【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら

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24.公女、対抗しようとしている。

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粗野な兵士に安心して、紳士風の知的な男性を警戒するとは、自分でも妙な心癖がついてしまったものだと思う。

ともかく、その長い黒髪の男性とわたしの間にザザが立ちはだかってくれた。


「どちらさん?」

「これは失礼」


と、男性は浅黒い肌の額を、手で打った。


「ガルニエ家、というよりはカトラン公御用達の商人にございます。公女にして辺境伯夫人のアデール様とお見受けします」

「……左様です」


恭しく拝礼を捧げる男性の仕草には、ソツがない。

優雅さや麗しさはなく、機能的で余韻を感じさせない礼容は、たしかに商人のものだろう。

と、そのとき。男性の背後からカトランが姿を見せ、肩を抱いた。


「アデール。この男は、本物の悪党だ。気を付けろ」

「悪党と分かってお使いくださる」


と、男性は親密げな表情を見せたけれど、カトランの表情は読めない。


「山賊と変わらなかった俺と取り引きを望んできた男だぞ? 碌な者ではない」

「ふふっ。投資ですよ、投資」

「それを回収に来たという訳だな?」

「いえいえ、とんでもない。末永くお取り引きいただきたいと願っておりますよ」

「ふふっ。……相変わらず腹の読めないヤツだ」

「商人にとって最高の褒め言葉を新辺境伯閣下より賜り、恐悦至極に存じます」


と、男性が今度はワザとらしい拝礼で、おどけて見せた。長い髪が床に着きそうだ。

分かりにくいけれど、ふたりは旧知で、仲が良いのだろう。

カトランが貴賓室の入口からはみ出した贈物のひとつを、手に取った。


「たとえば、コレだ。アデール」

「は、はい……。ダルクール男爵家よりの贈物かと、お見受けしますが」

「その通り。……ダルクール家とは領地を接している。しかし、我が家に援軍を送ることも、王都に口添えすることもなかった」

「は、はい……」

「裏では帝国と通じていた」

「えっ!? それは……」

「こっちもだ、エルマン子爵家。戦争中、兄上がどれほど書簡を送っても、返事すら寄越さなかった。……戦後、皇帝の本陣から、兄上の書簡がすべて出てきた」


カトランは、話題の強烈さに見合わない、恬淡とした口調で語り続ける。


「……大公家に続き、王家との関係も定まり、王国中の貴族が一斉に動き始めたということだ」

「は、はい……」

「第二王女ソランジュ殿下の滞在延長も、殿下とアデールが結んだ個人的な交誼も効いているだろう。……皆、随分、張り込んでいる」


見れば、どれも高級な品ばかりだった。

辺境伯への叙爵祝いとして不自然ではないけれど、言われてみれば、男爵家や子爵家から贈られる物としては、すこし値が張っているような気がする。


「俺に近付いても王家からも大公家からも睨まれることはないと踏んで、すり寄ってきたのだ」

「……カトランの威光が王国中に行き渡ったのですね」

「ふん。とても、すぐに付き合いを始めたい連中ではない。……向こうとしても、王都に俺を近寄らせたくないのだろうがな」

「はい……」

「だから、この男だ」


と、カトランが男性を指差した。


「名はリュリュという」

「……リュリュ殿」

「呼び捨てでいい。……必要な物や使える物以外は、すべて買い取ってもらってくれ。もらえるものは、すべてもらう」

「かしこまりました」


物品の管理は、家政の範囲。カトランは、わたしの仕事ととして任せてくれた。


「役に立つ男で、信頼できる男だが、いい男ではない。気を付けろ」

「は、はい」

「はははっ」


と、商人のリュリュが心外そうに笑った。


「一度、戦地に娼婦の斡旋を提案したら、しばらく口をきいて下さらなくなったことがありまして……」

「当たり前だ! 斬られなかっただけでも、幸運だと思え!」


謹厳な家風のガルニエ家の兵団に、娼婦を斡旋。それだけでも、付き合いがごく最近に始まったことが分かる。


「……だが、アデール」


と、カトランが語調を和らげた。


「はい……」

「リュリュが武器を売り、糧秣を売ってくれなければ、勝利はおろか継戦も不可能だった」

「ツケでね」


と、リュリュが茶化すように言った。


「投資なのだろう?」

「御意の通りにございます」

「精々、儲けて帰れ。アデール、必要な物があればリュリュに依頼しろ。当面、貴族とは付き合わない」

「かしこまりました」


と、わたしが頭を下げると、


「……アデールに手を出すなよ?」

「まさか!? そんな命知らずではございませんよ」


と、カトランは行ってしまった。

なるほど。

孤立無縁でもカトランが戦い抜けたのには、リュリュの存在があったのか。

と、合点がいった。


   Ψ


ただひたすら、荷解きする。

ザザとリュリュと3人。

兵士たちのほとんどは、領内各地の畑の再耕作業にあたっている。


「いやぁ……、ザザさん厳しいなぁ」

「ええ? なんだって? リュリュがボッタクリ過ぎなんじゃねぇか?」

「そんなこと、ありませんよぉ」

「私が担いで、王都で行商してきてもいいんだぜ?」

「まいったなぁ」


と、買い取り価格の交渉は、ザザがやってくれている。

カトランの当面の統治方針も分かった。

王国からの独立ではなく、自立だ。

無用な摩擦は避け、領民に平和をもたらしつつ、王国とも帝国とも距離を置き、王国内では王家とも大公家とも等距離。

乱れた王都政界に煩わされずに、領内の復興に力を入れる。

見事な政治手腕だと思う。

ただの戦争狂ではない。

なら、家政を預かる夫人としてのわたしの目標も明確だ。

もらえるものは、もらう。

復興資金を得て、援助なしに統治できる領内統治を回復させ、自立する。

そして、母女大公からの干渉を阻む。

王家からも干渉させない。

わたしとの政略結婚、辺境伯叙爵、ソランジュ殿下の滞在延長を通じて、政治的な存在感は充分に発揮できた。

次は、武力のみならず、経済力でも自立を図ることだ。

国づくりだ。

面倒な荷解き作業も、その一翼を担っていると思えば、俄然、やる気が増してくる。

畑の再耕作業の指揮をとる各集落の責任者たちから聞き取りをして、足りてない農具がないか確認する。

リュリュと農耕馬の価格交渉をして、カトランの決裁を仰ぐ。

現状の財政だと、3集落で1頭だと無理なく購入できて、維持にも無理がない。

救荒作物である芋の植え付けから始まるけど、北の地により適した新品種がないか、リュリュに調査を依頼。あと、収穫の早い葉物野菜の種も依頼した。

葉物野菜なら、城の庭に植えてもいい。

新鮮なサラダ。しばらく食べられてないしなぁ……、というのは私欲だけど。

まとめた依頼書に目を通したリュリュが、肩をすくめた。


「これは、お噂通りの敏腕ぶりですね」

「え? ……噂? わたしが敏腕だって? どこで? 誰が噂してるの?」

「ソランジュ殿下が、国王陛下への復命で随分褒めておられたと、王都では評判でしたよ?」


やりやがり遊ばされたわね。

と、内心ザザの口調がうつったように、ソランジュ殿下に苦笑いだ。

大公家が送り込んだ政略結婚相手であるわたしを、王家が取り込んだぞと誇示して見せたのだ。

母は、どんな顔をしていただろう。

陛下への復命の席なら、母女大公は当然、同席していたはずだ。

わたしが公女に生まれ、政略結婚で嫁いだ以上、わたしという存在は、王都においてどこまでも政治的。

ソランジュ殿下のふる舞いも、友情の範囲内だ。

うまく使ってくれたら、それだけ母女大公からの干渉を防ぐことにもなる。

これまで、わたしとカトランの婚姻以降、母女大公が沈黙を貫いていることも気がかりで仕方ない。

どこかで何か、カトランと辺境伯家を利用しようとしてくるはずだ。

そのとき。母女大公に対抗できるだけの、領内復興を急ぐ。


――わたしは、母に……、対抗しようとしているのだな。


晩餐のあとは、カトランとパトリスのチェスの時間になった。


「学問もおろそかにするなよ」


というカトランの言葉もあり、パトリスは日々励んでいるけど、少しずつ笑顔に柔らかさを感じるようになってきている。

ささやかな遊び、チェスの時間が、張り詰めていたパトリスの心をゆるめてくれているのだと思う。

終わってから駒を一つひとつ、わたしが布巾で拭いていく。

せっかくカトランがパトリスのために作ってくれたのだ。大切にして長く使えるようにしたい。


「……ボクもやるよ」


と、パトリスも一緒に拭く。

飾り気のない暖炉の前。ちいさな団欒。

わずかなりとも、王都の乱れた空気を紛れ込ませたくはない。

貴賓室に積まれた贈物が、のこり半分くらいになった頃、廊下からヒソヒソとした話し声が聞こえた。


『……ふしだらと咎めを受けぬような』

『それは、難題ですね』


なんの話だろうと顔をのぞかせると、マルクとリュリュがいた。


「がはははははっ! こ、これは、アデール様……」

「なんのご相談? ……ふしだらがどうとか聞こえましたけれど?」

「がはははっ! いや、その、大したことではないのですよ!」


見るからに狼狽えているマルクに、リュリュが肩をすくめた。


「マルク様に、想い人ができましたようで」

「こ、こら……。リュリュ、余計なことを……」

「まあ!? 良いことではありませんか! ……村の娘ですか?」


と、両手を胸の前で合わせた。

大きな体に厳つい顔をしたマルクが、頬をほんのり赤くしているのが微笑ましい。

なにかいい贈り物はないかと、リュリュに相談していたのだった。

側にいたザザが、根掘り葉掘り聞き出す。


「まあ……。ガビーを……」


カトランの側室だと言ったり、わたしの側室だと言ったりしていた、小柄で元気な女の子。


「がははははははははははははっ!」

「……マルク? もしかして、ですけど。カトランを諦めさせるために、言い寄ろうとしているのではありませんよね?」

「がはははは……」

「笑いごとではありません」

「……いえ。その……」


目を泳がせるマルクの顔を、ジッと見詰めた。
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