キャロットケーキの季節に

秋乃みかづき

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(33)あの日起こったこと

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 高松礼央 25歳

美容師になって数年
最近は指名も増えてきたけれど、もっと技術を高めたくて
営業時間が終わった後も、毎晩遅くまで練習をしていた

そんな時に、親身になって相談に乗ってくれたり
時には一緒に残って教えてくれたり
そんなふうに自分を見守ってくれた先輩が、1人いた

和臣(かずおみ)さん 30歳
周りからは「臣さん」と呼ばれている

俺より5つ上で、仕事ができ、物腰も柔らかくて皆に好かれる存在
もちろんお客様からの指名もトップクラス


自分もこんな美容師になりたい


和臣さんは俺の憧れであり、目標となる人だった

指導を受けたり、食事に出かけたり

「兄弟みたい」

周りからそう言われるほど、俺たちの距離は近かった



営業後、いつものように指導してもらっていると、俺達はすっかり話し込んで店を出るのが遅くなってしまった

通りには人もほとんどいない

その時

和臣さんに腕を掴まれて

突然、キスされた

「一生懸命な高松を見てるうち、いつの間にか好きになってた…。」

驚いたけど、不思議とそれを受け入れている自分がいた

それと同時に、俺もこれを望んでいたんだと悟った

体が自然に動いて、戸惑う和臣さんに俺はキスをかえした

心が満たされて、こんな気持ちになったのは初めてだった



 こうして、俺達は付き合うことに

憧れの人が自分を想ってくれている高揚感で、毎日がもはや別の世界に思えた

そんな時に俺は、イギリスへの旅行を和臣さんに持ちかけた

もともと1人で行く予定だったが、2人で行けるならばもっと楽しいだろうと

和臣さんはその話を聞くと、ぜひと言ってくれた

俺はその日が待ち遠しくて仕方なかった



旅行の前日

ばあちゃんが倒れた

両親から連絡をもらい、仕事を切り上げ、病院へとかけつける

待合室に行くと、両親が医者から説明を受けていた

最悪の事態を想像していたが、どうやら命に関わることはなさそうだった

安堵した

少ししてから看護師に案内され、病室へ移動し、ばあちゃんと話をする

大丈夫、少し入院するだけだから



両親は入院の手続きの為、まだ病院に残るとのこと

俺は先に帰ることにした



病院を出ると

なぜかそこには和臣さんの姿が

「お前が心配で、来ちゃった。」

そう話す和臣さんの鼻は、寒さで真っ赤になっていた

コートも着ていない

「なんで…。
コートは?」

俺が聞くと、

「とにかく早く行かなきゃって、そればかり考えてたから。
忘れてきたみたい 笑。
おばあちゃん、大丈夫だった?」

自分の体よりも、そう言って俺を心配してくれる和臣さん

溢れるような気持ちを抑えきれず

俺は思わず彼を抱きしめた

「臣さん。
ありがとう…。」



そしてその時

タイミング悪く、母親が病院から出てきた
それに続いて父親も

俺達の様子を見て、2人は体が固まっていた

友人同士のハグではない

それに気づいたようだった

そんな両親の姿を見て、俺も戸惑った

和臣さんは俺から離れて、両親に会釈する

…だけど

それは受け入れられないとでもいうように、両親は無視して立ち去った

その時の事は、これ以上の記憶はない

きっと、ショックだったんだと思う



翌日、イギリス旅行の出発日を迎えた

和臣さんとは空港で待ち合わせ

昨日の事で動揺していたのと、今日が楽しみなのと

様々な感情に支配され、あまり眠れていない

家に1人でいると頭がおかしくなりそうだったので、早めにここに来た

和臣さんが来るまで、まだ1時間以上ある

俺は本屋に行ったり、外を眺めたりして時間を潰した

そうこうしているうちに、時間を確認すると待ち合わせまで15分

集合場所まで移動すると、遠くからでも目立つよう、紫色のスーツケースを体の前に置いた

「こちらは集合場所に着きました。」

メールを送り、しばし待つ



集合時間になった

メールを確認すると、既読にはなっているが返事がない

もしかして事故にでもあったのか…?

不安になりながらもう少しだけ待つことに

しかし10分が過ぎ、20分が過ぎ…

いつまで経っても現れる気配がなかった

さすがにおかしいと思い、電話をかけてみる

プルルル…プルルル…

5回目の発信音のあと、和臣さんは出た

「あ、臣さん?!
はぁ…良かったー…。
何かあったのかと心配ましたよ。
今、どの辺ですか?」

「…。」

「臣さん?」

「もう、空港の入り口に着いてる。」

「え、なんだ。
着いてたなら早く言ってくださいよ。
俺、そっちまで行きますね。」

すると間髪入れずに臣さんが

「来ないで。」



え?

「え、ちょっと待ってくださいよ。
来ないでって、もうそろそろチェックインしないと。
お手洗いに行くとかですか?」

何か様子がおかしかった

不安を拭い去るように俺は明るく振る舞う

「そしたら荷物見てますよ。
さっき俺も入ったんですけど、ここのトイレすごく綺麗でしたよ。
あ、で、その近くの土産店に面白いもの売ってて。
臣さんにも見せたいから、早くこっち来てくださいよ!」

「…高松、ごめん。」

「ごめんって、何が…?」

スマホを握る手に力が入る

「ごめん。
これ、やめよう。」

「え…
この旅行をですか?
もしかして、具合悪いですか?
そしたらすぐキャンセルして、また日程改めましょう。
俺、今から手続きして…」

「そうじゃなくて!」

和臣さんは語気を強めた

「改めるとか、延期するとかそういうんじゃなくて。
もうやめようって言ってるの。」

俺にはこの言葉の意味が分からなかった

「臣さん…?」

「昨日の高松のご両親の顔、見たでしょ?
感情に逆らえなくて踏み込んじゃったけど、やっぱりこういうのってダメなんだよ。
分かってたつもりで、分かってなかった。」

「ちょ、ちょっと待ってください。
家族に見られたことは、確かに俺もショックでした。
だけどこれから時間をかけて納得してもらえば良いと思ったし、それに俺達は何も悪いことはしてない!
ただ、臣さんを好きになって。
臣さんも同じように想ってくれて。
それで一緒にいたい。
ただそれだけじゃないですか!」

「…俺とお前は違うから。
お前の両親だけじゃなく、きっと俺の家族も受け入れられないと思う…。
未来が見えないのに、一緒にいる意味はあるのかって。
しばらく入り口の前で考えてた。

ごめん。
俺には続けていくという選択ができない。
旅行も、この関係も。
終わりにしよう。」

体の力が抜けていく

ここがどこかも分からなくなるくらい、現実味を感じられなかった

「一方的過ぎます…。
俺は、どうしたら良いんですか?
こんな気持ちにさせられて、こんな想いを知って。
どうしたら良いんですか!」

周りの人達が振り返るほどの声が出た

自分の唇が震えているのが分かる

でも

臣さんの返事は

「ごめん。」

その一言を残して、電話が切れた

…今、何が起こったのか?

音の聞こえないスマホから、耳を離すことができなかった

大きな空港に、ポツンと残された俺とスーツケース

ただただ、呆然と立ってるのがやっとだった



しばらくすると、ここに居たくないという感情が出てきた

でも

このまま帰るか、1人で飛行機に乗るか

決断しなければいけない

俺は少し考えると

入り口に背を向け、搭乗ゲートへと歩き出した




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