上のため?」
「そう。……養父上にも、他人に言いたくない、しんど~い、ことがあるのよ」
「養父上にも……?」
わたしが頷くと、しばらくパトリスは考え込んでいた。
そして、まっすぐにわたしを見て、
「……いいよ」
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突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。
社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。
そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。
喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。
それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……?
⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎
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